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現実に主人公はいない  作者: 薪焚灯火


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004 ミミド山攻略

 電気牛の揺らす籠の中、私は悶々と思考を繰り返していた。未成年の飲酒一つ禁じられずに、何が警察官だ。

「何か言いたげだな、ダク」

 少年のような幼い見た目から吐き出された、咥えたばこのおっさん上司の顔を思い起こさせるその言葉に、私は砂鉄の巻き上がる窓の向こうから視線を狭苦しい車内へと移した。

「別に何もありませんよ、警部」

「おいおい、ここではぺギルって呼べよ、ダック」

 勝気な釣り目に、金髪のセミロングを三つ編みで編み込んだ年の近い女性アバターから、これまた庁舎で聞いただらしない無精髭面を思い出させる声が出された。

「そうだよダク、ここではみんなプレイヤーネームで呼び合わないと」

 肩幅も胸板もすべて分厚く大きな熊男。現実ではオタク臭い、特有のどもり早口で語るのは、この世界ではサムズと名乗る同僚のプレイヤーだ。

「それに、ここじゃ階級も関係ない。だろ、ぺギルリーダー」

 体のバランスに違和感を覚える手足の長さに目を瞑ればそこまで現実と違いはなく、この中で話していて言語化の難しい不快感を感じない唯一の仲間が、現実では最も苦手な岸浩太郎だというのだから、皮肉なものだ。

「フィルチ、行先はミミド山の頂上で間違いないのよね?」

「いいや間違いだ。正確にはミミド山の中腹にある洞窟。それが俺たちの目的地だ、ダク」

 電気で動く牛のゆったりとした動きに合わせて左右に揺れる揺り籠の中で、こんな話が十五分も続いた。

 現実世界で午前五時二十分を回った頃、ようやく鉄臭い外の新鮮な空気を肺に入れることができた。

 緑も草木も見当たらない寂しい山の中腹。そんな印象が強いミミド山は、どちらかといえば、粗大ごみの不法投棄をレベル100にしたような場所だった。

 足元は分解しきれなかった冷蔵庫やらレンジやらにも似た石のような鉄片のようなよくわからんものが行く手を遮りこちらの足を取る。

「ここからはある歩きだ、さっさと動け」

 身長の一・五倍ほどの戦鎚を背負った少年上司、ぺギルが声を上げる。それに従い巨漢アバター、プレイヤーネームをサムズとした倉盛、女性アバター双葉の香取警部補、枯れ枝フィルチが籠から飛び出した。

「ここから先は磁気が乱れてる。電気牛は暴れるし、飛竜は怯えて翼をたたんでる」

 双葉は含みを持たせた笑みを浮かべながらこちらを見る。

「だから歩きだって、そういう話?」

 呆れを見せないようにしようとしたが、どうも夢の中では上手くいかない。この世界では、人の心の奥底に沈めた真相が時折浮き彫りとなる事があるらしい。

 これで前に友人と牧場経営を行ったときには、経営方針の違いから大げんかした事がある。あの時は確か、牡牛の食肉出荷の件でもめたのだったか………………。

「いいや。俺たちは狙われてるって、そういう話」

 双葉の言葉を肯定するかのように、針金を数本捩じって発泡スチロールに突き刺したような、ジオラマ間満載のチェインウィロウの枝垂れた金属樹の群れが、ざわざわと鎖状の溝を刻んだ黒鉄のその身を揺らした。

