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現実に主人公はいない  作者: 薪焚灯火


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006 テスト後の祭り

 五月を越えて六月に差し掛かろうかという時期になり、学校という名の監獄は来る祭りに対して、異様な熱気に包まれていた。

「なぁ今度の体育祭、優勝したクラスには全員に賞金が出るらしいぜ」

 昼休憩時、隣のクラスの友人、水無月真司が購買パンに噛み付きながら言って来た。

「賞金って、プリカだろ。今時使う場所限られるっての」

 同じく購買パンをかじりながら、こちらも雑談の花に水を撒く。

「うちのクラスが言うには、賞金は一人一万円らしいぞ」

「へぇ、バーガーハウス五回分だな」

「な、スゴイよな。県立のくせに、そんなボーナスがもらえるなんてさ」

 そんな事で喜ぶな。そう言ってやりたいのをぐっとこらえて、続く雑談を話半分に耳を傾ける。

 いつもの光景にいつもの喧騒、そこに加わるそこまで重要でもない話を聴いていると、視界に映っているはずの制服の色や、窓から見える校庭内の草木、果ては黒板に書かれた四時間目の古典の古臭い言いまわしの文字列たちも、白と黒の単純明快な単細胞生物のような物へと映り変わって行く。

 この世界に存在するモノの中で、重要だと思ったものが無いから比較できないが、これらはすべて捨てても構わない程の価値の低いものだと本能が告げている。

「それで? 俺の助言は結局無視したのか?」

「は? 助言?」

 話を雑に聞き流していた事で前後の話が分からず、友人の形をしたマネキン相手に素っ頓狂な顔を見せた。

「プラグモデル3」

「あぁ、忘れてた」

「やっぱり…………」

 水無月の深いため息を顔を背けて避け、この話題は逃げの一手だと他の話題を頭の中をかき回して探した。が、これと言って話す事も無く、水無月の話はその後も続いた。

 七月の夏休み前には新モデルが発売するだとか、その時にはモデル3が安くなるはずだから買い時だとか、いい加減一緒に遊ぼうだとか、そんな話が顔の横を掠めて行く。

「別に、記憶保持(セーブ)機能が無くたって十分楽しめてるよ」

「はぁ? 初期モデルなんてとっくの昔に廃盤になってるのに、未だに使い続けてる奴なんてお前くらいだぞ」

「そう言うんだったら、型落ちでいいから一本くれよ」

 この友人は、重度のネクステ及びソムニア信者だ。この二つのメーカーから出ている商品は、大体購入していたはずだ。

「無理に決まってるだろ。俺のはヴヴィでフールじゃない」

 拡張端末手術で取り付けられる箇所は二か所。延髄か脊髄だ。

 耳の裏から取り付ける延髄機能拡張端末<ヴヴィ>と首下の背骨に沿って取り付けられる脊髄機能拡張端末<フール>では互換性が無い。

 あまりに当たり前だったこと故に失念していた。

「廃盤プラグもそうだけどさ、なんでフールなんだ?」

「何でって?」

「今時フールの手術を受ける奴なんかいないだろって話。お前の親はどうかしてるよ」

「そんなにか?」

「そりゃあ、ヴヴィとフールじゃ性能が違いすぎるからな」

 ヴヴィが一般化されるよりも前に、フールは出回っていた。それが意味する事は十分理解している。

 しかし、今をれを行っても仕方がないではないか。

 そもそも、フールの手術は己の意思で受けたのだから。

「でも、そんな古臭いお前にもチャンスが来たってわけだ」

「体育祭……賞金……ああ、そういう事か」

「ああ、お前の身体能力なら、ぶっちぎりで行けるだろ。なんせ、この学校にいる九割八分がヴヴィだ」

 ヴヴィは思考や記憶といった脳機能を補助して拡張してくれる。それに対してフールは身体能力の向上に力を入れていた。

 世界のニーズに応えた結果がヴヴィなのだから、皆体を動かす事をためらうようになった証拠だ。

「賞金でプラグ買えよ、トウヤ!」


 家に帰るやいなや、制服を脱ぎ捨てベットに倒れ込む。来週の体育祭を考えると憂鬱だ。こんな時にはさっさと眠るに限る。

 しかし、そんなときに限って眠気はやって来ない。薬で無理矢理床につくこともできるが、母親の部屋に忍び込み、目的のブツを回収するその労力が先ず面倒だ。

「こんな時は…………ミゲル」

『イカガイタシマシタカ、燈夜様』

「何か面白そうな情報を探してくれ」

『ジャンルノ指定ハ、ゴザイマスカ?』

「そうだな…………サイバースシグマ、アイテム市場」

 ここ数カ月、ずっと同じ情報を探し続けていた。その理由は分からない。

