第四十七話 双翔、大海へ
安政七年一月十二日、浦戸の朝は白かった。
霜ではない。海から上がる冬の靄である。浦戸湾の水面は、まだ眠りの底にあるように鈍く光り、潮の匂いに石炭の煙が混じっていた。
港には、見送りの者たちが肩を寄せ合っている。藩士も、職人も、町人も、若い者もいた。誰もが声を潜めていた。騒げば、この朝そのものが壊れてしまうとでも思っているようであった。
その靄の奥に、双翔丸はいた。
湾口の向こう、外寄りの水面には、米国軍艦ポーハタン号が黒い船影を置いていた。使節団に同行する異国の軍艦であり、双翔丸にとっては道案内であり、また証人でもある。異国の船は大きく、黒く、重い。長く海を渡ってきた者だけがまとう沈黙を、その船影は持っていた。
福沢諭吉は、しばらくそれを船と呼ぶことができなかった。
船とは、腹が一つあるものだと思っていた。川船であれ、廻船であれ、異国の蒸気船であれ、大小の違いはあっても、胴は一つで、船底も一つである。そういうものだと、自分の中では決まっていた。
だが、目の前の船は腹を二つ持っていた。
二本の長い胴が、水に伏せるように並んでいる。その上を、広い甲板が橋のように結んでいた。木の肌に鉄の筋を巻き、中央に煙突と檣を立てている。和船ではない。かといって、異国の軍艦の写しにも見えない。
諭吉は黙って見上げた。
「どう見えますかのう」
隣から中浜万次郎が言った。
諭吉は、すぐには答えられなかった。
万次郎の下につく通詞見習いとして、この航海に加わることになった。名目は随員である。だが諭吉自身は、異国の言葉を海の上で聞き、覚え、書き留める役目だと思っていた。
万次郎は、異国を書物で知った者ではない。海に流され、異国で生き、その言葉を身に入れて戻ってきた男である。その男の隣に立つたび、諭吉は己の学びが、紙の上の学びに過ぎぬことを思い知らされる。
万次郎は、船を見る目からして違った。
形より先に、水を見る。風を見る。煙の流れを見る。人が倒れた時にどこへ寝かせるか、綱を切るならどれからか、そういうことを先に考えている。諭吉はその横顔を見て、海を知るとは、書を読むこととは別の知であると思った。
「妙な船、とは思います」
ようやく諭吉は答えた。
「けれど、妙だと言うだけでは、まだ足らぬ気もします」
万次郎が少し笑った。
「船は、形だけ見ても分かりませんき。海へ出て、働くかどうかです」
「働くかどうか、ですか」
「はい。異国船を写しただけでは、海は許してくれません。こちらの水、こちらの人、こちらの役目に合わさねばならんがです」
こちらの水。
こちらの人。
こちらの役目。
諭吉は、その言葉を胸の中で繰り返した。
双翔丸には外輪がなかった。蒸気船といえば、船腹に大きな水車を持ち、水を叩いて進むものと思っていた。だがこの船には、その輪がない。艫の下で螺旋が水を噛むのだという。水を叩くのでなく、噛んで進む。
それだけでも、十分に奇妙である。
だが、諭吉をほんとうに驚かせたのは、形ではなかった。
甲板の上で、人が迷いなく動いている。
綱を取る者。針路を確かめる者。蒸気を見る者。砲座を検める者。帳面を押さえる者。通訳を待つ者。互いに同じ土地の生まれではあるまい。言葉の端々に訛りがあり、所作にも違いがある。それでも、船の上では名より役目が先に来ていた。
その時、少し離れたところで坂本竜馬が笑った。
異国の水兵が、巻き上げ索を持つ手順を一つ取り違えたらしい。竜馬は片言の英語と大げさな身振りを交え、自分で綱を抱え上げて見せた。相手の米兵が一度眉をしかめ、それから吹き出す。竜馬も笑い、肩を叩き、そのまま次の者へ声をかけて歩いていく。
張り詰めた空気が、その一瞬だけ緩んだ。