 木々の隙間から青錆の浮いた鱗がキラキラ光る。その先にあるのは、まるで大粒の琥珀のような一対の瞳だった。

「飛竜――ワイバーンだ」

 誰がそう言ったのか、その言葉を耳にした時には、わたしは腰に下げていた一振りの刃を抜き出していた。

 鞘からから柄だけの武器を引き抜くと同時に、片手装備武器<リノベスティゲーター>の起動スイッチを押し込む。

 ブゥーンという熱が放出される音と共に、柄の中で火の灯った炉が急速回転している微細な振動を感じた。

 ステータスポイントを正しく筋力値に割り振っていなければ、振動によって狙いを定められずに振りかぶることさえできない武器を構え、わたしは一団の最前列に出た。

「おいダク、この中じゃお前が一番弱い。後ろに下がってろ」

 リーダーであるぺギルが、背中に斜め掛けしていた戦鎚を取り外し、その重みを両手に感じながら私のの一歩前へと出た。

 反対しようと口を開きかけたその瞬間、揺れていたチェインウィロウが突然ピタリと止んだ。

 ――来る。

 茂みを掻き分け、漆黒の強靭ゴムの翼膜を折りたたんだ大蜥蜴が、特有の三角頭をこちらに向けて突っ込んできた。

「スキル<都落とし>――ぬぅん!」

 少年の小柄なその肉体からは考えられない膂力で振り下ろされた鉄塊が、磁気を孕んだ風を巻き込み、羽を生やした蜥蜴の三角頭へと吸い込まれた。

 現実であれば、見るに堪えない残酷な血飛沫が辺り一面を濡らした事だろう。しかし、ここは夢の中。無垢な少年少女が大冒険を行い、出会いと別れを繰り返す場所でもある。

 血の代わりに青白いポリゴンが木々の枝垂れた葉々を揺らして、中空へと消えた。

「進むぞ」

 ポリゴンの欠片をくっ付けた戦鎚を振って背中に斜め掛けしたぺギルが、緩やかな斜面を登り始めた。

 山は逸話ほど険しくも危険もなく、一匹の飛竜以降魔物と遭遇する事も無く、目的地だという洞窟にたどり着いた。

 人が縦横に二人は並べる大きさの、ヒグマの巣穴のような場所だった。

「本当にここであってるの?」

 私は振り返り、その巣穴にピッタリな人物であるサムズに訊いた。

「ま、間違いなく中にあるはず。聖遺物の一つ<聖剣ファキエス>が」

 早口に加えて物々しい言い回しに、つい私は苦虫を噛みつぶしたような顔に舌打ちまでしてしまった。

 なんだかここでの私は、少しばかり乱暴性が強くなっていなかろうか。

「そう。それじゃあ…………いい加減話してくれる? どうして連続毒殺事件を解決するのに聖遺物なんてものが必要なのか」

 私たちの元々の仕事は、サイバースシグマで起きた連続毒殺事件を解決する事にある。だのに、今行っているのは他のプレイヤーと同じく、聖遺物を入手しようと冒険している。

 これでは、ただ夢を楽しんでいるだけではないか。

「ダク。別に俺たちは遊んでるわけなじゃない。これも仕事の内だ」

 ぺギルの言う事には従うべきだ。そう私の中の警察官魂が叫んでいたが、それをこの世界の私は全力で否定したがっていた。

「情報屋が聖遺物と交換で情報を渡す、って言うから探してたんだ。この奥にある聖剣一本でな」

 双葉の言葉は、どれ一つ取ってもこちらの気に触れてくる。胸やけにも似た不快感が、ずっと私の胸を襲っていた。

「聖剣一本で情報? それって違法捜査ですよね警部?」

「今の俺たちは、警察であって警察じゃない。現実に捕らわれるな」

「二人とも、話は終わりだ。さっさと仕事に行こう」

 決して、フィルチの言葉に従ったわけではない。ただ、こうして話し込んでいる時間が惜しいと思った。ただそれだけのことだ。その証拠に、先頭には私が立った。

 私、ぺギル、双葉、フィルチの順に入り、サムズが入り口で蓋をするかのように入り口を背に仁王立ちする。

「おいサムズ、何してる」

 それを見かねて、ぺギルが睨み付けた。

「誰か見張りがいないと。必要なイベントアイテムはフィルチが持ってるんだし、僕は必要ないでしょ」

「イベントアイテム?」

 わたしはここまで何も聞かされていなかった。それは、道中でも十分理解していたつもりだった。しかし、夢をつなぎ合わせたゲームを仕事場に、仕事に本当に必要なのか疑問な聖遺物の捜索。

