第三十八話 海の顔
秋の江戸は、晴れていてもどこか湿っていた。
空は高い。だが、町の息だけが低く淀む。朝の往来には魚の匂いと土埃が混じり、軒先の水桶には白い空が鈍く映っていた。
土佐藩江戸藩邸の裏門をくぐった惣兵衛は、肩から外した羽織の裾を手で払った。裾にも袴にも町の細かな砂がついている。草鞋の裏には乾いた泥が薄くこびりつき、鼻の奥には、まだ人いきれと煮売屋の煙が残っていた。
廊下の角を曲がると、奥の小間に藤兵衛がいた。文机に向かい、広げた紙の上に筆を置いたまま、何事か考え込んでいる。筆先は止まっていたが、惣兵衛の気配に、すぐには顔を上げなかった。
「……兄上」
声を潜めると、藤兵衛はようやく目を上げた。
「惣、戻ったか」
「はい」
「市中はどうじゃ」
惣兵衛は障子の脇に腰を下ろし、ひとつ息を吐いた。
「どうもこうも、町じゅうが落ち着きませぬ。将軍家の御病気がいよいよ思わしゅうないとかで、魚屋も髪結いも、一橋じゃ紀伊じゃと、まるで自分らが評定しゆうみたいに口にしよります」
藤兵衛は黙って聞いている。
「それだけでも騒がしいがやに、今朝は六月の条約の噂まで飛び交うちょりました。神奈川、長崎、箱館――兵庫や新潟の名まで出て、異人がまた国を食う、江戸はもう異国の町になる、そんなことをよう申しております」
そこで惣兵衛は少しためらった。
「……近ごろは、その中へ宿毛の名まで混じっちょります」
藤兵衛の眉がわずかに動いた。
「宿毛か」
「はい。西国にも新しい開港場が要るとか、六月の約定には土佐の宿毛が初めから入っちゅうとか、異人は土佐の新式の蒸気船を見て、あの港を譲れんなったとか……。好き勝手に申す者ばかりで、どこまで本当やら分かりませぬ。けんど、町人の口から土佐の西端の港の名が出るのは、どうにも妙ながです」
外で、藩邸の者が桶を運ぶ音がした。板の間を足袋が擦る。いつもの朝の音である。だが、そのいつもの音の向こうで、江戸の町だけが別の拍でざわめいているように思えた。
藤兵衛は筆を置いた。
「噂は半分本当で、半分は勝手な尾ひれじゃ」
「では、宿毛のことは……」
「本当じゃ」
惣兵衛は思わず背を起こした。
「宿毛開港は、もう紙の上では決まっちゅう」
「……では、町の者らが言うように、あの港は御公儀や異人のものになるがですか」
藤兵衛は首を振った。
「そうではない。宿毛をくれてやるがやない」
短く言い切ってから、少し声を落とす。
「条文だけでは船は動かん。荷も人も、書付も病人も、どこかの港で引き受けねばならん。風待ちも、補給も、軽い繕いもいる。その引き受け口に、宿毛が選ばれた」
惣兵衛は膝の上で手を握った。
「……ようよう立ち直ってきた港ながやに」
その言い方に、藤兵衛は弟の顔を見た。
「惣は、宿毛を見たか」
「はい。主馬さまが人を入れ、東洋先生の筋で手を入れて、寅の大変の惨事から、ようよう形になってきた港です。あそこは、ただの入り江やない。土佐人の手で立て直した港です。それを、上で決まったことひとつで、また他所の都合に使われるがかと思うたら……」
そこで言葉が切れた。
藤兵衛は少し黙ってから言った。
「やきこそじゃ」
「はあ」
「宿毛が要る港になったいうことは、土佐が握れる綱が一本増えたいうことながじゃ。荒れた浜のままなら、誰も目を向けん。立て直した港やき、こちらの差配で使える。向こうは宿毛そのものが欲しいがやない。宿毛でなければ回らん筋を見たがよ」
惣兵衛はまだ納得しきれぬ顔をしていた。
藤兵衛はその顔を見て、言葉を継いだ。
「鳴龍丸で、見方が変わった。あれは、もはや珍しい細工船や見世物やのうて、外洋を走り、使節を運び、条約のあとを本当に繋げる船として見られ始めたがじゃ」
障子の白い明かりの中で、藤兵衛の横顔が静かに浮かぶ。
「その船を生かす港まで、まとめて見ゆうがじゃ」
惣兵衛は、そこでようやく腑に落ちたように息を吐いた。
