第11話 漢陽造小銃の研究
郷勇団の編成が決まってから三日後、県城から使いの者が、正式な装備を携えてやって来た。荷馬車に積まれていたのは、木箱に収められた小銃の数々だった。
「これが、県城から支給される装備だ。漢陽造の八八式小銃という。粗末な猟銃よりは、いくらかましだろう」
使いの兵士がそう言いながら、木箱を開けてみせる。中には、黒光りする金属の銃身と、木製の銃床を持つ、旧式ながらも軍用に設計された小銃が、整然と並んでいた。
蓮は、その一丁を手に取り、しげしげと眺めた。
(漢陽造……この世界にもあるのか。史実の漢陽兵工廠が作っていた小銃と、よく似ている。いや、まったく同じかもしれない)
漢陽造八八式小銃――蓮の記憶にある限り、清朝末期に建設された漢陽兵工廠で製造されていた、ドイツのゲベール88小銃を基にした小銃だ。それがこの世界にも存在しているという事実に、蓮は改めて、この世界と自分の知る歴史との、奇妙な重なりと食い違いを感じた。
「李さん、この小銃、少し借りてもいいですか」
「ああ、構わないが……また、あの力を使うのか?」
李の声には、期待と共に、まだどこか信じきれない戸惑いも混じっていた。先日の村の防衛戦で、蓮の力は既に証明されている。だが、それでもなお、この現象そのものの不可思議さには、慣れきれないものがあるのだろう。
「はい。せっかくの機会なので、じっくり構造を調べてみたいんです」
蓮は、村外れの空き家を借り、そこに小銃を持ち込んで、分解作業を始めた。
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漢陽造八八式小銃の機構は、蓮がこれまで強化してきた鎌や旧式の猟銃と比べて、はるかに複雑だった。ボルトアクション式の機関部、五連発の弾倉、そして銃身内部に刻まれたライフリングの溝。それぞれが精緻に組み合わさり、一つの機能を実現している。
(この機関部の動き、装填から撃発、排莢までの一連の流れが、思ったよりも繊細だ。ボルトの動きをよくするだけでも、命中精度は上がるはずだが……)
蓮は、分解した部品を一つずつ手に取りながら、その構造を丹念に観察していった。銃身内部のライフリングの摩耗具合、弾丸との噛み合わせ、装薬の燃焼特性、そして反動を抑えるための重量配分。
これまでの経験から、蓮は一つのことに気づき始めていた。強化の効果は、対象への「理解」の深さに、はっきりと比例するらしい。単純な構造の道具ならば、直感的な理解だけでも、それなりの強化がかかる。だが、より複雑な機構になるほど、理解を深めるための下地――基礎的な知識や、実物を観察して得られる情報が、より重要になってくるようだった。
(俺の理科の知識は、正直、付け焼き刃だ。もっと本格的に、この世界の技術水準を理解する必要があるかもしれない)
そう考えながらも、蓮は目の前の小銃を、可能な限り分解し尽くしていった。銃身内部の錆を取り除き、ライフリングの溝をより滑らかに、より精密な角度に整える。機関部の各部品の摩擦を減らし、動作を確実にする。装薬の燃焼効率を最大化し、弾丸の初速と直進性を高める――一つ一つの要素を、頭の中で徹底的に組み立て直していく。
指先に、馴染みの熱が伝わってきた。小銃全体が、青白い光をまとい始める。
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「試し撃ちをしてもらえますか」
蓮は、強化を終えた小銃を、郷勇団の中でも射撃の腕が確かな青年に手渡した。
「よし、任せろ」
青年は、離れた場所に設置された的――古い甕を割ったものを目印にして、銃を構えた。息を整え、引き金を絞る。
乾いた発砲音と共に、甕の破片が弾け飛んだ。
「――これは、すごい……!」
青年が、興奮した声を上げた。
「これまで撃ってきた小銃とは、まるで別物だ。反動が少ないのに、弾道が驚くほど安定してる。それに、この距離でこの精度……!」
蓮は、その様子を見守りながら、静かに手応えを感じていた。単純な農具や旧式の猟銃を強化したときと比べても、明らかに強化の幅が大きい。
(複雑な機構だからこそ、理解が深まったときの伸びしろも大きい、ということか……)
新たな発見に、蓮の胸の内には、皮肉な高揚感が芽生えていた。剣も振るえない、銃も撃てない自分が、こうして道具の構造を突き詰めていくことに、何とも言えない充実感を覚えている。それは、東亜同文書院で落第を重ねていた頃には、決して味わうことのできなかった感覚だった。
***
「これで、装備された小銃を一丁ずつ強化していけば……」
蓮は、木箱に並んだ他の小銃にも目を向けた。県城から支給されたのは、十丁ほどの数だ。一丁ずつ丁寧に強化していけば、それなりの時間がかかる。だが、その価値は十分にあるはずだった。
「陳蓮殿、あとどれくらいで、全部の準備が整いそうですか」
李が、期待と不安の入り混じった表情で尋ねてきた。
「あと二、三日はかかると思います。一丁ずつ、じっくり理解しないと、効果が薄くなってしまうので」
「分かった。急かすようで悪いが、討伐隊の集結までに、間に合わせてもらえると助かる」
「もちろんです」
蓮は、そう答えながら、次の一丁を手に取った。理解が深まるほど、指先の熱もまた、より鮮明に感じられるようになっていく。この作業を繰り返すたびに、蓮自身の「理解する力」そのものも、少しずつ研ぎ澄まされていくような、そんな感覚があった。
窓の外では、夕暮れの光が、村の風景を赤く染め始めていた。蓮は、その光を横目に見ながら、黙々と作業を続けていった。
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(第12話「手榴弾の暴発」へ続く)




