第四十三話 入る利、残る影
春の名残がようやく薄れ、城下の風に早い湿りが混じり始めたころであった。
高知城下は、見た目には以前より明るくなっていた。
寅の大変の傷痕は、もちろんまだ消えてはいない。焼け跡の黒は土の底に残り、崩れた石垣の隙間には新しい土がまだ馴染み切っておらぬ。だが、それでも人の手は絶えなかった。槌の音が戻り、荷車の軋みが戻り、川湊には舟の影が戻り始めている。戻ってきたのは物の数だけではない。人の顔つきにも、ほんのわずかではあるが、先を見ようとする色が差していた。
その日の朝、山内豊範は、政所奥の小座敷へ上がる前から落ち着かなかった。
まだ齢、十八。
土佐藩主家の嗣子として学問と作法を仕込まれてはきたが、それはあくまで「いずれ」の日のためである。まさかこの年で、ほんとうに藩主の座へ押し出されるとは、自分でも思っていなかった。
先代容堂は、もともと南邸山内家より本家を継いだ人であった。豊範にとっては実父ではない。けれど幼い頃から「殿」と仰ぎ、遠く大きな背として見上げてきた一門の長である。その人が退き、自分が本家を継ぐ――理の上では分かっていても、その重みはまだ身に馴染まない。
名代わりは済んだ。
だが、藩の熱まで一夜にして移るわけではない。家中の眼はなお先代を離れず、政の実務は三家老や年長の役人たちが支えている。それでも、藩主の名で上がる書付は、もう誰でもなく豊範の前へ置かれる。若い新藩主は、このごろようやく、そのことの重さを知り始めていた。
しかもこの日は、長崎会所筋から大きな報が上がるという。
政所の脇障子をくぐると、すでに何人かが座についていた。
殖産総監の五藤主計は、いつものように紙を前にして眼を伏せている。そのさらに下手に、長崎会所役の岩崎弥太郎と近藤長次郎、そして藩御用の鯨海商会より佐野屋萬助が控えていた。
弥太郎は相変わらず笑わぬ顔で、巻紙の端だけを指で押さえている。
長次郎はその隣で、膝の上に手を重ねていた。
萬助だけが、城の座敷の畳にまだ少し身体を馴染ませ切れていないように見えた。だがその緊張は卑屈なものではない。商人が武家の場へ出るときの、あの独特の張りである。身を低くしながら、腹だけは決して引かぬ者の張りだ。
豊範が上座へ座ると、主計が軽く一礼した。
「本日は、長崎筋よりの勘定と、その回りのことにつき、まずご覧に入れとうございます」
その言葉を受け、弥太郎が巻紙を開いた。
紙の擦れる音が、やけに小さく響く。
「阿蘭陀より、初年度分の特許料――見込みではございますが、八万ギルダー相当前後。その入りが立ちました」
座の空気が、目には見えぬほどわずかに変わった。
豊範は、表に出さぬよう努めながらも、胸の内でひとつ息を呑んだ。
八万ギルダー。数字そのものは異国の貨幣であり、日頃の勘定と同じ重さでは呑み込みにくい。だが、それが大きいことだけは、座の誰もが知っていた。
もっとも弥太郎は、その驚きを待たなかった。
「もっとも、これはいきなり城の蔵へ現銀で積まれるわけではございませぬ」
そう言って、紙を一枚めくる。
「前払の八万ギルダー相当は、すでに器械、鋼材、精密部品、石炭、油――すなわち舟渠と双胴船の骨へ沈んでおります。今度の八万は、それと同じ額が、材ではなく利として戻る見込みにございます」
豊範にも、その違いは分かった。
前払金は、まだ手で触れることのできぬものだった。舟渠の車輪であり、鍛冶場の火であり、木と鉄の中へ沈んだ異国の利である。けれど今度の八万は違う。帳面へ載り、配り先を決め、藩として使うべき金として姿を見せ始める。
主計が静かに言った。
「利が入ったということは、使い道を決めねばならぬということでもございます。両勘定に引き直せば、およそ二万四千両前後――」
豊範は、あらためて息を呑んだ。
二万四千両。耳で聞けばただの数である。だが、その響きは、まだ十八歳の新藩主の胸には大きすぎた。城の蔵の奥へ積み上がる銀の重さ、港に下ろされる材木の山、舟渠に集まる人足の列――そうしたものが、遅れて一度に目の前へ迫ってくる。
喜ぶより先に、これは自分の前へ置かれたのだ、という思いが来た。どこへ流すかで、土佐の骨が変わる。その重みだけは、幼い胸にも痛いほど分かった。
