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現実に主人公はいない  作者: 薪焚灯火


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014 最終任務

 この一カ月で、既に確認されている十種と、今はまだ出回っていない未確認の三種が全種の聖遺物の内、七種の入手に成功した。同僚の岸巡査長も復帰した。

 しかし、まだ事件は解決していない。

「岸巡査長、まだ資料まとめ終わってないの?」

「もうちょい待って。それより、フルって人はやっぱリアルじゃ会わないって」

「そりゃあそうだろう。ソムニアの厳重な警備を掻い潜って密告するのは一筋縄じゃ行かない」

 真壁警部の言う通り、彼女にこれ以上危険な事はさせられない。それに、彼女には鎖の捜索も並行して頼んでしまっている。

「コレってまさか………………警部、皆さんも。コレ!」

 突然声を上げた倉盛が見せて来たのは、一つの掲示板だった。

「コレって……」

「剣が、抜かれました」

「誰が抜いたって?」

 わたしの疑問を、代わりに香取が問いただす。

「アウタークラン<黒紅の鬣(シュバルツ・メーネ)>のリーダーであるシナというプレイヤーです」

 シナ。その名は捜査の中で幾度となく上げられていた。

 曰く、彼女は毒を戦闘に混ぜ込んで戦う生粋の殺人鬼であると。

 この事件の根本にある連続毒殺事件の被害者たちは、決まって未覚醒前には彼女か彼女のクランメンバーと接敵していた。

「まさか、魔王が勇者の剣を引き抜くなんて」

「岸、あれは勇者の剣なんかじゃない。貴方が一番分かっているでしょ」

「それはそうだけどさ、マミちゃん。比喩って奴だし」

「マミちゃんは止めてって何度も言ってるでしょ」

「お前ら、今はそれどころじゃないだろ。倉盛、その掲示板には何が書き込まれてる?」

 掲示板に描かれていたのは、鎖で繋がった謎の剣を装備したシナによって、三つのレギルスクランと四つのアウタークランが壊滅されたという内容のものだった。

「倉盛、被害に遭ったクランメンバーの現実を全て調べろ」

「ええ! 全員ですか?!」

「あったり前だろ! 香取、武蔵部、岸、お前らはその情報を元に、被害者宅を当たれ。俺もすぐに動く」

「……私、もう一度あの少年に会ってみます」

「無駄だろ、あのプラグは本当に初期モデルだった。何も覚えてねぇよ。それよりも、一刻も速く被害者宅を見に行くべきだ」

 そんな事はわかっている。しかし、現状それ以外にできることがないではないか。

 倉盛は確かに優秀だ。オタク気質で、普段から離す内容は偏り早口で聞き取りにくい。しかし、被害者の数はどれだけいる? 時間がかかるのは目に見えている。だのに、その間ここで茶でも飲んでろと言うのか。無理だ。私にはそんな事できない。

 それに、私にはどうしても、もう一度彼に合わなければいけない理由がある。

 

 三浦宅の前、インターホンを押し込みながら、何を話そうかと頭の中で文字の羅列を組み立てる。

 まだ夏休み中で、こちらが得ている情報によればバイトもしていない。つまりは家にいるはずだ。

「ごめんください、警察の者です。三浦燈夜さんは御在宅でしょうか」

『少々オ待チ下サイ』

 家事補助AIからの返答を得て、それから数分待った。

 玄関の扉が開かれ、あの日私が平手打ちした少年が顔を見せた。その顔には、あの時と変わらない退屈と無関心の色が濃く乗せられている。

 私は彼が苦手だ。現実を蔑ろにする、若者特有の空気を纏っているから。

 夢の中ばかりが人生じゃない。それを現代人は忘れかけている。

 この歳からそうなっては、今後残されているのは絶望だけだ。私の同級生の何人がその道を突き進み、そして奈落へ堕ちた。彼にはそうなってほしくない。勿論、他の若人たちだって。だからここに来た。もう一度話をするために。

「こんにちは、少し話があるの」

「こっちにはないんですけど」

 相変らずむかつく小僧だ。しかし、手を上げたのは私の方。拒絶されるのは目に見えていたはずだろ。

 一度深く息を吸い、気分を落ち着かせてから話しを切り出す。こういった手合いには、遠回りは逆効果だ。

「貴方のせいで、数百人が未覚醒に陥ったわ」

「そうですか。それで?」

「責任を取りなさい。一人の人間として」

「どうやって? 僕には記憶が無いですし、もしあっても断りますけど?」

「でしょうね。だから情報だけ渡す、後は貴方が自分の頭で考えて選択しなさい。思考を停止した人で溢れかえった未来を迎え入れるのか、それとも腐敗しかけているこの現実を守るために戦うのか。貴方のお父さんとお母さんのようにね」