 だがきっと、夢の中の自分が何かを求めているのだろうと、深くは考えていなかった。

『検索シマシタ。コチラガ現在ノ市場価格トナッテイマス』

 眼前に表示されたウィンドウに浮かんだアイテムとその価値を示す数値を流し見ながら、脳の奥底でこれではない。あれでもないと、何かを探し続ける。

 これだ。この感覚だ。現実にいるのにどこかで夢を見ている。そんな奇妙な感覚が、頭のてっぺんから爪先までを冷水で湿らせるように、ぺたりと頭蓋骨の裏側に貼り付いている。

「一体、何を探してるんだ」

 ぽつりとつぶやいたその言葉は何処か空っぽで、自分のどこかでは分かっているはずなのに、いざそれを思い出そうとすると、白一色に塗りつぶされたキャンバスに行く手を遮られるような感覚が電気信号となって指先をピクピク動かす。

『アイテム名ヤ、特定ノ効果、説明文デ絞リ込ミマスカ?』

「いやいいよ。ウィンドウも閉じてくれ」

『承知シマシタ』

 これなら確かに、友人の言う通りプラグを変更するべきなのだろう。しかし、それをすれば記憶保持機能が働き、夢の情報が現実へと漏出してしまう。

 ただでさえ現実味の無い現実で息をしているのに、そこに余計な情報が加われば、自分がどうなるのかは分からない。

 僕は、この極彩色の地獄を生きている。支離滅裂な夢の記憶など持つ意味も、意義もない。

「ハァ…………退屈だ」

『ゴ提案シマス。先程水無月様カラ連絡ガアリマシタ。商品ページのリンク付きです』

「削除しといて」

『承知シマシタ』

 見なくてもわかる連絡を寄こすくらいに、僕の友人は暇を謳歌しているらしい。

 ぼんやり自室の天井を見つめ続け、どれだけ経過しただろう。

「ミゲル、今何時?」

『十八時四十三分デス』

 帰ってから、まだ一時間も経っていなかった。このままぼんやりしていてもいいが、帰宅後にまで牢獄に捉われたくはない。

「……寝るか」

『御客様ガ玄関前デオ待チデス』

「は?」

 突然そんなことを言われても……。

「宅配?」

『イイエ。スーツ姿ノ二十代後半ノ女性ト男性ガ一名ズツイマス』

 スーツ姿? なんか売りつけにでもきたか?

「無視していいよ、そのうち帰るだろ」

 こちらの予想は向こうもしていたのだろう、出なければ普通こんなことしない。

『警察官デス』

「は? なんで警察がうちに来んだよ」

 考えつくとすれば、両親のどちらかもしくは両方に何かあったか。

『手帳ヲ提示シテイマス。偽装デハアリマセン』

 そりゃあ、うちには本物があるんだから真偽判定くらい設定してるよな。

「鍵開けて中入れて。すぐ行くって伝えて」

『承知シマシタ』

 一階から、解錠音と扉が開かれる音が響いてきた。

 客人に出すお茶なんてあったかな。

「初めまして。わたしは今、サイバースシグマでとある事象について調査しています」

 黒い長髪を一つに束ねたさっぱりとした見た目の警察だった。

 その後ろには、ボサボサの茶色い髪に、所々白髪が混じった無精髭のどこかぶっきらぼうな男。

「何か聞いて回ってるんですか?」

 でなければ、こちらが容疑者と睨んで来たくらいしか理由が思いつかないが、残念ながら記憶はない。

 夢の中の僕は、一体何してんだ。

「長い話になるし中入れてくれないかな?」

 男が、予想とは異なる優し気な作り笑いでこちらに踏み入ってきた。これは……完全にこちらを容疑者として確定させてるな。

「どうぞ、お茶淹れますね」

 とは言っても、淹れるのはミゲルの仕事だが。

「ミゲル、お客さんにお茶出して」

『承知シマシタ』

 湯気をくゆらせる茶飲みが三つ置かれた客間へと通した後、警察官二人の対面へと腰掛ける。

「それで、話ってなんですか?」

「二ヶ月ほど前、貴方はとあるプレイヤーからシカムシロの鎖片というアイテムを盗みましたよね?」

 クサリヘン? 何かの隠語だろうか。

「何ですそれ?」

「とぼけても無駄です。調べはついています。私たちの仲間からアイテムを盗んだプレイヤー、それはカルガモという名前で入眠(ログイン)している三浦燈夜さん、貴方です」

「確かにカルガモは僕ですね」

「では——」

「でも記憶がありません」

 事実、無印プラグでは記憶の保存はできない。もしこの人の言う通り二ヶ月前に盗んだとすれば、それはキャラデータの削除と共に消失(ロスト)しているだろう。

「ふざけないで! 貴方が盗んだせいで、私たちの仲間は今も目を覚ます事なく、夢の中に囚われているのよ!」

 テーブルを叩いた衝撃で、湯呑みから数滴茶が飛んだ。

 そんな事を言われても、こちらに記憶はないのだからどうしようもないだろう。ってか、夢の中に閉じ込められたってどう言うことだ?

