18話 苦いティラミス
翌日、俺は店の看板メニューのティラミスを作っていた。ボウルにマスカルポーネチーズと卵黄、砂糖を混ぜていく。
昨夜のもやもやをかき消すように、泡だて器に力をこめた。
すぐ隣では、ソラがコーヒーメーカーの準備をしている。
まるで何事もなかったかのように、鼻歌まで聴こえてくる。そんなに機嫌がよくなるほど、いい夜だったのだろうか。
「ねぇ、それ、味見してもいい?」
すぐそばでソラの声。
振り向くより早くソラがボウルに手を伸ばす。
「あ、コラ!」
ソラの指先に白いクリームがついている。
衝動的にその手首を掴み、指先にそっと唇を触れさせた。
「ケイ……?」
ペロリとクリームを舐めとる。
「ちょっと甘すぎたかな」
昨夜はこの指が、梨夏の柔らかな髪や肌に触れたのかもしれない。そんな嫉妬が俺の頭を支配した。
驚きに目を見開くソラをよそに、俺は掴んだその手を強く引き寄せた。
「どうかしたの?」
ソラが目を見開くと、グレーがかった無垢な瞳に、自分の嫉妬に歪んだ顔が映った。
「ご、ごめん」
俺が手を離すと、ソラはニコッと笑う。
「なんだ、ケイからのキスを期待したのに」
「何言ってるんだよ」
だって、おまえは昨日は梨夏と……。
俺はハッと我に返り、ソラから体を離した。
ちょうどその時、ドアのベルが鳴る。
「おはようございます!」
段ボールを抱えた配送業者の声が、店内の静寂を切り裂いた。
「ごくろうさまです」
ソラは受け取った納品書にサインしながら、いつもの調子で話している。
さっきまで赤かった頬も、今はもう平然としているように見えた。その自然さが、少しだけ悔しい。
仕上げのココアをふりかける。ふわりと立ちのぼる、ほろ苦い香り。
平然と荷物を受け取っているソラの背中を見つめていると、視界が熱く歪むような感覚に陥った。
さっき舐めとったクリームの甘さが、喉の奥でじりじりと焼けるように熱い。
あの指が、あの唇が、俺以外の誰かを知っている。
そう思うだけで、心の底にあるどろりとした衝動が、理性の堰を壊そうと暴れ出す。
いっそ、このまま。
この店の鍵を閉めて、こいつを部屋へ連れ去ってしまいたい。
「ケイ? さっきの荷物、パントリーに運んじゃうね」
振り返ったソラの、何もかもを見透かしているような微笑。
俺の中に渦巻く醜い独占欲を知ってか知らずか、ソラは軽やかな足取りで俺の横を通り過ぎる。
「……ああ、頼む」
掠れた声でようやくそれだけを絞り出すと、ソラは一瞬だけ足を止め、背中で小さく笑った気がした。
パウダーを振りすぎたティラミスは、今の俺の心と同じように、ひどく黒く、苦そうに見えた。




