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星を掬う王子  作者: ジャンマフ
第1章 第六子の帰還
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פֶּרספֶּקטִיבָה - ネヴィーム 2


暫くして、光の粒子を纏ったディアスがどこからともなく現れた。

エマニュエルがいないので、単身でこちらへ赴いたのだろう。


「末子は産まれたのか?なんで俺だけ呼ぶんだよ。」


状況を知らないディアスの声は違和感を感じる位、場違いに朗らかだ。彼の目にかかるほどの長さの前髪から、好奇心に溢れた瞳が見え隠れしている。


「…速かったな。」

「まぁな。かわいそうなエマニュエル。俺を呼びに来た時、息が切れて過呼吸みたいになってたぞ。」


ローブをゆったりと揺らしながら、ディアスはビナ達の方へと歩み寄ろうとしたが、ビナが抱く赤子を目にした途端、その動きを止めた。赤子を凝視するディアスの顔からは表情が抜け落ちている。


「…なに、その子供。」

「始祖の神木から生まれた。」


マヴェットの短い応えにディアスは視線を赤子から神木へ、そしてまた赤子へと移した。


「…なんの冗談?」

「あぁ、全くだ。」

「なんで神木が枯れてるんだ?」

「分からない。ここがボッキリ折れている。それに関係しているのか、この子供に神木の加護が付与されていない。」


ミシュマルが指差す神木の幹の先にディアスは顔を近づけ、捻れ折れた部分をまじまじと観察し始めた。その間、この不可解な状況についてマヴェットが手短に説明する。

ディアスは折れた幹の部分に手をかざし、光の粒子で覆って時間の巻き戻しを図ったが、これといった変化は起きなかった。


「どうだ?」

「駄目だな。戻らない。…なぁ――」


ディアスはため息を吐き、腕を組んで面々を見渡した。


「――なんで俺を呼んだの。」


ディアスの懐疑的な視線を受けて、マヴェットとミシュマルが目配せをし合う。


「これはビナの案なのだが…。瞳の色が確認出来るまでの七日間、これをお前の空間で保護しておいて欲しい。」

「なんだって?」


ディアスの素っ頓狂な声に反応したのか、赤子がビナの腕の中でむずがり始めた。ビナが赤子の顔に手を翳すと、赤子は微睡んで静かになった。ビナはため息をつきながら赤子を持ち直し、ディアスへ向き直った。


「瞳の色が分かるまでこの子を祝福の地に連れて入りたくないと言ったのはマヴェットよ。でも神木のこともあるし、七日も始まりの地に捨て置けないわ。そうなると、あなたの空間が適所なのよ。」

「嫌だよ。俺の空間はそんなことの為に造ったわけじゃない。大体、瞳の色が紫じゃなかったらどうするんだよ。」

「その時は処分してしまえ。」


吐き捨てるようにそう答えたマヴェットに、ディアスは驚愕した表情を向ける。


「え?俺が保護して、俺が殺すの?なんでそんな汚れ仕事を俺が引き受けなきゃいけないのさ。」

「それがミッケダシュを離れて得た自由の代償――」

「マヴェット、それは違うでしょう。」


ビナがマヴェットを睨みつけて口を挟んだ。


「私があなたを指名したのは、あなたを信用しているからよ、愛しいディアス。瞳の色が違った場合、私を呼びなさい。あなたが手を下す必要な無い。」

「…例え瞳の色が我らと同じく至高の紫だとしても、例え我らと同じくお父様の血肉を受け継ぎ、神木から産まれたのだとしても、私はこれをハティクヴァとして認めない。」

「マヴェットの言う通りだ。この半端者をハティクヴァとして接すれば、いつかミッケダシュの均衡が崩れるぞ。」

「瞳が紫の場合はお父様に全てを委ねるわ。あなた達がごちゃごちゃと騒ぎ立てる方が、ミッケダシュの均衡を崩すわよ。」


ビナはいつものようにピシャリとマヴェットとミシュマルを制する。いつの間にかショックから立ち直ったようだ。


「ごめんなさいね、ディアス。こんなことを任せてしまって。」

「…謝らないで、ビナ。」


諦めたような表情でディアスは首を横に振りながら、ビナから赤子を受け取った。


***


「お前は哀れだな。」


赤子の四枚の翼を指でなぞりながら、ディアスはそう呟いた。

ビナの口車に乗せられて赤子を蒼の空間に連れ帰ってから、早三日。しかし、瞳の色を確認出来るまであと四日もある。


こんな中途半端な子供だと、アンシャルも他の兄弟も、自分が受けたような愛し方はこれにしないだろう。もしかしたら、アンシャルからは加護すら与えられないかもしれない。アンシャルとハティクヴァを敬い、祭り上げるミッケダシュに、これの居場所はないだろう。


いや、もしかしたら、アンシャルはこれを愛することが出来るかもしれない。例え不完全でも自分の血肉を分け与えた特別な存在には変わりはないのだから。


これの幸せを願うのであれば、瞳の色は紫でない方がいい。

エフベドとしてミッケダシュにねじ込ませ、出生のことを明かさずに生かす。始祖の神木の加護を受けていないから、ハティクヴァのように神聖力は高くないだろう。誰もハティクヴァだと気がつかず、これをエフベドだと認識するだろう。きっと心優しきエフベド達はこれを新入りとして迎え、エフベドとしての生き方を教え、いつかはこれもエフベドとしてミッケダシュと祝福の地を護るようになるだろう。


しかし、誰もがアンシャルの加護の元で生きる中、誰の加護も与えられずに生き存えるのは難しい。

ならば、せめて…


目を閉じて静かに眠る赤子の額に、ディアスは右手の平を被せた。対象に名前が無くとも、微弱ながら加護を与えることができる。ディアスの背中から8枚の大きな翼が音も無く伸び、右手の中から淡い光が漏れ始める。例えアンシャルがこの子供を拒絶し、加護を与えなくても、俺の加護だけで生きれるように。


加護を付与し終え、翼を戻そうとしたその瞬間、なんと赤子の大きな瞳が開き、ディアスをはっきりと見据えた。


赤子と目が合ったディアスは思わず右手を赤子の額から離す。

…三日。まだ三日しか経ってないぞ。


淡い金色の長い睫毛に縁取られた赤子の瞳の角膜は濃い紫色で、瞳孔から角膜にかけて、花のように様々な紫の虹彩が広がっている。


「紫だったか。本当に最悪だな。茨の道を歩む覚悟はできているか?」


ディアスはため息をついた。彼の声に反応したのか、赤子の瞳孔が縮んだ。


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