「落ち着け。相手は学生だぞ」

 なるほど。一人が脅し一人がそれを宥めてこちらの味方の振りをする。警察あるあるを、今目の前で見せられていると言うことか。

「申し訳ないな燈夜くん。俺らも少しばかり混乱しているんだ。故意にせよ偶然にせよ、君が盗んだシカムシロの鎖片、あれがなかった事で俺たちの仲間が一人、昏睡状態に陥った」

「それは……」

 ぼくとは関係ないです。そう言おうとしたが、それよりも早く、男性の刑事さんが続けた。

「信じられないよな。正直言えば、俺だってあいつの悪ふざけであって欲しいと、心底そう思ってる」

 信じる信じない以前に知らない話だし、そんな事を言われても、こちらから差し出せるものは何もないぞ。

「少しだけ話を聞かせてくれないか。君が人からアイテムを盗む理由、それだけ聞ければ俺らはすぐにでも帰る。約束する」

 と言われましてもねぇ…………。

「ちょっと香取警部補! 私たちの目的はアイテムの回収ですよ。あれがあれば、岸巡査長を目覚めさせられるかも知れないそれが分かっているの?!」

 切羽詰まった様子なのはよく分かった。しかし二ヶ月前の事を切り出されたところで、こちらにはどうすることもできない。

 そう言うのは運営に言ってくれよ。

「落ち着けと言ってるだろ。彼の両親は俺たちと同じ警察官とその協力者だ。そんな二人の息子さんが、好き好んで犯罪なんかするか。……何か訳がある。そうだよね、燈夜くん」

