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幕末異聞 おらぞの藤兵衛 ~異界帰りの侍、海から歴史を変える~  作者: 曽我部穂岐
第二章 舫と白波

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第四十一話 秩序の盤上

 江戸城の奥は、秋が深まるほど、かえって音を失っていく。

 庭の木々はまだ色づき切らぬのに、廊の気配だけが先に冬へ寄る。畳へ座る者は膝の角度まで正し、襖の開け閉てひとつにも息を殺す。政が荒れる折ほど、城中の静けさは深くなるものだと、大老・井伊直弼はよく知っていた。


 その朝、直弼の前には碁盤があった。

 対手はいない。盤上には黒白がほどよく散り、まだ勝負の形には遠い。直弼はときおり指先で石をつまみ、ひとつ置いては、しばらく盤を見下ろしていた。


 石の音は乾いて小さい。

 だが、静まり返った座敷では、その一子が妙に大きく響く。


 その脇へ、二通の書付が置かれていた。

 一つは、土佐から返ってきた報。

 もう一つは、諸藩の動静を探らせた控えである。


 直弼は先に土佐の報を取り、目を走らせた。


 公儀献上船の扱い替え、朝廷献上船への振替え、未着手舟渠の外洋船への転用、一橋派諸藩の巧者の受入れ、資材、人足、裁可筋――。

 文は簡潔であった。だが、その簡潔さがかえって、この報が現場の手触りまで伴ったものだと知れた。


 読み終えると、直弼は石をひとつ指先で転がし、短く言った。


「……早い」


 控えていた家臣が、深く頭を下げる。


「は。公儀船への切替え、土佐にて異存なく相済み申した由にございます。舟渠二基の割付も済み、人足・資材の手当ても立ち、宇和島、薩摩、佐倉の巧者どもも、献上船方の見分の名目にて、すでに浦ノ内へ入ったとのこと」


 直弼は石を置かなかった。

 その代わり、指先で碁盤の縁を二度、軽く叩いた。


「土佐は呑んだのではない」


 家臣が顔を上げる。


「は」


「待っていたようだ、と申しておる」


 部屋の空気がわずかに張った。

 公儀よりの指図が落ち、土佐ためらいなく呑み込んだ。


「材は」


 直弼は盤から目を離さぬまま問うた。


「木材、鉄類、機関具、いずれも筋が立っております。加えて、阿蘭陀筋より器械の類も入っておる様子にございます」


「人繰りは」


「土佐の工人に加え、諸藩より入った者どもも、そのまま差配に組み込まれております」


「どの筋で通した」


「海防の筋と舟方の筋にて、滞りなく」


 そこで直弼は、ようやく目を上げた。


「……舟方の裁きが、最初から分かれておるのか」


「は。土佐では、舟方に限らず、政事を三つの筋に分け、それぞれ見るべきことが、あらかじめ定まっておる様子にございます」


 直弼は、短く息を吐いた。


 白石をひとつ持ち上げ、黒の勢いを受ける辺へ静かに置く。

 ひと隅を締めたつもりが、別の辺が薄くなる。そんな盤面である。


 当初の献上船は三万両立て。これに公儀の追い費え六万五千両。合わせて九万五千両。

 異国に新式蒸汽軍艦をさらに一艘求めるに比べれば、まだ安い。しかも土佐には、すでに舟渠も材も器械もある。


 何が気に入らぬといって、そこが気に入らなかった。

 船そのものの工夫ではない。船を受ける港があり、それを動かす役所があり、役所を通す道筋があり、費えを立てる勘定がある。しかもそれが、別々にあるのでなく、最初から一息で繋がっていることだ。


 それは、一藩の内に一つの秩序が育ちつつある、ということであった。


「舟一艘の話ではない」


 直弼は低く言った。


「資材も人も、使う前から入る先が決まっておる。あれは工の場ではない。あれもまた、一つの政だ」


 家臣は言葉を差し挟まなかった。

 主の気分が晴れていないことは明らかであったが、それは土佐が指図に従ったからではない。むしろ、従い方が早すぎることが、直弼の不興を買っていた。


 この男は、混乱を嫌う。

 だが、よく整いすぎた秩序もまた、別の火種を孕むことを知っている。秩序が公儀の手の外で育ち始めた時、それはいつか公儀と並び立とうとする。並び立つものを、直弼は何より嫌った。


