008 邂逅、自由と悪事
さて、今回はどう立ち回ろう。
アップデートにより、プリセットの職業欄が全てからになってしまっていた。
確か、全部に<盗賊>と着けていたと思うが、アップデートで追加された職業を当ててみるのもありだと思う。
辺り一面に広がった白の世界で、僕はおれの為に、面白みのある職業を探す。
遺跡盗賊、解析者、擬装師、どれも面白そうだが、どこか違う気がする。
新しい職業<技工士>これなどどうだろう。戦闘能力値があまり高くないのは、生産職だから当たり前。それでも、新しい武具の作成ができるというのは、中々に面白そうではなかろうか。
生産職らしく、今回は利益を優先してみようか。それとも職業関係なく、好き勝手に暴れてみようか。
金の瞳に茜色の髪、背丈と体格は平均的な男性のアバターを操り、最初の街をさっさと踏破した辺りで、次の目標を品定めしていた。
ここは外れの街<アディート>。工芸品で栄える、地図に載らない小さな街だ。
近未来を思わせるSFの景色とは一転、ここは古臭い背の低い古民家が建ち並ぶ、田舎のような景色を広げている。
但し、地面はアスファルトで固められ、飲食店や素材屋が隣り合っていて、何処からどう見ても現代の県庁所在地付近の市区町村くと大差のない見た目で、設定上の古臭いがプレイヤーの脳では出てくることのない街となっている。
何処からどう見ても、現代の現実の景色だ。
「スキル<生成>」
どこかの子会社の事務所にしか見えない空き小屋の一つに入り、そこに置かれていたスチール製の事務デスクにウィンドウを浮かばせ、作業場を作った俺は、さっそくインベントリからここまでの道中で手に入れた素材を吟味しつつ、新しい職業<技工士>に与えられているたった一つの初期スキルで、仕事に精を出していた。
スキル<生成>それは、材料とレシピさえあれば作り出せる便利な生産職の特権で、これによって俺は生産職人生を謳歌している。
ログウィンドウとインベントリウィンドウで覆われた事務デスクの上には、これまでお遊びで作った幾つもの機械仕掛けの武器を並べて、大きく息を吸い込んだ。
埃と鉄錆、そして火薬の香りが肺に入り込み、脳の奥を痺れさせてくれた。
「次はっと、これとこれ。それに……これかな」
材料とレシピがあれば、たった一つのスキルで生成する事ができる。では、そのどちらかが欠けていては、生産職は何も作れないのか。——答えは否だ。
この世界は、サイバースシグマは、材料さえあれば、己の知識と技量でなんでも生み出す事ができる。それは一重に、この世界を管理しているAIの優秀さを示す一つの指標に過ぎないが、こうして生産職をしているとこの世界の管理AIの高度さを実感させられた。
自分でこれとこれをこうすれば、こうなるのではないか。そんな頭の中に広がった設計図を、管理者はそのまま引き取り、清書し直してからこの世界にその結果を生み出すかのようにして、スキルの結果を出力しているかのように見える。もしそうでないのなら、頭の中で組み上げた、武器や防具のデザインをそのまま精製結果に出したりはできないはずだ。
管理AIは、プレイヤーの脳を監視している。それがどれだけ異様な事かは十二分に理解しているが、それがどうした。
ここは夢の世界だが、同時に現実でもあるそれだけの話だ。誰かが作り、誰かが壊し、誰かが直し、誰かが支配し、誰かが管理する場所。ホラ、現実と何ら変わらない。
あの二人の刑事の効果が、数日たってもまだ抜けていないらしい。出なければ、夢の中にまで現実を考えさせたりしないはずだ。
まったく、煩わしい事この上ない。
そんな事より、生成に精を出しましょう。
インベントリウィンドウから、クロックバックの外殻、天蓋亡夫の尺骨、アクトツヴァイの潤滑油を取り出し、全てを机の上に置き眺める。それが終わったら、それらを指先の感覚と己の直感で切り刻み、熱して組み合わせる。
そうして出来上がった一振りのナイフを暗がりを部屋の四隅に作るランタンに掲げて見せた。
『アイテム<クラフトギア・ミラク>を入手しました』
これで材料の準備はできた。
今回作るのは、銃剣。男のロマンの塊の武器にして、三つの技巧を組み合わせた俺の頭の中で描いた最高傑作だ。
次だ。次を作ろう。
「ミニクラロフト、ランババランの第三脚、通達者の遺灰…………こんなもんかな」
材料を揃えて鉄鍋に放り込むと、それを火にかける。