「その燈夜くんっていの、やめてもらえます?」

「え?」

「胡散臭いです」

 無精髭を生やしただらしのないおっさんから友人のように近づかれれば、それは気味が悪かろう。

「……じゃあ、どう呼べばいいかな」

「カルガモで」

「っ!——」

 やはり、用があるのはカルガモの方だった。であれば、やはり彼らに協力することはできない。なんせ記憶がないのだから。

 カルガモは、一夜だけ生きることができる短命の運命を背負った一介のプレイヤーにすぎない。

「君がカルガモ…………盗んだ事、認めるのかい?」

「あなた方が盗んだと言うなら、きっと盗んだんでしょうね。カルガモは」

「っ! 貴方のせいで!」

 突然テーブルを超えて掴みかかって来た。

「おいやめろ武蔵部、その手を離せ!」

 それを抑えるべく、男の刑事さんが武蔵部と言うらしい女性刑事の腕を掴んだ。

「分かりませんが通用すると思うな!」

「…………………………」

 嫌いな言葉だ。それに、分からないとは言っていない。記憶にないと言ってるんだ。

 この刑事は何を聞いていた。

「すまない、とう――カルガモ。だが、どうか分かってやってほしい。こいつも責任を感じて、少し荒れているだけなんだ」

「そうですか」

 どうでもいい。早く帰ってくれ。面倒な現実の中で、更に面倒事に巻き込まれるつもりはない。

「なぁカルガモ。記憶ないって言ってたけど、それはどういう意味なんだ?」

「どうもこうも、そのままの意味です。記憶が無いんです」

「そんな言い訳が通るわけ——」

「記憶保持機能のついてないプラグ使ってるんで」

 記憶の保持には、ネクストステップ社——通称ネクステなどの企業から出されているモデル2以降のプラグが必要となる。

 しかし、そんなものは不要だ。

 現実と夢の境が分からなくなる。

「そんな嘘が通じるとでも思ってるの?」

 苛立たしく腕を組んだ女性刑事、武蔵部は眦を吊り上げ、睨め付けて来た。

 ホント、大人ってのはどうして自分よりも下に見たものを、自分の枠に納めたがるのだろう。

 不愉快甚だしい。

 古くから歳上は無条件に敬うべきという忌々しき風習に捉われた大人が、ぼくは大嫌いだ。

「嘘とか、どうやって見分けてるんです?」

「は?」

 こちらも苛立っていたのだと思う。でなければ、嫌いな人間に、わざわざ自分から関わろうなんて絶対に思わない。

「ぼくが嘘吐いてるって、何で分かるんです? 超能力者か何かですか?」

「ふざけてるの?」

「いいえ、本気です。他人の考えてる事がもし分かるなら、こんな話し合い無駄ですよね。仮に、貴女に嘘を見抜ける力があったして、それなら何で今は使ってないんです? ぼくは嘘なんか吐いてない。それは、誰よりもぼく自身が分かってます。何故なら、ぼくは嘘を吐いていないから。それでも貴女が嘘を吐いているというのなら、それこそが嘘になってしまいますよ?」

「このっ!——大人を揶揄っていいと思ってるの?!」

「揶揄う揶揄わない以前に、大人だからとか止めたらどうです? 古臭い価値観を相手に押し付けるのなんて、老害と何ら変わりませんよ? それとも老害なんですか? 若作りも大変でしょうにお疲れ様です」

「っ!——」

 パンッ! と、乾いた大きな音が、客間に響いた。

 きっと腫れるだろうな。左頬がジリジリと痛みを発している。

「おい武蔵部!」

「………………ぁ、その」

「これが、貴女ですよ。歳下だからって、何でも言うこと聞く行儀のいいお人形が相手だとでも思ってたんでしょう?」

「そんなっ、それは違——」

 無駄な時間を費やすつもりはなかったけれど、ここまで嫌いな大人と重なる警察官がいてはイラつくのも無理はない。そう思う事にする。

「僕の部屋見ますか? それで全部わかるでしょ」

 言いながら腰を上げ、客間から廊下へと続く扉の前に立つ。それに対して、刑事二人は、ばつが悪そうに無言で素直にこちらの言葉に従った。

 こちらがそう差し向けたとしても、手を上げたのはあちらだ。法を守り、市民を助ける警察官が、容疑者という状態ではあるが市民に手を上げた。これは、社会的には問題になるだろう。しかし、それが分かっていてすぐに頭を下げられないというのは、流石大人といった所だと思う。

 この程度で警察が務まるなんて、ホント社会ってのは簡単で単純だ。

 歳さえ喰えば、どれだけの脳無しでも上から目線でモノを言えるのだから。

「ここがぼくの部屋です。レムシスはそこに」

 ベッドの上に置かれた黒い円盤の筐体を指差し、自分は勉強机の前に出しっぱなしにしていた椅子に腰かけ、二人のやり取りを黙って眺めた。

「これ、確かに初期型プラグ…………ってか、まさかフール? なんで今どきの子が………………」

  男の刑事は、ベッドに伸ばしっぱなしにしていた赤のケーブルを持ち上げ、それをじっと見て、それからプラグの形状に驚いていた。

「本気にしないでくださいよ。どうせ、別のプラグを隠し持ってるに決まってるじゃないですか」

 半眼でこちらを流し見る武蔵部の視線を無視して、どうぞと捜索を言外に告げて部屋を後にした。

 他のプラグなど持ってないし、これであの上から目線が間違いだったと気付くだろう。もし、これでも態度が変わらないのなら、それはこちらの予想をはるかに超える無能だという事になる。そうなれば、もう話す意味もないし追い返せばいいだろう。

 部屋の前で壁に体重をかけて廊下に腰掛けて待つ。

 部屋の中から、どちらかが一生懸命にプラグを探している音が聞こえて来た。

 ホント、馬鹿みたいだ。

『源弥様カラ、アト五分デ帰宅スルト、連絡ガ入リマシタ』

『桜美様カラモ、同様ノ連絡ガ入リマシタ』

「父さんと母さんが?」

『ハイ』

 これは、余計面倒な事になりそうだ。

 速く帰ってくれないかなぁ…………帰ってくれないだろうなぁ…………。

「燈夜、ただいま」

「おかえり父さん」

 疲労を色濃く蓄えた顔の父を出迎えた。と、その背後には、父の方の辺りに頭のてっぺんが来る人影があった。

「母さんも一緒だったんだ。珍しいね」

「ただいま燈夜。着替えを取りに帰っただけだから」

 これは…………かなりの難事件と見える。

 大人って大変なんだなぁ。

「あれ? お客さん来てる?」

 父が二人の刑事が履いていた靴に気付いた。

「誰、こんな時間に。まさかお友だ——」

「刑事さんだって。今僕の部屋捜索してる」

「捜索?」

 母の目つきが鋭くなった。

 こうして見るとよくわかる。僕は父に似たのだろう。いつだって疲れているように感じるくたびれた雰囲気と、歳に似合わない哀愁を感じさせる目元など、昔からそっくりだと周りから言われ続けている。

