第22話「仕上げの大一番」
「なるほど、君たちが“あのゲーム”を考えた人たちか」
翌朝、アーリの案内で訪れた工房の打ち合わせ室には、既に一人の青年が待っていた。
眼鏡をかけた、細身のデザイナー風の男。机の上には、すでに何種類かのカード案や箱デザインのラフが広げられていた。
「この図案は、昨日の話をもとに簡易的に描いたものです」
そう言って彼が指差したカードには、「仕入れカード」「販売カード」「税カード」「イベントカード」など、色分けされた枠とアイコンが整然と並んでいた。
「すごい……もう、ここまで」
ライ先生が目を丸くする。
「姉御が『明日には形にしろ』って言うから、そりゃあもう急いで仕上げましたよ」
デザイナーが苦笑する。
ゼントは机の上に並べられたカード案を見つめた。
彩色された枠、整った図案、そして何よりも“遊べる”形に仕上がっていく過程。
それは、頭の中にあった曖昧なアイディアが、初めて現実の形を得ていく瞬間だった。
(……命が、吹き込まれていく)
ゼントは、胸の奥に小さな震えを感じていた。
「これで全部じゃないだろう。ゼント、これまで使ったカードの種類をすべてデザイナーに伝えてくれ。それから、新しいアイディアも出すんだ。先生にはこれも頼むよ」
アーリは指で空中に四角を描くようにしながら言った。
「マス目に商品のイラストがあってな、仕入れを何パーセント下げて、販売価格に何パーセント上乗せしたら、利益がいくらになるか。税としていくら取られて、手元に何が残るか……それを全部、計算済みにして表にしておく」
ライ先生が目を見開いた。
「それを?」
「一冊の冊子にするんだよ。別売りの“商売手帳”ってやつさ」
アーリは腕を組み直して続ける。
「子どもにはな、掛け算や割り算がまだうまくできないのもいる。計算が苦手な子もいる。そういうやつらでもすぐゲームになじめるように、最初から“答え”を載せてやるんだ」
「もちろん、こっちでもしっかり儲けさせてもらうけどね」
「新しいカードができたら、すぐに先生に報告して、対応するページを冊子に追加する……これは地味だけど、大事な仕事さ」
アーリが次に目を向けたのはダルだった。
「ダル、お前はカードの“細工”を頼む。魔力を込めたときにどんなエフェクトを出すか、デザイナーと相談して決めてくれ」
「さらに、魔晶石は取り外し式にする。あとで交換できるようにな」
「エフェクトを入れるのにどれくらいかかる?」
「……これくらいかかるな」
アーリは即座に眉をひそめた。
「高い。その五分の一にしないと元が取れないじゃないか。何とかしな」
「……五分の一?」
アーリは目を細めて言い放った。
「できなきゃ、紙くず同然になるよ」
「っく、やってやろうじゃねーか」
「上等だよ。さっさと始めな」
アーリは言い残して、さっさと部屋を出ていった。
――数時間後。
カードの細工、計算表の構成、ルールの調整、印刷所との連絡。
黙々と作業を続けるデザイナーと、疲れ果てた3人が机に突っ伏していた。
「……あのくそばばぁ、人使い荒いな」
ダルがぼそりと呟いたその瞬間、ドアの向こうから声が返ってくる。
「聞こえてるよ」
部屋の空気が一瞬固まった。
「誰がばばぁだって? あたしゃそんな年じゃないよ。お姉さまとお呼び、いや、お嬢様でもかまわないけどね」
一瞬の沈黙のあと、誰からともなく吹き出すような笑いがこぼれた。
ダルが机に額をつけながら笑い、ライ先生も口元を覆って肩を震わせていた。
ゼントも、疲れのなかに混じった笑いに乗せられるように、ふっと息をもらした。
にぎやかな笑い声が、ささやかだが確かに、試作品の完成に向かう空気を和らげていった。
「ほれ、紙のサンプルができたよ」
カード用の紙、模擬紙幣の紙、そして、ワールドマネープールやタックスプール、商品カード、仕入れカード、伏せカードを置くための枠が描かれた専用のボードが広げられた。
それはまるで、実戦を想定した“戦場の地図”のようだった。
目の前で、考えたことが次々と現物になっていく。
あまりにも早く、強く、止まることなく──それがアーリのやり方だった。
ダルがじっとそれを見つめたまま、口元を緩めた。
「すげぇ……俺も尊敬を込めて、姉御と呼ぶことにしたぜ」
「ふん、好きにしな」
アーリは軽く鼻を鳴らしながらそっぽを向いたが、口元の端がほんのわずかに緩んでいた。
照れ隠しのように腕を組み直したアーリは、小さく咳払いを一つ。
すっかり笑いの余韻を断ち切るように、きっぱりと口を開いた。
「よし、おおかたまとまったら、次はプロトタイプをつくるよ」
「今決まったことを全部これに書き込んでいきな」
サンプルに次々と書き込んでいき、すべてがそろう。
アーリは確認するようにそれを一通り見渡し、頷いた。
「よし、これで材料は揃った……デザイナー、ここからは“印刷直前”の状態に仕上げてくれ」
「全体のレイアウト、文字のバランス、余白、色の再確認。あんたの目で最後まで責任持って詰めてほしい」
「刷るのは明日。迷ったら、今のうちに迷いな」
「さぁ、ここからが、仕上げの大一番だよ」
アーリはニヤリと笑いながら言った。
その言葉に、場の空気がふっと引き締まる。
ライ先生が静かに頷き、ダルは拳を軽く握りしめて気合を入れる。
ゼントも、緊張とわずかな興奮を押し殺しながら、深く息を吐いた。
疲労はある。だがそれ以上に、今、何かを“形にできる”という実感が、全員の中に確かに芽生えていた。
それを合図にしたように、誰ともなく動き始めた。
ライ先生は資料の束を手に取り、価格設定と粗利、そして売値ごとのダイス確率の調整を黙々と見直していく。
ゼントは組み上がったプロトタイプを手に取り、カードの文言、構成、ルールの抜けや歪みがないかを一枚ずつ確認していく。
「工房に戻る。細工の調整を急ぐ」
ダルはそう言い残すと、すでに次の工程を思い浮かべているような足取りで、すばやく部屋をあとにした。




