第三十一話 最初の席
――安政五年四月廿日 下田・玉泉寺。
夕刻の湿り気が、まだ寺の畳のうえに薄く残っていた。昼に降った雨はとっくに上がっている。だが、瓦の端から落ちたしずくが石畳に暗い丸をいくつも作り、その冷えがそのまま堂内へ沁み込んできたようであった。開け放たれた障子の外には、下田湾の暗みが見える。波の音は遠く、潮の匂いは薄い。されど、鼻の奥へわずかに塩気が残る。その程度の海の気配が、かえってここが港町であることを思い知らせた。
机の上には、数通の報告書が開かれたまま置かれていた。
江戸より来たもの。長崎筋より回ったもの。上海経由で拾われた欧州船の話。商館筋の噂。船大工の見立て。数字だけを抜いた控え。いずれも、ひとつとして十分ではない。だが、互いにまるきり無関係とも言い切れぬ。
タウンゼント・ハリスは、その束へ手を伸ばさず、しばらく黙っていた。
沈黙はためらいではない。頭の中で、散らばった報せの位置をひとつずつ据え直しているのである。何が事実で、何が推測で、何がただの恐れか。外交において最も危ういのは、恐れを事実と思い込むことだと、ハリスは長く知っていた。
向かいにいる若い男が、灯心の傍へ手をやって火を少しだけ整えた。明るすぎず、暗すぎもしない。紙の上の文字を読むには足り、顔色の細かな動きを見るにも足りる灯りである。
「……明日ですね」
若者は、火を見たまま言った。問いというより、確認に近い調子である。
「ああ」
ハリスは短く答えた。
「だが、明日になる前に片づけておくべき計算がある」
若者――ヘンリー・ヒュースケンは、小さくうなずいた。オランダ生まれで、いくつもの言葉を渡り歩くように使う男である。年は若い。けれども、遠い異国にあって、彼はすでに単なる通詞ではなかった。相手の口から出た文句を別の言葉へ移すだけなら、もっと手際のよい者もいよう。だが、言葉の裏にある遠慮や怒りや、時に沈黙の方がものを言うような気配まで含めて拾うとなると、ハリスはこの若者の耳を頼らざるを得なかった。
ヒュースケンは机上の書付へ視線を移した。
「六か月――いや、もっとでしょうか。江戸で、あの船を見てから」
「七か月と少しだ」
ハリスは訂正した。だが、その声には几帳面さ以上の響きはない。
「もっとも、私が本当に考えはじめたのは、江戸から戻ってからだ」
ヒュースケンはそこで、少しだけ笑った。
「最初は、正直に申せば……見世物だと思いました」
「私もだ」
ハリスも認めた。
「できれば、そうであってほしかった。ああいうものは、しばしば現れる。実験艦。威嚇。あるいはただの誇示。目を奪うための道具だ」
そこで、ようやく報告の一通を手に取る。
「だが、あれは違った」
名を口にせずとも、二人の頭には同じ船影が浮かんでいる。
鳴龍丸。
江戸で目にした時、最初に気づいたのは速さだった。だが、記憶に残ったのは速さそのものではなく、その速さが作る余裕であった。重く見える船体が、必要な時だけ身をずらし、止まり、また動く。急いているようで急いていない。あれは、人に見せるために慌ただしく造った船の動きではなかった。
ヒュースケンが、机上の別の紙を指で押さえる。
「平均速力十四・五ノット」
「そう読める」
ハリスは答えた。
「しかも外輪ではない推進」
「双胴構造。浅い喫水。停止距離の短さ」
ヒュースケンが続ける。彼の声は興奮に傾かず、努めて平らであった。その平らさがかえって、この数字がただの珍しさでは済まぬことを示している。
「一つ一つなら、我々の知る技術です」
「ああ」
「恐ろしいのは、それを一隻にまとめていることです」
ハリスは、そこで初めて若者を見た。
「よくそう言えた」
「先生がそうお考えだろうと思っていました」
少し生意気にも聞こえるが、事実である。ヒュースケンはしばしば、ハリスが言葉にする前の結論の輪郭だけを先に言い当てることがあった。
ハリスはそのまま続けた。
「イギリス式そのままではない。フランスでもない。オランダの標準からもずれている。長崎筋の報告を突き合わせても、完全に一致する系譜が見つからぬ」
「日本独自、でしょうか」
ヒュースケンは慎重に問うた。
ハリスはすぐに頷かなかった。
「“独自”という言葉は便利すぎる」
指先で紙を軽く叩く。
「材料は欧州だ。理論も、数学も、蒸気機関という思想も、おそらくは外から入った。だが――」
そこで言葉を選ぶ。
「彼らは、それを何のために組み直すかを理解している。私は今のところ、そう見ている」
ヒュースケンはわずかに眉を上げた。
「何のために、ですか。軍事ではなく?」
その問いに、ハリスは首を振った。
「少なくとも、第一の用途は攻撃ではない」
「では示威ですか」
「それも違う」