これらを溶かして混ぜ込めば、先ほど作ったアイテム<クラフトギア・ミラク>と合わせる素材に進化させることができる、はずだ。
この世界に入眠前、新しい職業を調べ、それらの評価が張り出された掲示板を見ていたおかげで、こんなにも今夜の人生は充実している。
現実の僕も、夢の中なら役に立つ。
ブクブクと泡を吹き出し沸騰する混ぜ込んだ材料たちを慎重に取り出し、粘土で成形した土型に流し込む。
『アイテム<クラフトギア・フラム>を入手しました』
「よし、これで準備完了」
必要素材は揃った。
ナイフの形をした素材<クラフトギア・ミラク>、メインボディの素材<クラフトギア・フラム>、そして、これらの作成前に作っていた内部部品素材<クラフトギア・メトン>。
三つの素材を机の上に正しい順番に並べて、スキルレベルの上昇を知らされたたったひとつの職業スキルの使用を宣言する。
「スキル<生成>」
黒鉛色のボディに、夜空を流れる彗星のような煌めきを見せる刃、俺の手に馴染むグリップのそれは、片手中というには少々大きく、両手銃というには少し短いサイズの頭の中に思い描いていた近未来SFデザインの銃剣のそれであった。
『アイテム<ムタティオ・アニミ>を入手しました』
睡眠時間の半分を費やして生成した物を全てインベントリに収納後、さっそく市場へと移動する。
この小さな町に大した商隊はいない。これなら、三つ目の街<バルコロン>に向かった方がよさそうだ。
町から街への移動に使用する手段は三つ。己の足で向かう徒歩か、電動生物の牽引する電気籠、限られた場所でのみ使用できる電子精霊のどれかになっている。
この中で採れる選択肢の中で、時間を取らない方法は一つだけ。
「馬を一つ」
「あいよ。西方の砂漠地帯は今は磁気嵐で荒れてるから向かってくれるなよ」
NPCとの取引を行い、鉄の足を持つ馬が牽引する籠へと搭乗する。
ここからバルコロンまでは約二十分、それも何事もなければの話だ。
魔物が襲ってくる可能性もある。
前回がどうだったかは分からないが、もし戦闘職でなかったならば、かなり苦戦したはずだ。そんな危険を冒してまで、一夜限りの人生を送るのは、正直言えば馬鹿のやり方だと言える。
鉄に満ちた轍道を辿って電気で動く機械の馬がゆったりと歩みを進める。右にも左にも現実世界ならば電柱と呼ばれるだろう石塔の名残を等間隔にした景色を眺めていると、夢の中だというのに眠気が襲って来た。
リズミカルな振動を尻に感じて寝船をこぎ始めた頃、思った通りというべきか、電気馬が急に嘶きを上げた。
魔物の登場である。
「どれどれ種類は…………こりゃ不味い」
サンドワーム・レッドフッド、危険度レートCの多足型魔物だ。生産職が敵う相手ではない。逃げなければ。
「せっかく作ったんだ。使わないともったいないよな」
インベントリから取り出した三つの黒い鉄塊を掌に物質化した。
アイテム<ブロッサムドロップ・黒鋼>、所謂手榴弾である。
開花した花のように鋭い鋼の欠片を集めた鋼、その中心にある柱頭のように飛び出した栓を引き抜き、籠の窓から放り投げる。
直撃すれば多少は傷を与える事ができるだろうが、ここから狙って投げるだけのスキルを俺は持ち合わせてはいない。
爆発が三度、馬の背後で起こり、黒煙と赤炎が立ち上った。それに伴い、赤い節足を蠢かした黒い鎧を全身に纏った長紐のような胴体を砂地から飛び上がった。
「おお、すっげぇ!」
爆炎に巻き上げられた砂鉄の波と共にこちらに首を傾けるその魔物を前に、つい驚嘆の声が上がってしまった。
サンドワーム・レッドフッドの真っ赤に染まった眼光が、こちらを見定め鎌首をもたげた。
まったく効いてない様子だ。
「じゃあ、次は…………これかな」
アイテム<コイルショック>、入手難易度Bの高ランク武器であり、そしてこの世界有数の高コスト燃費の運用がかなり面倒な武器でもある。
今の俺では、これは一発しか撃つことができない。
極太の鉄筒に配線用のケーブルが幾つも飛び出した武器を窓から構え、筒の上に取り付けられたスコープ兼照準を、大百足に定める。
地中すれすれを多足を器用に動かしこちらに迫る鎧を着こんだ魔物が、二対の大顎を開いてその中に収納した、鋭い棘のような牙を見せて来た。
「さぁて、どれだけ利くかな」
レベルの低い今の自分が作った武器では、市場で手に入る物よりも性能が劣る可能性がある。燃費が悪いこの武器で、一体どれだけの傷を負わせることができるだろう。
