002 レムレス部隊
あり得ない話だと思った。なんで私が、こんな部署に移動しなければならないんだ。
「何時まで腐ってんだ、ひよっ子」
恰幅の良い中年オヤジこと、上司の真壁吉良警部は、本人曰く癖である咥え煙草でこちらに言った。
「ひよっ子じゃないです。こう見えても、元はマトリですよ?」
タブレット内の幾つもの報告書に目を通していた私は、先月から始まったという、八件の連続毒殺殺人事件の報告書で止めて、視線を持ち上げた。
「ハンッ、だから呼んだんだろ。ここ最近の毒殺事件はもう頭に入ってるな」
「今読み終わりました。しかし、たかがノーツ内部での、ゲーム内でのいざこざに、何故警察が関与しなければならないのですか?」
わたしが度し難いと思っているのは、この一点に限る。
一市民が寝ている時に見る夢、それはソムニアトール社が運営管理している夢没入型遊戯『レムシス』によって、一つのゲームの世界へと変貌している。その中で行われるプレイヤー同士の殺し合い、所謂『PK』に関する資料が、手元の報告書には記載されていた。
「たかがゲーム、たかが夢。そう言いたいんだろルーキー。だがな、レムシスは、遊びでもゲームでもない。夢なんだ。この世界の人間が共有しているどデカい夢。そこには痛みもあるし恐怖もある。勿論、死も」
一見だらしなく見える無精髭のこの男は、私の先輩にあたる香取典敏警部補。
正直、嫌いな分類の人間だ。
「夢で死ぬって、それは一体……」
「ノーツの中で殺された者は、強制覚醒措置を取られる。所謂、ログアウトって奴だ」
真壁警部が鼻を鳴らして、面白くなさそうに言った。
「重要なのは強制と言う部分にあります。通常の覚醒と違って、ノーツの中で殺された時に行われる強制覚醒には脳を保護するフィルターが機能しないんです」
早口で語るこの男は、私よりも階級は低いが、年齢も警察歴も上の先輩の倉盛勝正巡査だった。
相も変わらず、オタク趣味全開の服装は、見ているだけで鳥肌が立つ。清潔感とまではいわないが、TPOをわきまえた身だしなみにはするべきだろうに。
「フィルターが機能しないという事は、覚醒時に起きる情報のフィードバックは――」
「過電流となって脳を襲うってわけだ。その結果はそこに書かれてるだろ」
香取警部補が示したのは、タブレットに追加保存された一枚の報告書だった。
レムシスは、睡眠活動中の者たちの無意識を一所に集めた謂わばば夢の集合地帯。その中では、ゲームでいう所のスクリーンショットなどはできない。
夢の中での出来事などの情報伝達には、絵を描くかこうした文字列に起こすのが唯一の手段となっている。
「……なるほど。これは確かに事件みたいですね」
報告書には、レムシスによって生成されたノーツの一つ『サイバースシグマ』に入眠していたプレイヤーたちが、強制覚醒措置によって、脳に重大な損傷を見せていると書かれていた。
脳の損傷とは、正確に言えば半身麻痺、失語症、脳死などが確認されているらしい。
しかし、これらは全て推測の域を出ていない。確固たる証拠が何一つないからだ。
「この事件の犯人を、夢の中で探せと?」
「その通り。流石は優等生だな」
香取警部補の嘲りを無視して、私は事件の発生場所であるサイバーシグマについての調査から始めた。
『サイバーシグマ』
近未来を舞台にした、SF要素が強い世界となっている。
人々が暮らす居住区の外では、『魔物』と呼ばれる太古の生命たちが闊歩し、各々の生活を広げている。対して人類は三つの勢力に分かたれ、人と人とで争いを続けているらしい。
「光線銃にビームバリア。一応、ほんの少しだけだけど剣や魔法のファンタジー要素もあるのね」
このノーツの一番の魅力は、なんといっても聖遺物<アーティファクト>と呼ばれるユニーク武器の存在だろう。
現在、二人のプレイヤーが聖遺物の所持者としてネット上で人気になっている。
「この聖遺物とか言うのを集めて、何ができるんです?」
「世界をその手に納める事ができる。ありきたりながらも、プレイヤーを楽しませることができる有効な設定です」
ネットのサイトを覗いていた私の質問に答えたのは、先ほどの早口のオタク巡査だった。
「そう言う貴方も、随分とのめり込んでるみたいね。倉盛巡査」
サイバーシグマに登場する下層の大都市——『中央都市ロートス』の風景と、一大企業『シグネチャー・ビット』のロゴがプリントされたシャツを彼は着用している。そしてそれは、昨日と一昨日にも見ている。
