第三話
カラオケ店の前には、すでに桜田志帆と宮上梨華が並んで立っていた。
二人とも腕を組み、わずかに頬をふくらませている。
「遅い男子! 女の子二人待たせるとか、あり得ないから!」
宮上が一直線に竹口へ詰め寄る。
怒られているはずなのに、竹口はなぜか嬉しそうだ。
「ご、ごめん! ちょっと色々あってさ。……桜田も、ごめんな」
「ううん、大丈夫だよ。気にしないで」
志帆ちゃんは、ふんわりと笑って許してくれた。
――天使だ。
今、このカラオケ店の前には天使がいる。
そんなことを思いながら、俺はうっとりと見つめていた。
宮上はまだ少し不満げだったが、志帆ちゃんの笑顔にほだされたのか、肩をすくめた。
「まぁ、志帆がいいなら……いっか」
すると竹口が急にテンションを切り替え、拳を突き上げた。
「よっしゃー! 今日は歌って盛り上がるぞ!」
叫びながら右手を高く掲げたまま――
彼は、ぴたりと動かなくなった。
時間が止まったのだ。
「えっ……?」
驚いていると、背後から深いため息が聞こえてきた。
「はぁ〜……」
「なんだよおっさん、今いいとこなんだけど?」
振り返ると、例の仙人みたいな男が立っていた。
「いやぁ……戻しすぎたわ」
「は?」
「時間を戻したのが、じゃ。ちょっと飽きてきてな」
「おいふざけんな! ここからカラオケ行って、そこで花火誘う予定なんだぞ!?
これじゃあ誘えないだろ!」
男はまた顎髭をさすりながら、不思議そうに言う。
「うん、そうだね。でも誘ってどうなるの?」
「……え? どうなるって?」
「だから、誘ってどうなるんじゃ?」
「それは……花火大会に行って……」
「うんうん。フラ――」
「フラれてねぇよ!」
食い気味に遮った瞬間、俺は気づいた。
――そうだ。このままだと未来は何も変わらない。
「……そうか。何も……変わらないのか」
男は静かに言った。
「そういうことじゃ。
お前さんが“変化”を起こさねば、未来はそのままだ」
「で、でもさ。おっさんも言ってたろ?
花火に誘ってOKしてくれた理由がわかればって……。
まだわかってないのに、調べる方法なんて……」
男は「うむ」と唸り、竹口をちらりと見た。
「あの男は?」
「竹口? 小学校からの友達だよ」
「お主にとって大事か?」
「なんだよ急に……大事に決まってるだろ。
いいやつだし、面白いし……俺の唯一の親友なんだ」
男は短く「そうか」と呟いたあと、言葉を選ぶように続けた。
「なら……やめておこう」
「いやいや気になるだろ。言えよ」
「この男が犠牲になるかもしれんぞ。それでも……聞くか?」
息を飲む。
だが、もう後戻りはできない。
「あ、ああ……聞く」
男は顎髭を触りながら告げた。
「ワシがこやつに“入って”状況を変える」
「……入る?」
「そうじゃ。この世界で言うところの“憑依”じゃな」
「入ったら竹口はどうなるんだよ?」
「何も変わらんよ。ワシが入っている間の記憶がなくなるだけじゃ。
だが……この男の“楽しいカラオケの思い出”は消えてしまう」
少し申し訳なさそうに言う。
「じゃから……」
「やってくれ」
俺は即答した。
男は目を丸くし、ぽかんとした顔で聞き返した。
「え?」




