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第28話「アンナの初めての商い」

 会場に一瞬、静寂が訪れる。

「では……どなたか、私と勝負してくれる方は——いませんか?」

 ゼントがそう問いかけた瞬間だった。


 誰よりも早く、ひとりの小さな手が真っ直ぐに上がった。

「はーいっ!!」


 壇上から見下ろした先にいたのは、あの少女——アンナだった。

 くりっとした目に、真剣そのものの表情。隣には、彼女の両親が立っており、笑顔でアンナに手を振っている。

 その数列ほど後ろ、ミキとノゾミの姿もあった。ノゾミはアンナを見て、ぱちぱちと拍手を送っている。


 ゼントの胸の奥が、少し熱くなった。

「アンナ!?」

 無意識に名を呼んだその呟きを、隣で聞いていたアーリが見逃すはずもなかった。


 彼女は即座にマイクを口元に寄せる。

「そこのお嬢さん! 素晴らしい挙手ありがとうございます。あなたに、今日の主役になっていただきましょう!」


 客席がざわつき、拍手が広がっていく。

 アンナは元気よく壇上に駆け上がりながら、後ろにいるノゾミに向かって、小さく手を振り返した。

 その仕草に、ゼントは自然と笑みを浮かべた。


「よし……じゃあ、今日は君が、俺の対戦相手だ」

「うんっ! ぜーったいに負けないからね!」


 そのとき、別の声が客席の端から飛んできた。

「アンナ、勝手に行ってはいかんと言うたじゃろ!」


 ヒロじいだった。ノゾミの隣で手を広げていたが、しばらく唖然としてから、ため息をついた。

「……まったく、しゃあないのう。わしもついていくわい」


 観客がくすくすと笑う中、ヒロじいはゆっくりと立ち上がり、壇上へと向かう。


 拍手が収まりきらないうちに、壇上の横から落ち着いた足音が響いた。

 登壇してきたのはライ先生だった。教師らしい穏やかな笑みを浮かべ、懐からカード束を取り出すと、ステージ中央にそっと置いた。


「アンナさんには、ここから1枚ずつ引いてもらおう。どんな商売になるかは、カード次第だ」

「はーいっ!」


 アンナが勢いよく返事をし、会場がまた温かく笑いに包まれた。


「では、役者はそろいました!」

 アーリの声が響く。

「プレイヤーは、農場の若き実務家、ゼント! そして、挑戦者は——未来の希望、アンナちゃん!」


 観客の拍手が再び沸き上がる。


 ダルの声がマイクを通さず響く。

「さあさあ、商売の火蓋が切られるぞー! マネーの行方はワールドマネープールにありっ! 本日の税率は……十五パーセントッ!!」


 アーリがマイクを持ち上げ、締める。

「では……ゼントさん、あなたのターンから、どうぞ!」


 ゆっくりと息を整え、ゼントは立ち上がった。

「はい、では自分の番になったら、宣言してカードを引きます」

「俺のターン——ドロー!」


 その口調がまるで劇中の剣士のようだったため、観客席からどっと笑い声があがる。


 ゼントがカードをひき、読み上げる。

「《焼きたてパイセット》を引きました。仕入れ価格は400、販売価格は800です。」


 同じものをライ先生が選び、壁の在庫ゾーンにかける。

「ここで、相手にも見えるように商品カードを販売ゾーンにセットします。値引き交渉もできますが……今回はしません」


 続けて、ライ先生が同じカードを壁の販売ゾーンに掲げる。

「そして、このカードの右上にある数字。これは“売りやすさ”です。数字より高い目が出れば——」


「——売れるってこと!」アンナが勢いよくかぶせて言い、観客から笑いが起きた。


「では、ダイスを振ります。……販売、成功です!」

 小さな歓声があがる中、ゼントが続けた。


「成功したら、記帳します。税と利益の計算は、別売りの商売手帳に一覧があるので——子どもと遊ぶときは便利ですよ」


 説明しているあいだに、ライ先生がゼント側の黒板に、売り上げと税額を手早く書き込んでいく。

「最後に、伏せカードをセットしてターン終了です」


「次は私ね!」

 待ってましたと言わんばかりに、アンナが前のめりになる。

 勢いよくカードを引き上げる。


「えーっと、《ふんわり綿あめセット》! 仕入れは……100、販売は……300!」

 アンナはにこにこしながら販売ゾーンにカードをセットする。

 観客にも見えるように、ライ先生が素早く同じカードを壁にセットする。


「よし、これでいくよ!」

 そして——

「ダイス、いっけー!」

 ころん。

 出た目は“2”。

「……あれ?」


 観客から小さな笑いと、拍手が起こる。

 ライ先生が補足する。「“売りやすさ”は3以上だったので、今回は売れ残りですね。商品は在庫ゾーンに戻ります」


「うーん、がっかり……でも、次は絶対売ってみせるから!」

 アンナの明るい声に、客席から応援の拍手が送られた。


 その声にヒロじいが割って入った。

「そこの人、仕入れの控除が間違っておりますぞ」


 ゼントは手元の商売手帳を見返し、顔をしかめた。

「……あっ、一行下を書いてる!」

「私としたことが!」


 観客がくすくすと笑う。

「計算は正確に。でないと、脱税を疑われますぞ。……まあ、初犯なら“うっかり”で済みますがのう」


「では次の方、どうぞ」

 観客の笑い声がさらに広がり、場がいっそう和やかになる。

 そこへダルが腕を振り上げた。


「はい、次の勝負人はどこだ~!」


 こうしてアンナの初商いは終わった。


 そのあとの対戦では、計算ミスの指摘や、魔工タイマーの登場、罠カード発動時に鳴る獣除け装置の音などが会場を盛り上げた。

 子どもたちは歓声をあげながら熱中し、観客の中には笑顔で拍手を送る親の姿もあった。


 途中、再びゼントとライ先生が対決する場面もあり、見ごたえのある勝負に、会場は一体感に包まれた。


 そして——アンナの初めての商いは、きっと誰よりもまぶしく輝いていた。


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