第四十五話 在り様を証す
「……おい、これァ本当に、こっちで揃えたのかよ」
安政六年十月。須崎口から浦ノ内の湾へ入り、山の裾をなぞるように奥へ分け入ったところで、勝麟太郎は思わずそう言った。
浦ノ内の水は、外とは色が違う。山の影を映して深く、静かで、音を呑む。風はある。水面にも細かな皺は立つ。だが、それは外海のうねりではなく、内湾そのものの呼吸に近い。折れ、曲がり、さらに折れてゆく湾の、その奥の開けた水面に、一艘の船が繋がれていた。
双胴の構えは見覚えがある。
鳴龍丸で、一度通った筋だ。
だが、これは違う。
括りが違う。
巨きさが違う。
近づくほど、それがただの延長ではないことが分かる。
麟太郎は腕を組んだまま、しばらく黙って船を見た。
浦戸で鳴龍丸を見た日のことを覚えている。砂時計と測程器を並べ、観光丸と見比べ、あれは倍は速えと口にした。砲を撃たせた時には、船が座ってやがるとも思った。あの時点で、土佐のやっていることは十分におかしかった。
だが、眼前の一艘は、その先を行っている。
左右の胴は長く細い。梁は太いが鈍重ではなく、甲板は広い。帆は要るだけ立ち、砲は要るだけ据わる。飾りがない。だが、貧相でもない。
無駄を落として、なお立っている。
麟太郎はわずかに口の端を上げた。
「……やりやがったな」
呟きは軽い。だが、目は笑っていない。
長崎伝習以来、蘭書も図面も、蒸汽船の帳面も、嫌というほど見てきた。観光丸も知っている。鳳凰丸も知っている。遠くへ行く船の理屈は分かる。
だが、これは理屈の立て方が違う。
速さだけなら話は単純だ。
大きく積むだけでも筋は立つ。
砲を増やすだけなら、脅しの船にもなる。
ところが、こいつはどれでもない。
左右二機。補助帆装はあるが、帆に頼る顔はしていない。兵装は万条砲二門を芯に軽くまとめ、乗員も百余で収めている。余るところがない。足りないところも見えない。
「……こりゃあな」
今度は言葉が続いた。
「うまく出来すぎてやがる」
無理のない船は扱いやすい。
だが、無理が見えねえ船は、どこで歪むかが見えづらい。
しかも、これをこの国で、ここまで持ってきたという。
感心はある。それを否定する気はない。
ただ、別の勘も働く。
ここまで綺麗に収まる筋じゃねえ、という勘だ。
その時、背後から女の声がした。
「海陣奉行所、舟手御用係、細川万でございます」
麟太郎は振り向いた。
最初からそこにいたはずなのに、視界へ入るのが半拍遅れる。綱のきしみも、波の返しも、人の足音もある。なのに、この女だけが妙に周りへ押し返してこない。
整ってはいる。だが、整いすぎている。
人を見る目ではない。
測るでもなく、読むでもなく、何かを当てはめているような目だ。
女は一拍だけ船へ視線を向け、それから静かに言った。
「公儀外洋双胴蒸汽船、双翔丸にございます」
麟太郎はその名を口の中で転がさなかった。
ただ、船を見た。
双翔丸。
なるほど、とだけ思う。
「……あんたか。色々話は聞いてるぜ」
聞いてもなく、呼びでもない。麟太郎は目だけを向けた。
「鳴龍丸の延長ではありません」
万はそう言った。
「見りゃ分かる」
麟太郎は船から目を外さない。
「浦戸で鳴龍丸を見た時でも、あれで十分おかしかった。観光丸の倍は速え。砲を撃たせても座りが崩れねえ。だが、そいつはまだ鳴龍丸で済んだ」
わずかに顎をしゃくる。
「こいつァ、その先だ」
万は黙って聞いていた。
「一つ、聞かせてもらっていいか」
返事は待たない。
「双胴で太平洋を渡る。しかも亜米利加で終いじゃねえ。阿蘭陀が寄こせと言い、その先は英吉利や仏蘭西まで見えてる」
そこで、ようやく万を見た。
「――持つのかよ。あの波に」
「持ちます」
間髪を入れない返答だった。
麟太郎は目を細めた。
「持つ、じゃねえのか」
「持たせるために組んであります」
万の声は変わらない。
