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星を掬う王子  作者: ジャンマフ
第1章 第六子の帰還
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פֶּרספֶּקטִיבָה – ネヴィーム1



「なんだ、これは。」


血を吐いたような表情をしたマヴェットが低い声で呟いた。

始祖の神木の幹に不自然に膨らんだコブが乾いた音を立てて割れ、中から蔦に絡まった赤子が大量の液体と共に雪崩れるように地面に落ちた時、立ち会った誰もが眉を潜め、誰もその赤子を抱え上げようとしなかった。


***


待ちに待った、第7子の生誕の日。この日はマヴェット、ビナ、ミシュマルと元老院のエマニュエルの4人が出産に立ち会う為に始まりの地へと訪れていた。皆、他の兄弟の誕生を思い出しながら。


ミルハマットとディアスが生まれた日は驚きと喜びに満ち溢れていた。まさか双子が生まれてくるとは誰も思いもしなかったのだ。割れた幹のコブから抱き合った状態で双子が生まれた時、あまりの可愛さに冷静沈着なはずの長女が頬を染め、身悶えていた。


しかし今回、高まっていた晴れやかな期待は始祖の神木の姿を目にした途端、一瞬にして不穏なものへと変化した。


――神木が枯れている。


いや、神木は通常枯れている。しかし、最高神アンシャルが自らの血肉をその根に取り込ませることで、長い年月を経て、神木は生まれる子どもに相応しき象徴となる木へと形状を変化させるのだ。

マヴェットが生まれた時はモミの木へ。ビナの時はハシバミの木へ。ラビの時はトネリコの木へ。ミシュマルの時はニワトコの木へ。そして、ディアスとミルハマットの時、神木はオークの木へと形状を変えた。


しかし今回の神木はどうだ。葉も実も付けず、全体が乾ききり、細い。なのに、幹の中心部分だけが大きく膨らんでいる。

それは異様としか言い表せない痛々しい姿だった。


そして、コブが裂け、ずるりとそこから落ちてきた赤子に皆絶句した。ぬらりと粘膜質に光る蔦に絡まった赤子には四枚の翼しか生えていなかったのだ。

最高神の子供は神木から誕生する際、八枚の翼を背中から生やした状態で生まれてくる。祝福の地の神々は高位であればあるほど翼の枚数が多い。一介の祝福の地の民は皆一様に二枚の翼を生やして生まれてくるが、エフベドの場合、ミッケダシュにエフベドとして初めて登城する際に新たに最高神から加護を受け、翼の枚数が二枚増えて四枚となる。さらに高位の神である元老院の一員兼最高神の側近となったエフベドは、さらなる加護の付与により六枚の翼を生やす。

つまり、どんなに高位の神でも最高神の実子でない限り、翼の枚数が六枚以上になる事はない。それほど、八枚の翼を持つハティクヴァの神達は最高神と同様に尊き存在なのだ。


しかし、この赤子には4枚の翼しか生えていない。これではエフベドと同じだ。しかしながら、神木から生まれるのは最高神アンシャルの子供達のみ。

ではなぜ4枚しか翼が無い?なぜ、神木は枯れたままこの赤子を宿した?


赤子が空気を吸い、泣き叫び始めたところでようやくエマニュエルがその赤子を抱え上げ、困ったようにハティクヴァの面々を見渡した。誰もこの赤子をどうするべきかわからなかった。


「――お父様は確かに神木に受肉されたわ。」


ビナが赤子を見つめながら重い口を開いた。


「分かっている。私もその場にいた。だが、認めたくない。」

「どうするマヴェット。ミッケダシュに連れて帰るべきなのだろうか。」

「いや、瞳の色を確認するまでは駄目だ。」

「…目が開くまで最低7日はかかるぞ。その間どうするのだ。」

「いっそのこと、今確認するか?」

「マヴェット様、それは…」

「やめなさい!目蓋を無理やり開けたら、角膜が傷ついてしまうわ。」


悲痛な顔をしたエマニュエルが抱く赤子の顔に手を伸ばしかけたマヴェットに対し、ビナがピシャリと制すると、マヴェットは顔を歪めて舌打ちをし、苛立ちながら赤子から離れた。そんなマヴェットの背中を見遣ってから、ビナとミシュマルは顔を見合わせ、ため息をつく。


