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現実に主人公はいない  作者: 薪焚灯火


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003 サイバースシグマ

 虹色のトンネルを抜けて行く。意識が夢へと落ちて行く。しかし、自分の身体ここにはなく、手足も感じられない。ただひたすらに、目の奥がジリジリと痛む、極彩色のトンネルを落ちて行く。この終着点には一つの世界が待っていて、そこには現実にない、色彩豊かな景色がどこまでも広がっている。

 記憶保持(セーブ)機能のない無印プラグでも、接続中のこの間だけはそれを知っている。

 落ちること数分、あるいは数秒の後、トンネルが終わりを告げた。落ちた先には一面の白が広げられ、そして、自分の体が一つ。

『名前とアバターを設定してください』

 その一文が自分の体の上で浮き沈みを繰り返していた。

「名前はカルガモ。アバターはそうだな……プリセットの二番を使用」

 一々ゼロから作成する面倒を省き、昔に作っていたアバターを呼び出した。

 黒の髪に、深紫の瞳。身長や体格は現実の自分と同じ平均値で、均等に振り分けられた初期設定ステータスが目の前に表示される。

『職業を設定してください』

「職業? プリセットに入ってなかったっけ」

 こちらの疑問を、システム案内が一枚のウィンドウを表示した。

「アップデート……職業の追加に、新規武器とスキルの実装…………」

 ウィンドウに記載された日付は昨日の夜遅くで、その頃は覚醒(ログアウト)直後だった。

「じゃあ折角だし、この追加された職業の<遺跡盗賊>にしようかな」

 元々の職業は<盗賊>で全てのプリセットに設定していたが、この際、同族の別分類種を試すのもアップデート直後ならば好都合だろう。

「さぁ、ストレス解消と行きますか」

 生成直後の肩を回して筋肉をほぐしながら、一面の白にいつの間にか作られた観音開き式の一対の扉を潜った。


 近未来的なデザインのネオンライトに照らされた繁華街を抜け、どこまでも伸びる背の高いビル群の間を小走りに抜ける。

 空は地上の眩い光によってやや曇って見えるのは、この世界のいつもの景色らしい。しかし、頭上に広がるビルの頭で区切られた空一つとっても色鮮やかに見えるのだから、ソムニアトールの技術は凄まじいものだ。

 スタミナ管理のため歩幅を狭めて速度を落としたところで、大通りにつながる路地の出口が見えてきた。

 さぁ、お仕事開始だ。

 人が横に十五人ほど並んでも、それでも余裕のある大通りは、右を見ても左を見ても多くの人でに賑わっていた。耳をそばだてただけでも数々の会話を聞き分け、隙のある人物を探る。

 ここでの俺の仕事とはズバリ、窃盗である。

 現実世界では、電磁石プレートの上を滑走する電磁浮遊車の如く、白紙の上を横一直線に伸びたインクの道を辿って生きて行かねばならない。しかし、夢の世界であるここ――サイバースシグマは自由だ。

 人を護るも、人から盗みを働くも自由。そして勿論、人を殺すのも。

 殺すまで行けば、この世界にある三つある分類のうちの一つ『アウター』になってしまう。

 ここでの俺は自由人、つまりは殺人集団の『アウター』と、彼らから人々を護る『レギルス』と道を異にする、自由集団の『フリー』に属している。

 自由人『フリー』、それは殺人以外の軽犯罪を行いつつ、同時に要人警護や愛玩動物の捜索などの善行も行える、己の道を定めない文字通りの自由を追い求めることができる。と、一人初めて入眠(ログイン)した頃の事を思い出していた頃、NPCと商談をしていた一人のプレイヤーを見つけた。

 NPC用の高度なAIと話し込んでいるプレイヤーと道端ですれ違ったその一瞬、俺は防御力が経ったの3しかない上着のポケットに入れていた空手を素早く、それでいて静かに抜き出し、獲物であるプレイヤーの背中に引っ付いた鞄に負荷が限りなくゼロに近い力加減で触れた。

