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現実に主人公はいない  作者: 薪焚灯火


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12/19

011 第一ノーツ・サイバースシグマとは

 午後十一時四十分——時間だ。入眠(ログイン)して約束の人物と会わなければ。

 緑の絶縁被膜に覆われたケーブルを指の間から滑らせ、ヴヴィプラグを耳裏の接続端子に接続する。それから自室のベッドに横になる。あの日から、プラグの色が嫌に色鮮やかに目に映るようになった。

 仕事の疲れからか、それとも日常で組み込まれた習慣からくるものか。恐らくは前者だ。

 頭上のスリープモードだったレムシスが、起動準備に入ったのを瞼の向こうに感じた。仕事で固まった体は重く、昼間に干していて太陽の匂いをたっぷりと蓄えたベッドに深く沈む。

 さぁ、仕事の時間だ。

 入眠先は、第一ノーツのサイバースシグマ。その中央都市ロートス北区画の一つの武器屋。最後の覚醒(ログアウト)場所である。

「やっと来たか。準備はいいな、ダク」

「ええ、皆も準備は――できてるみたいね」

 少年アバターのぺギルが、視線の下から見上げた顔でこちらをじっと見ていた。私よりも先に入眠して、武器屋を練り歩いていたらしい。他の同僚たちもほぼ同じらしく、私の顔を見たその瞬間、ほんの僅かな苛立ちを見せた。

 私には、他人の微細な感情の揺れが見える。だのに、あの少年を相手にした時、何も見えなかった。相手は同じ人間なのに。一体何故? その答えは、未だ出せずにいる。

「……約束の時間までもうないし、行きましょう」

「おっ、やっとか」

 双葉が、相も変わらず皮肉を口にする。

「これで、フィルチを覚醒させる方法が分かるといいんですけど」

 サムズの言う通りだ。ただ、『分かるといい』ではなく、分からずとも『見つける』のだ。私がしてしまった落とし前は、私がつける。

「飲食店『ウヴァル』ここね。時間もぴったり」

 深夜零時、ロートス中央部にある飲食店『ウヴァル』。ここが約束の場所だ。

「どのプレイヤーだ?」

「一番奥の個室」

 手前はテーブル席、窓側にはカウンター席。奥はプライベートルームになっているらしい。

 私たちは、青紫に照らされた薄暗い店内を奥へと進む。通路を真直ぐ進み、突き当りを左へ。個室が五つ並んでいて、一番奥が指定されていた。

「お待ちしてました皆さん」

 自動扉を抜けた個室の中には、一人の女性アバターがソファ席に腰を下ろして待っていた。

 黒の長髪を流し、白のドレスアーマーを着込んだ素朴なプレイヤーである彼女の名前はフル。現実の彼女は、ソムニアトール社のサイバースシグマ開発部に所属している一社員だ。

「貴女が?」

「はい、初めましてフルです。ここからなら、皆さんを手助けできます」

「手助けってのは、実際にはどんなことができるんだ?」

 ぺギルの見た目と声に差が開きすぎている事に驚きもせず、フルは静かに頷いた。

「この個室の中であれば、会社から隠れて開発者権限を使用できます」

「権限って、具体的に何ができる?」

 双葉の現実体の見た目そのもののようなぶっきらぼうな声が、個室の壁を叩きフルへと向く。

「一部の武具の召喚に任意ポイントへの転移。その他には、制限なしの遠隔通信です」

「フィルチの覚醒(ログアウト)はできないのか?」

「私の権限では無理です。少なくとも、ゲームマスターの権限が無ければプレイヤーの個覚醒はできません」

「他に手段は?」

「<聖剣ファキエス>を手に入れる。もしくは、夢槍での解呪以外に方法はありません」

「ムソウ? それももしかして――」

「聖遺物です。槍型聖遺物<夢槍ファンタジア>。これは、どんな呪いもデバフも打ち消して、夢として処理する事が出来ます」

 開発者のフルがそう言うのなら、そうなのだろう。しかし、私たちは知らなければならない。この世界の歪さは、他ノーツと比べるべくもない。

 人を殺すことを是として、生きる為に背負わなければならない常識を、どうしてこの世界は捨てさせようとするのか。私たちはそれを知らなければならない。が、まずは仲間の開放からだ。