 正直に言って、限界だった。

「いい加減にしてください警部! 私たちは警察官です。夢の攻略に来たんじゃありません」

「いい加減にするのはお前の方だ武蔵部警部補。これは立派な捜査だ。俺たちの仕事は、一般市民の安全だ」

「そのために必要な事をしていると、本当に言っているんですか?!」

「ああ、だから何度もそう言って――」

「ない!」

 それまで黙ってインベントリを開いていたフィルチが突然叫んだ。

「ない、ない。どこにもない!」

「何さっきから騒いでんだ。ないって何が?」

 苛立たし気に双葉がそう叫べば、そちらを向いたフィルチが、血の気の引いた真っ青な顔でさらに一段と声を張り上げ言った。

「鎖がない!」

「何!」

「おいおい嘘だろ!」

「どこかに落とした……いやまさか………………盗まれてる!」

 ログウィンドウを弾いてログを確認したフィルチの叫びで、私以外の面子が一斉に頬をひきつらせた。

 サムズに至っては今にも倒れそうなほどに目を回している。

 盗まれた? そんなことが可能なのだろうか。この世界を全くと言っていいほど知らない私だけは、そこで突っかかっていた。

 いや、きっと可能なのだろう。皆の顔を見ればそれが分かる。

「いやでもだとしたら、なんで気付かなかった。ログが出たはずだろ」

 サムズの言うには、窃盗系のスキルによって持ち物を盗まれた場合、スキルレベルによってログの表示に時間はかかるものの、知らせは飛んでくるはずだとの事。

「あ〜それが……ずっとサムズの背中に隠れてて、見てなかった、かも……」

 フィルチの到底信じ難い言葉には、私含めてその場の全員が凍りついた。

 普段は身分も立場も考えていない物言いの青年が、どうしてかこの世界では気の小さなひょろガキだというそのギャップが私の側頭部を痛めつける。

 揃いも揃って、外見も行動も乖離しすぎている。しかし、今そんな事を口にしてもしょうがない。切り替えなければ。

 『鎖』というのがどんなアイテムで何に使用するのかは知らないが、これまでの話的にそれがなければ、目的の聖剣とやらも入手できないのは明らかだ。

 ではどうする? 探すか、諦めるか。はたまた別の選択肢を取るのか。

 心の中で、もう一人の私が私に問いかける。

 答えは決まっている。このままでは、私たちは情報屋から事件の詳細な情報を得ることができず、今こうしている間にも罪なき人々が危険に晒されている。動かなければ。

「それじゃあ、アイテムなしで手に入れるしかないでしょ」

 私の言葉に、皆が唖然とした表情を見せる。

「だってそうでしょ? 今からそのアイテムを探すなんて圧倒的に時間が足りない」

 覚醒まで時間は残されていない。

「だったら、今から手に入るか分からないけれど行くしかないでしょ」

「そ、そうだ。行ってみよう。ねっ、ねっ!」

 フィルチは自身の失態をなんとか無くそうとコチラに同意した。

 どのみち議論している暇だってない。それを察したペギルは、ため息を一つ。

「奥に進む。フィルチ、前に出ろ」

「りょ、了解!」

 呆れていたぺギルだったが、流石は年長者。すぐさま切り替え、自分の部下の失態を、己の行動で取り戻させようと部隊を背負わせた。

 洞窟の中は、予想に反して闇に染まってはいなかった。

 私は暗闇が嫌いだ。昔のトラウマがよみがえるから。もしこの洞窟が、光の通らない一面の闇だったのならば、きっと私の鼓膜は除夜の鐘を数段高くした金属の殴打音を過去から引っ張り返して、私の脳を焼き殺そうとした事だろう。

 私は一人、こっそりホッと胸を撫で下ろしながら、洞窟の壁や天井、足元に視線を巡らせた。

 光源は、意外にも水だった。こういった場所で光となるなら、苔や鉱物、虫と言った小さな生命が役を担うだろうと勝手に思っていただけに、黒鉄の岩肌の小さな溝に従い、流れる水から放たれた朝靄のような光に、一瞬だが意識を奪われた。

 洞窟はうねっていたが、脇道などは存在せず、一本道になっていた。おそらくは、何らかの魔物が掘った巣なのだろう。この大きさから、本当にヒグマの可能性だってある。

 ほんの少しの傾斜を足裏に感じながら、わたしたち『レムレス部隊』は黙々と下り続けた。

 緩やかな下り坂を降り続けて数分、現実世界では午前五時四十分を回ったであろう頃になって、先陣を切って袖を振っていたフィルチが声を上げた。

「あった! 聖剣だ!」

 その声は壁や天井にぶつかって跳ね返り、金属特有の共振を見せる。

「何だよ、別に必要なかったんじゃん」

 そう呟いたフィルチの声はきっと、私以外には聞こえなかったのだろう。

 ぺギルも双葉も、最初は入り口で見張っていると言い張っていたサムズすら、見つかった十種の聖遺物の一つ――<聖剣ファキエス>を前にして、多少なりとも興奮している様子だった。

 こういった冒険や発見は、少年にとっては大好物なのだろう。女である私には、一ミリも理解できない感覚だ。

「で? これを引き抜けばいいんだよなサムズ」

「あ、ああ。でも、あのアイテムが無い状態じゃ危険かも……」

 少年冒険隊たちの一歩背後から背伸びして覗いてみれば、そこには確かに一振りの剣が突き刺さっていた。何らかの魔物の死骸に、突き刺さっていた。

 濃紺の革が、元は綺麗に巻き付かれていたのだろうその柄は、錆に侵され不快な斑模様を浮かべ、端が千切れたのか剥がれたのか、半分程解かれた皮が脱皮途中のヘビのようにプラプラと揺れている。そこから視線を下に落とせば、これまた柄と同じ錆に塗れた汚らしい剣身が半ばまで露出していた。