 彼の理は昔から一つであった。


「秩序は二つ要らぬ」


 盤を見たまま呟く。


 その一言のあと、しばし誰も口を開かなかった。

 白石は盤上で一見おとなしく見える。だが、置き所を誤れば、相手の形をかえって厚くする。直弼は、数日前に自ら打った一手を思い返していた。




 ハリスの意向が正式な形で入ったと聞かされた時、直弼は筆を置いたまま、しばらく動かなかった。


 批准使節に、日本の新型蒸気船の同行を求む――。

 文言だけを見れば柔らかい。だが、その内実は誰の目にも明らかであった。見物がしたいのではない。日本が条約を結んだあと、その海路を自前で保てるかどうかを見たいのだ。公文の往復、補給、警戒、帰着。そこまで含めて、海の実務を持つかどうかを量ろうとしている。


「使いたくはない」


 そのときも、直弼はそう言った。


 控えていた者は、主が何を指しているかすぐに悟った。

 土佐の新式双胴蒸気船である。

 献上船の筋も、朝廷・公儀・諸藩の汗をうまく一艘へ折り畳んだ、そのまま土佐の筋立てだ。直弼にとって、そんな舟をそのまま表へ立てるのは、旨いどころか苦い話でしかない。


 だが、使わぬわけにもいかなかった。


 幕府には、今すぐそれに代わるだけの船がない。

 批准使節の海路において、「公儀は海を持たぬ」と見られることは許されない。

 しかも、異国で新式蒸汽軍艦をさらに一艘求めるより、すでに舟渠も材も器械も揃う土佐の船を外洋用に仕立て替える方が早い。


 だから直弼は、考えた末に一つの道を選んだ。


 借りるのではない。

 認めるのでもない。

 囲うのだ。


「土佐の献上船を、そのまま公儀御用へ転じよ」


 その命は、賞ではなかった。

 土佐を褒める言葉でもなければ、一橋派に恩を売るためでもない。必要な力を、公儀の枠へ引き込み、好きなようには立たせぬための策である。海の要請を、政の鎖へ変える。直弼の打てる手は、それしかなかった。


 しかも、それは苦渋の策であった。

 船を御用にした瞬間、その船が失敗した時の恥もまた、公儀の顔へ返ってくる。使いたくない相手の力を使い、その責まで引き受ける。だからこそ直弼は、これを面白いとは思わなかった。


「金は出す。一橋の手柄にするくらいなら、幕府の鎖を付ける」


 そのとき彼が口にしたのは、それだけである。


 だが、命を下してもなお、胸の内の苦味は消えなかった。

 土佐は、もともと一橋派の中でも単なる賛同藩ではない。声高に旗を振るのではなく、船・港・勘定・朝儀といった実務を現実につなぐ手を持つ藩であった。朝廷献上と勅許出願を結び、公儀の面目と諸藩の働きを同じ舟の上に載せる、その器用さこそが、直弼には不快だった。


 よい策は、よいと認めねば崩せぬ。

 そして土佐の策は、筋が通りすぎていた。




 直弼は思いをそこから引き戻し、ふたたび盤を見た。

 ひと隅を囲ったつもりの石が、いつのまにか相手の形の内へ収まっている。そんな感触が、胸の奥に冷たく残っていた。


 一橋派の汗を、一艘へ集める。

 もともとそれが、土佐の献上船構想の妙であった。公儀一万五千両、諸藩一万五千両。名は朝廷に向きながら、実は公儀の面目も立てる。しかも船そのものだけでなく、港、資材、技、人を巻き込みながら、皆が自ら秩序へ従っていると思える形に畳む。


 それを今度は、直弼が外洋船化の名目で、公儀の金を積んで横から囲った。


 にもかかわらず、土佐はそこへ一橋派諸藩の巧者まで矛盾なく折り込んでみせた。


「受けたのではない」


 直弼はもう一度言った。


「最初から、こうなる形を持っていたのだ」


 部屋の空気が冷えた。


「危ううございますか」


「危うい」


 直弼はためらわずに答えた。


「幕府の手足になる藩はよい。逆らう藩も分かりやすい。だが、自前の秩序を持ち、それを公儀の秩序と噛み合わせてくる藩は厄介だ。いざとなればどちらの顔でも立てられる」


 そこで彼は、もう一通の書付に手を伸ばした。

 将軍継嗣をめぐる諸藩の動静――その中でも、土佐藩主山内容堂の近況を記したものである。


 もともと容堂は、一橋派の旗手の一人と見られていた。

 諸藩の議を束ね、朝廷への筋を立て、公儀の面目を損なわぬまま、一橋慶喜を中枢へ押し上げようとする。その手並みのよさゆえに、直弼もまた、容堂だけは軽く見ていなかった。


