017 最悪の聖戦
あの糞餓鬼、邪魔しやがって。もう少しであの娘を止める事ができたのに。
「ぺギル、双葉、サムズ、フィルチ、皆大丈夫?」
爆発で吹き飛ばされた仲間たちは、体力ぎりぎりで何とか踏ん張っていた。
建物がドミノ倒しされ崩壊し、瓦礫が無数のプレイヤーとNPCを飲み込んだ最初の街<ウロ>に、私たちはいた。
「ダク、今すぐあのガキを追うぞ」
「ちょっと待ってくれよ双葉、サムズが気を失ってる」
見れば、大熊のような体格のサムズは、大の字になって寝ていた。まったく、その巨体で何でそんな豆腐ステータスなのよ。
双葉も双葉だ。こんな状態のサムズを置いてさっさと行ってしまった。
「サムズ、サムズ!………………さっさと起きなさい、この達磨!」
拳を振るえば、夢の中と言えど衝撃と痛みはある。
左頬を殴りつけると、一定だった呼吸にノイズが入り、紫紺の瞳をぐるりと見せた。
「起きたわね。さっさと行くわよ」
熊が寝返りを打つようにして立ち上がったサムズを見てから、さて双葉の行方を追おうと外に飛び出した。
双葉の背中を見つけたのは、三つほど隣の半分に折られた建物の壁だった。崩壊によって空いた穴から飛び込んだ双葉を追って私も飛び込んだ。
建物の中には、奇妙な空気が満ちていた。全身を突き刺すような鋭さに、後頭部を殴られたような衝撃。そして、今眉間に銃口を向けられているようなこの威圧感。これが、彼が放っている殺意だと察したのは、きっと私の本能がそう差し向けたのだと思う。
世界の時間がゆっくり流れ、広がった視界に映った二人の人影は、今まさに殺そうとしている側と殺される側の二つだった。
マズイ、このままだと双葉が殺される。
いつもよりも重い体を必死に動かし、インベントリウィンドウから一本の銀槍を取り出し飛び込んだ。
「避けて、双葉!」
銀の槍を手にした瞬間、世界は通常の時間軸へと私を戻した。もっとゆっくりしていてほしかったが、仕方がない。
「<雷破>!」
「スキル<川蝉時雨>!」
双葉の回避スキルの宣言を越えて、私は振りかぶった銀槍を私の敵へと向けた。
「固有スキル<羽化暴風>!」
暴風が渦を巻いて私の右腕を細かに動かし、向けた切っ先を狙いから逸れた位置へ持って行こうとする。それを筋力重視で割り振ったステータスによって微調整して、彼――三浦燈夜へと突き出す。
ごめんなさい少年。これは現実を守る為なの。
雷鳴が鼓膜を破り、私の頬を切り裂く。その先では雷光とぶつかった暴力的な無尽の風が、少年の体を撃ち抜こうと力を振るう。
力と力のぶつかり合いに、少年も私も同時に吹き飛ばされた。視界は真っ暗闇に覆われ、私の体から力が抜けるのを感じた。
ぐるぐる回る感覚だけが私を包み、そして過去へと運んで行く。
八畳半のボロアパート。壁は長年の紫煙で黄ばみ、床には無数の傷と凹みが私の足を傷付けた。
母の薬物依存による禁断症状で傷ついたその床は、拳で殴りつけるのと同じ痛みを私に与えた。
そんな母から逃れたかったが、酒に溺れてアルコール依存症を発症した父がそれを許さなかった。
母から拳を上げられ、父からは酒瓶で殴打された。
ここが私の現実。居場所のない現実。代り映えの無い私の現実。それでもいつか、私はこんなところを抜け出して一人で生きて行くのだ。私に味方なんて必要ない。一人でなんでもできるようにならないと。
でも、どれだけそう思っても、子供の私には絶望ばかりが支配する私の現実を、一変させるだけの力は持ち合わせていなかった。それを救ってくれたのが、一人の女性警察官だった。
通報してくれたのは、近所の朗らかな年金暮らしの老女。その人とこの女性警察官が、私の未来を救ってくれた。
これだ。これだったのだ。
どれだけ絶望が蔓延し、薄暗い未来ばかりに閉ざされているとしても、隣の名も知れない誰かがほんの少しの勇気を振り絞って手を差し出してくれさえすれば、孤独で非力な子供でも明るい未来を夢見る事ができるのだ。
「目が覚めたかダク」
重い瞼を開ければ、そこには双葉の勝気な眼差しが目の前にあった。
「…………私、気を失ってたの?」
一体どれくらい寝ていた? あの少年は何処に行った? ここは何処だ?
