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星を掬う王子  作者: ジャンマフ
第1章 第六子の帰還
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21. イザヤ


ミッケダシュに復帰し、三種の神器を付与され、祝福の地に強力な加護を与えた。

他のハティクヴァ達と同様に、祝福の地の結界と加護を随時護り強化する役目を背負った事で、ミッケダシュ内でのディアスの立ち位置は明確化した。


いつのまにか、最高神の子としてあるべき場所まで一気に流されてしまった。まるで濁流だ。流れが強すぎて逆らえなかった。

でも別にそれでいい。他の兄妹と違い、今までの自分は好きにしてもらえたのだから。今までの状況の方がおかしかった。

ミッケダシュを離れたくなったのは、自分の能力が他の兄妹達と違い、あまりにも使い道がなかったからだ。


最高神の子ども達は、始祖の神木と最高神アンシャルの加護を目一杯付与された特別な存在。

美しくも力溢れるアンシャルの子供達は、いつしか総じてハティクヴァ(希望)と呼ばれ、祝福の地の神々から敬われるようになった。


こんな自分はハティクヴァに相応しくないと当時子供ながらに思っていた。

平和なこの時代に自分のハティクヴァとしての使命は不明瞭すぎたのだ。


ディアスは溜息をついて上の方を見上げた。

大聖堂の遥か上部にて魚達がヒレをはためかせながら泳いでいるのが見える。

深夜の大聖堂にはディアス以外誰もおらず、辺りは静まりかえっている。

太陽が沈み切らない祝福の地の夜に闇は訪れず、深夜でも魅惑的な薄紫の空が広がっている。大聖堂の窓という窓から柔らかな月光が照らし、辺りはやんわりとした薄紫の仄かな明かりに包まれている。


ディアスが魚の群れに向かって口笛を短く吹くと、魚達はゆったりとした動作で身をくねらせながら降りてきた。

紫の霞の中を、月光を浴び銀色に鋭く光りながら泳ぐ魚達の姿は、とても幻想的だ。

前回会った時よりかは、魚達の動きは大分穏やかだが、やはりでかくて怖い。ディアスを囲むように泳ぐ魚達の無気質な眼球に、うっすらとディアスの影が映りこんでいる。


「お前達もこんな恐ろしい姿に変わっちゃって。」


ディアスが恐る恐る腕を伸ばして手を差し出すと、一匹が擦り寄ってきた。触れてみた鱗は硬く冷たい。まるで鋼鉄の様だ。


管理局からの報告によると、やはり魚達はアンシャルの加護を存分に受けたことで進化した神獣だそうだ。

しかし、詳しく生体調査をしようにも天井から全く降りてこなかったので、あまり細部に富んだ検査は出来なかったらしい。

だが一つ管理局が判明できたのは、魚達は一心同体であり、魚達の間で思考や視覚的情報を共有している事だ。元からそうなのか、神獣になってからそうなったのかは不明だが。


「愛しい息子よ。」


暫くの間魚達と戯れていると、どこからともなくアンシャルがディアスの近くに現れた。


「お父様。」


ディアスは魚を撫でる手を止め、アンシャルを振り返る。アンシャルとこうして二人だけで言葉を交わすのは久方振りかもしれない。


アンシャルは暫くディアスの周りを泳ぐ魚達を眺めていたが、ふとディアスに微笑みかけた。


「名前はショメルだ。」

「はい?」

「この地と、他でもないお前達を護れるよう願いを込めて、ショメルと名付けた。」


アンシャルの言葉にディアスは納得したように頷いた。やはり八匹の魚を総じてショメルと名付けたらしい。


「護る為に…。だからこんな恐ろしい姿に変異したのですね。」

「力あるものは恐ろしくも美しいのだよ、愛しい息子。」


どこか感慨深げに魚達を眺めるディアスに、アンシャルは微かに眉を下げた。


**



澄んだ水の香りでディアスは目を覚ました。いつのまにか寝入ってしまっていたらしい。

柔らかな太陽の光に目を細め、横たわったまま首だけを動かし辺りを見回すと、見慣れたいつもの蒼の空間だ。自分の動きに合わせて、やんわりと水面がさざめいている。


蒼の空間内は安全だ。こうやって無防備に横たわっていても、なんら問題はない。

ディアスは深く呼吸をした。水面に浮かぶ自身の身体がとても重く感じる。

とにかく眠い。もう一眠りしよう。


ゆっくりと瞼を閉じ、眠りの世界へと意識を手放すその瞬間、誰かが優しくディアスの瞼にキスをした。

再び目を開けてみると、目と鼻のすぐ先で男がディアスを覗き込んでいる。

黒に近い、しかし陽に透けるとブルネットにも見える髪がディアスの頬を擽ぐる。ディアスを覗き込む慈愛に満ちた男の瞳の色は夜明けの青だ。

眠気で意識が混濁しているが、この色をディアスは知っている。

男を認識したディアスはふっと表情を緩めた。


「イザヤ。」


ディアスが身を起こそうと顔を上げると、男ーーイザヤがディアスの背中に腕を回し、抱き起した。ディアスが身を起こした後も、イザヤはディアスの両肩に手を添え、暫く目を細めて彼の顔に見入っていたが、ゆっくりとそのままディアスを抱き締めた。


