20. 加護の付与
場が静まるまで数秒待ったのち、今度はマヴェットが右手を上げる。
「これより、次元の神ディアスによる祝福の地への加護の付与を行う。ハティクヴァとその側近、そして元老院の者はバルコニーへ。」
マヴェットの掛け声と共に、護衛騎士達が一斉に大聖堂のバルコニーへと通じるガラスの大扉を開けた。アンシャルは来ないのかと疑問に思ったディアスは、アンシャルを仰ぎ見たが、動く気配がない。
「ディアス。」
なかなか階段から降りてこないディアスにビナが小声で呼びかけ、誘導されるがまま階段を降りてバルコニーへ出ると、轟きの様な腹に響く歓声がディアスを包み込んだ。バルコニーからは光り輝く純白の神都が見え、更に遠くにはうっすらと山脈が見える。バルコニーの下に広がる広場には花冠を被った祝福の地の民達が大勢押し掛け、バルコニーに現れたディアス達に歓声を上げながら千切れんばかりに手を振っている。ディアスが民に手を振り返すと、歓声は更に大きくなった。
「まるで祭りだな。」
「皆、加護の付与を初めて見るからよ。ミルハマットのを見た民はもう生きていないでしょうから。」
「民の短命さにはいつも驚かされる。」
マヴェットとビナが囁くように会話をしながらディアスを挟んで立った。
「ディアス、私が合図をしたら宝剣を抜いて上空に向けて掲げろ。祝福の地全体に加護を付与する為には、神器を用いてお前の神聖力を最大限に引き伸ばさなければいけない。」
「分かった。ローブは脱いでいいのか?」
「ええ。誰か、ディアスのローブを持っていてちょうだい。」
背後に控えていたビナの側近であるエリゼラが、さっとディアスからローブを受け取る。
『ミル?』
ふと、ミルハマットの事が気になったディアスは、バルコニー内に視線を巡らせてミルハマットを探すと、彼はマヴェットとネヴィームの間に立ち、民に向かって手を振っていた。
『ここにいるよ。』
ミルハマットと視線が合うと、彼はいつものしたり顔でディアスに頷いて見せた。
「静粛に!」
マヴェットが右手を挙げ、威圧を孕ませた声色でそう叫ぶと、歓声がぴたりと止んだ。数秒遅れて、歓声が遠くの山々から微かに反響して聞こえて来る。
「これより、祝福の地への加護の付与を行う。」
マヴェットがそう宣言すると、民達は皆一斉に両膝を地面に付け、両手を胸の前で組んだ。加護を受ける際の体制だ。
マヴェットに合図を送られ、ディアスは深呼吸をしてから宝剣を鞘から引き抜き、鋒を上に向けて掲げた。宝剣の曇りのない鋭利な剣が、青空を写して空色に光り輝く。
ディアスは目を閉じ、腹に力を込めて背中から翼を引っ張り出した。ブワリと巨大な八枚の翼がディアスの背中から生えるのを大聖堂から見ていた参列者の神々は、その圧倒的な迫力に息を呑んだ。翼を生やしたディアスの周りを無数の金の粒子が旋回し始める。
これは凄いな。神器を着けてから、始祖の神木の加護を肌で感じられるようになった気がする。
三種の神器がディアスの神聖力を大幅に押し上げているのを体内で感じ、ディアスはゆっくりと瞼を開いた。目を開けたものの、大量の黄金の粒子がディアスの周りを激しく旋回しており、黄金の色以外何も見えない。
ふと、何かの気配を感じ、ディアスは前方へ目を凝らした。
遠くの方に何かがいる。大きくて、神聖な何か。
どこか懐かしいあれは、始祖のーーー始祖の神木。
ディアスがはっと我に返ったその瞬間、恐ろしい程強力な神聖力が光柱となって、突風を巻き起こしながらディアスの身体から螺旋状に上空へと一直線に伸び、やがて祝福の地を覆う結界や他の六つの加護と融合し、黄金の膜が波紋の様に揺れながらゆっくりと祝福の地全体をドーム状に覆い始めた。それを見た民達が勢いよく立ち上がり、割れんばかりの歓声を挙げる。同時に後ろの大聖堂の中からも感嘆の響めきが湧き上がった。歓声を挙げる民達の上空は黄金色に瞬き、神都も光を受けて光り輝いている。ディアスはほっと息を吐き、宝剣を鞘へ戻した。それと同時に翼を折り畳んで背中の中に押し戻す。
「成功だな。お陰で結界も前より強化されている。」
ミシュマルが安堵した表情でディアスとマヴェットの背中を叩いた。
「俺からはちょっとした祝福を与えよう。」
ミルハマットが宝剣を抜刀して鋒を上空へ向けて軽く揺らすと、紫色や金色に色を変えながら光り波打つオーロラが金に光り輝く祝福の地の空いっぱいに出現した。
「では、私も。民が今日を思い出す度に多福感に包まれる様な祝福を。」
ラビも微笑みながら便乗して宝剣を抜刀し、上空へ向けて掲げた。すると、紫色の可憐な花がまるで雪のようにミルハマットのオーロラから止め処なく降り始めた。
民達は喜び、互いを抱き締め合いながら、その夢のような美しい光景にうっとりと魅入っている。中には、落ちた花を拾い、互いの花冠に挿し入れあっている者もいる。
ディアスの足元にもラビの花が落ちて来た。拾ってみると、全体が紫色で八重咲きの美しくもどこか可憐な花だ。中心から外側にかけて花弁の色が濃くなっている。
「八重咲きのアネモネだよ。最近品種改良をして出来たばかりなんだ。まるで私達の瞳の様だろう?皆気に入ってくれると良いけれど。」
じっくりと花を見ていたディアスに、ラビがふわりと笑いかける。治癒の神であるラビは、趣味で薬草や花の品種改良をしている。
「ディアス。今日の事は決して忘れるな。お前がミッケダシュに戻ったのは、民のあの笑顔を絶やさない為だということを。」
「今日の事を忘れろと言われても無理があるくらい、今日は印象的な日だったよ。」
ディアスはミシュマルを振り返り、苦笑いをしながらそう応えた。
祝福の地より遥か彼方に位置するヘセドの地の、とある人間の王国からも東の空が雨上がりの朝日の様に薄らと黄金に光り輝くのが目視された。もちろん、その光がディアスによるものだとは誰も知り得なかったが、その光の神々しさから、その王国民達は遥か昔に確かにこの地に存在した彼らの祖先である祝福の地の神々へと想いを馳せた。