「ここは中央都市の居酒屋ウヴァル。あの餓鬼はどこかに消えたが、今フルに探してもらってる。お前が寝てたのはたったの三分程度だ」
いつからこの男は、人の心を読む術を身に着けたのだろう。
「……今フルって言った?」
「ええ、言いました。おはようございますダクさん」
見渡してみれば、確かにここはウヴァルの個室だった。そして、たった今声がした方へと視線を向ければ、そこには確かにフルがいた。
この時代には似つかわしくないノートパソコンに向かってキーを叩いている。
「フル、大丈夫だったの?」
「……ええ、まあ……そうなのかな」
何処か曖昧な言い方は気になったが、今はそれどころではない。
「忙しいのは分かってる、でもお願いフル。彼を見つけて」
「今やってます。でも、聖剣の効果のせいか、彼がどこにいるのか分からないんです」
<聖剣ファキエス>の能力は、他聖遺物と比べて頭一つ飛び抜けている。
全ての効果を打ち消し解除する夢槍でも、あの強大な力を一時的に抑え込むので精一杯だった。
このままでは、彼を止める事ができない。
「フル、あの子を止めたいの。何か方法はない?」
「そうですね、ええっと…………うそ、これってもしかして………………」
「何が分かったんだ悪夢の開発者」
「ちょっと双葉」
「なんだよ本当の事だろ」
それはそうかもしれない。だが、それを本人に言う必要はないだろ。
「大丈夫です刑事さん。それよりも大変な事が分かりました」
「何があった?」
ぺギルが、小さなその背を伸ばしてフルの操作するノートパソコンの画面をのぞき込んでいる。
後ろから見ていると、歳の離れたプログラマーの姉を持つ弟が、好奇心に駆られているようにも見えた。
「彼が入眠してます。今までこんな事なかったのに」
「彼って、まさか幼馴染みの設計者の?」
「はい。モーリスのペリデュート・ストリートに居ます」
二番目の街<モーリス>の大通りの名前だ。そこに、この世界の神とでも呼ぶべき男がいる? 一体何故?
警察官をしていれば、その答えを予想する事はできる。
「これまでの一連の事件、裏で糸を引いてたのはその男って事か」
「そういう事なの?」
「マジかよ。フルの姉さん俺たちを今すぐモーリスに送ってくれ」
「分かりました。皆さん、彼をお願いします」
フルが開けてくれた転移の渦へ、仲間たちはためらいなく飛び込んで行く。行先は第二の街<モーリス>。そこに全てを終わらせる魔王と神がいる。
「おいダク、お前の剣を貸してくれ」
「なくしたの?」
「奪られた。あの糞餓鬼にな」
まったく、警察官のくせに何してんだか。
「悪かったな。現実世界にはスキルなんて便利なものはないんだ」
だから心を読むなっての。
腰に下げていたリノベスティゲーターを放り渡しながら、私は心の中で悪態を吐いた。それすら双葉は感じ取ったようだが、これ以上無駄口をたたく暇はないとでも言いたげに片眉を上げると、転移穴へと飛び込んだ。
私も行かなければ。
仲間たちが飛び込んだテーブルの上の転移渦へと飛び込む寸前、彼女が独り言のように呟いた声が私の耳に強く残った。
「どうか彼を、殺して」
どうして? 貴女は何故そんな事を言ったの。
「何ぼさっとしてんだダク!」
双葉の声が遠くから聞こえて来た。その瞬間、私の顔の前を一発の弾丸が通り過ぎた。
「殺されたいのか!」
「悪かったわよ、でも誰が予想できるっての? 転移直後の攻撃、なんて!」
インベントリから盾の聖遺物、菱形の鑑を七つ組み合わせたような見た目の装備、<鏡盾レフレクシオ>を取り出し左手に装備した。
「固有スキル<転鏡潤填>」
左手を体の前に、こちらの命を狙う牛頭人身の攻撃を受け止めた。
光の弾丸は鏡面の盾に吸い込まれ、景色を反射する縦の表面は、受け止めた衝撃によって波紋が広がった。
「固有スキル<跳羽>!」