 周囲の黒鉄に侵食されたのか、それともそれらと同化しているのか、元の姿がどんなものだったのかを正確に見分ける事は難しいほどに変形した死骸は、その錆付き寂れ、薄汚れた聖剣の土台と化している。

 しかし、こちらに向けられた白濁した大粒の真珠のようなその瞳は、それが生物だったのだと主張する、言葉以上に雄弁な証左だった。

「サムズ、この場所を知ってるのは俺たち以外にいるのか?」

 ぺギルが眼光鋭くして振り返った。そこには、警察官としての使命と同じか、それ以上の少年の心が飛び出しているのが垣間見える。

 俺たちだけの秘密。そんな心躍る甘言に取りつかれた小学生だ。

「僕ら以外だと、情報屋の女史だけだと思う」

 自身はなさそうではあったが、その言葉の端にはそう信じたいと言いたげなサムズの意志の強さが隠されていた。

 魅入られているのは、ぺギルだけではなかった。

 サムズも、フィルチも、そして女アバターである双葉も同じく視線を固定して、足裏を黒鉄の岩肌にピタリとくっ付けていた。

「フィルチ、さっさと引き抜きなさいよ」

 わたしは苛立ちを隠そうともせずにそう言った。

 これが間違いだと知ったのは、フィルチが死骸に突き刺さった薄汚れた聖剣の柄に触れた、その瞬間だった。

 斑模様の錆が一瞬蠢いたかと思った時にはフィルチの右手に噛み付き、全身を同じ錆模様に染め上げ、その場に伏させた。

「フィルチ!」

 ぺギルの焦った声が不思議と遠くから聞こえた気がした。しかし、次に聞こえて来たサムズの声は視界の左端で見切れたその場から正しくこちらに飛んで来た。

「毒だ。触っちゃだめ!」

 その言葉によって、その場に倒れ伏し息苦しそうに首を両手で引っ掻くフィルチを見下ろす形で、全員が縫い止められた。

「解毒方法は?!」

 私の声は震えていた。

 これは私のせいだ。私が指示を飛ばさなければ、少なくともフィルチが、仲間が、今目の前で毒に苦しんではいなかったかもしれないのだから。

 いや、それ以前に奥に進もうなどと言わなければ…………。そんな今更な事を延々と脳の裏側でグルグル考えながら、私はこの中で一番の知識人のサムズに助けを求めた。

「分からない。錆毒に似ているけど――」

「じゃあ、何だって言うんだ!」

 双葉の焦りに染まった叫びが、周囲の壁や天井を震わせる。

「呪い、かも…………」

 震える喉から吐き出されたその言葉に、皆がピタリと止まった。

「…………呪い?」

 私の声が、いやに大きく反響した。

「そもそもレムシスには痛覚設定を現実の1/10に設定されてる。なのに、フィルチはこんなに苦しんでる」

「だったら?!」

「呪いは、この世界じゃ一部の遺跡でしか見られない特殊効果なんだ」

「その場所って、まさか」

「場所も歴史もバラバラ。だけど、共通して言えるのは、全ての遺跡から聖遺物が発見されている」

 ぺギルの緊迫した叫びも、私のどこか冷めた声も、たった一単語によってその特徴をかき消され、反響が続いているのはフィルチの未だ苦しそうにもがくうめき声だった。

「フィルチ、今すぐ覚醒(ログアウト)しろ!」

 双葉の言葉が、正確に聞こえたのかは怪しい。しばらく自身の喉を引っ掻き続けていたフィルチが、突然に腕を伸ばして虚空を掻く。それが、ログアウトの為にウィンドウを捜査している動作であることを、私は願い続ける。

 たったそれだけの事しか、この時の私にはできなかった。そしてそんな希望的願望は、目の間で起きた決定的な現象によって打ち砕かれた。

 虚空へと伸ばして指先を震わせていたフィルチが、ピタリと止まった。そして、ガクガクと痙攣させていた体が一段大きく跳ねると、その場で力なく横たわった。通常の覚醒と異なる挙動。それが意味する事を、私の脳は理解したくないと送り込まれる資格情報を拒絶した。

「……フィルチ?」

 誰の声だったのだろう。誰かが声をかけたが、目の前で横になったフィルチは何も答えず、ポリゴンの青白い塵になって消える事も無く、その場に残り続けた。

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