015 再会
最後の街<フルフレックス>には、プレイヤーが少ない。その理由は主に二つ。
一つは、この街の周辺で採れるアイテムはどれもレベルが低く、金にならないから。
二つ目は、この街では、通常使用している武具が修理できないから。
近未来を舞台にしたサイバースシグマの中で、現代に近い雰囲気を放つここでは、光線旋状収縮機構のエネルギーブレードや、鏡筒反射式照射光線銃などの近未来武器の修理、強化ができない。
何故こんな街を最後の街として設定したのかという疑問と批評が、運営には厳しく向けられている。
しかし、今の僕には分かる気がした。
聖遺物は、どれも近未来武器とは異なり、現実でも既知の物ばかりだった。
手甲に剣は勿論の事、他のプレイヤーが所持している弓や外套、鎧に盾などの聖遺物。どれも旧文明の遺物として設計されている。
「りぃーだぁー。なんでこんな辺鄙な場所なんです?」
養女の見た目に、同じく幼女の声。
クランメンバーの一人、パルは今日も今日とて可愛らしい。
小麦色の髪に褐色の肌、背は低くどこからどう見ても幼女なのだが、これで三十代というはどういう訳なのだろうといつも思う。
「今日のニュースは見てないの? 数百単位で昏睡状態になったって奴」
「それの犯人が自分で怖気づいたってわけじゃないだろ」
僕の右腕の灰色鼠、タムさんは相変わらずよく分かっている。
「当然。僕が何でここに来たか。その理由は一つ――」
「四つの聖遺物を装備したトッププレイヤー、ウダンゴロが活動拠点にしているのがこの街という事だ」
タムさんが後半を引き継ぎ、それを受けてメンバーたちの目の色が変わった。
分かっているなら最初から皆に言ってくれればいいのに。というのは、少々言い過ぎか。
「それじゃあ皆、準備して~。ホラホラ、襲撃始めるよ~」
「今日のリーダー、なんか緩くない?」
「聖遺物二つ持って気が緩んでるんじゃないのか?」
「流石にそれはないだろ」
どいつもこいつも分かってないな。
僕が、僕らが夢の中でやって来た事が、ついに現実を動かし始めているんだ。
退屈で鬱屈とした私が生きるあの現実に、多少は彩りを与える事ができたのではないだろうか。
「はいはい、雑談はそこまで。さっさと動く」
「本丸を叩くのか?」
「当然。何のためにこんな骨董品を担いでると思ってんの?」
鎖でつながれた剣を肩に、僕は正面に聳える大きな屋敷へと視線を向ける。
最強を謳われるプレイヤー、ウダンゴロがクランリーダーを務めるのはトップクラン<龍雲荘>。
大通りに面した通常の民家五つ分の巨大な屋敷は、フリークラン<龍雲荘>の活動拠点でもある。
それではぁ、今から、この屋敷の解体作業に入りまぁす。
「固有スキル<空絶>!」
右腕に絡んだ鎖を伸ばし、剣の切っ先が地面に触れる程度で鎖を握る。
「せぇーのっ!」
声と共に右腕を横へ振ると、風を切り裂き屋敷の表面を撫でつける。
一瞬の静寂。その後、道行くNPCたちはこちらの行動に目を白黒させて一斉に逃げ出した。自我を持つプレイヤーはともかく、NPCなりの危機察知能力だろうか。大通りは、たったの一振りでがらんどうになった。
空間そのものを切り裂き、世界を勝ち割った聖剣の横断が大屋敷のあった広大な土地を残して全てを無に帰す。
「………………マジか」
「流っ石リーダー、マジぱねっス!」
「リーダー、暴れ過ぎだ」
「タムさん、この程度で暴れすぎって随分おとなしくなったじゃん。ビビったぁ?」
にやにやとこちらが笑みを剥ければ、タムさんはフードで隠れがちの眉間に皺を寄せた。
「おいリーダー、出て来たぞ!」
中空に残された屋根の一部が重力に従い落下した。そこに積み上げられた瓦礫山を押し返してふらふらゾンビのように立ち上がる人影が、一つ、二つ、三つ………………二十以上いるみたいだ。