 クラン<黒紅の鬣(シュバルツ・メーネ)>そのリーダーであるシナという名の女性プレイヤーの手に渡ったシカムシロの鎖によって引き抜かれた<聖剣ファキエス>の話。それに斬られた何も知らないプレイヤーたち。そして、そんな彼らにも家族はいるという当たり前の話。

「それじゃあ、私はこれから私にしかできな仕事をして来るから」

「そうですか、頑張ってください」

 一切感情の籠っていない声援を背中に、私は倉盛から届いたプレイヤーたちの住所を片手に駆け出した。

 何なのよ、あの態度。少しは考えなさいよ、貴方のせいで多くの人が苦しんでるのよ。それなのに、覚えてないから無関係なんて、そんな話が通用するわけないじゃない。

 むかつく。今の子供たちは、本当にむかつく。

 現実を直視することなく、ネットの情報を無心で受け取り、一人で絶望に浸って、自分こそが被害者だと泣き叫ぶばかり。誰も現実を見てもいない。最初から自分は哀れな被害者だと妄想して、他人に憐れんでほしくて、自分の承認欲求を満たしてほしくて泣きわめく餓鬼ばかり。

 それでも、私はこの世界を守らなければいけない。それが仕事だから、それが私の役目だから。

 かつて、私を助けてくれたあの人のように。


「これで百七十三人目、あとどれ位いるの?」

「僕らが確認する分でも五百を越えてますね」

 これはもはや、私たちだけでどうこうできる問題じゃない。

「警部、公表しましょう」

『上には掛け合ってる。今は他の部署の奴らにも協力してもらって、安否確認と搬送の手続きは俺がやってやるからさっさと動け』

 通話越しに、警部の苛立ちが察せられた。

 上は、今もソムニアトール社と裏で取引をしているのか。こんな状況になっては、隠せるものでもないはずだろうに。

「…………何か、裏がある?」

 だとすればそれは一体………………。

「ミナちゃん、次いかないの?」

「ミナちゃんは止めろ」

 何故、私は岸と一緒に行動になっているんだ。

 日も沈み、もうすぐ十九時を回ろうかという所で、ようやく私たちは庁舎に戻る事ができた。しかしそれは、リストアップされた被害者宅を回り終わったからではない。警部から戻れという指示が出たからだ。上との交渉に勝ったと、そういう事なのだろう。

「被害者の数は八六六人、うち今も覚醒できずにいるのは、七九三人だそうだ」

「そこまで広がってるなら、もう隠し通す事なんてできないですよ」

「ああ。上は公表する事を決めた」

「もう手遅れだろ。どうやってこの状況を鎮めるつもりだよ」

「とりあえず、サイバースシグマのサーバーは止められるんですよね」

 倉盛の言う通り、この現況はサイバースシグマによるものだ。その大元を閉じてさえしまえば、これ以上の被害者は抑える事ができるはずだ。

「それについてだが、公表されるのは『原因不明の昏睡患者が多数出ている』という内容だ」

「そんなっ! ——サイバースシグマについては」

「公表されない。なんせ証拠がないんだからな」

 夢の中では、スクリーンショットも録画もできない。見ているのはあくまで自分の夢だ。証拠がないのは当然だろう。

 しかし、それがこうして悪い方に転がってしまうとは。

 いや、元々それが狙いだったのか?

