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第十四話

前に出たマリルの顔が、青ざめているのがはっきりとわかった。緊張しているだけでなく、どこか不安げな表情を浮かべている。


「マリル! 頑張れ!」


声援を送るが、「う、うん……」と自信なさげに返すだけだった。


さっきのフードの男の戦いを見て、マリルは心の底から恐怖を感じたのかもしれない。その影響で、対戦そのものが怖くなっているように見えた。


小柄でヘッドフォンをつけた少年が、マリルに合わせて前に出る。そのまま中央へと歩み出た。


「君、怖がってるね……」


それが少年の第一声だった。口元には不気味な笑み。まるで戦う前から勝利を確信しているかのようだ。


「たしかに怖いけど、わたし、負けないから」


「ふぅーん。君は隣国ノーマの出身なんだ」


「えっ? 」


マリルは目を丸くして驚く。


「そ、それがなに? この戦いに関係ないでしょ?」


「いや、別に。ただ、ずいぶんのんきだなと思ってさ」


「それ……どういう意味……?」


「ノーマは内乱の真っ只中だろ? こんなところで魔法士の訓練なんかしてるけど、家族を見捨てて自分だけ逃げてきたのかい?」


「ちがう……見捨ててない」


マリルは明らかに動揺している。


「いいや、見捨ててるね。現に君はここにいるし、それに……」


「うるさい! 私の心を勝手に読まないで!」


マリルが両手を相手に向けると、ヘッドフォンの少年の体が、まるで重力を失ったかのように浮かび上がる。


声は聞こえなかったが、少年は何かを言ったらしい。その直後、マリルの表情はさらに暗く沈んでいく。


「もう黙って……」


マリルが手を高く上げると、少年の体はどんどん上昇していった。おそらく五十メートルはある。


「ヤバい、あの高さから落ちたら死ぬぞ」


マリルの様子は明らかに異常だった。このまま本当に落としてしまうのではないかという不安が募る。


俺の心を読んだかのように、おっさんが髭をさすりながら言った。


「大丈夫じゃ。もう勝負はついておる」


呑気なことを言うおっさんに、怒鳴りつけたくなる。


「心配なんだよ! あの高さから落ちたら、間違いなく死ぬ!」


しかし、その心配をよそに、空高く上がった少年は、ゆっくりと地面へと降りてきた。


「よかった……思いとどまってくれたんだな……」


「ちがうわ。あやつはもう魔法にかかっておるんじゃ」


「見ればわかるよ。浮いてるんだから」


おっさんは、何か言いたげな視線をこちらに向ける。


「な、なんだよ……」


はぁ、とため息をつきながら言った。


「魔法にかかっているのは、おなごの方じゃよ」


「え!?」


「あの少年は、あの子の心を乗っ取ったんじゃ」


「心を乗っ取る? どういうことだ?」


「もー、めんどくさいのう。心を動揺させて、相手を操る魔法をかけたんじゃよ」


「そ、そんな言い方しなくても……。そうか、そんな魔法が……」


「心理操作の魔法か。あやつもなかなか面白い素材じゃの」


やがて少年は地面に降り立つ。そしてマリルはメラさんの方を向き、手を上げた。


「まさか、今度はメラさんに魔法を!?」


おっさんは無言のまま様子を見ている。


「教官、私の負けです」


手を上げたのは、降伏の意思表示だった。


弱者に用はないと言わんばかりに、メラさんは「下がれ」とだけ言った。


ヘッドフォンの少年が去った後も、マリルの表情は暗いままだった。


「もう、魔法は解けてるんだよな……?」


うつむいたまま戻るマリルを見つめる。


「そうじゃな……」


その後、数組の対決があったが、俺はマリルの様子がきになり集中して見ることができなかった。


そのまま全ての対決が終わり、メラさんが前に出て声を張り上げる。


「お前らの実力はよくわかった。この戦いで、それぞれ自分の足りないところも見えただろう。魔法士試験まで時間がない。今日のことを教訓に、訓練に励め。以上、解散」


その言葉を受けて、生徒たちは散っていった。


「解散? 帰っていいのか?」


「どうする? 戦いも終わったし、お主も元の世界に帰るか?」


「気になってたんだけどさ。俺が元の世界に帰るのって、おっさんの魔法なんだよな?」


「そうじゃが?」


「光魔法って、そんなことまでできるものなのか? 俺も覚えたら、異世界を自由に行き来できるのか?」


「……それは、まだ秘密じゃ。とりあえず今は、ワシの魔法で帰れるとだけ覚えておけ」


その真剣な表情を見て、これ以上踏み込むべきではないと悟る。


「そ、そうか。あともうひとつ。俺が向こうにいる間、こっちの世界の時間って進んでるのか?」


「そういうことじゃな。前にも言ったが、この世界で時間を戻すのは厄介でな。使う魔力も桁違いなんじゃ」


なるほど、と考え込んでいると、おっさんが苛立ったように髭をさする。


「それでどうするんじゃ!? 帰るのか、帰らんのか! ワシもこのあと忙しいんじゃ」


「ああ、悪い悪い。このあとは……」


元の世界に帰るつもりだったが、マリルの暗い表情が頭をよぎる。


(……やっぱり放っておけないよな)


「俺もちょっとやることがあるから、今日はこのまま残ろうと思う」


「そうか。じゃが気をつけるんじゃぞ、お主は魔力が弱く、中には人間だと気づき危害を加えようとしてくるものもおるやもしれん」


「うん、わかってる。その時は俺の光魔法でなんとかするよ」


「お主の光魔法でなんとかできるとは思えんがの」


「そんな言うんだったら一緒にきてくれよ!」


「嫌じゃ、大事な用があるからワシはいくぞ!」


そう言うと、おっさんは白い光に包まれ、その場から消えた。


「おっさん、あんなに急いで何があるんだ……。それよりマリルだ」


周囲を見渡すが、マリルの姿は見当たらない。


(そういえば、探すっていってもどこに行けばいいんだ? 俺、この世界のこと何も知らないじゃねえか……。くそ、もっと聞いておくべきだった……)


「ねぇ!」


振り向くと、青い髪の少女が立っていた。青い水着姿で、腰には布を巻いている。


誰だろう、いや、そんなことより…

視線は思わず、その豊かな胸元へと吸い寄せられる。


(メラさんには劣るが……すごいな)


「は、はじめまして。素晴らしいですね……」とつい口にでる。


「え?」


しまった。魔法もかかっていないのに、心の声がそのまま漏れてしまった――。

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