「……ほいたら、宿毛は、ただ港の名が条文に入ったがやないがですね」
「そうじゃ」
藤兵衛はうなずいた。
「海の顔として、見られ始めたがじゃ」
そのとき、障子の外で控えの者が膝をつく気配がした。
「藤兵衛殿、惣兵衛殿。殿がお呼びにございます」
兄弟は顔を見合わせ、すぐに立ち上がった。
◆
奥座敷には、うすく焚かれた香の匂いがあった。
山内容堂は、庭に面した座に膝を崩し、肘を脇息に預けたまま外を見ていた。庭木の葉はまだ青いが、影の色だけが少し秋に寄っている。
二人が座につくと、容堂は振り向きもせずに言った。
「惣兵衛。町へ出たそうじゃの」
「はっ」
「何を拾うてきた」
惣兵衛は、町で聞いたことをできるだけ取り落とさぬよう、順を追って話した。将軍家定の病の噂。一橋派と南紀派の名が町人の口にも上ること。六月の五か国条約のこと。神奈川、長崎、箱館、そして土佐・宿毛。異人が土佐の新式船を見て、西国の港を強く求めたという話――。
言い終えるまで、容堂は一度も口を挟まなかった。
やがて、ややあってから、静かに問う。
「町人の口だけか」
「いえ……小普請の者や、他藩の中間らしき者の口にも出ちょりました」
「“異人がそう申した”と申す者はおったか。それとも、“異人がそう申したと人づてに聞いた”と申す者ばかりか」
惣兵衛は少し考えた。
「後の方が多うございました。けんど、宿毛の名だけは妙に生々しゅう、よう通っておりました」
そこで初めて、容堂がこちらを向いた。目は酔っているようでいて、ひどく醒めていた。
「そうか」
それだけ言って、今度は藤兵衛へ視線を移す。
「藤兵衛。町のざわめきに、どれほど筋が通っちゅう」
藤兵衛は背を正した。
「六月に五か国条約が結ばれてから、はや三月。宿毛開港はもはや風聞ではございませぬ。問題は、条約をどう運ぶかです。批准使節を立て、公文を往復させ、異国船を捌き、こちらの船も出す。その現実の海路を支える港が要る。ゆえに宿毛は、ただの地方港では済まなくなりました」
「ふむ」
容堂の口元が、かすかに歪んだ。
「紙より先に、海を見よるか」
「おそらくは」
容堂は鼻で小さく笑った。
「献上船も、いよいよ”土佐の船”では済まんのう」
そして、誰にともなく呟くように続けた。
「海の顔として見られ始めたか」
座敷にしばし静けさが落ちた。
庭では、風もないのに柿の葉が一枚だけ返った。
やがて容堂は、脇息の縁を指先でひとつ撫でた。
「宿毛の名が町場まで下りたこと自体は、もはや不思議でもない。六月の約定に入った以上、いずれ口には上る」
そこで言葉を切る。
「じゃが、どう上りゆうかが肝じゃ」
惣兵衛は思わず膝を正した。
「町の者どもは、宿毛を土佐の差配で動く港として見ちゅうか。それとも、公儀か異人の手へ渡る港のように申しゆうか」
「……後の方が、多うございました」
容堂は小さく鼻を鳴らした。
「ならば、意味はまだ半ばしか下りておらぬ」
藤兵衛は黙ってその横顔を見た。
宿毛は、外から押し付けられた札ではない。浦戸を守るため、あらかじめ外へ立てた窓である。その筋は、上ではすでに通っていた。だが、その意味が藩の末々に届くより早く、江戸の町が勝手な形に噛み砕いて広め始めている。容堂がそこを見ているのは明らかだった。
容堂は、惣兵衛の報告を聞き終えると、しばらく庭の方へ目をやったまま黙っていた。
やがて、何でもないことのように言った。
「町では一橋か紀伊かと騒ぎよるそうじゃの」
「はっ」
「藤兵衛。おんしならば、どちらを立てる」
藤兵衛は一拍置いた。不意を突かれたのである。
その問いの答えは、ほとんど決まっているように思えた。今や容堂は、一橋派を政の中枢へ推し立ててきた旗手である。今の政の流れを思えば、藤兵衛にもまた、一橋慶喜を推すのが自然に思われた。
「……殿のお立場を思えば、一橋様をお立てになるものかと」
容堂は、すぐには答えなかった。