ハリスはゆっくり言った。
「離れるためだ」
ヒュースケンは目を瞬いた。そこが腑に落ちぬというより、そこへ言葉を置かれるのを待っていた顔であった。
「戦うつもりなら、もっと重くする。もっと武装を目立たせる。あれは、そうなっていない。むしろ、誤った位置に入った時、即座にそこを外れるための構えに見える」
「……位置を変えるための船」
「そうだ」
ハリスは、そこで一度報告を置いた。
「港を離れる。砲火から離れる。話の場から離れる。あるいは、そうする力を持っていると相手に思わせる。私は、あの船をそう読む」
ヒュースケンが低く言った。
「外交の道具、ですね」
ハリスは、その言い方にはすぐ同意しなかった。しばし行灯の火を見る。
「少なくとも、外交に向いた船だ。そう断ずる材料は揃っている」
言い切りすぎぬようにしたつもりだった。だが、声にこもる重さまでは消せない。
沈黙が落ちた。
寺の柱が夜気を吸い、どこかで木の鳴る小さな音がした。
やがてヒュースケンが、別の紙を取り上げる。
「量産の兆候は、結局、確認できていません」
「できていない」
ハリスは即答した。
「だが、否定もできない。今あるかどうかより、作れると分かったことの方が大きい」
「時間が味方をするのは、我々ではない」
「日本だ」
ハリスははっきりと言った。
「我々が待てば待つほど、彼らは“開く準備の整った国”になる」
ヒュースケンは紙を置いたまま、しばらく何も言わない。彼は分かっていた。ここでの「準備」とは、港の整備や役人の訓練だけではない。拒むべき時に拒み、受けるべき時に受ける、その選択を自分の意志で行える国になる、という意味である。
「だから、急ぐ」
ヒュースケンが言った。
「ええ。ただし――」
ハリスはそこで、自分の声が少しだけ硬くなるのを感じた。
「急がねばならない。だが、急がせてはならない」
若者は顔を上げる。
「そこです」
彼は静かに言った。
「私も、そこがいちばん難しいと思っていました。もし我々が清国で使った口調のまま来れば、日本は閉じるでしょう。いま彼らは、閉じるための形まで持ち始めている」
ハリスはそれを否まなかった。
「勅許が先に下りたのも、その一部だろう」
「彼らは、自分たちで開く形式を作った」
「そう見える」
「となれば、我々に渡されたのは“許可”ではなく――」
「招きだ」
ハリスは言った。
「ただし、条件付きのな」
そこまで言ってから、ようやく彼は自分の判断を言葉として整理できた気がした。日本は、扉を閉ざしたままではいない。だが、押し開ける者を最初の客にするつもりもない。礼をもって入り、礼をもって座る者を選ぼうとしている。少なくとも今のところ、そう読むのが最も筋が通る。
「ワシントンは」
ヒュースケンが口を開く。
「現地の判断を尊重すると言ってきました」
その言い方に、ハリスはわずかに口元を歪めた。笑いではない。
「便利な文句だ。成功すれば本国の見通し、失敗すれば現地の判断になる」
「先生の肩に乗っている」
「もとよりそのつもりで来た」
ハリスは、そこで初めて報告書の束を脇へ寄せた。
「問題は責任の重さではない。どの顔で座るかだ」
ヒュースケンがうなずく。
「威嚇者ではなく」
「理解者として」
「ですが、理解者として座るなら、どこまで譲るのです」
この問いには、ハリスもすぐ答えなかった。条約交渉とは、好意を示す競技ではない。求めるべき港、通商、居留、補給、そして将来の足場――どれも外せぬ。だが、それをどういう順に、どういう口ぶりで置くかで、同じ要求が別の意味になる。
「譲らぬところは譲らぬ」
やがてハリスは言った。
「だが、先に相手の面目を折る真似はせぬ。日本を、清国と同じ口で扱ってはならない」
ヒュースケンは、その一言を待っていたように小さく息を吐いた。
「ええ。それが聞きたかった」
「不満か」
「いいえ」
若者は首を振った。
「安心しました」
その言い方に、ハリスは少しだけ眼を細めた。ヒュースケンはさらに続ける。
「彼らは、礼を非常に重く見ています。ですが、礼のために譲る国ではない。こちらが一国として遇すれば、その扱いそのものを交渉の場へ持ち込んできます。逆に、見下せば、その見下しを理由に席を閉じる」
「つまり」
「まず、彼らの作った形式を壊さぬことです」
ハリスはうなずいた。ここまでは、ほぼ考えが重なっている。
だが、問題はそこで終わらない。
ヒュースケンが、今度は少し声を落とした。
「ただ――ひとつ、どうしても分からぬことがあります」
「オランダか」
若者は軽く笑った。
「私が申す前に仰いましたね」
「考えるべきことは同じだ」