波紋が広がった盾を構え両足に力を入れた私の左手から、正確に言えば鏡の盾からたった今受け止めた光の力を吐き出し迫っていた牛頭人身の体を撃ち抜いた。
街中だというのに何処から湧いて出て来たのか、魔物の大群がプレイヤーたちを襲っていた。
「どうなってやがる」
渡したリノベスティゲーターを操り、顎を開いた二足歩行の犬の頭部を二つに切り裂いた双葉が悪態を吐く。
まったくその通りだ。モーリスはこんな場所ではなかったはずだ。
「ぺギル、ペリデュート・ストリートに向かう。道を開いて!」
「ったく、上司は俺だと言っているだろうが!」
戦鎚を地面に叩きつけ、衝撃波を生み出し迫る魔物を一斉に吹き飛ばした。
道が開いた。進まなければ。あの少年を止めて現実を守るために。
ペリデュート・ストリートは、更に混乱を極めていた。
魔物とプレイヤーが入り乱れ、互いの暴力と暴力がぶつかり合う。牛頭の魔物が、二足歩行の犬が、蜥蜴の上半身に馬の後ろ足、そこから生えた山羊と獅子の頭がプレイヤーたちを襲っている。
「早く助けないと」
「そんな暇はない。アレが見えないのか」
双葉が示したのは、通りの向こうに置かれた渦巻のようなモニュメント。モーリスの中心にして、プレイヤーたちの集合場所の目印にもなっていた場所。
その上に彼が立っていた。
「見つけた。インベントリ!」
一枚のウィンドウから、盾の聖遺物<鏡盾レフレクシオ>、槍の聖遺物<夢槍ファンタジア>、腕輪の聖遺物<時転のテンポリス>、耳飾りの聖遺物<全知のペルスペクト>、短身銃の聖遺物<雷轟ケルトス>、腰嚢の聖遺物<無限のアルクラ>、靴の聖遺物<天地のトラグレンシオ>を装備する。
これが、私が一カ月の間に手に入れた聖遺物の全てであり、私単身での最高戦力。
それぞれから得られるステータス補正を受けて、私のステータス値は最高レベルを越えた数値にまで跳ね上がった。これで彼を止める。
「固有スキル<廻天>」
靴の聖遺物を駆使して空間を飛び越え、彼の前へ。
「ッ――! 来たのか、刑事さん」
「ええ、貴方を止めるためにね」
古びた剣を装備した彼へ、前に現実世界で似たものを調べた時にヒットした、アモエバ社のガンバレルシリーズAS-300というボルトアクション形式のハンドガンのような見た目の銃型聖遺物<雷轟ケルトス>の銃口を向けた。
「固有スキル<帰死燼泡>!」
「固有スキル<負加連情>!」
打ち出された雷の弾丸が、彼の首の後ろから飛び出した鎖にぶつかり、激しい光と火花を散らせた。
「アンタを殺す」
「君を止める」
互いに殺意を宿した視線がぶつかり合い、不可視の火花が咲き誇った。
「俺の夢の為に」
「私たちの現実の為に」
互いの願いを吐き出し、想いを掲げ、凶器をぶつける。
ステータスの差もプレイヤーたちの熟練度もこちらが上で、戦況はプレイヤー方が優勢なのに、彼が放つ独特の殺意だけで、それら全てを覆して徐々にプレイヤーたちが押され始めた。
魔物の数は確実に減っている。だのに、それ以上にプレイヤーたちが勢いを失い、次々に覚醒して行っている。
恐怖による強制覚醒。そんなもの、聞いた事がない。しかし、その言葉がしっくりくると、彼を前にすると本能が理解してしまう。
彼は魔王になった。すでに手遅れな場所にまで彼は進んでしまった。
彼を――三浦燈夜を、私が殺すしかない。
「「固有スキル」」
互いに固有スキルの使用を宣言した。
相手は鎖か剣。こちらの攻撃手段は槍か銃。きっと、彼はそう思っているのだろう。
しかし、私は第三の選択を取った。
「<氷送>!」
「<転鏡潤填>!」
左手の盾をかざして、氷の暴力を受け止める。
互いに聖遺物の固有スキルをぶつけ合う。その衝撃は予想以上に大きく、周囲にいた魔物もプレイヤーもまとめて吹き飛ばされていた。
ステータス補正を受けて、トッププレイヤー以上の力を得ていても、私も気を抜けば飛ばされそうになってしまう。
彼は、どうやってその身を保っている?
