第二十話
結局、竹口は戻ってこなかった。心配してないといえば嘘になるが、一度や二度の失恋でくじけるようなやつじゃないこともわかっている。
放課後になり、クラスの生徒が帰っていくなか、前から二列目の真ん中あたりで宮上は志帆ちゃんと話していた。
「桐島!ちょっと待って!」と呼び止められたのは、俺が二人に気づかれないよう、こっそりと出口に向かった時だった。
心臓を貫くような宮上の声に足を止めた。
「な、なに?」と宮上と志帆ちゃんの方に顔を向けると、志帆ちゃんはすぐに目を反らした。やっぱりなと内心思う。なぜなら、矢鍋との一件から恥ずかしさと気まずさで俺も目を合わせられずにいる。
宮上が嬉しそうに志帆ちゃんの手を引いて連れてくる。そして、「ねぇ、あんたこのあとなんか予定あるの?」と唐突に質問された。
予定なんてない。しかし、ここで、「ないよ」と言えば流れ的に暇つぶし要因として教室に残れと言われることくらい俺にもわかる。だが、親友の竹口がこうなった以上、俺は残るわけにはいかない。
「今日は疲れたから、すぐ帰ってゆっくりしようと思ってるんだ」
「ちぇ、花火大会来てほしかったんだけどな」と宮上がふてくされたように口を尖らせる。
「え…… 花火?」
これは花火大会のお誘いだったのか。
志帆ちゃんが「し、仕方ないよ。今日は色々あったもんね」とフォローしてくれてはいるが、なにやら様子がおかしい。
なぜ志帆ちゃんまでそんな表情を……。
「 うちと秀人の二人だけって恥ずかしいから、あんたと志帆にも来てほしかったんだけどなー」
聞き間違いだろうか。そう思い、確認してみる。
「えっと…… だれとだれ?」
「だから、志帆と桐島がだよ。他に誰がいんのよ」
「し、志帆ちゃんが俺と? いいの?」
恥ずかしがりながら、うん、と頷いて宮上の後ろに隠れる。
「どう? 桐島も花火大会にきたくなったんじゃない?」宮上がニヤリと笑っている理由は察しがつく。
こんなことになるなんて。嬉しさで表情が緩ゆるんだ。
「それは、もちろ……」
もちろん行く、と言いかけて俺はやめた。
「…… やっぱりごめん、今日の花火大会は違う人と行くことになってたの思い出した」
「え?……」
宮上が困惑した表情を見せる。志帆ちゃんの顔はとてもじゃないが、見れない。
「本当にごめん」と言って俺は教室を出た。
こんな千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを棒にふったんだ、もう、志帆ちゃんと花火にいけることはないだろう。
ひょっとしたら、告白ももうできないかもしれない。
「ちょっと!桐島!」と宮上声を背中に受けるが俺はそのまま振り返らず、走って学校を飛び出した。
家までの帰る道中で俺は携帯を取り出し電話をかける。
3回目のコールで、息切れしている男の声が受話器から聴こえた。
「はぁ、はぁ、ホーリー?……」
「どうした!? 竹口!大丈夫か?」
「ちょっと待ってくれ、今、水飲むから……」
「あ、ああ。大丈夫か?」
竹口はひどく息切れしていた。いったいなにがあったのだろうと途端に心配になる。
その数秒後だった。ふぅー、と声が聴こえ、いつも口調に戻る。
「大丈夫、大丈夫。 なんかあったのか?」
「こっちの台詞だよ。本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「いや、だから、宮上とのことだよ」
「あー、あれは正直、かなり落ち込んだよ。もう立ち直れないかと思ったね」
「そうな風には感じないけどな」とあえて言う。
「でも冷静になって考えたんだけど、俺はフラれた訳じゃないだろ?」
「ん? ま、まぁ、そうだな」
「だからさ、俺も今のままじゃだめだから、あのアメフト野郎みたく筋トレしてんだ。梨華ちゃんを振り向かせるために」
なんて健気なやつなんだ……
竹口の声が無理に明るく振る舞っているようにも聴こえるが、あえて、気づかないフリをする。
「そうか、落ち込んでないならいいんだけど、それに、お前はダメなんかじゃないぞ?」
「よしてくれよ。俺だってこのままじゃ梨華ちゃんは振り向いてくれないことくらい薄々気づいてたんだ。これは自分を変えるきっかけだと思えばなんてことない」
「竹口……」
「もしかして、ホーリー心配して電話かけてきてくれたのか?」
「まぁ、それもあるんだけど、花火大会一緒に行かないかと思って」
「え? 俺と? 志帆ちゃんはどうしたんだよ?」
「誘われたけど、断ってきた。お前のせいでもう完全にフラれたよ」
笑いながら冗談っぽく言ったが、竹口は思い詰めた反応になる。
「ご、ごめん。本当ごめん」
「い、いや。違うんだ。本当にお前と行きたかったから断ったんだ」
「なんで……」
「親友との花火は青春の一ページに欠かせないんだろ? いこうぜ!」
「…………」
沈黙の後、鼻のすする音と嗚咽おえつが聴こえた。竹口は号泣していた。
俺には竹口の気持ちがわかった。
秀人に宮上をとられたことよりも、その二人をお似合いだと思ってしまった自分が悔しくて情けなかったんだと思う。
だから、少しでも釣り合うように、竹口は筋トレを始めたんだ。
「お前は俺からすれば今のままで充分イケてるよ」
「ぐすん、俺、やっぱホーリーと付き合う」
「それは、遠慮しとくよ」
「ははは、俺もそれは遠慮するよ。俺には梨華ちゃんがいるからな。今回はあのアメフト野郎に譲ってやったけど、次こそは俺が誘うよ」
「俺も、志帆ちゃんと付き合えるまで頑張るぞ」
「…… ホーリー、ありがとな」
「いいって、それより、花火大会おくれんなよ」
竹口は鼻をすすり、「うん……」といった。志帆ちゃんの誘いを断り、竹口と行くことになったが、不思議と後悔はしていない。
花火大会までは時間があった。家につくと、俺はアラームをセットして、倒れるように自分のベッドに飛び込み視界を閉じた。
アラームではなく電話の着信で目が覚める。
着信は宮上からだった。
「だから、今日はいけないって……」と寝起きの声でこたえる。
宮上の声はなにかに怯えているように震えていた。
「ち、ちがうの。志帆のお父さんが……」
「え……」