「スキル<窃盗>」

 片手は口元に当てて声が洩れ出ないようにしつつスキルの使用を宣言をする。

 鞄に触れた左の掌に、じんわりと熱が広がった。続いて、眼前に他のプレイヤーには見えないシークレットウィンドウが開かれた。

 『アイテム<豊穣の半月>を入手しました』

 入手難易度Fの換金アイテムである純銀製のメダルを入手した事を告げる文面を見つつ、俺は内心で舌打ちをした。

 ただの換金アイテムだ。これでは自分を強化できない。

「適当なところで売り払うか」

 一人呟きながら、次の獲物はと視線を巡らせる。

 僅かなネオンライトに照らされた黒光りするタイルは、霧雨に襲われた夜のアスファルトのような見た目をこちらに見せて、それらを踏みつける無数のプレイヤーたちの姿を一人一人観察して行く。

 一人、二人、三人…………。どれもダメ。

 四人、五人、六人、七人…………。これもダメ。

 八人、九人、十人…………。どいつもこいつもダメ、だめ、駄目。

 最初の街<ウロ>だというのに、何故こうも高レベルで警戒心の強いプレイヤーばかりがいるのかと言えば、それはこの街が、他にはない物価安の街だからだ。

 今の日本人の大好物、安価。これに惹かれるプレイヤーは数多くいる。

 仕方ない。標的を変えるとしよう。初心者プレイヤー二人に、NPC一人を獲物に見定め、進路を右斜め前に変更する。

 初心者プレイヤーでは、物を盗んでもレベルが低く使い物にならないだろうが、商人NPCは時偶、高レベルの武器をプレイヤーから買い取りインベントリ内に納めている事がある。これを狙って、賭けをしよう。

 『アイテム<ヘンブリスクチャック>を入手しました』

 『アイテム<キロプスの前翅(まえばね)×3>を入手しました』

 『アイテム<ティチロンの歯車(はぐるま)(+0)>を入手しました』

 自動人形の組み込み部品一つ、鋼鉄の腹を持つ虫型魔物の翅が三枚、そして狙っていた武器が一振り手に入った。

 予想通り、狙っていた武器が商人NPCから盗むことができた。ゼンマイ仕掛けの植物型魔物ティチロンから入手できる、入手難易度Dの短剣だ。

 歯車状の牙を芯に、硬度と鋭切性に優れたビビット鋼を外側の皮鉄に使用された、内側に反りのある短剣となっている。持ち手部分は片手で握るのにちょうどよく、初期ステータスでも十分に振るうことのできる軽さになっていた。

「極めつけはこれだよな。属性付与で錆毒付き。ラッキーだな」

 同じ武器でも、性能は乱数と強化数によって決まる。

 今持っているこの短剣は、強化回数は(+0)でまだ強化されていない。その状態で属性付与されているというのは、これからの成長に期待が持てる。

 これを売り払ったのは、恐らく初心者レギルスプレイヤーだろうな。あいつらは、なんといっても毒を毛嫌いしているからな。清廉潔白の博愛主義者がこんな武器を振るっていれば、それだけで他プレイヤーから幻滅されてしまうとか、そんなつまらない理由が頭をよぎる。

 せっかくの夢の中で、なんで他人からの評価を気にしているんだあいつらは。きっと、レギルスを選ぶプレイヤーは虐められるのが好きな生粋のドM野郎か、自分が聖人にでも見えている病人なのだろう。