「クソッ!」

 ふざけんな。こんな事で諦めるられるか。

「公式発表の場で、サイバースシグマの件を公表します」

「駄目だ」

 警部は、やっぱり止めて来る。

「証拠、ですか…………」

「そうだ。誰が夢の中で起きた事を信じると思う? 少数は信じるだろうが、それでサーバーを閉じさせることはできない」

「それではっ!…………私たちには、何もできないのですか」

 人を守るために、私は警察官になった。それなのに、一般市民も守れずここでただ突っ立っているだけしかできないのか。

 現実など散々見て来た。

 薬に溺れる失望者に、手駒を集めて鉛弾をばら撒く暴力者。それに、法を背き弱者を喰らう有権者もそうだ。

「できる事はある」

 久方ぶりに打ちのめされている私に、香取は正面からそれを跳ね除けて来た。

「サイバースシグマで全てを終わらせる。これしかない」

 確かにフルは言っていた。聖遺物全てを集めた時、世界は終わると。

 つまり、

「俺たちであのクソみたいな世界を終わらせる」

「それしかないな」

 警部も最初からそのつもりらしい。

「倉盛、岸、お前たちは入眠時間まで情報収集を続けろ」

「は、はい!」

「了解」

「香取、武蔵部、お前たちは目を覚ましている被害者たちから詳細を聞き出せ」

「はい」

「話せる奴が、どれだけいるかな」

 香取の言う通り、目を覚ましたとて、後遺症でどこまで自由に動けるか。

 さて誰から当たろうかと、人の名前と今入院している病院の場所が記された数枚のリストを睨み、香取へと声を掛けようとしたその時、

 ——ピリリ、ピリリ、ピリリ………………。

 私の携帯端末から、何者かからの着信の知らせが鳴り響いた。その場にいた仲間たちも一斉にこちらを見る。

 私の仕事用の端末の番号を知るのは、この場にいる四人の他にはあの人しかいない。

 何かあった時用にと伝えていたが、まさかこのタイミングで。

「はい、武蔵b――ダックです。フルさん」

 端末をそれぞれのイヤホンに繋ぎ、全員が話を聴ける状態にしつつ相手の出方を見る。

『もしもし、羽柴です。現実(リアル)で話すのは初めてですね』

「何かありましたか?」

『聖剣の事は既にご存じだと思いますので、そちらは後回しにその他の情報を全てお渡しします。どうか、彼を止めて下さい』

 彼? 前に言っていた幼馴染みだと言っていた葛城優丞だろうか。

『データはそちらに転送済みです。ロートスで新たな装備を渡します』

「ありがとうございます羽柴さん………………その、大丈夫なんですか、そちらは今」

『会社の中です。開発部も今は慌ただしいので、こうして外に連絡できているんです』

 慌ただしい? まさか、この仕様は葛城優丞の独断で仕組まれていたのか?

「羽柴さん、その……サイバースシグマが今回の昏睡事件に関わっている証拠はありませんか?」

 それさえあれば、サーバー自体を止める事ができるかもしれない。そうでなくても、一人でも多くのプレイヤーを入眠させずに済むかもしれない。

 私のそんな僅かばかりの希望は、羽柴のくぐもった一言で切り伏せた。

『ごめんなさい』

 その一言を最後に、通話は終了した。

「倉盛、彼女から送られたデータとはどんなものだ」

「はい、全プレイヤーの情報と、これは………………プレイヤーとは異なる何かのログ?」

「何かってのは?」

 香取からの問いに、倉盛は暗い顔を見せた。それが答えだ。

「入眠時間までに調べておけ。他の者は情報収集だ」

 情報集め。結局、現実でできる事には限りがある。こんなにも早く夜が来てくれと願った事など、今まで生きてきて初めてだ。


 中央都市ロートスがこんなにもに賑わっているのは、正直かなりマズイ。もし仮に、今この場に彼女が現れたら? もし彼女があの剣で皆を切り付けたら? ここにいるだけでも三千を越えるプレイヤーがいる。それだけ多くの未来があり、現実がある。守らなければ。

 道行く何も知らない一般市民たちを見ていると、胸の奥から宵闇のような不安を煽る焦燥感が湧き上がって来た。

 人の多い道を通り抜け、辿り着くはいつもの酒場『ウヴァル』の個室。先に来ていると思っていたが、彼女の姿は何処に見えなかった。

「どういう事だ?」

 ぺギルの疑問は尤もだが、元々彼女は危険に身を晒した上でこちらに情報を流していた。

「見つかったか」

 双葉のその考えが正しいのだろう。

「ど、どうしましょう」

 サムズの巨体で動揺するのはやめてほしい。個室はそんなに広くないのだから。

「シナの居場所は分かっているでしょ。急ぎましょ」

 他の聖遺物を所有しているプレイヤーの情報はサムズの頭の中にある。事情を話して渡してくれるのならばそれで良し、そうでないのならば刃を交える事になる。

 性根が腐ってやがる。

 何で誰か一人が聖遺物を揃えなければいけない。

 そこまでして殺し合いをさせたいってのか、この世界の創造主は。

「だから夢を見すぎると危険なんだ」

「あ? 何か言ったか、ダク」

「別に。さぁ、行きましょう」

 行き先は、サムズが特定している。

 最後の街<フルクレックス>、その中央に聳える時計塔。彼女はそこにいる。

 フルクレックス、そこは歯車と油、それに排気ガスが街中を覆い尽くした、旧時代に取り残された高度経済成長期を思わせる景色を見せている。

 何故今更そんな場所に? プレイヤーもそこまで多くない。プレイヤーを殺すのが目的なら、中央都市に残るべきはずだ。

「サムズ、フルフレックスにはどれくらいかかる?」

「だ、大体、二時間くらい」

「急ぎましょう」

 これ以上、現実が壊れないように。

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