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5.島を歩く

5.島を歩く

__翌日の放課後。


「……で、どこ行くの?」


学校を出たところで、冬雪がそう聞いた。


海風が制服の裾を揺らす。


空はまだ明るく、夏の終わり特有の柔らかな青色をしていた。


星那は少し考えてから言う。


「……島、案内しようかと思って」


「案内?」


「志水くん、この島のこと全然知らないでしょ」


そう言うと、冬雪は少し笑った。


「確かに」


その笑顔を見て、星那の胸が小さく揺れる。


最近、少しずつ分かってきた。


冬雪は最初より、よく笑うようになった。


まだ静かで、どこか儚い雰囲気は変わらない。


でも。


神社へ来るたび。


一緒に帰るたび。


その表情に、人間らしい温度が増えている気がした。


「じゃあ、よろしく案内人さん」


「……なにそれ」


星那が呆れたように言うと、冬雪は少し楽しそうに目を細めた。


二人は海沿いの道を歩き始めた。


__最初に向かったのは港だった。


小さな漁港。


防波堤には釣り人が並び、船が波に揺れている。


潮の匂いが濃い。


カモメの鳴き声が空を横切る。


「……なんか落ち着くな」


冬雪が海を見ながら言った。


「東京だと、こういう音しなかった」


「波の音?」


「うん」


防波堤へ座る。


夕方の海は静かだった。


星那は隣の横顔をちらりと見る。


風に揺れる黒髪。


ぼんやり海を見る目。


やっぱり時々、

“ゆき”と重なる。


すると冬雪がぽつりと言った。


「ここ、来たことある気がする」


星那の肩が小さく揺れる。


「……また?」


「うん」


冬雪は困ったように笑った。


「最近ほんと多いな、この感じ」


そのまま海を見つめる。


「この辺の匂いとか、風とか」


静かな声。


「懐かしい」


星那は何も言えなかった。


代わりに、防波堤へ置いた手をそっと握る。


すると冬雪が突然言った。


「ラムネ飲みたくなる」


「え?」


「なんでだろ」


その瞬間。


星那の心臓が跳ねた。


__ラムネ。


八年前の祭り。


一緒に飲んだ、あの日の。


冬雪は首を傾げていた。


「炭酸苦手なのに、不思議なんだよな」


覚えてない。


でも残ってる。


記憶じゃなく。


感覚として。


星那は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……飲む?」


「売ってる?」


「この先の駄菓子屋」


「じゃあ飲みたい」


その返事が少し子どもっぽくて、星那は思わず笑ってしまう。


「なに?」


「いや、なんか」


“ゆき”みたいだ。


そう言いかけて、飲み込む。


まだ言えない。


まだ怖い。


二人は防波堤を離れ、古い商店街へ向かった。


夕方の商店街は、人が少なかった。


魚屋のおじさんが片付けをしている。


八百屋のラジオから古い歌が流れていた。


「うわ、懐かしい感じ」


冬雪が周囲を見回す。


「昭和って感じする」


「失礼」


「褒めてる」


そう言って笑う。


その笑顔を見ていると、星那の緊張が少しずつ薄れていく。


駄菓子屋へ入る。


小さな店だった。


色褪せたアイスケース。


並んだ駄菓子。


風鈴。


昔から何も変わっていない場所。


「うわ……」


冬雪が小さく目を見開く。


「すげぇ」


その反応が新鮮で、星那は少し楽しくなる。


「子どもの頃よく来てた」


「島居さんが?」


「うん」


そこで一瞬、言葉が止まる。


__“ゆき”とも来たかったな。


そんな考えが頭をよぎった。


すると冬雪が、棚の奥を見て立ち止まった。


「……これ」


手に取ったのは、青いラムネ瓶だった。


星那は息を呑む。


冬雪は瓶を見つめながら、小さく笑う。


「なんかこれ、好きな気がする」


「……気がするって」


「記憶ないのに懐かしいんだよ」


その言葉が切なかった。


店の外へ出る。


星那がラムネを開けようとすると、冬雪が言った。


「貸して」


「え?」


ぽんっ。


綺麗にビー玉が落ちる。


星那は目を見開いた。


「あれ」


冬雪も少し驚いていた。


「なんか普通にできた」


__八年前。


『……開けられない』


そう言っていたのに。


星那は思わず吹き出した。


「なに?」


「……成長したね」


「なんだそれ」


冬雪も笑う。


その瞬間。


星那の中で、何かが少し変わった。


“志水くん”。


そう呼ぶたびに感じていた距離が、

前より少しだけ近くなっている。


ラムネを飲みながら、二人は夜の海へ向かった。


空はゆっくり藍色へ変わり始めている。


防波堤の先。


波が静かに揺れていた。


「……綺麗」


冬雪が呟く。


海には、少しずつ星が映り始めていた。


まるで空が落ちていくみたいに。


「これが、“星の海”?」


星那は頷く。


「まだ星少ないけどね」


冬雪はしばらく黙って海を見ていた。


風が吹く。


静かな時間だった。


すると。


「……なぁ」


「ん?」


「島居さんってさ」


冬雪は海を見たまま言う。


「昔の俺、知ってる?」


星那の呼吸が止まる。


「え……」


「なんか最近、そう思う時ある」


静かな声。


「夢だけじゃなくて」


波の音。


遠くの灯台の光。


冬雪はゆっくり続ける。


「島居さん見てると、懐かしくなる」


胸が苦しい。


嬉しい。


怖い。


全部が混ざる。


星那は俯き、ぎゅっとラムネ瓶を握った。


まだ言えない。


“あなたがゆきなの?”


その問いを。


でも。


その代わりみたいに。


小さく口を開く。


「……冬雪くん」


言った瞬間。


自分で驚いた。


冬雪も少し目を見開く。


風が止まった気がした。


星那は慌てて視線を逸らす。


「……あ」


顔が熱い。


言ってしまった。


初めて。


“志水くん”じゃなく。


“冬雪くん”と。


冬雪は数秒黙ってから、小さく笑った。


「うん?」


その返事が優しくて。


星那の胸は、少しだけ痛かった。

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