 話しは変わるが、<錆毒>は切り傷から錆が侵食し、動きを阻害しつつ体力を奪うという能力になっている。

 収穫はあった。このまま窃盗を繰り返してもよいが、プレイヤーには『アイテムが盗まれました』というログが表示される。これは、窃盗スキルがまだレベル1のためだ。

 スキルレベルがマックスになればこのログが表示されるのは盗んでから五分経過したタイミングになるが、スキルレベル1では盗んでから五秒で表示される。

 最初に窃盗したプレイヤーはすでに背後の離れたところで騒いでいたが、ここで再度騒ぎが出れば、経路が絞られる。

 さっさと逃げる事にする。幸い、ここは大通り。右にも左にも狭い路地がいくつも伸びている。

 右手のすぐそばの路地に身を突っ込ませて、大通りの明かりがほとんど届かなくなったところで、走り出した。

「おいそこのお前! ちょっと止まれ」

 路地を駆けていると、突然声をかけられた。位置的に、ここは丁度大通りから隣の半分ほどの道幅の通りに抜ける路地の半分を過ぎた頃だった。

 振り返るとそこには、黄色のシリンジ鉄鋼特有の輝きを見せる全身鎧で身を固めたプレイヤーが一人、立っていた。甲冑の隙間から見えるその顔は、どこかの海外男性俳優の顔をそのまま貼り付けたかのような見た目で、完全に肖像権を侵害していた。

「先ほど、大通りで窃盗事件が起きた。持ち物を見せてもらう」

「もし断ったら?」

 『レギルス』のプレイヤーからの手荷物検査は、基本的に義務ではない。これが強制になるのは、NPC・プレイヤー問わず、殺人事件が発生した現場に居合わせた時などの一部に限る。

 現状、検査を断ること自体はできる。しかし、その場合の対処法は、レギルスプレイヤーに委ねられている。つまり、

「この場で切る」

 腰に携えた剣の柄に手を掛けたプレイヤーを前に、俺は上着のポケットに入れていた手を抜き出した。

「おいおい。やるつもりか?」

「そっちが手を引いてくれればそれで済むんだけど?」

「そいつは無理だ。お前ら犯罪者がでかい顔をしないためにも、コレは必要なことなんだ」

 刃のない剣の柄だけを抜き放ったプレイヤーは、柄の先端に取り付けられたスイッチを押し込んだ。

 あれは確か、入手難易度Cの片手武器<プリントブリンク>だったか。

 海賊などが良く使っていたとされるカトラスという、刃に独特の反りのある片刃のデザインのエネルギーブレードだ。柄の中に詰め込まれた炉が高速回転して生成されたエネルギーで形成された片刃は、現実世界にある鉄をそのまま溶かすだけの高温で作られている。つまり、光の乏しい路地に灯されたあの暖色の光は、簡単にこちらの体を焼き斬る事ができる。

 対してこちらは、錆毒の追加効果が付与された短剣を順手に抜き構えた。

「お前、レベルはいくつだ?」

「1だ。初めて五分も経ってないんでな」

「1? 俺は156だ。悪い事は言わない、さっさと盗んだものを返せ」

 レベルを告げた瞬間、レギルスは兜で半分以上を隠されたその顔に、確かな嘲りの表情を見えた。

「悪いけど、おれはストレス発散を目的に動いてんだ。なのにそんなストレス溜まる事、やるわけない、だろ」

 命を刈り取る草刈り鎌のような、内側に反った短剣を握る手に力を込めて大きく踏み込む。

 相手は高レベルに加えて、全身鎧で身を固めている。真正面からでは不利だ。

「遅い!」

 放熱刃を正眼に構えていたレギルスは、その見た目に反した素早い動きで振り下ろす。それを数センチの隙間を開けて避けた俺は、身体を捻りつつ短剣を下から刈り取るように振り上げた。