「ファンタジアの所在は?」

「八番目の街<プロトメイア>の地下迷宮。その最深部のダンジョンマスターが装備しています」

「殺して奪え。そういう事っしょ」

「ダンジョン攻略。その為には準備が…………」

「そんな暇はない。おいアンタさっき言ったよな。任意の地点に転移できるんだろ」

 ぺギルの言う通り、フルには開発者権限で任意に飛べる。しかし、それは私たちも同行可能なのだろうか。行けたとして、私たちが突然最下層に移動したのでは、開発者側に流石に見つかるのではないか。そんな私の不安を、フルは一刀の元に立ち切った。

「できます。その為に私は来たんですから」

 彼女もまたこの世界の歪さをどうにかしたいと、心の底から願っている。その理由は何だ? 彼女の芯は何処にある?

「貴女の願いは?」

「え?」

「ここまで私たちに協力する、その理由は何?」

 ぺギルも双葉も、面倒な事を言うな。と、視線だけで言って来た。だがそれでいいのか? 私たちは夢を夢として、現実を守るレムレス部隊。これが本来の仕事だったはずだろ。

「私の幼馴染みの……大切な人が、この世界を創ったんです」

「それで?」

「彼を止めたいんです。この世界は夢じゃない。夢とは本来、人を幸せにするためのもののはずです」

「それを私たちに頼みたい。だから協力する、と?」

「はい。どうかこの世界を――彼の夢を、終わらせて下さい」

 誰も彼もが夢を見る。平均睡眠時間が三時間以下にまで落ちた現代日本を救った大企業ソムニアの、天才シナリオライター葛城優丞(ゆうすけ)を、私たちが止める。これも仕事の内。レムレス部隊の使命だ。

「了解。じゃあその手始めに、プロトメイアのダンジョン、<メビウス>の最下層に転送して」

「はい!」

 八番目の街<プロトメイア>。ここは、他の街にはない大きな湖を中心に作られた要塞都市だ。

 水も自然も殆ど消失したこの世界では希少な自然の風景を楽しめる為、観光地として有名。それと同時に、地下迷宮という冒険心をくすぐる施設も存在する。まさに夢のような街なのだ。と、説明文には記載されていたが、ここはそもそも夢の世界なのだからして、どこもかしこも、現代日本の現実を目の当たりにしている社会人から見れば、右も左も夢、夢、夢、であろう。

「葛城って人は、社会不適合者だったのね」

「ダク、その言い方は葛城氏に悪いよ。彼はね、頭の中に幾つもの世界を秘めていて、これはその一つに過ぎない。ここは、彼の箱庭なんだよ」

 サムズのオタク気質特有の早口語りを片耳に、私は転送されたダンジョンの最下層、ダンジョンマスターの住まうボス部屋前の扉に寄りかかり、攻略の準備を進める。

「それよりサムズ。ここのボスの情報は?」

「ないよ。このダンジョンに最下層なんてないって皆言ってたんだから」

 ここは小説の題材にされるフルダイブ型VRゲームの世界ではない。夢の世界だ。睡眠中に攻略サイトなど開けない。だから皆、こういった攻略情報は常に頭に入れてから寝なければならない。

スクショもメモもこの世界では不可能で、自分が見ているものが全てになる。

「それゃあ、相手を見て、それから行動を予測しろって?」

「そうなるだろ。さっさと行こうぜ、時間の無駄だ」

 双葉は既に一振りの柄を抜き出し、右手でクルクル回して刃の出力口を私やサムズに向けていた。

「危ないでしょ回さないで。…………それじゃあ、行きましょう」

「いつの間にか、ダクが仕切ってんな」

 ぺギルの小言を無視して、私は扉を蹴り開ける。大理石にも見える独特な模様に光沢のある鉱石の大扉で、蹴り一つで開けられるとは思っていなかったが、予想に反して扉はとても軽く、サッカーボールを足裏でけったかのようにすんなりと開いた。