「どこの部署の刑事さんたち?」

「さぁ、そこまでは聞いてない。なんか、サイバースシグマで覚醒(ログアウト)できない人がいるとかなんとか」

「何よそれ。あとはお母さんが相手するから、燈夜は待ってなさい」

 それで済むならいいんだけど。なんか嫌な予感するんだよなぁ。

『オ待チドウサマデス、御夕食ノ準備ガ整イマシタ』

「わぁ、今日はミートスパゲティにベーコン入りのコンソメスープ、それに海藻サラダ。今日は豪勢だね」

 上の階で何やら騒ぎが起きているが、それを無視して父は両手を合わせて夕食に向かっていた。そして、勿論僕も。

「「いただきます」」

 食事をしつつ、父は近況を訊いてきた。それに関しては当たり障りのないことを話し、食事を進めて行く。

 食事ももう終盤という所で、食卓に三人の刑事が入って来た。

 どうやら、勝負は母の勝ちらしい。後ろに控えた二人の刑事は、どこか居心地が悪そうだった。

 父が食後の食器を流しへと運ぶのを横に、母が呆れに染まった眼でこちらを見る。

「どういう事なの? たとえ夢の中でも窃盗は犯罪よ」

「その記憶が無いんだから、証明のしようが無いでしょ」

 ミゲルから受け取った湯飲みを片手に、父は静聴の姿勢を見せた。

 二人は、役目こそ異なるものの非力な市民を守る為日夜働く正義の人間だ。母は捜査一課の一員、父はそんな母の仕事を手伝う科捜研に属している。

 職業病なのだろう。謎を目の前にしては、それを解かずにはいられないというやつだ。

「あの二人の刑事さんに聞いたわ。第一ノーツで、未覚醒のプレイヤーが後を絶たないそうね」

「母さんの担当とは違うでしょ。なんで刑事モードにはいってるのさ」

「他人の人生がかかってるの。燈夜、貴方は自分の知らない所で他人様の人生を揺るがしているのよ」

「そんなの、誰だってそうじゃん」

「そんな事言ってるんじゃないの。夢ばかり見てないで、現実もちゃんと見つめなさい」

 見つめた結果だろ。それくらいは分かる。現実を直視して、呆れて失望して、それから絶望してる。そんな現実を忘れない為に、俺が夢を見てる。その結果がこれだというのなら、それは黙って受け入れるしかないじゃないか。

「そんな事より、母さん事件はいいの? 難事件なんでしょ。そんな難事件?」

「燈夜、いつも言っているだろう」

 それまで沈黙を貫いていた父が、横から入って来た。

「分かってる。仕事の話はできないんだよね」

 家の中のルールの一つ、仕事の話は一切しない事。母が決めた事だ。

 元から仕事人間だった母が、警察の手助けをする科捜研に所属する父と結婚した事で、休みを作る為にあえて自分から言い出したらしい。

「それ以前の問題よ。事件に簡単も難解もないの。人が人を殺した。事件にあるのは、その事実ただ一つよ」

 母の言う事は、きっと尤もなのだろう。

 人が人を殺す。それが意味する事を、この世界は拒絶したがっている。しかし残念ながら、人間自体が世界が忌避する人殺しを、心のどこかで常に願っている。誰々が死ぬことを、彼彼女がいなくなってくれる事を。

 悲しいことだ。それ以上に、虚しい。

 空っぽなガラスの器に埃の空気が溜まって行くように、どれだけ目を背けても勝手に積って行ってしまう。掃除をする事なく振り積もったそれらが、器を満たしてくれることは決してない。それどころか、雨露によって育てられた苔に侵され、何時か罅割れ器としての機能を失い、全くの別物と化してしまうだろう。

 人の心は、世界の求める秩序は、それほどまでに脆く儚い。夢や幻のようなものでできているのかもしれない。

「燈夜、考え方が少し乱暴になってない。やっぱり、レムシスのやり過ぎよ」

「ま、まぁまぁ桜美さん。燈夜だって、別に本気で言ったわけじゃないよ。僕らが仕事ばかりで寂しいのさ」

 そんな事は無い。しかし、それを言うつもりもない。家族だから何でも話せるわけじゃあない。

 家族だからこそ、自分の体の中に流れる血の源泉がこの二人だからこそ、共有できる事は限られる。

 この人たちに、僕の気持ちは伝わらない。届かない。理解されない。それだけは分かる。何故なら、この二人の血を、僕は引き継いでしまっているから。

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