万次郎が目を細めた。
「ああいう人も要ります」
「通詞として、ですか」
「いいえ。海では、言葉より先に顔がいることがありますき」
諭吉は竜馬を見た。
たしかに、あの男は言葉だけで通じているのではなかった。相手の目を見、肩を叩き、笑い、また真顔に戻る。その間に、こちらとあちらのあいだに張られた薄い膜が少し緩む。
異国語を覚えるだけでは足りない。
人がどう動き、どう緩み、どう疑い、どう信じるかを見ねばならない。
やがて、桟橋の上で太鼓が鳴った。
低く、一つ。
港の空気が引き締まる。
綱を解く声が飛んだ。艫の方で水が鳴り、煙突の煙が濃くなる。船の腹から低い震えが上がってきた。機関方の声が響く。針路が復唱される。
「前進、微速」
命が下る。
双翔丸の二つの胴が、ゆるやかに震えた。
右の螺旋が水を噛む。少し遅れて左の螺旋が応えた。泡が艫に広がり、浦戸の水面に白い筋を引く。船は押されるのではなく、自ら前へ出た。
見送りの声が一斉に上がった。
港の者たちが手を振る。職人たちは黙って頭を下げる。若い者たちは息を詰めて見つめている。荷を扱う者たちは、自分たちの札や帳面が船のどこかへ載っているような顔をしていた。
諭吉は湾口の向こうのポーハタン号を見た。
異国の船は、やはり大きい。鉄と蒸気と海の経験が積み重なった威容がある。だが双翔丸も、ただ従っているのではなかった。少し離れて、同じ針路を取っている。
ポーハタン号は、双翔丸を引く船ではない。
見届ける船であった。
追いついたのでもない。
追い越したのでもない。
ただ、同じ海の上で、同じ方角へ進んでいる。
それだけで、大きなことだった。
浦戸の山が、冬の靄の向こうへ少しずつ遠ざかっていく。諭吉はその光景を見ながら、自分の中で何かがほどけていくのを感じた。
異国を学ぶとは、異国になることではないのかもしれない。
異国の理を知り、その理を己の足元へ降ろすことだ。
双翔丸は、その答えの一つのように、海へ進んでいった。
◆
浦戸を発ってから、海は日に日に顔を変えた。
はじめのうち、ポーハタン号は双翔丸の前を行くこともあれば、横へ並ぶこともあった。夕暮れには黒い船腹だけを残し、夜には灯だけが遠くに浮いた。雨雲が垂れこめた日は、その灯すら見えなくなった。そういう夜は、甲板の者たちの口数も自然と減った。
朝になってまた遠くに煙が見えれば、それだけで皆の肩が少しゆるんだ。
双翔丸は速かった。
だが、速い船であることと、楽な船であることは違った。
ある夜、左の機関で小さな漏れが出た。大事には至らぬものの、機関を見る者たちは半刻ごとに水を拭い、音を聞き、蒸気の針を見張った。別の日には、強い横風で補助帆の索が一本切れた。帆を下ろす声が飛び、濡れた甲板を数人が這うように走った。
石炭の減りも、帳面の上ほど素直ではなかった。風がよければ帆を張り、蒸気を抑える。うねりが悪ければ速度を落とす。双翔丸はいつも同じ顔では進まぬ。海に合わせ、人に合わせ、そのたび少しずつ姿を変えていた。
はじめの夜、鵜飼幸吉は眠れなかった。
甲板の下から、船の震えが伝わってくる。右と左、二つの心臓が別々に息をしながら、同じ針路へ向かっている。水戸で聞いたどの夜の音とも違う。江戸の屋敷で耳にした風の音とも違う。
ここは、海の上であった。
幸吉は、水戸藩代表の随員としてこの船に乗っている。父、鵜飼吉左衛門の名を継ぐ者として、ここにいる。
だが、その名を考えるたび、胸の奥に引っかかる言葉があった。
責むるな。
京の六角通で、凶刃に斃れた父が最期に残した言葉である。