引き金を引き絞り、馬の揺れに合わせて照準を定めたところで――引き金を引いた。
筒内部の鑑を反射して、精製された光と電気が先端に集中する。
周囲の空気にプラズマが迸り、力が集約された鉄筒から飛び出した一つの光球は、周囲の砂鉄をまき散らし、一直線にサンドワーム・レッドフットの頭部目掛けて飛来した。
「まぁ、そんなもんだよな」
大顎の外殻の一本が吹き飛び、アシンメトリになった大百足はそれでも突撃を続けた。
距離は残り三メートルもない。喰い殺されるというのは、一体どんな感覚なのだろう。
気にはなる。しかし、こちらとしてもおとなしく食われてやるほど、お人よしではない。
「スキル<加速>!」
電気で動く馬は、技工士のスキル対象だ。
スキルによって速力を上げた馬に引かれて、籠が大きく跳ね上がった。それに合わせて突撃して来た大百足が、籠の下で欠けた大顎を火花を散らせて嚙合わせる。
「スキル<誘爆>!」
インベントリから取り出した複数の爆薬を投下し、スキルによって火を飛ばす。
防火袋から飛び出した火薬が眩い光と共に熱を発して、近くにばら撒いた手榴弾やら地雷やらを起動した。
「スキル<防爆>」
自身と周囲の籠、それに疾走する馬に防爆のバフを付与して、来る衝撃に備える。
光と熱が頬を掠め、大きな衝撃が籠を大きく傾かせた。
「やばっ!」
馬がシステム通りに直線状の動きをするのに対して、傾いた籠は無理に引かれ更に片側に重心が寄った。籠は大きく揺らぎ、ついに転倒する。
体力が半分以下にまで落ちたところで、衝撃は止んだ。しかし脅威は去っていない。
爆発によって体のあちこちに罅の入った大百足が、甲高い鳴き声を発してこちらに鎌首を傾けた。
「ぁあ、こりゃ駄目だ…………死んだな、コレ」
チクチクと尖った砂鉄が体を傷付け、更に体力が減った。
大の字に手足を伸ばした状態で空を見上げてみれば、そこには今まで見た事のなかった星々の瞬きを見る事ができた。
現実にある星座とは異なる、全くばらばらに散らばった大きな星の光が、こちらの顔を怪しく照らした。
「星……星? この世界に?」
この世界は、技術が発達した近未来を舞台にしている。
現実の世界よりもより淀んだ空気によって、常に空は曇り太陽も月も、星々すら視認する事はできなくなっている。だのに、今目の前には満天の星空が広がっている。
「これは……爆撃の光?」
何者かの攻撃だと理解した時には、星々の光は最初は拳大程度だったが、今はどれも自分の顔と同じ程度に大きく膨れ上がっていた。
次々に地面を抉る星の光は、着弾した瞬間に光をより一層強め、地面に大穴を空けながら爆発し、大百足を火の海に沈めた。
「やぁやぁ、生きてるかな」
明かるげな少女の声が頭上から降って来た。
「アンタは?」
「僕はシナ。中央では『死神』って呼ばれるアウターのクランリーダーだ」
ボーイッシュな姿の少女は、ニカリとこちらの顔を覗きながら言った。
二色の紫の髪をウルフカットにした女性らしい大きくも鋭い眼差しの少女が、こちらを見下ろしている。一対の綺麗な緑の眼差しが、不思議とこちらの視線を捉えて放そうとしなかった。
どうしてだろう、こんなにも吸い込まれる瞳を、俺はどこかで見た事がある気がする。
しかし、その時の記憶は朧気で、誰か違う人の気がする。
「アウターってことは……」
「そう。君の持ち物を全て寄こしなさい。そうすれば、命までは奪わない」
悪戯が成功した子供のパッと咲き誇る笑みが、悪魔のように見えた。
視線をぐるりと巡らせれば、周囲にはいつの間にか人影が幾つも立っていた。これは逃げられないなぁ。
「俺はカルガモ。始めたばかりで大したものは持ってないぞ」
砂鉄の食い込んだ体を叩きながら立ち上がり、インベントリウィンドウを表示させた。
「別に気にしないよ。こうしないと、僕らはアウターでいられなくなってしまうからね」
自由を謳歌できるこの世界で、わざわざ悪行の縛りプレイとは感心してしまう。
インベントリから製作したアイテムを全て取り出し、シナと名乗った女性プレイヤーの仲間らしき全身を灰色の装備で覆った男に渡して行く。
リーダーに危険が及ばないよう距離を開けつつ、自分から受け取りに来たところを見るに、彼らは十分高レベルの集団らしい。
「これで本当に全部か?」
「殺して確かめます?」
どのみち、もうじき朝になる。目が覚めるのも時間の問題だ。