「速さを誇るために削った船ではありません。渡るための船です。余力を残してあります」
「海は計算書通りじゃねえぞ」
「ですので、計算の方に海を入れてあります」
麟太郎は、一拍だけ黙った。
それから、ふっと笑った。
「……なるほどな」
気に食わない。
だが、筋は通っている。
「まるで、あんたみてえだな」
軽く言っただけだ。意味を説明する気はない。
万は否定も肯定もしなかった。
双翔丸が、湾の風に応じてわずかに身を揺らす。麟太郎はその挙動を見てから、肩をひとつ落とした。
「まあいい。理屈は通ってる。だがな――机の上の話と、海ァ違う」
視線は船へ戻っている。
「長崎まで一度回す。湾の静けさでまとまった顔してても、須崎口を抜けりゃ別だ。梁の鳴り、機関の息、双胴の戻り、乗る人間の持ち――そこを見りゃ腹も据わる」
一拍置く。
「そこで崩れねえなら、本番で文句ァねえ。逆に言やあ、崩れるならそこで分かる」
そして最後に、ようやく万へ顔を向けた。
「――付き合うぜ。あんたの船」
◆
船が須崎口を離れると、水の顔が変わった。
浦ノ内の内で山に抱かれていた波が、外へ出ると切ってくる。面で持ち上げるのでなく、断ってくる。間がある。その分だけ重い。押されたあとに引き戻される力が強い。
双翔丸はそれに応じた。
右で受け、左で逃がし、噛み合いながら戻す。上がり幅は抑えられ、捻れも想定の内に収まっている。
設計通りだった。
誤差はない。
万はそう認識した。
板の返りを足で読む。梁の鳴りを聴く。機関の脈を数える。
安定している。
――問題はない。
そのはずだった。
甲板の上で、人が崩れる。
歩幅を外す者がいる。手すりを掴み、しばらくそこから離れられなくなる者がいる。吐いた者の背を別の者が支え、その支えた方が次の揺れでよろめく。
同じ船に乗っている。同じ波を受けている。
それでも、崩れ方が違う。
万は、その違いを見た。
波形を追う。周期も振幅も既に把握している。
それと人を並べる。
一致しない。
若い舟手のひとりは、顔を青くしながらも歯を食いしばって持ち場を離れない。別の者は吐きながら、なお仲間の背を押している。砲術方の男は舷の外ばかり見ている。気を紛らわせようとして、かえって揺れに呑まれている。
坂本龍馬は笑っている。だが、その笑いの底で肩が硬い。中浜万次郎は静かに海を見ていた。視線だけが、遠い。
麟太郎だけが、最初から船と同じ側に立っているような足取りで歩いていた。
揺れは同じだ。
だが、受けているものが揃わない。
(……収まらない)
数値に落ちない。
船は成立している。
だが、その上で崩れるものがある。
万は、もう一度だけ双翔丸へ視線を戻した。
構造は変わらない。入力に対する応答は一定だ。そこに、人が乗っている。
人の側だけが変わる。
(……載せている)
違う。
積載ではない。
もっと曖昧で、もっと大きいものを含んでいる。
万は歩く。甲板のきしみを確かめる。揺れを足で読む。
変わらない。では何が変わるのか。
再び人を見る。ある者は湾口の彼方だけを見る。ある者は足元だけを見る。ある者は何かを言おうとして、言葉を呑む。
それぞれが、違うものを胸に抱え、違う方向を見ている。
(……目的が違う)
ここで初めて、一つつながる。
同じ場所にいるが、同じものを見ていない。
それでも――同じ方向へ運ばれている。
万は立ち止まった。
船は選んでいない。この者だけを運び、あの者を降ろすことはない。
揃えない。ただ、そのまま載せる。ばらばらのまま、まとめる。
(……運んでいる)
言葉はまだ確定しない。
だが、構造は見え始める。
麟太郎が横に来た。
「どうだい。具合は」
短い。だが、問いは船だけに向いていない。
万はすぐには答えなかった。
海を見る。
船を見る。
人を見る。
三つを並べる。
初めて、一つとして扱う。
船は変わらない。
人だけが揺れ、迷い、違いを持ったまま乗っている。