 少々行儀の悪い行いだったかもしれないが、何となくそうしたい気分だったのだ。夢の中なら、まぁ許されるだろう。

 足が折れなくてラッキーだったというのは、私の胸の内に秘めておこう。

 ボス部屋は一辺が五十メートルはありそうな正方形で、修学旅行の二日目に見た東大寺の大仏殿を思い出させた。

 等間隔に区切られた床には燃え盛る無数の赤紫の火の玉が散らされ、それらが妖しげな影を作り躍らせていた。

 大仏殿ならかの有名な盧舎那大仏(るしゃなだいぶつ)こと、奈良の大仏が鎮座するであろう部屋の中央には円盤が浮いており、見るからにボスという風体のモンスターが一体、深紅の鋭い眼光をこちらに向けて立っていた。

 ここからは階段を登って踏み込むのであろう浮遊する円盤のフィールドは、ツタ植物を模した金装飾が施された柱が外側をぐるりと囲み、神聖でありながらどこか怪しげな雰囲気を醸し出している。

「アレがダンジョンマスター…………」

「最上位悪魔、デアヴォルス」

 ぺギルは戦鎚を強く握り締め、サムズは震え声で及び腰に。

 双葉とわたしは、それぞれに得物を構えて前に出た。

「サムズ、情報を。双葉はぺギルと連携して攻撃!」

「何時からお前がリーダーになったんだよ」

「一応、俺は上司なんだがな…………」

 双葉は呆れて、ぺギルはため息を吐きつつぼやく。しかしその中で、サムズだけは震えた両足でその場から動けず、こちらにたった一言。

「悪魔召喚だ」

 それを合図にしたかのように、階段の半ばまで登った私たちに向けて、円盤の中央で佇む黒ローブを頭からすっぽりと被った皺くちゃの腕を生やしたモンスター、最上位悪魔デアヴォルスは、こちらに銀色の長槍を片手で掲げ何事かを呟いた。

「来るぞ!」

 ぺギルの声に従い、私と双葉は階段を同時に駆け上り、その一段後ろをぺギル、更に三段下をサムズが走る。

 これはマズイ。本能がそう告げている。

 己の感覚が正しいと分かったのは、私と双葉が円盤に足を乗せたその時だった。

 背後で階段が音を出して崩れ始める。遅れていたサムズのすぐ足元まで崩壊したところで、デアヴォルスはさらに動きを見せた。

 掲げた銀槍を横に振り、本体の背後に三つの魔法陣を浮かばせる。

 技術が発展した近未来を舞台にしたこの世界において、魔法はまず見る事は無い。だのに、今目の前にいるこれは平然と槍を振り魔法を行使する。

「双葉は右、俺は左だ!」

「了、解!」

 起動スイッチにより吐き出された片刃の熱を風に乗せ、双葉は大きく振りかぶる。その狙いは、デアヴォルスの空手の右腕だ。

 ぺギルは背負っていた戦鎚を両手に、左側面からボスモンスターを叩きに出た。その間、私の背後ではようやく、サムズが崩れた階段から飛び乗って円盤の縁に手を掛けたところだった。

「さっさと登りなさいサムズ。銃で動きを牽制しつつ二人を援護して」

「ダクはどうするつもりだよ」

 そんなの決まっているだろ。一々聞くな。

「突っ込む」

 愛剣<リノベスティゲーター>を抜きつつ、円盤を駆ける。起動スイッチを押し込み刃を形成して、大きく振りかぶった。

「ダク避けて!」

 サムズの声が背中を叩いた。それと同時に首筋がジリジリと火に焼かれる感覚が走った。

「スキル<川蝉時雨(かわせみしぐれ)>!」

 回避スキルによって中空へと身を躍らせながら体を捻った私の視界の外側で、危険な何科が通り過ぎた。

 回避兼、能力向上スキル<川蝉時雨>により、脚力とスタミナが一時的に上がった。しかし、今飛んで来たものは一体何だ?