「いや、いい。初心者を殺すほど落ちぶれちゃいない」
それはそうだ。全員揃って、高価な装備に身を包んでいる。こんな奴らにしてみれば、今ここで初心者を助ける意味など無かっただろう。
リーダーの指示で仕方なく助けた。そんな空気が伺える。組織に属した人たちは大変そうだ。
「そっか、じゃあこれも許してくれる?」
インベントリに一つだけ残していた武器、入手難易度Eの何の変哲もない解体用電熱ナイフ<フリップチョッパー>を取り出すのと同時に振り抜いた。
「が――ぐふっ――っ!」
「あれ? お兄さん、もしかして体力少な目のステ振り? たかがクリティカル一発でそれって、危険すぎない?」
喉仏の隙間を走った赤熱の刃によって付けられた傷を上から押さえた灰色の男は、声も出せずにそのままその場に崩れた。
「おや、タムさんが殺されちゃった」
「死んでないだろリーダー、身代わりの灯台が破壊された。タムさんは残機一だ」
「おいててめぇ、何してんだ!」
シナはそんなに反応しなかったが、その周囲の者らは憤慨に染まった顔でこちらを見た。
<身代わりの灯台>それは、致命傷を一度だけ耐えられる即死回避用の使い捨てアイテムである。これを突破するには、相手の体力の二倍のダメージを、一撃で与える事が必須となる。
殺しきれなかったのは残念だが、初心者がこの身代わりアイテムを破壊できただけでも誇るべきだろう。
「はい! 全員止まれ」
強制覚醒を覚悟して抵抗を諦めようかと悩んだ矢先、シナだけは一切感情を揺すられる事なく、一定の楽し気な調子で得物を携え殺気立った仲間たちを制止させた。仲間の報いは自分で下したい派なのだろうか。
「ねえ貴方、うちの仲間殺してなんとも思わないの?」
「へ? うーん…………いや、別に」
前回の自分がどうだったかは知らないが、少なくとも今回の自分は、プレイヤーを殺す事に一切の躊躇いを感じなかった。
「そっかそっか。いいね君、僕らの仲間にならない?」
シナはそう言ってこちらに手を差し伸べる。それを黙って見ていた他の仲間たちは、先ほどまで見せていた憤怒の感情はどこに消えたのか、呆れたような生温かな視線に変化しシナへと向けられていた。
「折角だけど、俺は――」
「もし断ったら――状況、分かってるよね」
周囲からシナへと向けられていた生温かな視線が、鋭い敵意を各々の得物と共にこちらにずらし込んだ。
「殺されるのにも、抵抗ないんだけど?」
「それは困ったね。普通、これで折れてくれるんだけどなぁ」
言葉とは裏腹に、シナの表情はとても明るくこの問答自体を楽しんでいるという風だった。
「それに、俺は目を覚ませば、その時点で死ぬから入れないよ」
「死ぬ? ……病気か何か?」
不安げにこちらを下から覗き見て来たシナに、こちらは逆に明るい笑みを見せた。
「そんなんじゃない。俺は明日に記憶を引き継げないんだ」
「それってもしかして、プラグが――」
「無印をつかってんだ」
ざわめきが湧き立ち、シナの仲間であるアウターたち、アウターズは困惑から、それぞれに言葉を紡ぎ出す。これを明かした事があるのは、現実世界にいるたった一人の友人だけだった。
なるほど、こんな反応されるんだな。記憶できないのが残念だ。
「今時、初期型を使ってる人は初めて見たよ」
「そうかもしれないな」
「それじゃあ、明日だね。明日君を見つけるよ」
「は?」
は? 本気で言ってんのか? こっちは記憶を失ってんのに。
「もし明日あっても、アンタの事は覚えてないっての」
「それでもいいよ。僕は明日、君を見つけて仲間に誘う。これ約束ね」
全然分かってない。明日の俺は、俺じゃない。今日の記憶どころか、職業も生き方も、今日の俺とは違っていて、それを俺は俺とは認識できない。
「約束。ね?」
「…………分かった。約束な」
こんなできもしない約束、本来ならするべきじゃない。
するべきじゃない、はずなのに…………。どうしてだろう、彼女との約束をしたいと、心の奥底にいる誰かがそう叫んでいる気がした。
「それじゃ、よき夢を!」
シナはそう言うと、ここまで来るのに使用していたのだろうブーメランのような形の乗り物、ライドシフターに飛び乗り、低空高速飛行ですぐに視線から消えた。
新緑の美しい瞳の線が残された中空を見つめながら、俺は一人、深い深いそれは深い、深海から水泡を上げるようにため息を吐いた。
このため息が意味することを、俺は知らない。