「聖遺物は現在、その存在が確認されているだけで十種。そのうち、プレイヤーが所持しているのは全部で五つ。世界の征服には程遠い。その間に一体何人の一般市民が毒殺されると思ってるんだマミちゃん」
巡査の岸浩太郎が、性別も年齢も階級すら無視して、まるで友人に肩を組んで語るかのように言って来た。
彼は私と同じ今年度からこの部署に来た新人だ。
「岸巡査長、貴方は口の利き方に気を付けなさい。私の方が歳は下だけど、階級は上よ。それに何度も言っているけど、マミちゃんは止めて」
わたしが真面目に言っても、岸巡査長は飄々と首を傾げて見せるばかり。ため息を吐きつつタブレット端末の電源を落としたところで、昼休憩を知らせるチャイムが部屋を満たした。
「昼ごはんに行ってきます」
「俺も」
「今日は何食べるかなぁ」
「行ってきまーす」
「お前ら、時計はちゃんと確認しろよ」
私、香取警部補、倉盛巡査、岸巡査長の順に休憩を宣言すると、真壁警部が呆れたような顔で見送った。
これが、私が配属された新しい部署。サイバー犯罪捜索課夢観測潜入係第四班の『レムレス部隊』だ。
ホント、あり得ない。
「って感じかな」
昼休憩は、庁舎のすぐ近くにある飲食店ではなく、あえて二駅離れた定食屋にした。
理由は二つある、
一つは、単純にあのメンバーと鉢合わせたくなかったから。そしてもう一つは、学生の頃からの友人らと約束していたからだ。
「良かったじゃない。麻薬の取り締まりなんて、危険な部署から解放されたんだから」
しかし、このメンバーとも正直話は合わない。
「そうよ。そもそもアタシは反対だったんだから。マミが警察になんてなるの」
「まぁ、男選びにはうってつけだと思うけど」
友人三人の中身のない空っぽな会話を片耳に、私は昼間に調べた事を頭の中で反芻しつつ、テーブルの上に並べられた日替わり定食を見つめていた。
今日の献立は、白米にワカメとネギの味噌汁。そして、主菜と副菜であるキャベツの千切りの上に横たえられた五切れのトンカツ。
トンカツは魂が抜かれているかのように湯気を揺らすばかりで、私が指の間に挟んだ箸の先を避ける事なく受け入れていた。箸でそのうちの一切れを摘まみ上げると、端から順に噛り付く。
「ねぇ、マミってば。さっきから全然話聞いて無くない?」
「聞いてるって」
「ちゃんと休めてる? 公務員はブラックってよく聞くよ?」
不景気な今この頃、どこに勤めようがほとんど違いはないだろうに。
「別に、忙しいことはないわよ」
水気の少ない干からびたキャベツを口に運びつつ、私は言葉少なに否定した。
昼休憩から戻り時計が午後三時を示した頃、それまでずっと事務机に向かって腰を下ろしていた真壁警部が、のっそりと熊が冬眠から目覚めるように立ち上がった。
「そろそろ準備の時間だ。各々取り掛かってくれ」
「了解」
「りょ~か~い」
「うっす」
「そんじゃあ、行きますか」
明確にどうこうすると真壁警部は言っていなかったが、反射的に返事をした私は、同僚の動きに合わせて立ち上がった。
「行くとは、どこに?」
皆それぞれに上着を羽織り鞄を手にしているのを見るに、外に出るのだろうか。
「自宅だ。今更だが、武蔵部警部補。お前は、レムシスとプラグ一式を持っているんだよな」
「えっ……まぁ、一応は」
友人らの勧めで持ってはいる。しかし、実際に使用した事など片手で十分な回数しかない。
「デバイスの接続用端子の手術は受けてんだし、持ってるに決まってただろ。それで警部になれんだから、世の中単純だよな」
香取警部は、私の耳裏に取り付けられた接続端子を見ながら、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「今どき、手術を受けてない人はいませんよ。ノリさん」
岸巡査長の言う通り、今の時代、延髄機能拡張端末<ヴヴィ>か脊髄機能拡張端末<フール>の埋め込み手術を子供のうちから受けている。もし受けていないとすればそれは、機械嫌いの家系に生まれたか、道端族かの二つが考えられる。
「一応、課内の備品にソムニアのレムシス一式があるが、持ってるならそのままそれを使ってくれ」
真壁警部は胸ポケットに入れていたたばこの箱に咥えてい煙草をしまうと、手提げ鞄を片手に部屋を後にした。
それに続いて、香取警部補、倉盛巡査、岸巡査長の順に後を追う。私は最後まで残り、部屋の戸締りをしてから帰路についた。