「まだまだ出て来るぞリーダー、まさかそれだけで終わりじゃねぇよな」
ブロックは、昨夜は夜勤で入眠していなかった。だから見ていない。昨夜僕がどうやって八百以上の人間を殺したのかを。それを見たいと、そういう事なのだろう。
「固有スキル<焔纏イ>、スキル<毒再現>」
手甲から流れた焔が外套の表面を滑り、振り下ろした鎖を下り剣先へと滴る。
スキル<毒再現>によって己に取り込んだ毒を体内で生成、体に纏った焔で気化して周囲を漂う。
それらを纏った聖遺物の剣の柄を離し、再度鎖を握る。さながら、暴れ馬の手綱を握るかのような感覚が、右腕を伝って脳へと電気信号となって痺れさせた。
「固有スキル<雷破>!」
この世界では珍しい何の変哲もない石畳に突き刺さった焔と毒を纏った剣身に、琥珀の雷を纏わせ鎖を引く。
周囲から一斉に人の気配が消えた。
見れば、仲間であるタムさんたちは僕から距離を取り、回り込もうとする敵クランの人員を相手に突撃していた。
イイねイイね、これがクラン戦の醍醐味だ。
速く出て来い、最強プレイヤー。でなきゃ、お前の大切な仲間が死ぬぞ。
「ふ、ふふふ、ふふふふふ」
「こっわ! リーダー、なんか人変わってない?」
雷が周囲に落とされ、幾つもの血飛沫が噴水の如く立ち上る。無機質なポリゴンでの出血エフェクトなどではなく、現実と同じ赤い血が噴き出し流れる。
「アウタークラン<黒紅の鬣>、貴様らこんな所で何をしている!」
筋骨隆々で髪の毛が一本ない丸い頭の男が、腰には弓と斧を提げ、黒の鎧に紺の外套を羽織った姿で瓦礫の下から姿を見せた。
見るからに聖遺物を装備したその男こそ、このクランのリーダーであり、今回の標敵のウダンゴロその人だ。
「何って、遊んでるんだよ。皆全力でね」
「遊び? お前のその剣はなんだ。何故、俺の仲間は血を流して倒れている?」
「この剣は聖遺物の一つ、そっちの仲間が血を流して倒れているのは、僕が斬り付けたから。これでそっちの疑問は答えたよ。次はこっちの番…………そっちが持ってる聖遺物を全て渡せ」
「渡せ? それなら分かっているはずだ。その手甲を装備しているのなら」
「そう。おとなしくその首を差し出す気は?」
「ない」
あっそ。まぁ、そうだろうね。
「「固有スキル――」」
同時にスキルの使用を宣言し、同時に踏み込んだ。
「<炎浄>!」
「<柳風>」
腰に差していた弓を取り出し、スキルの宣言と共に弦を指先で弾いた。
こちらが振るった剣から迸る炎の柱がウダンゴロを飲み込み、その身を焼く。
――いや、そんなわけがない。
聖遺物を四つも所持している男が一撃で落ちるなど、そんな話があってたまるか。
何が来る? 警戒しろ。そして対応する。
予想通り、ウダンゴロを飲み込んだ炎の柱は一陣の風によってポッキリ折られ、灼熱の監獄を解いた。
それだけではない。中空へと引きちぎられた炎の残滓は一本の矢へと収束し、男の右手に納まる。
くそっ! カウンター技かよ。
「固有スキル<焔纏イ>!」
かき消えていた外套の裾にしがみ付いた火種を起こし、再度焔の鎧を纏い構える。
下手に避ければ仲間に当たる。かといって、通常の防御では簡単に貫かれる。
こちらの取れる選択は一つ、同じ聖遺物のスキルを駆使して凌ぐ事だった。
焔の鎧に突き刺さった炎の矢が爆音を轟かせ、焼き殺そうと舌を伸ばしてこちらの頬を舐める。
「固有スキル<雪幻>」
このままでも耐えられそうではあるが、それでは面白くない。
どうせならもっと遊ぼう。
そうだろう<聖剣ファキエス>それに――。
「はっ! 分身スキルか、それがどうした。固有スキル<現世喰ライ>!」
左の腰に下げていた斧を引き抜き、それを振り下ろした途端、局所的な地震が発生、ひび割れた地中から土に塗れた乾いた蛸がその触手を伸ばして表れた。