 その容堂が、近ごろは慶喜を正面から推すのでなく、将軍には南紀派の徳川慶福を立てるべしと寄り始めたという。


 一橋をまっすぐ押せば熱が立ちすぎる。慶福を立てれば座はひとまず静まる。理としては分かる。――分かるだけに、直弼は余計に腑に落ちなかった。


「折れたのではありますまいか」


 家臣が慎重に問うた。


「折れた者の手ではない」


 直弼はすぐに言った。


「熱を削いだのだ」


「熱、にございますか」


「一橋の熱だ」


 直弼は書付を見ながら続けた。


「勝てる筋を、わざわざ半歩外しておる。折れたのではない。熱を削って、別の秩序へ乗り換えようとしている。だが、それが何を守るためかが見えぬ」


 そこが気に入らなかった。

 相手の策そのものが読めぬのではない。策の先にある“恐れ”が見えぬのだ。容堂は何かを避けようとしている。慶福推挙も、献上船の受け入れも、そこへ通じているように見える。

 だが、何をそこまで恐れているのかが、直弼には分からなかった。


 そのとき、廊の外で足音が止まった。

 取り次ぎが入り、新たな書状が差し出される。


 直弼は受け取り、封を切った。

 ひと目、ふた目。

 その刹那、顔からすっと色が引いた。


 ――山内容堂、病身につき家督を嗣子・豊範とよのりへ譲り、自ら隠居を願い出る由。


 部屋の中から、音が消えた。

 家臣は顔を伏せたまま、主の次の言葉を待つ。


 病を理由に家督を譲る。

 文面だけ見れば、よくある隠居の願いである。嗣子も定まり、家中が割れぬ以上、幕府としてはむしろ拒みにくい。

 それが、直弼にはかえって不気味であった。


 なぜ、この折なのか。

 なぜ、慶福推挙へ寄った今なのか。

 なぜ、献上船を公儀の外洋船へ転じさせた、その直後なのか。


 退くなら早すぎる。遅らせるなら、まだ遅らせようのある一手でもあった。にもかかわらず、容堂はここで座を降りるという。


 慶福の推挙。

 献上船の外洋船化を、驚くほど早く呑み込んだ土佐。

 一橋派諸藩の巧者どもまでも、折り込み済みのように浦ノ内へ入れている。

 そして、この隠居願い。


 別々の石であったものが、いま急に一つの盤へ並んだ気がした。

 並んだ。だが、まだ絵にはならぬ。筋は見える。見えるのに、その真ん中だけが白く抜けている。


 ひとつ手を打てば、その先にもうひとつの手が置かれている。

 抑えたと思えば、すでに別の筋へ移っている。

 船を囲えば、土佐はその囲いを呑み込んで形にした。

 継嗣を慶福へ寄せれば、今度は藩主の座そのものを引く。

 ことごとく、半歩先を打たれている――そんな感覚が、直弼の胸の内でじわりと広がった。


 直弼は書状を静かに畳んだ。

 その手つきだけは乱れなかったが、胸の内では、何かがはっきりと崩れていた。


「……読めぬ」


 それは独り言というより、自らへの苛立ちであった。


「容堂には、何が見えておる」


 障子の外で、秋の風が一度だけ鳴った。

 直弼はそのまま動かず、しばらく書状の上へ手を置いていた。


【史実解説】井伊直弼の大老就任と将軍継嗣問題


幕末の政局で、井伊直弼の名が急に重みを増すのは、安政五年(1858年)四月に大老へ就いた時からです。直弼は彦根藩主として幕政の中枢に入り、将軍継嗣問題では紀州藩主徳川慶福(のちの家茂)を立て、一橋慶喜を推す勢力と対立しました。同じ年、条約問題もまた切迫しており、継嗣問題と開国問題とは、当時の幕府にとって切り離せぬ一つの危機でした。


史実の将軍継嗣問題では、一橋慶喜を推す一橋派には越前の松平慶永や薩摩の島津斉彬らが連なり、幕政改革への期待も重ねられていました。これに対し、家定の意向や譜代大名・大奥の支持を背景に、紀州の慶福を立てる流れが強まり、最終的には直弼の大老就任によって、その決着がつけられます。直弼は慶福擁立を明らかにし、反対派を強く抑え込んでいきました。


本作では、その史実の流れを踏まえつつ、直弼を単なる強権の人ではなく、「秩序を二つ立てまいとする者」として描いています。これは創作上の解釈ですが、史実の直弼もまた、条約調印と継嗣決定という二つの難題を一挙に処理しようとした人物でした。だからこそ本作では、献上船や土佐の動きを見ても、彼はまず「使えるか」より「囲えるか」を考える人物として置いています。

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