「召喚された上位悪魔だ。来るぞ!」

 ぺギルの声で状況を把握。視界を広げて見れば、確かにいつの間にかローブの魔物が四体に増えていた。先刻の魔法陣から出て来たのだろうか。

 四体に増えた事で、戦力は四対四。拮抗しているように見えて、レベルもステータスも相手の方が上だ。このままでは負ける。何か手段を考えなければ。

「サムズ、射撃!」

 召喚された上位悪魔と鍔迫り合いになった双葉が叫ぶ。サムズの視線がそちらに向いた瞬間、空いていた上位悪魔が一体、サムズへ杖を向けた。

「スキル<空撃チ>!」

 柄の中で高速回転した炉から出力された刃状のエネルギーの塊を、振り抜くと同時に飛ばした。

 光の軌跡が手元から伸び、漆黒のローブを纏った魔物へと飛ぶ。

 サムズを狙って杖を掲げて隙を見せていたからか、上位悪魔の腕は光の刃によって切り落とされた。

「サムズ!」

「は、はい!」

 さっきからサムズの役割に負担が傾いている。このままでは、すぐに限界が来てしまうだろう。

 仕方ない、あまり得意じゃないがこっちで行こう。インベントリからサムズと同じデザインと性能の自動小銃を取り出し、装備を変更。私も中遠距離の援護に回る。相手は魔法を扱うファンタジー要素強めの相手だ。元からこちらの方がバランスが良かった気がするが、いかんせんウチのパーティは近距離が多めだ。それは、現実でも私たちが銃の腕に自信がないから。

「スキル<速射>」

 銃本来の射撃速度を向上させる補助スキルを宣言し、照準を定める。円盤の上に広がった魔物と仲間の乱戦の隙間に銃口を差し込み、引き金を引いた。アルマ鉛鉱製の銃弾が銃火と共に吐き出され、私は戦地にばら撒いた。

 現実世界ではまず感じる事のない硝煙の臭いが鼻腔を擽り、衝撃が肩まで広がった。空を切り裂き飛び出した銃弾の雨が、悪魔たちを襲う。

 円盤という限られたフィールドだからこそ私の腕でも当てられるのだから、私以上に銃の扱に長けたサムズは先ず外す事は無い。

「双葉は上位悪魔を。ぺギルはデアヴォルスを抑えてて!」

「なんで俺が、命令を聞いてんだ…………」

「あいつ、いつか現実でもああいう口になりますよ、警部」

「それは困る、な!」

 二人で何か言い合っているようだったが、そんな事を気にしている暇はない。さっさと召喚された悪魔を倒して、私もボスの撃破に向かわなくては。

「サムズは私と一緒に二人を援護!」

「は、はいぃ!」

 援護とは言っても限られた戦場だ。私たちも常に動き、双葉とぺギルの邪魔にならない位置から死角を潰す。

 銃撃による援護を得て、やや劣勢を拮抗状態にまで戻した事で、双葉とぺギルの高レベルプレイヤーの攻撃が決まり出した。戦鎚が悪魔の一体を叩き潰し、双葉が振るった刀の一太刀が、もう一体の悪魔の首を跳ね飛ばす。残りは召喚された上位悪魔とデアヴォルスの二体。

「って、まぁた呼ぼうとしてるし」

 召喚した上位悪魔を盾にして、ボスモンスターのデアヴォルスが銀の長槍を掲げて再度魔法陣を浮かばせた。

「スキル<装甲貫通>、スキル<火力増強>」

 火力を上げた事で、銃口から火を吐き出した小銃を構え、槍を掲げて呪文を唱えるローブへと狙いを定めた。

 引き金を絞り、照準の中心にデアヴォルスを捉えた。が、その間に上位悪魔が挟まり、こちらの狙いを遮って来る。偶然じゃない。左に位置をずらせば、悪魔も同じく動いて私とデアヴォルスの間に立つ。

