第29話 「未来に届け」
翌朝、アーリの商店の一角には、ひときわ目を引く棚が設けられていた。そこには、前日の対戦イベントで使われたカードゲーム――『マネー・アンド・タックス・サバイバル』の簡易セットが、きれいに積み上げられていた。
「昨日の夜、徹夜で刷らせたんだよ」
アーリが得意げに言う。印刷工房の職人たちに無理を言って、夜通しで初回ロットを作らせたのだという。
開店前から数組の親子が入口に並び、商品を手に取っては、嬉しそうに笑っていた。
「アンナちゃん、すごかったね!」「うちでもやってみたい!」
カードセットの横には、黒板風の記帳ボードや税率早見表、簡易ダイス、魔工タイマー風の砂時計、獣除け装置も並べられている。
「こうなるって、最初からわかってた。教育用としても、家庭用としても、絶対に売れるってね」
アーリは、品出しをしながら満足げに笑った。
事実、その場に来ていた学校の教師や商工会の職員も、興味深そうに商品を手に取っていた。
「ゲームでここまで経済を説明できるとは……」
「いや、子どもたちが楽しんでいたのが一番すごい」
販売開始からわずか半日で、初回ロットは残りわずかとなった。
市場の片隅では、早くも「対戦の再現」を始める子どもたちの姿も見られた。
「私、アンナ役!」「じゃあ、僕はゼントだ!」
その様子を少し離れた場所から眺めながら、アーリは呟いた。
「……次は、もっと大きく仕掛ける。広場だけじゃない、町中に広めるんだよ」
そばにいた商工会の年配職員がうなずいた。
「なるほど、もう“教育”の枠を超えてきたな。町の商人も、この波に乗りたがるだろう」
こうして――“マネー・アンド・タックス・サバイバル”は、教育を超えて、社会全体に波紋を広げ始めた。
数日後には、近隣の本屋にも問い合わせが殺到した。
「子ども向けの教材として扱えないか?」という声が、学校関係者や親たちから相次いだのだ。
学校側としても、本屋からの購入という形であれば、正式な教材登録を避けられる。現場判断で導入できるこの形式は、教師たちにとってもありがたい抜け道だった。
地元の老舗書店では、早速、学習参考書コーナーの一角に「経済教育特集棚」が設けられ、『マネー・アンド・タックス・サバイバル』のセットが目立つように置かれていた。
「お金の勉強って、こういう形でもできるんだね」「ゲームなのに、勉強になってるってすごいよな」
アーリはその棚を一瞥し、わずかに目を細めた。
昔、思い描いていた商店の姿がある。従業員が普通に真面目に働いて、子どもを二人、三人と育てられる――そんな店にしたかった。だが現実は、税に追われ、人を雇うことすらままならなかった。
自分には、子どもが授からなかった。夫との間に、どれだけ願っても叶わなかった。
人使いが荒いのは自覚している。けれど、そうでもしなければ、この時代、本当に利益なんて出やしない。従業員の子どもの誕生日は必ず覚えて、休みを与えたり、ささやかな贈り物を渡したりしてきた。彼らとその家族を、自分の家族のように思ってきた。精一杯、大事にしてきたつもりだ。
売れることが目的じゃない。けれど、売れなければ広まらない。広まらなければ、届かない。税に苦しむ人たち、小さな商店、子どもを持つことすらためらう家庭――そういう人たちに、この“遊び”が届くのなら。
「……こういうのが求められてたってことさ。子どもが笑って、大人も考える。それでこそ、意味があるってもんだよ」