弥太郎は続けた。
「阿蘭陀は、これは一隻二隻の物珍しき商いで済ますつもりはありません。沿岸、河口、島嶼、植民地――売り先はいくらでもある。初年度十艘、そこを本目に置いております」
萬助が、そこで初めて眼を上げた。
十艘。土佐の者が頭で思い描くには、少し大きすぎる数である。
だが弥太郎は眉ひとつ動かさぬ。
「向こうは国を賭けております。英吉利に先を取られれば終わると分かっちゅう。ですき、売る。売るために、まず数を並べる。その上で、利を削ってでも道を押さえる。――銭勘定だけ見れば無茶です。けんど、国の勘定で見れば、無茶をする方が理に適うがです」
そこまで言ってから、ようやく少しだけ口の端を上げた。
「向こうが本気であればあるほど、こちらの利は確かになります」
長次郎が、その言葉の後を継いだ。
「長崎では、まだそこまで大きな声では出ません。けんど異国商人の鼻はよう利く。船の速さも小回りも、噂だけでは終わらんでしょう。ことに島と浅瀬の多いところ、河口から荷を上げるところ、兵も荷も同じ舟で急いで運びたいところ――そういう向きは、もう目の色が違う」
彼は、商人らしく言葉を選びながらも、どこか抑え切れぬ熱を含んでいた。
「つまり、売れるがじゃろう」
豊範が思わず口にすると、長次郎はすぐに頭を下げた。
「はい。売れます。少なくとも、向こうは売る気でおります。しかも、ただ買うて終いではのうて、阿蘭陀がこれを“阿蘭陀の船”として立てにかかっております」
主計がそこで、低く問うた。
「公儀筋に、妙な聞こえは立っておらぬか」
長次郎は一拍置いた。
「いまのところは。阿蘭陀側も、そこはよう弁えちょります。表向きは、あくまで向こうで仕立てた新式船として売り出す腹です。土佐の名も、新世社の名も、むやみに前へは出しませぬ」
弥太郎が脇から口を添えた。
「もっとも、鼻の利く者は気づき始めちょります。どこぞに、ただ売るだけでは済まん筋が通っちゅう、と。けんどそれも、せいぜい長崎の商人か、異国相手に口を利く連中までです。御公儀の評定へそのまま上がるほどの話ではございませぬ」
主計は黙って頷いた。
その答えに、豊範の胸のどこかが静かに熱くなった。
先代が退き、政争の熱が削がれたあとで、土佐は縮むのではない。名をむやみに立てずとも、別の形で外へ手を伸ばしている。そう感じられた。
だが、話はまだ紙と海の上だけでは終わらなかった。
主計が、視線だけで萬助に促す。
佐野屋萬助は、畳へ手をついて一礼し、ゆっくり口を開いた。
「おそれながら、商いの場から申し上げます」
声は低いが、よく通った。
「利が入る、というのは、蔵に銭が積まれるばかりではございません。荷が増えます。倉が要ります。材木が要ります。縄も釘も炭も、飯場の米も要ります。荷を上げる小舟も、運ぶ牛馬も、人足も要ります。ひとつ大きな船の話は、船場だけでは済まぬがです」
豊範はじっと聞いていた。
萬助の話は、弥太郎の帳面とも長次郎の海路とも違った。もっと土の匂いがした。木口に打たれる鑿の音、湿った縄の手触り、米俵を担ぐ肩の痛みまでが、その声の向こうから伝わってくる。
「長崎でもう見え始めちゅうがは、そこです。荷のまわる先に、町の銭が落ちる。正札で買う者、急ぎで買う者、口銭を取る者、借りを返せる者――そういうものが、一つずつ出てまいります。鯨海商会も、その流れに乗れます。いえ、乗るだけでは足りませぬ。流れそのものを太うせねば」
萬助はそこまで言って、ほんの少しだけ眼を伏せた。
「寅の大変で、潰れた商いもようけあります。わしらのように、看板だけ残って中身を失うた者もおる。けんど、道が出来れば、また起こせます。新しい世の利いうもんは、そこまで届いて初めて、本当の利になります」
その言葉には、飾りがなかった。
だからこそ豊範の胸へ重く入った。
新しい世の利。
それは異国の話でも、上士の議論でもない。倒れた蔵を建て直し、港に積み上がる荷を増やし、職人に手間賃を払い、若い者へ飯を食わせる力でもある。
主計が、低く言った。
「銭は道へ流してこそ生きる、か」
萬助は頭を下げた。
