第十二話
校舎の中にある保健室のような場所で、俺は目を覚ました。
「お、気づいたか?」
「おっさん……ここは……?」
「ここは学校の中にある治療室じゃ。それにしてもようやったの」
奇跡的に勝ったとはいえ、気分は最悪だった。理由は一つしかない。
「それより……あの話、本当なのか?」
「あの話?」
「志帆ちゃんのことだよ。俺が戦っている時におっさんが言ってたやつだ」
「ああ、あれか。本当じゃ……」
「はは……今度こそ完全にフラれちゃったな……」
「ただ、全てではない。伝えてなかった事がある」
「いいよ。これ以上は。傷つくだけだし……」
このおっさんのせいで、すでに取り返しのつかないレベルで傷ついている。
「桜田というおなごは、お主が嫌いなわけではない。むしろ好きなんじゃ……」
「いいって。慰められると余計惨めになるだろ」
「いいから聞け。矢鍋という男の父親はな、お主が好きなおなごの父親が働いてる会社の社長でな。言う通りにしないと父親をクビにすると脅しとったんじゃ」
「え? なんだよそれ……言う通りってなんだよ」
「矢鍋という小僧はなかなかの悪じゃぞ。自分と付き合わなければクビにすると言ってきたらしい」
「!?」
「おそらくじゃが、お主があのおなごと付き合っていると噂が流れたとき、矢鍋とかいう小僧に迫られ、それでとっさにお主に言い寄られているとでも言ったんじゃろうな。可哀想に」
「それで……。許せない……。ちょっと待てよ。嫌ってるってのは?」
「そんなこと言うたかの? お主の闘志を上げるためじゃ、多分な」
悪びれる様子もなく、おっさんは相変わらず髭を擦っている。怒る気にもならない。
「助けに行ってやれ」
「え!?」
「タイムリターンじゃ」
「いや、でも……どうすれば……」
「思ったまま行動すればよい。今のお主なら大丈夫じゃろ」
「おっさん……」
「んじゃ、いくぞ?」
「ちょっと待て、魔法戦は? けがは?……」
体が光り、意識が遠のく。
そして――自分の部屋で目を覚ました。
体の傷はなぜか消えていた。
時刻は8時を過ぎている。間違いない。あの日だ……急がないと遅刻する。
俺は学校に向かった。
教室の扉を開けると視線が集まる。だが気にせず、一直線に志帆ちゃんのもとへ向かった。
「昨日はごめん。でも俺、諦めてないから。志帆ちゃんのこと好きなんだ。だから、もっと頑張って自分に自信が持てたら、また告白するよ」
「おお!すげぇな!」
大声を上げたのは竹口だ。
志帆ちゃんが照れている。今度は魔法じゃなく、本当に顔を赤らめているのがわかり、こっちまで恥ずかしくなる。
「うん、わかった。待ってる」
志帆ちゃんは笑ってくれた。
「おい!てめえ、ふざけてんのか?」
怒声とともに矢鍋が近づいてくる。
改めて見ると、ゼファルドの半分もない体つきだ。そのおかげか、恐怖心はなかった。
「ふざけてないよ。変な噂が流れてるみたいだけど、昨日俺はフラれたんだ。それにお前には関係ないだろ?」
「なっ、ぶっ殺す!」
矢鍋が拳を振り上げる。
ゼファルドの半分以下の圧力だ。
殴り方もよくわからない俺は、魔法戦と同じように、目をつぶって拳を前に突き出した。
「うわぁっ!」
俺の拳は、矢鍋の鼻に当たったらしい。矢鍋はよろけて膝をつく。
「この野郎……殺す!」
睨みつけている矢鍋を、ここぞとばかりに見下ろす。
「いい加減にしろよ。お前も志帆ちゃんのこと好きなら、やり直して告白でもなんでもしろよ」
「な、何言ってんだ。俺が……」
「好きなんだろ? じゃあどっちが選ばれるか、正々堂々勝負しろよ。そこでお前を選ぶなら、俺は素直に身を引く」
「クソが……調子に乗って喋りやがって」
俺は矢鍋の胸ぐらをつかむ。
「うるせぇ!! 俺はお前と違って、背も高くないし、金もないし、スポーツもできないし、喧嘩も強くない! 今の時点でお前の方がめちゃくちゃ有利なんだよ! それでも正々堂々できないのかよ!」
「何言ってんだあいつ……」と竹口が不安そうに呟く。
矢鍋は目を逸らし、手を振りほどく。
「ちっ、気持ち悪い野郎だ……」
そう言って教室から出ていった。
とりあえずはよかった。あのまま続いていたら、負けていたかもしれない。
そのとき――
「よう!」
背中を叩かれる。
振り向くと、思わずぎょっとした。
自分とは別世界の住人だと思っていた男だった。
背が高く、爽やかなルックスでスポーツ万能。天然な性格とのギャップで女子人気も高く、竹口がひそかにライバル視している男だ。
「え? おれ?」
「はは、他に誰がいるんだよ。やるじゃん、お前。俺、矢鍋嫌いだったからスカッとしたわ」
「あ、どうも……」
なぜか緊張する。
竹口以外の同級生の男子と話すのは久しぶりだからだろうか。
「俺は秀人。よろしくな」
差し出された手を握る。
「う、うん。よろしく」
そのとき教師が教室に入ってきた。
「おー、どうした? お前ら席につけよ」
「そっか、まだホームルームだった……」
「また後でな」
秀人は席に戻っていく。
俺も席に座ると、竹口がニヤリと笑いながら手を差し出してきた。
「ハイタッチだ!」
「ん?どうした?」
「いいから!」
「ありがとう」
照れくさく笑いながら、ハイタッチを交わす。
その瞬間、竹口が固まった。
「まさか……」
周囲を確認すると、やはり――おっさんがいた。
「やったの! お主! ヒーローではないか!」
「そんなんじゃないよ。でも、おっさんのおかげかもな……」
「戻るぞ」
「え? もう? ちょっとくらい余韻に浸らせろよ」
「うむ、わかった」
そう言った直後、躊躇なく俺は異世界へ飛ばされた。