それでも進む。
双翔丸はそれを拒まない。選ばない。まとめて運ぶ。
「……人も、運ばれるのですね」
小さく、確認するように言った。
麟太郎は鼻で笑った。
「船ってのは、最初からそういうもんだ」
軽く言って、外海へ続く水の方を見る。
「行きてえ奴も、逃げてえ奴もな。まとめて連れて行く」
波が一つ、大きく来る。
双翔丸はそれを外す。
揺れる。
だが崩れない。
人は揺れる。それでも落ちない。残る。そのまま、進む。
万はその様を見ていた。
双翔丸は変わらない。
だが、その上にあるものは変わり続けている。
恐れも。
望みも。
覚悟も。
揃わないまま、載っている。
そこでようやく、岡豊山での六十年の歳月が胸の底で静かにほどけた。
造り続けてきた。
整え続けてきた。
動くものを。理に適うものを。無駄のないものを。
細川半蔵の記憶を継ぎ、その先を見ようとしてきた。力を貸すことが己の在り様を証すことになるならば、それでよいと思ってきた。
だから象った。磨いた。動かした。完成へ近づけた。
だが、それだけでは足りなかった。
いかに精妙に象っても、ただ在るだけでは届かぬものがある。
ただ動くだけでは、渡せぬものがある。
ここには、乗っている。
人が。意思が。ばらばらのまま。それでも前へ行こうとするものが。
半蔵が追ったのは、動く理だった。
自分が長く縋ったのは、象ることそのものだった。
けれど今、ようやく分かる。
機巧は、動くためだけに在るのではなかった。
人を、時を、先へ渡すために在る。
(……それで、よいのですね)
初めて、その結論に至る。
揃えなくていい。削る必要もない。
そのままで――進めばいい。
双翔丸は、すでにそれをしている。
自分はどうか。
ただ象るだけでは足りぬ。
通す者でなければならぬ。
万は、静かに息を落とした。
初めての動きだった。
「――己の在り様を、証します」
声は低い。誰に向けたものでもない。だが、迷いはなかった。
「先の世へ、人を運ぶために」
一拍。
双翔丸へ手を置く。
そこに在る構造の側へ。
「私は、そのために在ります」
波が抜ける。双翔丸は応じる。人を乗せたまま。人のまま。
“万てを象るもの”は、動かない。
だが、ただ在るのではない。揃わぬものを載せ、そのまま前へ渡す器を成立させる側として、そこに在る。
「……進みます」
誰に向けたものでもない。
双翔丸は進む。
人の違いを抱えたまま。
そのまま、前へ。
【史実解説】咸臨丸と日本の外洋航海のはじまり
咸臨丸は、幕府が海軍整備のためにオランダへ発注した軍艦の一つで、長崎海軍伝習所の流れの中で受け入れられた船でした。オランダからは観光丸が寄贈され、幕府はさらに咸臨丸・朝陽丸を求めており、幕末日本が「外洋へ出る技術」を、いきなり自前で生んだのではなく、まずは学び、買い、動かしながら身につけていったことが分かります。
咸臨丸が象徴的なのは、やはり万延元年(1860年)の渡米です。日米修好通商条約の批准書交換のため遣米使節が派遣される際、咸臨丸は随伴艦として浦賀を出て、サンフランシスコへ渡りました。幕府の船が太平洋を横断した、というこの事実は、それ自体が幕末日本にとって大きな意味を持っていました。単に一艘の船が海を渡ったというだけでなく、「日本は本当に外洋へ出ていけるのか」という問いに対する、きわめて大きな実証になったからです。
ただ、咸臨丸の価値は「初めて渡った」という一点だけではありません。長崎海軍伝習所での教育、オランダ式の操船や機関運用の習得、近海での訓練、そうした蓄積の延長にあの航海はありました。つまり咸臨丸は、奇跡の一回というより、学びと試行の積み重ねがようやく海の上で形になった船だったのだと思います。
ゆえに本作でも、外洋船をただの“すごい船”としてではなく、技術と人と政治の蓄積が一艘に畳まれていくものとして描いています。