「っ、お前……戦い慣れてるな。本当に初心者か?」

 鎧の隙間の脇を狙ったが、それを後ろに飛んで避けられたところで、互いに睨み会う形で硬直した。

「レベルは1だが、初心者とは一言も言ってないだろ」

「まさか――っ!」

 話は終わりだと低い位置からの踏み込みで、毒を含んだ凶刃を横に振る。

 刃を鎧で防いだレギルスは、受け流そうと刃を受け止めた腕を斜めに構え錆の刃を滑らせる。

 眼前で火花が散り、押し込んだ刃が滑るのを感じたその時、頭上で橙の光が灯された。

 放熱刃のデメリットである光を隠すもっとも簡単な手段。それは、柄にあるスイッチで刃を消して、間合いに入ったその瞬間に再度炉に火を入れる事だ。

 海外のSF映画では、邪道だ卑怯だと卑下される戦法も、ここでは正攻法で容認されている。

「スキル<見切リ>!」

 盗賊時代にはなかった初期スキル<見切リ>の使用を宣言した瞬間、俺の視界がブレて世界の輪郭が右へと溶けた。

 スキル<見切リ>。それは、遺跡盗賊が最初から持っている唯一の回避スキルだ。

「何っ!」

 体が左に傾いたその勢いを殺すことなく右手に集中させ、さらに体を回転させて相手の背後を取る。

 遠心力を勢いに上乗せした刃が、レギルスの全身鎧の隙間へと深々突き刺さった。

 出血の代わりに青白いポリゴンが噴き出し、出血のエフェクトがレギルスの脇腹から勢いよく噴出し、確かなダメージを与えたとこちらに知らせてくれる。

 かなりのダメージだと分かる。

「このっ、調子に、乗るな!」

 ぎこちない動作で振り返ったレギルスは、そのままプリントブリンクを振り下ろそうと上段に構えた。

 素早く手元に戻した錆毒の短剣を、今にも振り下ろそうとしているその両腕の肘を狙って振り抜く。

「な、なんで……う、動き、が…………」

 ガチャガチャと鎧がぶつかる音が鼓膜を振るわせた。それを無視して、俺は短剣を腰に差して路地を駆け抜ける。

 あの様子では、追いかける事はできないだろう。少なくとも、あと数分は。

「錆毒。中々に優秀だな」

 『アイテム<カロンの秋茜>を入手しました』

 『スキル<見切リ>のレベルが上がりました』

 『スキル<窃盗>のレベルが上がりました』

 先刻の戦闘中に使用したスキル<窃盗>のおかげで、高レベルの武器の入手とスキルレベルの上昇、その両方を同時に手にした。

 因みに、戦闘中にも実は盗み出していた。そのアイテムとは、

「激怒の血晶剣(ちしょうけん)。こんなに早く、二本も使いやすそうなものが手に入るなんてな」

 その名の通り、赤黒い結晶をコアにした薄鈍色の三相螺旋を描いた、刺突に秀でた入手難易度Bの短剣である。

 収穫のある戦闘ではあったが、NPCが集うセーフポイントである最初の街<ウロ>でのこれ以上の仕事はできない。

「さっさと次の街を目指すか」

 目を覚ませば、このアバターのデータは消失する。入手したアイテムも、奪った装備もだ。

 覚醒(ログアウト)前に進めるだけ進もう。

「できればもう少し盗んでから移動したかったけど、しょうがないか」

 今回はどこまで進めるだろう。といっても、前回の記憶が無いから比較なんかできないけど。

 そんな事を思いながら、次の街に続く街道に足を進めた。

 道中は特段手こずる相手はいなかった。

 プレイヤーは三人、NPCからは五人。手持ちのアイテムを盗みその場を後にした。

 隣街<モーリス>に着いたのは、深夜二時を過ぎた頃だった。

「さて、次の獲物は~っと?」

 最初の街とは異なる風景ではあるが、こちらはこちらで、無機質な電気の明かりに照らされたどこか味わい深い色合いのある街だと感じる。

 初期スポーン地点のウロよりも背の低いビルが立ち並んだこの街はしかし、ウロの二倍ほどもある広い商業街。何処からどう見ても、盗みを働くにはうってつけだ。そして、既に目星もつけている。

 この街で最も栄えている一画『酒場通り』、ここ以外にはない。

 酒場通りとはその名の通り、いくつもの酒場と出店が通りを埋め尽くした西寄りにある一つの通りがそう呼ばれている。

 因みに余談だが、この酒場通りの正式名称は『ペリデュート・ストリート』と言い、その昔ペリデュート・マキシマが、近くのミミド山の頂上に巣くった一匹の龍を仕留めたその功績から、その名がこの通りに付けられたという逸話が残されている。と、そういう設定が付いている。