「はい。溜めるだけでは腐ります。流れれば、人が増えます」
座の空気が少しだけ柔らかくなる。
豊範はその場にいる皆の顔を見た。主計は静かに頷いている。弥太郎の顔には、喜びというより確認の色がある。長次郎は若い藩主の胸の高鳴りを見抜いたような、少しだけ明るい眼をしていた。
豊範は、ようやく口を開いた。
「……よう分かった。これは、ただ入った銭を数える話ではないのう」
主計が静かに応じた。
「は。銭が来た、ではなく、世の流れがこちらへ触れ始めた、ということにございます」
その言葉を聞いたとき、豊範は初めて、自分の座が先代の頃とはまた別の地平へつながっていることを、はっきり感じた。
土佐は辺境の一藩として海を眺めるだけではなくなりつつある。船を起こし、港を持ち、外から来る利を自分の力へ変え始めている。理として聞かされてきたことが、ようやく世の手触りになり始めている。
胸の内には、若い高揚が上がった。
先代が退いても、藩は縮まぬ。
そう思えた。
だが、その高揚は長くは続かなかった。
座の片隅で、ひとりの年嵩の役人が、報告のあいだじゅうほとんど口を開かなかったことに、豊範は遅れて気づいたのである。
その者だけではない。金の話、商いの話、港の話となるたび、どこか座の奥で空気が少し冷える。弥太郎の報告に目を細める者。萬助の言葉に眉を寄せる者。誰も異を唱えぬ。だが、喜んでもいない。
豊範は、その冷えの正体をうまく名づけられなかった。
銭が入る。
荷が増える。
町が潤う。
若い者に仕事が回る。
それはよいことのはずだ。
なのに、なぜああいう顔をする者がいるのか。
やがて評定はひとまず解かれた。
弥太郎と長次郎は下がる前にもう一度頭を下げ、萬助もそれに倣った。退出の足音が遠ざかる。残ったのは、紙の上に置かれた数字と、座敷の隅にまだ消えずにいる薄い冷たさだけであった。
豊範はそのまま席を立たず、主計に尋ねた。
「……皆が喜ぶ話でもないがか」
主計はすぐには答えず、扇の骨を静かに撫でた。
「皆が同じように利を喜ぶ世なら、政はもっと容易にございます」
それだけ言って、目を伏せる。
豊範は黙った。
若い胸の内には、先ほどの明るさと、その言葉の冷たさとが同時に残っていた。
評定のあと、ひとりで廊を歩く。
庭には、初夏の光が白く落ちていた。遠くの方では大工の槌音がしている。城下のどこかでは、飯を炊く煙も上がっているだろう。長崎では荷が積まれ、港では縄が締まり、舟渠では鉄と木が音を立てている。たしかに世は動いている。たしかに新しい利は回り始めている。
だが、その明るさの輪の外で、声も立てずに黙っている者がいる。
その黙りの方が、豊範には妙に気に掛かった。
若い藩主は、立ち止まって城下の空を見た。
風は穏やかで、空はよく晴れている。
それでも、胸の底には説明のつかぬ曇りがひと筋だけ残った。
新しい世の銭は、たしかに土佐へ流れ込み始めている。
けれどその流れが、すべての者を同じように浮かせるわけではない――そのことを、豊範はこの日、初めてうっすらと知った。
【史実解説】山内豊範について
山内豊範は、のちに土佐藩最後の藩主となる人物です。安政六年、山内容堂が隠居したのに伴って家督を継ぎ、第十六代土佐藩主となりました。文久二年には京都警衛や国事周旋にあたり、薩摩・長州と並んで「勤王三藩」と呼ばれる局面にも関わります。さらに明治維新後は版籍奉還を経て高知藩知事となり、廃藩置県後は東京で銀行・鉄道事業や私塾経営にも携わりました。つまり豊範は、幕末の「継ぐ人」であるだけでなく、明治の入口まで土佐を背負っていく「残る人」でもあったのです。
ただし、実際の藩政運営は、家督相続ののちもしばらく隠居した容堂の強い後見を受けて進みました。史実の豊範は、名目のうえで藩主となっても、すぐに単独で大きく藩を動かすというより、容堂の政治的影響力のもとで育っていく立場にありました。この点は、本話で描いた「若い藩主の座に押し出される重み」と同じ状況です。
豊範その人は、激烈な個性で政局を切り裂く人物というより、容堂の退場後にその座を受け、時代の大きな流れの中で藩主としての役目を果たしていく存在として見ると、史実に近いと思います。