 双葉とぺギルを同時に相手取り、なおかつこちらの狙いを邪魔して来るその動きは、他の召喚された悪魔とは異なって見えた。間違いなく、この個体が上位悪魔の中で一番強い。

「狙い続けろ、ダク!」

 双葉が大きく踏み込み刃を振るう。それを杖で弾き返したローブの悪魔に、ぺギルが鎚を横に振って隙を突く。サムズも狙ってはいるが、そちらも常に上位悪魔が見ている。

 私は双葉の指示通り、照準を悪魔の壁に阻まれた奥のボスに向け、息を薄く長く吐き出した。

「今だ撃て!」

 ぺギルがローブの裾目掛けて鎚を打ち込み、悪魔の姿勢が崩れた。その瞬間、私は迷わず引き金引いた。

 銃口から膨れ上がった炎が噴き出し、音を置き去りにした弾丸が炎を絡めて飛び出す。アルマ鉛鉱から精製された弾丸は、螺旋でその身を捩じりながらも一直線にデアヴォルスの頭部を貫き、柱に一点を作った。ダメージエフェクトのポリゴンがフードの内側から吹き出し、目深に被っていた漆黒のフードを跳ね上げる。その下に隠されていたのは、悪魔の名に違わぬ山羊の頭だった。角は見当たらないが、横に伸びた瞳孔が怒りに染まり、こちらを睨んでいる。

「召喚は止まった。けど、ヘッドショットよ? どんだけ体力あるのよ」

「だがこれで残りはあいつ一体だ。攻めるぞ!」

 双葉の振り下ろした刃が、上位悪魔を肩から入り切り裂き伏した。腰に下げた剣を握り、銃を放り出して駆け出す。残りは一体、だからこそ速攻で片付ける。

「スキル<電振一閃(でんしんいっせん)>!」

 抜き放つと同時にスキルを宣言、踏み込んだ体の勢いをリノベスティゲーターに乗せて一閃。刃がローブを切り裂き、内側の干からび色褪せた肉を焼きながら斬り進む。

 ――殺(と)った!

 そう思ったその考えが、私の張り詰めた意識を緩めてしまった。一瞬、瞬きすら追いつくことのない刹那の間隙、そこに差し込まれたのは、円盤の下で揺らめく怪しい炎に照らされた銀の長槍だった。

「ダク!」

 命の危険に晒された時、見える世界の時計の針はゆっくりと秒針を刻む。翻された銀光が、私の右腕を切り飛ばし、返す矛先が深々と右腿に突き立てられた。

「っぁ――ぐぁぁあああああ!」

 ――痛い、痛い痛い痛い!

 夢の中にありながら、全ての感覚が現実に近いサイバースシグマにおいて、痛覚だけは1/10に設定されている。のにもかかわらずこの痛み。

 ここが現実であったならば、きっとスカイツリーのてっぺんに私の小さな体が突き破られていたのだろう。そんな幻視が瞼の裏でチラつくくらいには、私の脳は痛覚の処理に苦労していた。

 残された震える手で銀の長槍を握り、デアヴォルスの動きを縫い止める。ここで覚醒したとしても、私はこの戦いに勝つためだけに働く。あの日、私のせいでこの世界から出る事ができなくなった同僚を助ける為、その為ならば、私は私の命を賭ける事などなんて事はない。

「スキル<一振潰砕(いっしんかいさい)>!」

 ぺギルが覇気の籠った一声と共に、視界の外から戦鎚にスキルを纏わせデアヴォルスへと叩き込まれた。

 リノベスティゲーターが突き立てられた悪魔はしかし、ぺギルの攻撃をそよ風でも受けたかのようにその場から動かない。私が抑えている銀槍を両手で握り、引き抜くことに注力していた。

 失念していた。人間を相手にするのとはわけが違うという事に。奴は痛覚は持っていないのか、一切の怯みを見せない。

「…………コイツ、ホントむかつく」

 こっちは、片腕切り落とされただけでも目が覚めそうなほど痛いのに、この魔物は胴体を斜めに切り裂かれた状態で、さらにぺギルによる一撃で頭部を半分程潰されても何ら反応を示さず、干からびた両腕で握られた槍を、私の右腿から引き抜こうと力を込めている。

「落ち着けダク、そのままだと覚醒させられるぞ」

 双葉はそういうと同時に、デアヴォルスの胴体に残された私のリノベスティゲーターの柄を握り、力の限り引き抜いた。

「合成スキル<雷霆万鈞(らいていばんきん)>!」

 二振りの剣の間で紫電が走り、二つの炉から吐き出された全てのエネルギーが衝突し、互いの力を強めて周囲に雷を落として姿を揺らした。

 視界に映ったのはたったの一瞬。一呼吸すらする間もなく、目の前にいた最上位悪魔デアヴォルスが落雷の号哭と共に紫電が乾燥して骨格に貼り付いた皮膚の上を走り、筋繊維を断ち切り、骨の髄まで焼き祓った。