責むるなとは、忘れよということではない。怒るなというだけでもない。義を、恨みに預けるなということだろうと、幸吉は思ってきた。だが、分かったつもりでいても、腹の内ではまだ刺が残っていた。水戸の名を軽く言われれば、いまだに喉の奥が熱くなる。
一日、二日、三日と、土佐は遠くなった。
はじめは誰もが浦戸の山の方角を気にしていた。だが十日を過ぎるころには、その名を口にする者も少なくなった。目の前にあるのは、帆綱と水桶と石炭袋、そして終わりの見えぬ水平線である。
船酔いの者は日に日に無口になった。夜番の目は赤くなり、炊事の湯は薄くなり、甲板の上では些細なことで声が荒くなる。
その日も、荷の置き方をめぐって小さな言い争いが起きた。
水戸の者が、江戸方の若侍に言葉を荒げたのである。船の揺れで荷が崩れ、互いの足元を取っただけのことだった。だが、疲れと船酔いは、人の口を軽くする。
「水戸の者は、陸でも海でも気が立っちゅうのう」
誰かがそう言った。
その一言に、幸吉の手が止まった。
言い返す言葉はあった。
言い返したい気持ちも、たしかにあった。
だが、喉まで上がった言葉より先に、父の声が来た。
責むるな。
幸吉は、唇を噛んだ。
それでも腹の熱は消えない。
黙っていることが、父の教えに従うことなのか、それとも己の弱さなのか、その場では分からなかった。
ただ、手だけは先に動いた。
濡れた縄を取り、崩れた木箱を押さえ、足元の水を払う。言い争っていた者たちが一瞬だけ黙った。幸吉は構わず手を動かした。やがて一人が手を貸した。もう一人も続いた。
言い争いは、それで終わった。
「よう堪えられた」
背後から声がした。
振り返ると、朝倉藤吾が立っていた。
今はそう名乗る。だが幸吉には、まだ藤兵衛の名の方が胸に近かった。京の六角通で父を支え、その最期の言葉を聞いた男である。
「堪えた、というほどのことではございません」
「いや、堪えた」
藤兵衛は静かに言った。
「おぬし、あれは言い返したかったであろう」
幸吉は、返事ができなかった。
「それでも手が先に出た。言葉より先に手が出たなら、それはそれでよい」
しばらくして、幸吉はようやく低く言った。
「……父なら、そう申すでしょうか」
藤兵衛はすぐには答えなかった。機関の低い鳴りが、足の裏から伝わってくる。二つの胴が、うねりを受けてわずかに軋んだ。
「吉左衛門殿は、責むるな、と申された」
「はい」
「けれど、忘れよとは申されなんだ。怒るなとも、泣くなとも申されなんだ」
幸吉は黙った。
「責めの言葉にしてしまえば、義はそこで細る。誰が悪い、誰へ返す。そこへ落ちれば、残るものは刃だけになる。あの御方は、それを嫌うたのではないかと……わしは思う」
「影の楯、でございましょうか」
藤兵衛は頷いた。
「そうじゃ。名を立てるためではない。次の者が、言葉を曲げずに持っていけるようにするための楯じゃ」
幸吉は、少しだけ顔を上げた。
「ですが、私はまだ……責めたいと思う時があります」
若い声であった。
藤吾は、その若さを否定しなかった。
「あるであろう」
それだけ言った。
「あるからこそ、責むるな、という言葉が重い。何も感じぬ者へ向けた言葉ではない」
潮風が、二人の間を抜けた。
「幸吉殿。おぬしがこの船に乗ったのは、父上の死を背負うためだけではあるまい」
「……では、何を」
「父上が守ろうとした義を、次の場へ運ぶためではないか」
その言葉に、幸吉は目を伏せた。
「責むるな。その一語は、義を責めと刃に落とさぬための杭じゃ。水戸の義を、公の言葉へ戻す。わしは、そう受け取った」
幸吉は喉の奥が詰まるのを感じた。
父の死を、誰にも軽く言われたくはなかった。けれど、重く抱えすぎても歩けない。胸の前に抱えれば、両手が塞がる。背で負わねばならない。
「父は、朝倉殿に何を託したのでしょう」