 勿論、この設定は運営が考えたシナリオの一つで、ペリデュートという人物はこの世界に存在していたかつての偉人NPCだ。

 目的の通りに入った瞬間、頭上でこちらの顔を照らしていたネオンの光がより一層強まった。

 打ち水をした石畳のような光沢を放つ、鋼板の通りを一人静かに進む。すれ違うプレイヤーたちの視線を避け、隙を見せる者たちの懐に手を伸ばす。

 『アイテム<ビビット鋼インゴット>を入手しました』

 『アイテム<シルブレット>を入手しました』

 『スキル<窃盗>のレベルが上がりました』

 『スキル<忍足(シノビアシ)>を取得しました』

 『アイテム<インビットの鋭爪>を入手しました』

 『アイテム<海賊の錨鎌>を入手しました』

 『スキル<忍足>のスキルレベルが上がりました』

 かなりの収穫が得られたとログウィンドウを眺めながら、俺は一人、近場の酒場へと入り込んだ。

 外で微かに騒ぎが起きていたが、扉一枚隔てた事でそれも遠のいた。

「ウイスキーのストレートを一つ」

「かしこまりました」

 居酒屋店員のNPCに注文を付けてカウンター席へと腰を掛けたところで、ステータスウィンドウを呼び起こした。

 ここに来るまでの道中で得た経験値から、ステータスポイントがいくつか手に入っている。これを振り分けて、さらに仕事を捗らせるとしよう。

 時間は有限。悩んでいる暇はない。

 入手していたスキルポイントは25。これを均等に振り分けては意味がない。

 思考した時間はたったの三秒だった。感覚とスタミナ、それから速力を重点的に強化し、余った僅かなポイントは筋力に振り分けた。

「お待たせいたしました。こちらウイスキーのストレートです」

 ウィンドウを閉じたと同時に、NPCの手で琥珀色の液体が半分ほどまで注がれたグラスがテーブルに置かれた。

 それを片手に、強化された感覚を研ぎ澄まして店内の客の話を盗み聞く。が、どこもかしこも聖遺物の話ばかり。正直退屈だ。

「ちょっと貴方」

 そんな中、こちらに話しかける者が一人。

「何か用ですか、ミス……ミス…………」

「ダック。スペルはD.U.C.K。それより貴方、未成年でしょ?」

「だから? ここは夢の中だ。だろ?」

 カウンター席の隣に腰かけたのは、白銀の美しい女性だった。

 見た目は二十代前半に見えるが、あくまでそれはアバターの外見だ。リアルの人物とは異なるだろう事は分かる。

「夢だろうと現実だろうと、未成年がお酒を飲んでいい理由にはならないの」

 肩にかからないくらいの銀の髪を、店内の明るすぎず暗すぎない照明を乱反射して、煌めいて見える。

「おいダク、何油売ってんだ。さっさと仕事に戻れ」

 少年のような見た目に、おっさんの濁声を合わせたプレイヤーが現れた。それに付き従うように、熊のような大柄な男と、一見女に見えるが、立ち姿から中身は男だとわかるプレイヤー。そして、その陰に隠れるようにした手足の伸びたひょろりとした背の高い、枯れ枝のようなのっぽの男の計三人が、おっさん子供の背後にいた。

「あんたら、パーティを組んでんだな。それで? わざわざ酒の邪魔をして、現実の憂さ晴らしか?」

 グラスを煽りつつ、取り囲まれた現状からさて、どう逃げようかと考える。

 見るからに女性以外の男連中は、高レベル帯のプレイヤーだ。ステータスで劣っている以上、ここで逃げてもすぐに追いつかれてしまうだろう。

 いや、待て。そもそも先ほどあの小さなおっさんは何と言った?

 仕事に戻れ。そう言っていたはずだ。であれば狙いは俺ではない?

