12話 知らないソラの顔
数日後の定休日。
俺は新しいコーヒーカップを買うため、少し遠出をしていた。
馴染みのアンティークショップは、先代のオーナーに教えてもらった場所だ。
気のいい店主との会話も楽しく、穏やかな時間が流れる。年代物のカップをいくつか見つけ、俺は束の間の満足感に浸っていた。
春の陽射しが心地よい。
桜はすでに散り急いでいたが、代わりに萌え始めた新緑がきらきらと眩しく光っている。
オープンテラスのあるカフェで、のんびりしてから帰ろうか。そんなことを考え、反対側の通りに目をやった。
そのときだ。
「……ソラ?」
最初は、見間違いだと思った。
全身を黒ずくめで固め、フードを目深に被っている。数時間前まで、俺のベッドで丸くなって寝ていた男とは、まるで別人のような鋭い気配を纏っていた。
俺は無意識のうちに、ソラの後を追っていた。
ソラは人通りの少ない路地を抜け、歓楽街の一角へと入っていく。
まだ明るい時間帯だというのに、通りにはネオンの残光が滲み、安っぽいアルコールと香水の匂いが混じって漂っていた。
この街の住人のように手慣れた足取りで、ソラは迷いなく進む。
キャバクラの店先でタバコを吸っていた男が、ソラに向かって「よう」と親しげに声をかけた。ソラは軽く手を上げ言葉を返す。
どう見ても、堅気の人間ではない風貌の男と、あまりに自然に接している。
確かにソラは『夜の店で働いていた』と言った。
それはもう終わった過去の話だと思い込んでいたけれど、同居して3ヶ月。俺はソラのことを何ひとつ知らないままだ。
ソラは古びた雑居ビルの前で立ち止まると、そのまま外階段を上っていった。
2階のドアが開き、中から黒服の男がソラを出迎える。何やら親密な挨拶を交わすと、男はソラの肩を抱くようにして中へと招き入れた。
ソラの姿が見えなくなると、俺はビルの正面へと回り込んだ。
『2階 LUNATIQUE』
看板にはそう記されている。
俺はすぐにスマートフォンを取り出し、その店名を検索した。
『メンズエスコート』『恋人代行クラブ』『貴方だけの最高の夜を演じます』
どぎつい宣伝文句が画面いっぱいに並んだ。
スクロールする指が、真実を拒絶するように震えた。
ソラの無邪気な笑顔の裏に隠された、もうひとつの顔。
それが、俺の平穏な心を激しく揺さぶった。