スキルによる反動も、衝撃も、衝突も、全てが彼にぶつかる寸前に霧散し、そよ風を浴びているかのようにどこかに受け流している。
それが、彼が持つ聖遺物の能力なのか? 違うかもしれない。しかし、今はそう思う事にする。
「固有スキル<跳羽>!」
攻撃を耐え抜いた後、私は蓄えたエネルギーの全てを彼へとそのまま返した。
流石にこの威力は受け止めきれなかったのか、彼は力に飲み込まれ、吹き飛ばされた。
このまま押し切る!
「固有スキル――」
銀槍を手に、大きな隙を晒した彼へと切っ先を向ける。
やるんだ。私が、彼を殺さなければ。現実が崩壊してしまう。
大きく踏み込み、彼へと銀閃を放つ。
銀の軌跡が直線を描き、彼の胸へと伸びた。
彼の体を貫く直前、彼が小さく呟くのが、望遠鏡で拡大してみているようにはっきり見えた。
一体何を言った。分からない。聞き取れなかった。
しかし、何事かを呟いたその瞬間、槍から放出されたエネルギーの刃は、空へと書き消えた。
「なっ―—!」
「後ろに飛べ、ダク!」
ぺギルの声が聞こえた。だが私の目が捉えていたのは、目の前にまで迫った魔法の鎖の鋭利な先端だった。
防御と反撃を同時に行った。それを察したその時、既に取り返しのつかない所まで来てしまっていた。
――殺される。どこかで手を間違えた。私では、彼を止められないのか。
死ぬ瞬間、これまでの人生を振り返るものだとよく言われていたが、私には振り返りたい過去はなかったのだろうか。
いやに時間が遅く感じる。見ている景色もゆっくりと進む。私の脇腹に食い込んで行く鎖が血に染まり、骨を砕いて内臓に触れる感触が色濃く脳を焼く。
痛い、熱い、イタイ。
死ぬのか、私は。
どうせ死ぬのなら、私の過去を見せてくれ。これまで歩んで来た地獄のような学生時代を。あの人に救われ、仄かに暖かく明るい未来を夢見る事ができた学生時代を。
瞼が重い。体が動かない。だのに脳だけは考えるのをやめてくれない。
「止まりなさい!」
消えかけの意識の中、何処からかこれまで聞いた事のないフルの力強い声が聞こえた。
私は一体、何処にいる? 何をしている?
大切な現実を守るために、助けを求める一般市民を守るために、私は警察官になった。
母のような悲しい人を作らない為に、薬物の売人を逮捕して来た。社会を守って来た。その結果私はみんなが集まる夢の中に飛び込み、凶悪な殺人犯を追っていた。そして辿り着いたのは、現実を捨てた、目を逸らした、考えるのを辞めた少年に刃を向けた夢だった。
とんだ悪夢を見たものだ。こんな夢、二度と見たくない。
でも、私は彼をどうしたのだったか? 殺した? 捕まえた?
いや、逆だ。私は彼に殺された。
「まだ死んでないぞダク。さっさと起きろ」
香取警部補の声が聞こえた。
え? 私寝てるの? 仕事中に?