「仕事があるみたいだし、さっさと行ったらどうだ。お姉さん」

「ダック。そう名乗ったはずよ少年」

 肉食獣のような鋭い瞳を細めた女性プレイヤーダックは、こちらを見下ろし鼻を鳴らした。

「俺はカルガモ。よろしくダックさん。それで? 仕事があるとか言ってなかったか?」

「ああそうだ。ダックさっさと行くぞ。少年、お前はそのまま夜を楽しめ」

 女性のアバターを使用する男が、背の低いおっさんの背後から言った。

「……ええ、そうね」

 何やらまだこちらに言いたそうにしつつも、ダックは女男の言葉に従い、店の奥に置かれたボックス席へと足を進めた。

 これは……一儲けの匂いがするな。金の鉄臭い最低な香りに、猜疑と好奇の甘美な香りが鼻先を突く。

 カウンター席から静かに立ち上がり、店奥のボックス席の隣に置かれたテーブル席に移動する。ステータスポイントを重点的に感覚値に振っていたおかげで、分厚いナノプチプロチレン製の壁を一枚隔てていても、会話は微かに聞き取ることができた。

「…………おり、目的のブツはあの山の中にあることが分かった」

 このおっさんボイスは、あの背の低いプレイヤーの者だろう。

「それ本当ですか?」

 唯一の女性プレイヤー、ダックが疑問を口にする。

「この街にいるNPCから得た情報だ。プレイヤーなんかよりも信憑性はある」

 誰のものかはわからないが、大柄な熊男か枝男のどちらかが早口でそう言った。

「それなら早いとこ行こうぜ。夜も更けてきたことだしな」

 これは女男の声。

 もうじき出発か。準備が必要なら、その時に…………。

 一人、席を立った俺は、足音を殺して店の外に出た。既に騒ぎは落ち着いていた。

 通りに出てすぐ右手にある出店の前に立つ。ここはどうやら、魔物の素材をそのまま売っているらしい。

「物を売りたい」

「喜んで引き取ろう」

 先刻この店から盗み出したアイテムを選択して金へと変える。どうせ、明日の夜には持っていけないものだ。市場に流すのが一番。

 店の扉が空気の抜けた音と共に、先の連中を吐き出した。

「準備はもうできてんだ。さっさと行くぞ」

「ダクが寄り道なんかするから」

 女男と、熊男がボヤく。それを苦虫を嚙みつぶしたような顔で、ダックが顔をそむけた。

「ごちゃごちゃ言っている暇があるならさっさと足を手配しろ。時間は少ない」

 今は現実の世界では午前四時頃、目を覚ますものも現れる。

 スキル<忍足>を駆使して、集団の背後に忍び寄る。本当なら熊男の背後がよかったが、その背には枯れ枝のようなのっぽ男が張り付いていたため、その背後に続く。

 連中が何を求めているのかは知らないが、それでも高レベル帯の一団だ。そこから盗めるアイテムだったら、それなりの値打ちもののはずだ。

 彼らの目指した場所は、話の中から予想は付いている。電気牛が牽引する牛車の牛舎だ。

 ここだ。ここがベストのタイミングだ。

「スキル<窃盗>」

 一団が歯車仕掛けの牛が牽引する鋼鉄製の箱に乗り込むその瞬間、熊男の後ろに隠れるようにして立っていた枝男の懐に手を伸ばす。

 籠の扉は、平均的な体格のアバター用に設計されている。そのせいで、熊男のような大柄なアバターは一瞬突っかかる。この瞬間、プレイヤーたちの意識はこの熊男に向く。

 『アイテム<シカムシロの鎖片>を入手しました』

 これはなんだ?

 今まで、この世界の事は現実の僕が調べ上げてきた。アイテムの入手難易度も、そのアイテムの市場価値も。そして、この世界のどこに何があるのかも。

 それらの情報を有した俺の脳内に、一切情報のないアイテムが掌に収まっている。

 緩い弧を描いてぐるりと一周回った鉄の一片には、その側面に不可思議な文字が仰々しく飾られた筆記体で刻まれていた。

 これは一体なんだ? 何に使うものだ?

 牛車の背中を見送りながら、俺は掌に残された解読不能な文字が刻まれた重々しい鎖の欠片を握りしめた。

 もう時間がない。もうじき朝陽が昇る。また、あの味気ない、色の途絶えた世界が始まる。手元には謎が一つ。これを解く暇はない。ならば、打てる手は一つ。

「市場に流すか」

 誰か手にしたプレイヤーが、この謎を解いてくれることを信じて。

 いや、あの連中はすでに解いているのかもしれない。悪い事したな。………………まぁ、別に罪悪感などはないけど。

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