第13話 徳霖老師父との出会い
手榴弾の一件から数日後、討伐隊の集結地となる県城へ、青柳村の郷勇団は移動することになった。李を団長に、蓮を含む十数名の若者たちが、強化を終えた小銃と手榴弾を携え、村を出立した。
県城は、蓮がこれまで目にしてきたどの集落よりも大きかった。石造りの城壁に囲まれ、通りには様々な店が軒を連ね、行き交う人々の数も比べ物にならない。荷馬車や人力車が忙しなく行き交い、遠くからは軍隊の号令らしき声も聞こえてくる。
「これが、県城か……」
蓮は、その活気に圧倒されながら、城門をくぐった。
集結地となっていたのは、城内にある古い兵営だった。既に、近隣の村々から集められたらしい郷勇団が、いくつも屯している。中には、青柳村の郷勇団よりもよほど統率の取れた、正規兵に近い一団も見受けられた。
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兵営の一角、蓮が城内で調達してきた予備の部品を使って、支給された装備の追加整備をしていたときのことだった。
「――ほう。その手つきは、素人のものじゃないな」
しゃがれた、しかしどこか鋭さを感じさせる声が、背後からかかった。
振り返ると、そこには白髪交じりの、痩せた老人が立っていた。粗末な服を着ているが、その手には無骨な工具袋を提げており、指先には長年の作業でついたのだろう、深い皺と胼胝が刻まれている。目つきだけは、若者にも劣らぬ鋭さを湛えていた。
「あ……えっと、俺は――」
「小銃の機関部を見ればわかる。この調整、素人がやったにしては、精度が高すぎる」
老人は、蓮が手にしていた漢陽造小銃を、無遠慮に手に取り、しげしげと眺め始めた。
「これは……ボルトの動きが、まるで新品以上に滑らかだ。それに、このライフリングの状態……ただ磨いただけでは、こうはならん」
老人の目つきが、みるみる真剣なものへと変わっていく。蓮は、内心で驚きを隠せなかった。この老人は、ただの一瞥で、小銃の状態の異常さを見抜いたのだ。
「若いの、名は」
「……陳蓮、と申します」
「わしは徳霖という。かつては、漢陽の兵工廠で、銃器の設計と整備をしておった」
その言葉に、蓮の心臓が跳ねた。
(漢陽兵工廠の……! 本物の技師だ)
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「陳蓮とやら。この小銃、お前が調整したのか」
「はい……その、多少、手を加えました」
言葉を濁しながらも、蓮は嘘をつかなかった。だが、この銃の異常な状態を、どこまで正直に説明するべきか、蓮には判断がつかなかった。
「多少、というレベルではないぞ、これは。銃身内部の磨耗は、通常の手入れでは決してここまで滑らかにはならん。ライフリングの角度も、わしが図面で見たどの規格よりも、精密に整えられている」
徳霖は、銃身を光にかざしながら、独り言のように呟いた。
「まるで、この銃そのものが、理想の設計図に近づいたかのような……いや、そんな馬鹿な話があるわけがない」
老人は、自分の言葉を自分で否定するように、小さく首を振った。だが、その目は、明らかに何かに気づきかけていた。
「陳蓮とやら。正直に話してみないか。わしは、もう長いこと、銃の設計と整備一筋で生きてきた男だ。おかしなものを見れば、黙っていられん性分でな」
老人の視線には、詮索する冷たさよりも、純粋な技術者としての好奇心が、より強く滲んでいた。蓮は、しばし逡巡した末に、意を決した。
「……信じてもらえるか分かりませんが」
蓮は、上海の骨董市で青銅の分銅に触れて以来の経緯を、かいつまんで説明した。この世界に迷い込んだこと、匕首や扉板で起きた現象、そして村を守った戦いのこと。手榴弾で失敗した経験も含め、蓮は正直に語った。
***
話を聞き終えた徳霖は、しばらくの間、無言のまま蓮を見つめていた。
「――にわかには信じがたい話だが」
老人はそう前置きしながらも、目の前の小銃を、改めてまじまじと見つめ直した。
「だが、この銃を見れば、否定のしようがない。人の手だけでは、絶対にこの精度は出せん。何十年も銃を見てきたわしが言うんだ、間違いない」
徳霖は、深いため息をついた。だが、その表情には、困惑よりも、むしろ興奮に近い何かが浮かんでいた。
「陳蓮とやら。お前の話が本当なら、その力は――理解が深まるほど、道具そのものを理想の状態に近づける、ということだな」
「はい。俺自身は、何一つ強くなっていません。ただ、道具の仕組みを理解した分だけ、その道具が変わるんです」
「なるほどな……」
徳霖は、しばらく考え込むように黙り込んだ。
「陳蓮とやら。お前の理解は、正直、まだ表面的なものに過ぎん。銃身の構造、機関部の動作原理――そういった、目に見える部分の理解に留まっておる。だが、もっと深いところに、この機構が生まれた背景や、設計の思想そのものがある」
「設計の思想、ですか」
「そうだ。なぜこの角度のライフリングが選ばれたのか、なぜこの装薬量が最適とされたのか――そうした『なぜ』の部分まで理解が及べば、お前の力は、もっと深く、もっと確実なものになるはずだ」
老人の言葉は、蓮にとって、目の覚めるような指摘だった。手榴弾で暴発を起こしたのも、まさにその「なぜ」の部分――現象の本質的な理解が欠けていたからだ。
「もしよければ、わしにその力の一端を、見せてもらえんか。そして――」
徳霖は、蓮の目をまっすぐに見据えた。
「わしの持つ知識を、お前に授けてもよい。ただしそれは、わし自身にとっても、決して簡単には語れぬ過去に触れることになるやもしれん」
その言葉の奥に、何か深い翳りがあることを、蓮は敏感に感じ取った。だが、今はそれを詮索するよりも、この老技師の申し出を、素直に受け止めるべきだと思った。
「……よろしくお願いします」
蓮は、深く頭を下げた。
兵営の喧騒の中、徳霖は静かに、しかし確かな熱を帯びた目で、蓮を見つめ返していた。この出会いが、これから始まる長い乱世の旅において、蓮にとってどれほど大きな意味を持つことになるのか――このときの蓮には、まだ、その全貌を知る由もなかった。
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(第14話「理解の吸収」へ続く)




