第10話 県城からの応援要請
青柳村での戦いから、半月が過ぎた。
蓮は結局、あの丘の上で結論を出せぬまま、村に留まり続けていた。行くあてもなく、この乱世の地理も歴史もろくに把握できていない以上、他に選べる道もなかった、というのが正直なところだ。
その間、蓮は村の暮らしに少しずつ馴染んでいった。畑仕事を手伝い、井戸の修繕を手伝い、そして時折、村人に頼まれるままに、道具の強化を行った。鍬の刃を鋭くし、荷車の車輪の耐久性を上げ、井戸の滑車の動きを滑らかにする――そうした地味な作業の積み重ねが、蓮にとっての日課になりつつあった。
(不思議なもんだな。剣も振るえない、銃も撃てない俺が、こうして村の役に立ってるなんて)
自嘲めいた思いを抱きながらも、蓮はその日々に、ある種の居心地の良さを感じ始めていた。
だが、そんな穏やかな時間は、長くは続かなかった。
***
その日の午後、村の入り口に、見慣れない一団が現れた。粗末な村人たちの服装とは違う、それなりに統制の取れた軍装をまとった男たちだ。先頭に立つ、恰幅のいい役人風の男が、馬から降りながら、居丈高な声を張り上げた。
「この村の村長は誰か! 県城からの使いである!」
村長が、慌てて出迎える。
「これは、これは……県城の方が、このような辺鄙な村に、何用でしょうか」
「単刀直入に言おう。この一帯を荒らしている匪賊崩れの討伐に、各村から郷勇を出すよう、督軍様のご命令が下った。この村からも、然るべき人数を出してもらう」
役人の言葉に、村長をはじめ、周囲で聞いていた村人たちの間に、緊張が走った。
「討伐、ですか……」
「そうだ。近頃、この辺りの匪賊崩れどもの動きが、目に見えて活発になっている。放置すれば、いずれ県城の周辺にまで被害が及びかねない。それゆえ、各村の郷勇を集め、正式な討伐隊を編成するとのご下命だ」
蓮は、その場に居合わせながら、心臓が跳ねるのを感じた。
(もしかして、俺があの荒野で出会った連中のことか……)
自分がかつて捕らえられ、そして村を巻き込む形で撃退した、あの匪賊崩れの集団。もしその討伐が正式に計画されているのだとしたら、この村もまた、その渦中に引きずり込まれることになる。
***
「聞くところによれば、この村は先日、匪賊崩れの襲撃を退けたそうだな」
役人が、値踏みするような目で村長を見た。
「は、はい……幸いにも」
「ほう。あの規模の匪賊崩れを、この程度の村が退けたと? にわかには信じがたい話だが……まあいい。ともかく、この村からも郷勇を出してもらう。人数は、村の規模に応じて後日通達する」
役人は、それだけ言い残すと、他の村々を回るためか、慌ただしく馬に乗って去っていった。残された村長と村人たちの間には、重い沈黙が流れた。
「村長、どうしますか……」
李が、不安げな声で尋ねる。
「命令とあらば、断るわけにはいかんだろう。だが、正直なところ……我々のような素人の集まりが、正式な討伐隊に加わって、どこまで役に立てるものか」
村長の言葉には、隠しきれない不安が滲んでいた。先日の戦いは、蓮の力があったからこそ勝てたものだ。だが、それが県城の役人たちにどこまで理解されているのかは分からない。ただの偶然や、大げさな噂として片付けられている可能性も十分にあった。
蓮は、その様子を黙って見つめながら、自分の中に芽生えつつある感情を、はっきりと自覚していた。
(このまま、村の裏方として道具を強化し続けるだけでいいのか。それとも――)
あの荒野で自分を捕らえた匪賊崩れの集団が、正式な討伐の対象になっている。もしそこに関わることになれば、いずれ自分を捕らえていたあの頭領とも、再び相まみえることになるかもしれない。
***
その夜、村長の家に、再び村の主だった者たちが集まった。今度の議題は、県城からの命令にどう応じるかだった。
「郷勇を出せと言われても、まともに戦える者となると、限られている」
村長の言葉に、集まった者たちが顔を見合わせる。
「陳蓮殿の力があれば、また何とかなるのでは……」
誰かがそう口にすると、皆の視線が、末席に座っていた蓮に集まった。
蓮は、しばし考え込んだ。この村を守るために力を貸すことと、正式な討伐隊として、県城の指揮の下で戦うことは、まったく別の話だ。より大きな組織の一部となり、より広い戦場に関わることを意味する。
だが同時に、それは蓮にとって、この乱世で自分の力をどう使っていくべきか、その答えを見つける一つの手がかりになるかもしれなかった。
「……俺にできることがあるなら、協力します」
蓮は、静かにそう口にした。
村長が、深く安堵の息をついた。
「ありがたい。だが、陳蓮殿。これは、先日の村の防衛とは、規模も性質も違う。県城の指揮下に入り、正式な郷勇団として、匪賊討伐に加わることになる。それでも構わないか」
「はい。俺には、剣も武術もありません。でも――道具を強くすることなら、できます。それで、少しでも役に立てるなら」
蓮の言葉に、村長は深く頷いた。
「よし。ならば、この村からも正式に郷勇団を編成し、討伐に加わろう。李、お前が団長を務めよ。陳蓮殿には、装備の準備を頼む」
「はい!」
李が、緊張した面持ちで応じた。
こうして、青柳村の郷勇団が、正式に編成されることになった。だがそれは同時に、蓮にとって、この乱世という広大な舞台に、より深く足を踏み入れる第一歩でもあった。
村長の家を出た蓮は、夜空を見上げながら、これから始まる新たな局面に、静かに気を引き締めていた。
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(第11話「漢陽造小銃の研究」へ続く)