「国の御楯を形に、と」
藤兵衛は静かに言った。
「その言葉は、わし一人で持つには重すぎる。幸吉殿にも、少し持ってもらいたい」
幸吉は、初めて少しだけ笑った。
「持てるでしょうか」
「持てる分だけでえい。船は、荷を分けてこそ進む」
藤兵衛も、ほんのわずかに笑った。
「悲しみだけを片舷へ積めば、船も国も傾く。そうはさせぬために、皆で重みを分ける」
幸吉は、海を見た。遠く、ポーハタン号の煙が薄く流れている。
「ならば、私は荷の一つですか」
「いや」
藤兵衛は首を振った。
「荷ではない。楯を支える手の一つよ」
その言葉は、奇妙に胸の奥へ落ちた。
幸吉は、胸の熱が消えていないことを知っていた。消えたのではない。形を変えただけである。怒りを言葉へ投げれば、また別の怒りを呼ぶ。ならば、まず手を動かす。父が言ったことの意味は、こういうところで試されるのかもしれなかった。
それから何日も、見えるのは海ばかりであった。
朝は水平線が白み、昼は陽が甲板を焼き、夜は星がこぼれるほど近くなった。雨も来た。風も変わった。船の腹は熱く、暗く、石炭の粉が喉に絡む。甲板では、帆走と蒸気、綱と鉄、勘と目盛が互いの不足を補っていた。
諭吉は、よく甲板に立っていた。
海を見るというより、人を見ていた。誰がどう動き、誰の言葉で人が動き、どの手順が滞り、どの役目が船を前へ押すのか。あの人は、異国を見る前に、まずこの船という小さな国を読み解こうとしているのだと幸吉は思った。
幸吉自身も、少しずつ船の呼吸に慣れていった。
水戸の名は消えない。父の名も消えない。責むるな、という声も消えない。藤吾の言った、楯を支える手、という言葉も消えない。
だが、それだけを胸の前に抱えていては、両手が塞がる。船の上では、手を使わねばならない。
綱を取る。
帳面を押さえる。
異国の者の言葉を聞く。
自分の役目を探す。
名は、背で負うものだ。
胸の前に抱えるものではない。
幸吉は、そう思うようになった。
◆
浦戸を出て、二十日近くが過ぎた朝である。
海の色が変わった。
それまでの深い藍に、淡い緑が混じっていた。風が湿り、どこか甘い草の匂いがする。甲板の者たちが、自然と同じ方角を見る。
やがて、見張りの声が弾けた。
「島影!」
間を置かず、若い水夫の声が続いた。
「見えたぞ、ハワイじゃ!」
その名は、甲板の上を一気に駆け抜けた。
万次郎が目を細め、低く頷いた。
「ええ。ハワイです。よう着きました」
幸吉は船縁へ寄った。
遠く、海の向こうに、山が見えた。雲の影かと思うほど淡い。だが確かに、そこには陸があった。地図の上ではただの墨の染みであった名が、今、海の向こうに山と緑を持って立っている。
ポーハタン号の煙は、まだ西の水平線にあった。
双翔丸は速度を落とし、港影を前にして静かに待った。
二つの胴が、ゆるくうねりを割る。甲板の歓声は、やがて潮風にほどけていった。
【史実解説】諭吉と幸吉
本話では、福沢諭吉と鵜飼幸吉という、同じ時代を生きながら、まったく違うかたちで海の向こうと向き合った若者を並べてみました。
福沢諭吉は、安政六年に横浜で英語の必要を痛感し、翌万延元年(1860年)に咸臨丸で渡米しています。まだ後年の大思想家ではなく、異国の理を自分の目で見ようとしていた、若い学徒の時代です。
一方の鵜飼幸吉もまた史実の人物で、水戸藩士・鵜飼吉左衛門の子として活動し、安政の大獄の中で安政六年に処刑されました。つまり史実では、幸吉は海を渡るところまで生き延びることができませんでした。
一人は新しい知を見に行く者として、一人は父から託された義を背で負う者。その両方がいて、はじめて「次の世」へ渡る船が成り立つのではないかと思います。