「変に聞こえるかもしれないが、夢を見るのが今のお前の仕事だ。そんで、夢の中で寝てる。だからさっさと夢の中の夢から覚めて、この夢に戻って来い」
ホントに頭がおかしくなりそうだ。こいつ、わざとこっちの頭がこんがらがるようなこと言ってるだろ。
「今の状況は?」
瞼を開けば、テントの天井らしき布地が見えた。
外が何やら騒がしい。人が多く集まっているのを感じる。まるでお祭り騒ぎだ。
「おっ、起きたな。フルがお前が死ぬ寸前に介入してくれたおかげで、まだ生きてる」
あの声は、現実のものだったらしい。いや、ここ夢の中だけど。って、私まで双葉の影響受けてるし。
「フル、ありがとう」
「いえ、私も何かしなくちゃって、そう思って…………」
「これは何があったんです?」
目の前に広がっているのは、確かにあのモーリスで間違いない。しかし、建物は全て瓦礫の山となり、多くの大穴から煙が昇っていた。
一体、どれだけのプレイヤーが殺されたのだろう。
彼は、どれだけの人を殺してしまったのだろう。
「クラン戦を申し込みました。これによって、戦闘を一時中止しています。相手のプレイヤーはカルガモ一人。大してこちらは合同クランを結成し、サイバースシグマ全プレイヤ―の約四割が集まってくれています」
いつの間にか運び込まれたテントの中から外を仰げば、それは確かにプレイヤーの声だった。
「このクラン戦にもし負ければ、プレイヤーカルガモは全ての聖遺物を集めて世界を終わらせます。彼の思惑通りに」
「終わる? そういえば、聖遺物をすべて集めればこの世界を終わらせられるって」
「はい。しかしそれは、ダックさんのようなプレイヤーが集めるのを想定されていませんでした」
「それって――」
「だから私は貴女に集めてもらったんです。彼の思惑を止める為に」
フルは拳を震わせ、歯を噛み締めた。
「幼馴染みの人と――葛城優丞と、何か取引したのね」
彼女がここにいる理由。もっといえば、何故彼女がサイバースシグマに入眠できたのか。
彼女の言う『彼』が、裏で糸を引いている。
「結局、彼の言う通りになってしまいました」
「それはどういう事だ?」
ぺギルが割って入って来た。
見れば、ぺギルの装備も土や煙に汚れて血に濡れていた。この世界には、血なんて流れていなかった。どれもポリゴンの流出によって再現された、現実とはかけ離れたゲームのような世界だったはずだ。それがいつの間にか、夢と現実の境を何者かが取っ払ったように現実に近づいてしまっている。
夢は夢、現実は現実。その線引きを、この世界はプレイヤー側に委ね過ぎた。
他のノーツならこんな事にはなっていなかったのに。私は、殺す相手を間違えていたのかもしれない。
「貴女の幼馴染みはどこにいるの?」
「彼は今、カルガモの側に……いえ、彼に憑りついています」
「創造主のくせに、プレイヤーに干渉してんのかよ」
「というよりも、これは私と彼とのゲームなんです」
なるほど、そういう事か。
俺を止めたければ、この世界で俺を殺してみろ。そういう事なのだろう。
謂わば、私たちは彼女の兵士。三浦燈夜が『彼』の兵士。チェスのように互いの駒を操り、チェックメイトを駆ける盤上遊戯。
これは、彼女たちの為だけに存在する夢の世界だったのだ。
「貴女の望みは何ですか?」
ならば、私たちの役目は彼女の願いを叶えて、この勝負に勝つ事。
「彼を殺したいんです」
あの時小声で言った事を、今度は淀みなくはっきり言い切った。
「彼を殺して、この世界にいる人たちを助けて下さい」
「おれたちは警察官だ。殺しはやらん」
ぺギルの言い分は正しい。私たちは罪人を捕まえるだけ。その先は法が裁く。
私たちは、人の生き死にを決める権利など持っていない。いや、そんな権利、本当は誰も持っているはずがないんだ。
「この世界の私たちは、レギルスと呼ばれる正義の執行人よ。ぺギル」
「正義の為なら殺しても構わないって、そう言いたいのか?」
「ここは現実じゃない、夢の世界なのよ。フル、私たちが貴女の幼馴染みとカルガモを殺した場合、どうなる?」
彼の持つ聖剣、あれによってこの世界に眠りに入っている者たちを現実に送り返す事無く殺しているのならば、別の聖遺物を持つ私たちはどうなる?
