9話 特製ナポリタン
隼人が視線だけで『開けろ』と指示する。反抗するのも億劫で、俺は封筒からカードを取り出した。
それは予想通り、結婚式の招待状だった。
「6月に挙式をする。身内の欠席は体裁が悪い、ということは理解できるだろう。当然、参列するように」
隼人の言葉に、俺は眉をひそめた。
「兄さん、あんたねぇ……」
俺の視線は、思わず梨夏に向かった。だけど、梨夏は、無表情でこちらを見ているだけだ。
「元婚約者の前で、よくもそんなことが言えるな」
俺の言葉は、怒りを含んで震えていた。
まさか、兄がここまで配慮のない人間だったとは。すると、梨夏が静かに口を開いた。
「圭人さん、公私混同は良くありません。私は今、隼人さんの秘書としてここに同行しています。個人的な感情は、仕事には持ち込むつもりはありませんよ」
驚くほど冷静で、事務的だった。
「梨夏は、優秀な秘書だよ」
「……ありがとうございます」
そのプロフェッショナルな態度に、俺は何も言い返すことができなかった。隼人はさらに言葉を重ねる。
「お前が梨夏と時々会っていることは知っている」
「それはっ――」
「いや、別に構わないさ。部下のプライベートに口は出さない主義だ。好きにしたらいい」
梨夏が少しだけ眉をひそめた。ポーカーフェイスが一瞬だけ崩れる。
「なぁ、圭人。あのバイク、まだ乗っていたんだな」
隼人は店の前に置かれたバイクを見る。
「バイクも女も、お下がりで満足か?」
その言葉は、俺の全てを見透かしているかのように聞こえた。
「常務、少しお言葉が過ぎます」
「それは失礼した」
不穏な空気に、全員の時間が止まったかのようだ。
――ひとりを除いて。
「ねえ、お兄さん。ご注文は?」
重い空気を割った明るい声。
そこで初めて、隼人の視線がソラを捉えた。
「ここの特製ナポリタン、野菜たっぷり、半熟の目玉焼きが乗っていて、とっても美味しいですよ」
カウンター席に座っていたソラは、甘えるような視線で、隼人をじっと見上げていた。