その間が、なぜだか藤兵衛には妙に長く感じられた。
「それが筋ではあろう」
低くそう言ってから、容堂は続けた。
「じゃが、将軍は慶福様がよい」
藤兵衛は思わず顔を上げた。
惣兵衛も息を呑む。
「慶喜様は補佐へ回るべきじゃ。今は、座を争う形を強くせぬ方がよかろう」
藤兵衛は返す言葉を失った。
一橋派の容堂から、まっすぐその名が出るものと思っていた。だが、目の前の容堂は、勝てる筋をそのまま押し通すことを、どこか避けているように見えた。
「慶喜様には才がある。じゃが、才のある者を正面に立てれば、良くも悪くも諸方の目と憎みを一手に集める。今の一橋方には熱がありすぎる。条約も、港も、海防も、みな一度に動きすぎちゅう」
容堂の声は静かで、理も通っていた。
たしかに、そういう見方もある。慶福を座に据え、慶喜が後ろから支える――そう考えれば、公儀の形はひとまず保ちやすい。
それでも藤兵衛の胸には、わずかな違和感が残った。
一橋をそのまま押すものと思っていた容堂が、ここで半歩退いた。その理は分かる。分かるが、理だけでは済まぬ何かが、その言葉の奥にあるようにも思えた。
ふと藤兵衛の脳裏に、六角通の変の折のことがよぎった。
あのとき容堂は、表向きは平然としていたが、騒ぎのあとしばらくは、書付の扱いにも、人の出入りにも、妙に神経を尖らせていた覚えがある。あの場で見たものか、あるいはその後に聞いた何事かが、胸に小さな棘のように残っているのかもしれぬ。
むろん、それは藤兵衛の勝手な推量にすぎない。
ただ、今目の前にいる容堂の慎重さは、目先の利害だけを量ったものには見えなかった。
「……承知いたしました」
結局、藤兵衛はそう答えるよりほかなかった。
異を唱えるほどの無理はない。むしろ容堂の言い分にも一理ある。
ただ、その半歩の引きだけが、胸の底に小さく引っかかった。
【史実解説】安政五か国条約について
「安政五か国条約」は、安政五年(1858年)に江戸幕府がアメリカ・イギリス・フランス・ロシア・オランダの五か国と結んだ修好通商条約の総称です。最初の日米修好通商条約が安政五年六月十九日(1858年7月19日)に調印され、その後、同年のうちに他の四か国とも同種の条約が結ばれました。幕末の政局で、将軍継嗣問題と条約問題が強く絡み合ったのは、この時期の大きな特徴です。
史実の条約では、神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港、江戸・大坂の開市、領事裁判権、協定関税、最恵国待遇などが定められ、日本にとってはきわめて重い内容でした。とくに、外国人に対する片務的な領事裁判権と、関税を日本が自由に決められなかった点は、のちに「不平等条約」と呼ばれる理由になります。
■史実との相違点
①宿毛開港
史実の安政五か国条約に、宿毛開港はありません。作中では第二章・第四十八話「世さ来い祭り ―走砲試録―」にて、鳴龍丸性能検証を見たオランダが、安政四年八月の日蘭追加条約及び付議協定で「土佐」追加開港を求めていますので、アメリカも必然的に土佐の開港を求めました。
②税率
史実では日本側が自由に決められない協定関税でした。
本作でも基本はその不利を引き継いでいますが、創作版条款では官用船・批准使節・造船修船資材を別勘定にして、軽減や免除の余地を残している点が違います。
③領事裁判権
史実では、外国人同士や外国人犯罪をその国の領事が裁く、いわゆる領事裁判権が認められ、日本の主権制限の象徴になりました。
本作でもこの骨格は残していますが、日本人が関わる争論や港政・検疫・荷役・船舶取締りには日本役所の立会いを要する形にしており、史実よりも日本側の関与が強められています。
また史実では、幕府は条約を結んだのち、その履行のために港や制度を整えていきました。批准書交換のための遣米使節や、その航海の準備も、そうした「条約のあと」の現実として進んでいきます。