「お会いしたかった。」


ディアスの首辺りからくぐもった声がする。ディアスもイザヤに両腕を回す。


「俺も会いたかった。愛しいイザヤ。でも、お前はミッケダシュと俺の事が嫌になって去ったのだろう?」


ディアスの言葉にイザヤは顔を上げる。


「…っ。違います。」


彼は苦しげに顔を歪め、首を横に振った。


「違うのです。今日この日まで貴方様を想わない日は無かった。」


ディアスを直視するイザヤの瞳から泉の様に涙が溢れ出す。

イザヤはよく泣く。そういえば、初めて出会った時もイザヤは泣いていた。


「別に気にしてないよ。どんな形であれ、また会えて嬉しい。」


ディアスはイザヤの涙で濡れた頬に袖を押し当てながら微笑んだ。


「大きくなったな、イザヤ。別れた時はお互いまだ小さかったしな。それに、別れてからもう千年は経っているだろう?お前とまたこうして触れ合うことが出来るなんて、思ってもいなかった。」


そう言ってイザヤの手を握るディアスに、イザヤはまた表情を崩して涙した。何故だか分からないが、彼の表情にはどこか悲壮感が漂っている。


「貴方様と共にある為に、貴方様と同じ時を身体に刻む様にしたのです。…お忘れですか?」

「そうだったかな。」


そんな事はしていない。でも、もし仮にそうなのだとしたら、それはどんなに幸せな事だろう。


「…本当に会いたかったんだ。イザヤ。」


ディアスは彼の首元に額を寄せ、そう呟いた。


「私もお会いしたかった。」


イザヤが優しく微笑みながらディアスの髪に指を通す。その指の動きを感じながら、ディアスはゆっくりと瞼を閉じた。



「おはようございます、ディアス様。」


エゼキエルの声でディアスは目を覚ました。

もうすっかり慣れてしまったミッケダシュの自室のベッドに沈む様に横たわっている。

身を起こした反動で、ディアスの瞳からぽたぽたと涙が零れ落ち、布団に染みを作った。


「如何しましたか?お加減が宜しくないのでしょうか…?」

「……とても幸福な夢を見たんだ。それより、今日は果物とスコーンがいい。紅茶は出来るだけ渋く。」

「畏まりました。すぐにご用意致します。」


どんな夢を見たのかと追求することなく、ディアスの朝食の要望にエゼキエルは頷き、寝室から退場した。元老院の高貴なエフベドとはいえ、立場を弁えた身の振り方をするエゼキエルの事をディアスは気に入っている。


隣室から微かにエゼキエルと侍女の声がする。ディアスは溜息をついて涙を手の甲で拭い、先程の夢に想いを馳せた。


あれがただの夢なのだという事は途中から気づいていたし、あれが自分の願望を表しているのだという事も分かっていた。


彼をイザヤと名付けたのは自分だ。

遥か昔、時代が第二紀へと移り変わった直後、大破した月の残骸の上を散歩していた途中で瀕死の彼を見つけて保護した。イザヤは月に住まう民のたった一人の生存者であったのだ。


イザヤはディアスにとって唯一無二の友と呼べる存在であった。勿論ミルハマットもディアスにとって心を許せる掛け替えの無い存在だが、彼は友人ではなく、血肉を分かち合う家族だ。


イザヤがいつミッケダシュから姿を消したのかは定かではない。


ディアスは夢であった彼の姿を思い浮かべた。外見的年齢は自分と大差無かった。お互い座っていたから身長は分からなかったが、大人へと成長した彼は、現実でも夢で見たような外見だったのだろうか。


とにかく、不死ではないのだから、彼はとっくにこの世にはいないだろう。


それでも、幸せな夢だった。

ディアスはイザヤの指の感触が忘れられず、自分の髪に指を通してみた。

心も頭も冷静に鎮まっているのに、瞳からは止めどとなく涙が溢れ出てくる。

ディアスは拭うでもなく、布団上に落ちてゆく涙を暫くぼんやりと眺めていたのであった。


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