ハリスは、そこで別の一枚を引き寄せた。長崎筋から上がった断片的な報せである。出島。商館。技術者の出入り。交易記録。通常なら、どれかがもっと大きく揺れてよい。だが今回は違う。静かすぎるのである。
「オランダは、あの船について何か知っている。私は、そう疑っている」
今度も断定は避けた。だが、疑いの重さは十分に伝わる。
ヒュースケンはすぐに応じた。
「私もです。知らぬなら、もっと慌てるはずです。あるいは、探る」
「ところが騒がぬ」
「平然としている」
「平然としすぎている」
ハリスは指を組んだ。
「詳細には届かぬ。設計図も、技師の名も、金の流れも、いまのところ決定打はない。だが、それでも彼らは驚かない。少なくとも、驚いた顔を見せない」
ヒュースケンが言った。
「条約と引き換えに知る類の情報ではない、ということでしょうか」
「そう思わせる」
ハリスは答えた。
「だから前に出てこないのかもしれぬ。日本がどこで線を引くか、我々に測らせる」
若者は少し考え込んだ。
「それとも、出てこぬ必要がないのかもしれません。すでに別の席を持っていて」
その一言が、室内の空気をまた変えた。ハリスはそれを否定しなかった。むしろ、自分の中でまだ言葉になりきらなかった不安を、若者が先に形にしたのだと悟った。
「あり得る」
彼は静かに言った。
「そして、もしそうなら、なおさら我々は座らねばならぬ」
「利用されるとしても」
「承知の上でだ」
ハリスはきっぱりと答えた。
「我々が席につかねば、日本は“交渉を終えた国”になる。オランダが何を持っていようと、アメリカにはそれを傍観する余裕はない」
ヒュースケンは頷いた。そこにはもう迷いがなかった。
「では、明日」
彼は言う。
「我々は最初の理解者として座る。日本を一国として扱う。そのうえで、欲しいものは欲しいと申す」
「そうだ」
「そして、急ぐが、急がせはしない」
「その通りだ」
ハリスはそこで、ようやく背を椅子へ預けた。長い間、机の前へ前へと身体を寄せていたことに、その時初めて気づく。外では波の音がひとつ大きくなり、また遠のいた。
条約は、まだ結ばれていない。
鳴龍丸の正体も、なお霧の中にある。
オランダがどこまで先へ席を持っているかも、断じ切れぬ。
それでも、ひとつだけはっきりしたことがある。
いま日本は、ただ脅せば開く国ではない。
そしてアメリカは、いまここで礼をもって席につかねば、その席そのものを失いかねない。
ハリスは机上の書付をひとまとめにし、火の届かぬ端へ寄せた。
「明日」
彼は低く言った。
「日本を清国扱いはせぬ」
ヒュースケンは黙ってうなずいた。
「理解者として座る。だが、客人で終わるつもりもない」
その言い方に、若者はごくわずかに笑った。
「ええ。そこは、先生らしい」
行灯の火が揺れ、その影が壁に長く伸びる。玉泉寺の夜はまだ浅い。だがこの夜、少なくともアメリカ側の交渉の型だけは定まった。
入れるうちに入らねばならぬ扉がある。
そして、扉に入る時の礼を違えれば、二度と開かぬ扉もある。
ハリスは立ち上がった。障子の外には、雨上がりの闇の向こうに、かすかな湾の白さが見えていた。
明日、その白さの先にある国と、初めて本当の意味で向き合うことになる。
【史実解説】ハリスの右腕・ヒュースケン
ヘンリー・ヒュースケンは、単なる通訳ではなく、安政三年(1856年に来日して以来、ハリスの秘書・側近・個人的補佐役として常に行動を共にした人物でした。オランダ語を介して日米交渉を支えるだけでなく、ハリスにとっては実務上も感情の上でも、きわめて近い存在だったようです。研究紹介でも、ヒュースケンはハリスの「秘書にして身辺補佐役」とされており、作中で「耳であり、目であり、声でもある」と描いた関係は、史実とも大きくは離れていません。
そのため、1861年にヒュースケンが薩摩藩士に襲撃されて死亡した時、ハリスの衝撃は非常に大きかったと伝えられます。プロイセン使節団関係の史料紹介では、ハリスは深い悲しみに沈み、ヒュースケンを“まるで息子のように”感じていたとされています。
ただし興味深いのは、その悲嘆にもかかわらず、ハリスがただちに強硬策へ傾かなかったことです。彼は外交団の恐慌に同調せず、過剰な軍事的報復は戦争を招きかねないと見て避けたとされています。
つまりヒュースケンの死は、ハリスにとって私的には深い喪失でありながら、外交上はむしろ慎重さをいっそう強める出来事でもあったわけです。
参考史料:外務省外交史料館「幕末維新期の外交史料 Q1」、Henry C. J. Heusken, Japan Journal 1855–1861、Townsend Harris, The Complete Journal of Townsend Harris