本作では、土佐がすでに船と港の構えを持ち、その海の実務が条約のかたちにまで食い込んでいます。史実の条約が「外から押し開かれた開国」の象徴であるとすれば、本作ではそこに、「内から海を組み替える余地」があったなら、というもう一つの幕末を重ねています
『安政五箇国修好通商条約』※創作版
日本国大君、万国和親の道を広め、海陸交易の便を開き、彼我永く信義を敦うせんことを欲し、爰に某国と議定し、左の条款を立つるものなり。
第一条
日本国と某国とは、嗣後いよいよ修好を厚うし、彼此猜嫌を生ぜず、平穏無事をもって相交わるべし。
両国の臣民、定約の港々において正当の商売を営むことを得、互いにこれを妨ぐべからず。
第二条
日本国において開くべき港は、神奈川、箱館、長崎、宿毛の四港とす。
新潟および兵庫の二港は、後日別に定むる期月に従い、これを開くべし。
右宿毛は、西海筋往来の便を司り、諸外国船の入津、交易、補給、ならびに官用応接を兼ぬる開港地たるべし。
第三条
宿毛港においては、外国船、入津のうえ積荷の売買、薪水・食料の購求、石炭の補給、ならびに破損軽微なる船の繕いをなすことを得べし。
ただし、港内の区画、波止場、倉場、税館、会所、その他港政にかかる諸事は、ことごとく日本役所これを管掌し、来航の者これに従うべし。
第四条
浦戸は日本国の官用港とし、公儀の使節、官船、造船、検疫、儀礼、ならびに臨時の公務に限りこれを用うべし。
外国商船は、別段の許しなくして浦戸において商売を営むことを得ず。
浦ノ内は修船・試運転・艤装の地として、日本役所の指図に従い、必要あるときに限りこれを用うることあるべし。
第五条
外国船、開港に入るときは、日本役所差配の水先を受け、碇地・荷場・倉場の指図に従うべし。
若し疫病、風水、兵備、火災、その他非常の事あるときは、日本役所、船をして一時他の碇地または港へ移らしむることを得べし。
この場合、来航の者は異議を唱うべからず。
第六条
某国人相互の争論、負債、犯罪の儀は、某国の官吏これを糺すべし。
日本人に関わる争論、または港政、荷役、検疫、船舶取締りにかかる事件は、日本役所立会いのうえ、双方協議してこれを処すべし。
日本国の法をもって港内の秩序を保つこと、某国これを妨ぐべからず。
第七条
輸出入の諸品にかかる運上・諸税は、別冊税則の定むるところに従うべし。
ただし、公儀御用の船、批准使節、官用文書の輸送、造船・修船に要する材木、鉄類、機関具、帆索、ならびにこれに準ずる品は、別勘定とし、軽減または免除の法を設くることあるべし。
その細目は、日本役所と各国役人と協議のうえ定むべし。
第八条
日本国は、批准使節、官用使節、公文往復、海難救助その他公儀御用のため、洋式蒸気船一艘以上を備え、これを官用船として運用することを得べし。
各国は右官用船の入津、碇泊、薪水・石炭の補給、ならびに必要の応接を妨ぐべからず。
右船は日本国の差配に属し、その乗組、水主、砲器、運用の法は、日本国みずからこれを定むべし。
第九条
某国に許したる便宜、港務、交易、碇泊、薪水、補給、居留その他の条目にして、後日ほかの国にさらに広く与うるものあるときは、その利益はまた某国にも及ぶべし。
また某国に与えたる格別の取り扱いは、他の条約国にも同様に及ぶべきものとす。
ただし、日本国の官用港、造船所、軍備、検疫、ならびに公儀秘務に属する場所は、この限りにあらず。
第十条
右条約は、調印の日より効力を生ずべし。
ただし、開港の期日、税則の細目、居留地の区画、港内会所の取扱い、ならびに宿毛・浦戸・浦ノ内三港の分掌に関する細則は、別に覚書をもってこれを定むべし。
将来、両国もし事情の変改を見、条目の増損を議せんと欲するときは、数年を経たるのち、彼此誠意をもって協議し、あらためて定約すべし。