瞳の色が紫であれば、この赤子は確実にアンシャルの子供だ。しかし、今までのハティクヴァと同じであれば、目が開くまでに最低7日はかかる。最高神の子供は角膜が未発達なまま産まれ、産まれてから七日程かけて瞳を発達させ、開眼するのだ。


「……ディアスを呼びましょう。」


ビナはエマニュエルが抱く赤子に目をやり、暫く思案してからそう言うと、なぜそこでディアスの名が出て来るのだと、離れたところで苛々と歩き回っていたマヴェットが足を止めて振り返った。


「…理由は?」

「あの子の空間で保護するのよ。」

「きっとあいつは嫌がるぞ。」

「それしか良い方法はないわ。エマニュエル。」

「直ちに。」


ビナの命を受け、沈んだ面持ちのエマニュエルは唇を引き結んで頷き、赤子をビナに預けた。何も言わないが、エマニュエルは赤子の行末を案じているのだろう。そんなエマニュエルの肩にミシュマルが手を置く。


「エマニュエル。お前には箝口令を敷く。事の異質さはお前にも判るだろう。」

「御意。今すぐに向かいます。」


ディアスは今頃ミッケダシュにて他の兄弟達と共に第七子の到着を待っているはずだ。

エマニュエルはハティクヴァ達へ敬服の礼をとり、六枚の翼を力強くはためかせて速やかにディアスの元へと飛び立っていった。行きは船で一刻程かけてここまで来たが、飛んで行った方が早くディアスを呼び寄せられるだろう。飛んで行くエマニュエルの姿をビナとミシュマルは無言で見送っていたが、マヴェットの呼び声で二人は同時にマヴェットの方を振り返った。


「見ろ。」


神木の前で腕組みをしたマヴェットが見上げる先に視線を合わせると、神木の三分の二は締めていたであろう大振りの枝が根元の幹の部分から折れているように見える。

それを見たミシュマルが眉を潜めて辺りを見廻した。ビナもつられて地面に目を向ける。

始まりの地は海に囲まれた小さな孤島であり、島の中心にそびえ立つ神木以外は何も生えておらず、辺り一面に丸い白石が敷き詰められている。


「周辺を見たが、折れた枝なんか一本も落ちてない。」

「一体、どういう事なの。」


ビナの声が微かに乾いている。


「分からん。前来たときは絶対に折れてなどなかった。」

「しかもこの形状――」


ミシュマルが折れた先を指でなぞる。


「――折れたというよりかは、引きちぎれたような痕だ。」


引きちぎれたような。という表現にビナとマヴェットが顔を歪める。

確かに幹の折れ目が不自然に捻れ、ギザギザとした無残な形状になっている。


「結界はどうなっている?」

「ぱっと見、破られた形跡はない。大体、ここは神聖力の濃度がかなり高いから、暗黒の地の奴らがこの地を踏めたとしても、空気に触れただけで即死するだろう。」


ミシュマルが目を細めて上空を見渡し、マヴェットに向かって肩を竦めた。


「そうだな…。だがこれはどう見ても自然に折れたものじゃない。防衛局を呼んで徹底的に調べさせろ。…これについては伏せる。」


マヴェットがビナの腕の中で眠る赤子を顎でしゃくった。


「…エフベドが転生してしまった可能性は?それなら四枚の翼も説明がつくのだが。…管理局を介入させたほうがいいのでは?」

「だからこそこれの瞳の色が鍵となるんだろうが。ミシュマル。色によって状況は大きく変わる。だからまだ管理局を動かしたくない。」

「エフベドは母体から生まれるのよ?どう転んでも神木から生まれる事はないわ。」

「では、母なる神木が損傷したからこんな不完全なっ…こんな奇形児が産まれたのか?大体、神木の加護は付与されているのか?」


嫌悪顕に吐き出すようにして言ったミシュマルの最もな疑問に応えるべく、ビナは赤子の額に右手を当てたが、すぐに額から手を離してしまった。右手をぎゅっと握り込むビナの顔は蒼白だ。


「神木の加護を感じられない…。付与されていないわ。」


ビナの言葉にマヴェットとミシュマルは苦悶の表情を浮かべる。


「マヴェット、何か……何か重大な事を見落としている気がしてならないの。」


血の気が引いたビナの唇が青ざめている。動揺を隠せないビナの華奢な肩を、マヴェットは静かに片腕で抱き、赤子に視線を向けた。ビナに寄り添うマヴェットの所作は優しく落ち着いて見えるが、彼の瞳は底冷えするくらい冷たく暗い。


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