13話 猫を待つご主人様
その夜、ソラは帰ってこなかった。
珍しいことではない。
朝、目を覚ませば、当然のように俺の腕の中に潜り込んでいるんだろう。
そう自分に言い聞かせながらも、俺は暗いリビングで、ぼんやりとスマートフォンの画面を見つめていた。
発信ボタンにかかる指が、微かに震え止まる。
『今、どこにいるんだ?』
『何をしているんだ?』
聞いたらソラは二度と帰ってこない気がした。
俺はソラのことを何も知らない。そう、本名さえも。
ソラが今、俺以外の誰かにあの甘い声を向け、その身体を預けて笑っている。
そう想像するだけで、視界が歪むほどの嫉妬が、ドロリとした熱を持ってせり上がってくる。
勝手な嫉妬だと、分かっていてるのに。
『ただいま』
玄関のドアが開く音と、ソラの声が聞こえる幻聴に、何度も振り向いた。
しかし、誰もいない。部屋には静寂だけが広がっている。
ソラがいることが、気づけば当たり前になっていた。他愛もない話をして、二人で笑い合う。その日常が、こんなにも俺にとって大切なものだったなんて。
ソファに横たわる。かすかに、ソラの残り香が漂っていた。
『大好きだよ』
ソラが俺に囁いた言葉がよみがえる。もしあれが本気の想いだったなら、俺はソラの気持ちに応えられるのだろうか。
深夜2時。
帰ってこない気まぐれな猫を待つのは、こんなにも苦しくて、惨めなものだったんだな。
「……早く、帰ってこいよ」
俺は闇の中で独りごちた。
飼い主面をした俺の方が、本当はソラという鎖に、深く繋がれている。ずっと、気づかないふりをしていただけだ。