殺さずに覚醒させる。それが、私たちが振りかざすべき正義だ。
「皆さんの攻撃が入眠者の脳に過電流を流す事はありません。体力をゼロにすれば、既定の手順で強制覚醒措置が取れるはずです」
「それなら、私たちがやる事は明白でしょ、ぺギル」
「リーダーは俺だって言ってんだろ…………ったく、ダクお前が言い出したんだ。しっかり責任を果たせよ」
「マジかぁ、歳下に指図されんの俺」
「まぁ、この状況じゃ仕方ないんじゃないかな」
「俺には、何も言える権利ないし」
不満げな双葉、おどおどと何やら不安げなサムズ、両手を広げて降参を示すフィルチの順に応え、私の指示に従うと示した。
晴れる事のない土煙。見通しのきかない戦場。それはまるで、私と相対する彼の心を映した鏡の中の光景のようだった。
互いの戦力をぶつけ合い、無数のプレイヤーが強制覚醒措置を取られて数を減らした戦場の中、私と彼が向かい合い、互いの正義を振りかざした。
何度も何度も何度も何度も。剣を振るい、槍を突き出し、銃弾が飛び交い、エネルギーの衝突によって空気が揺らぎ、私も彼も血を流した。
それ以上の血が、この場所には流されていた。
この事件に巻き込まれた、何も知らないレギルスプレイヤーは大丈夫だろうか。
電気を流され、周囲を照らすネオンライトのランタンに照らされて、私の握る銀の槍が薄暗いこの世界でわずかな光を吸い込み、妖しく浮かび上がっている。
対して彼の握る血のような赤黒の剣は光を一切通さず、吸い込まず、反射せず、彼の意志をそのまま形にしたかのような刺々しく禍々しい空気を孕んでそこに構えられている。
中空に浮かびこちらに切っ先を向ける鎖は、さながら彼の境遇のようにも感じられる。
この世界の創造主の操り人形。その言葉がしっくりくる。
大人の世界に順応できなかった男が、未来ある若者の未来を奪い、私欲を満たす。
反吐が出る。自分の能力不足を棚に上げ、己よりも弱いものに拳を振るう。これでは、父と母と同じではないか。
「君は、このままでいいの?」
「現状に不満があるから、起こるもんだろ。革命って奴は」
「革命? んな大層なもんじゃないだろこれは」
ただの餓鬼の癇癪だ。
「やめる気は無いの?」
「ここまで来てそれはないでしょ刑事サン。それに俺は………………」
「俺は?」
「何でもない。言ってもどうせ分かんないだろうし」
「どうせって………………」
これだから子供は。
勝手に決めつけんな。どうせだとか、きっとだとか言って現実から逃げて、挙句の果てには他人のせいにして自己防衛に徹する。
ホント嫌な餓鬼だ。
「痛い目見る覚悟はできてるんでしょうね」
「痛い目? そんな覚悟でここにいるのかよ。……殺す気で来い。正義のヒーロー」
再度ぶつかり合う力と力の衝突。それを受けてなお、彼の目には殺意以外を浮かばせず、敵認定した私すら見ていない。そんな気がする。
「固有スキル<法孔烽師>」
「固有スキル<歪曲解正>!」
飛び込んで来た鎖を打ち払い、槍の切っ先をカルガモに突き出す。
効果を全て打ち消し、武装の能力を強制解除させるスキルが不発に終わる。
戦況はこちらがやや不利。このままいけば、五分と持たずに私の体は血に染まり、この地に伏して命を失う。
恐怖はある。震えが止まらない。それでも、私は止まらない。
槍を構え、銃を向け、盾で跳ね返し、中空を駆けて全てを見切る。
「スコップを右手に、バケツを右足に」
「何を言っているの、カルガモ」
突然の独り言に、嫌な予感が脳裏を過った。
異常な興奮、乱れた呼気、焦点の合わない瞳。精神が何かに蝕まれている。
「陽光は濡らした砂場で城を積み上げる」
「カルガモ!」
お願いだから私を見て。私の声を聴いて。
「月光は羽ばたき、水飲み場を枯らすだろう」
このまま何処かに行ってしまう。そんな予感が私にはあった。
その予感が正しいと言うに、剣と鎖が光を飲み込み闇を吐き出し、カルガモを飲み込んだ。
光が失われる恐怖。目の前で救える命が自ら破滅を望む絶望。私に覚悟が足りなかったと嘲笑う過去の自分。
すべてが一瞬の出来事で、しかしどれも時間を引き延ばされて永遠にも感じられる時間の中で、私はただ叫ぶしかなかった。
「っ、ダメ! フル、レムシスを止めて!」
それがたとえ、決して間に合わない無駄な事だとしても。