海賊という絶滅種が蔓延っていた時代に作られたとされる聖遺物<浸蝕のスィッキタース>。そのスキルがこちらに向いた。
「固有スキル――」
からっからに乾いた触手が、こちらの幻影の胴へ次々に絞め殺す。
こちらに気色の悪い触手が向くのも時間の問題だ。
そろそろ次の手で狙うか。
「<炎浄>!」
炎を吐き出した刃を振るい、近づく触手を焼き切り男に迫る。
「スキルは打ち止めか? 固有スキルはやっぱり三つか」
手甲の<業拳ソラリスゲヘナ>もそうだったが、聖遺物の固有スキルは全て三つで設定されているらしい。
やはり、聖剣が特別なのは、これがこの世界を終わらせるキーアイテムだからだろうか。
肉薄して剣の間合いへと入った。柄を握った右手を振るい斧の刃を横から叩き、弓を蹴って弾く。
「固有スキル<雷破>!」
「固有スキル<水鏡>」
雷で打ち抜いた。
そう見えたが、ウダンゴロの鎧が白く光り、体中に飛び散った雷の波紋が一点に収束。こちらに鏡映しにしたかのように同じ位置の胸を撃ち抜いた。
「くっ!——聖遺物ってどいつもこいつも」
「固有スキル<水打チ>!」
雷によって痺れて回避行動は間に合わない。
それが分かっているからこそ、相手も大振りのスキルを宣言したのだろう。
ここだ。このタイミング。
そうだろ聖遺物<シカムシロの鎖>!
「固有スキル<縫成一貫>!」
後ろに傾いた回避の間に合わない、痺れた体では反撃などできない。普通、そう思うよね。僕だってそう思う。
——だからこれは届く。
右腕に絡まり、肩を回って首の後ろ襟から出した鎖の反対端が脈動するように跳ね動き、その先端に付けた菱形の錘が男のこめかみを打ち抜いた。
「がっ!——なんだ、これ………………」
脳を打ち抜かれて視界が揺れたのだろう。
無防備を晒したその巨体に貼り付いた鎧の隙間、そこに刃を通す。
聖剣の鋭さのせいか、それとも男の体が脆弱だからか。剣の切っ先は豆腐を切るよりも容易く内臓にまで達した。
「固有スキル<雷破>!」
聖遺物所持者同士の殺し合いならもっと苦戦すると思ったし、何よりもっと街への被害が広がると思っていた。
「つまらなそうな顔してるなリーダー?」
黒鉄の胸当てと紺色のパーカーコート、海賊の片手斧に森妖精の短弓の四つの聖遺物を装備したこちらを見下ろし、灰鼠の男が訊いてきた。
「べっつにぃ~」
あの日から、この世界も少しばかり退屈になってしまった。
あの人、今日も入眠してるかなぁ…………。
「次はどうする?」
「ん? 好きに決めていいよ~」
「何だよリーダー、もう疲れたのか?」
「折角聖遺物を七つも装備してるんだ。一緒に遊びましょうよ」
「遊ぶったって、相手がいないんじゃねぇ」
トッププレイヤーは殺した。彼がリーダーを務めていたクランだって、仲間たちが殲滅していた。
これ以上の敵がどこにいる?
もう、なんだかやる気が出ないや。
「今日はもうのんびりしようかなぁ」
「なんだよリーダー! 全力で遊ぶ、それがこのクランの存在理由だろ!」
虹色ウニが否を唱えた。うるさい。こっちはもうやる気が出ないんだよ。
もしここで、今までずっと殺したいと思っていた彼らを殺したら、僕は笑えるのだろうか。
「何を考えているリーダー」
「何だと思う?」
砕けた石畳の破片を枕に、排気ガスで曇った空を見上げて寝そべりながら、鎖を操り剣先をタムさんの首へと当てた。
「殺すのか? 俺たちを」
周囲から殺気が向けられているのを感じる。この感覚は嫌いじゃない。しかし足りない。
この中に、彼がいたら………………。
「ハァ………………探しに行くぞ」
タムさんは、それはもう大きなため息を吐いて、それから仲間たちへと何やら指示を飛ばし始めた。
探す? 何を? それとも誰を?