「………………は?」

 目の前で起きたこの光景を、私は数秒理解できず、何度も瞬きを繰り返した。

 たった今私の腕を切り落としたその相手が、仲間のたった一つのスキルによって、今は足元で灰の山へと姿を変えていた。

「やっと終わったか…………フゥ」

 一仕事終えた。そんな雰囲気を醸し出した双葉と、私の足に治療キットを突き刺し、残体力を示すゲージに緑の液体を注ぎ込むサムズの動きを目で追い、それから理解が今に追いついた。

「これで、終わり…………」

「ああそうだ。双葉は元々、合成スキルで戦うのを前提にステータスを調整してたからな」

 ぺギルの追言で私の疑問は完全に氷解した。これで仕事は一段落。槍も手に入れた。後は戻るだけだ。

「戻る方法、聞き忘れてた」

「あっ」

「確かに…………」

「すっげぇ今更だな」

 誰もフルの転移による帰還について、聞いていないらしい。

 どうしたものか。

 銀槍を肩に乗せて考えてみるが、当然というべきか、何も手段は思い浮かばなかった。

 それどころか、さっきの痛みで、半分覚醒状態に入りかけている。このままでは、ここで覚醒してここから再開する事になってしまう。

 再開する頃には、おそらくデアヴォルスも復活しているだろう。それは嫌だ。

 ——ってか、なんで私がこのやり持ってんの? 倒したのは双葉だったじゃん。

『聖遺物<夢槍ファンタジア>を入手しました』

 視線だけでログウィンドウを表示してみれば、一番新しいログにはそう書かれていた。

「そういえば、何処でも連絡できるって言ってなかったっけ」

 ログの確認をしている間にサムズが思い出したように言った事で、私の意識もそちらに傾いた。

「ああ、あれな。それなら多分<無線通信機>で通話できるんじゃないか」

 双葉の言う通り、通信機の記録ウィンドウにはフルの名前が載せられていた。

「もしもしフルさん、聞こえてる?」

『はい聞こえています。デアヴォルスを倒した事も確認できました』

 早速通話を繋いでみれば、ワンコールで彼女は出た。

「帰還の転移をお願い。場所は私たちの拠点で」

『分かりました。その場から動かないで下さい』

 通話を切って三秒、たったそれだけで私たちは一瞬の眩い光に包まれ、視界をぐるりと回した。

「おかえりなさい皆さん」

 庁舎の部屋をそのまま近未来SFのデザインで再現した部屋の中、事務椅子に腰かけていたフルが立ち上がり、仮眠室を再現した部屋へと私たちとともに移動する。

「フルさん、これがファンタジアで間違いないのよね」

 いつの間にか、わたしの持ち物になていた聖遺物<夢槍ファンタジア>を肩に担ぎながら、眠気から目を瞬かせた。

「はい。その槍の石突をフィルチさんに当ててスキルを使用してください」

 仮眠室には、あの日以降一切目を覚ます事無く、ずっとうなされた同僚のフィルチが血の気の失せたままベッドに寝かされている。

 ベッドを囲むようにして仮眠室に集まり、私は銀の長槍の石突をフルの指示通りにフィルチの額に当て、ステータス画面で確認した固有スキルの使用を宣言した。

「固有スキル<塞消城解(さいしょうじょうかい)>」

 槍全体が眩い銀光を放ち一つの玉へと変形すると、その光球はフィルチの額へと吸い込まれて行く。それに伴い、フィルチの顔色は戻り、寝息は安定を取り戻した。苦しそうにうなされていたのも落ち着いたみたい。

「これで彼は、サイバースシグマのノーツが閉じるタイミングで目を覚ますはずです」

 これで私たちの攻略は一段階進んだ。

 ――現実に戻ろう。岸浩太郎巡査長も戻る世界に。

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