「先に言っておくが、彼には前の記憶はない。それでもいいって言うのなら、行くぞリーダー」
ホント、この仲間たちは………………。
ぶっ殺したくてたまらない。
最初の街<ウロ>には、今日も今日とて多くのプレイヤーで賑わっていた。
こんなに多くては、見つけようにもかなりの骨が折れそうだ。
フルフレックスから最初の街<ウロ>まではかなりの距離がある。今日中に移動するのは通常であれば不可能だった。が、幸いこちらは先刻のクラン襲撃で使い捨ての量子分解再構築式転移装置アイテム<メタステラ>が手に入った。
これによってメンバー全員を最初の街<ウロ>へと即時転移させ、今はたった一人のプレイヤーの捜索をしてもらっている。
もし、道中に殺したいプレイヤーがいたら殺していいと言ってある。そのうちこの街は殺意と敵意が満ち溢れ、阿鼻叫喚に飲み込まれる。右の誰かが切り殺され、左の仲間が撃ち殺される。そんな地獄のような景色が目の前に広がる中、上位プレイヤーに命狙われた彼を、僕が颯爽と登場して助ける。
彼は僕に恩を感じて、仲間になる。
これだ。これなら、彼も断ったりはしないだろう。
「固有スキル<帳ノ目>」
外套型聖遺物<黄昏のオブスクルス>の固有スキル、ものを探し当てるという聖遺物の中で最も地味なスキルだが、今の状況には丁度いい。
脳内に広がったウロの街並みに、NPCとプレイヤーがそれぞれ配置されて、リアルタイムで移動しているのが見える。
仲間たちは青色、それ以外は黄色、こちらに敵対しているものは赤で見えるというのは便利だ。しかし、現実のRSMのようで、気分が悪いのがネックかな。
夢に現実を持ち込むな。
「どぉこかなぁ」
一人一人を見て回っていると、仲間たちがプレイヤーの首を刎ね飛ばし始めた。
合図だ。
インベントリからアイテム<スゥタムの乱心香>を取り出し、それらに火を放つ。枯れ枝のような見た目の香木からは、鼻腔と口腔内を痺れさせる芳しい香りの煙が昇り、騒ぎ始めた街へと流れた。
見る間に街中からNPCが姿を消して、抵抗するプレイヤーと騒動から逃げるプレイヤーとで更なる賑わいを見せた。がしかし、もうじきここに狂乱が混ざり始めるだろう。
「あれは……見つけた!」
見た目は違くとも、僕には分かる。
他の人には一切向かない殺人願望が湧き水のように、あるいはひび割れたダムから貯水が洩れ出るように、止めどなく湧いて出るのだ。間違いようがない。
あんなプレイヤー、他にいない。
しかしどういう事だ?
何故、こんなにも心臓が高鳴っているんだ。あの人を見ていると体中の血管が広がり、中を巡っている血液が沸騰しているように感じる。まるで、もう一人の自分を見ているみたいだった。
僕は私が嫌いだ。
あのクソッたれな父親に殴られ、襲われ、売られた私が大嫌いだ。
体中に入れられたあいつらの所有物という証も、何も感じず反応を示さない身体と心の私が大嫌いだ。
だから、この世界の僕が僕は好きだ。
好奇心旺盛、品行方正、おまけに容姿端麗と来ている。
まぁ、品行方正を口にすれば、きっと誰もがそれは違うと首を横に振るだろう。お前は悪逆非道の罪人、素行不良の殺人鬼だと。それなら聞きたい。一体、どのような事が品の良い行いだと言えるのかと。
弱者が蹂躙され、強者が甘露を舐め取り吸い尽くす。それを見て見ぬふりを続ける背景画の踊り子でいる事が正しい道で、牙を剥き、爪を研ぎ、殺意を漲らせた瞳を外に向けて剣を振るう事が悪だと言うのか。
狂乱に陥ったプレイヤーが一人、凶刃を翳して僕の獲物に向けていた。
来た、この瞬間だ。
「こんにちは、プレイヤーさん。君の名前はなんていうのかな」




