第21話「全部あたしのもんだ」
「やあやあ、ゲームの坊やたちじゃないかい!」
軽やかな声とともに、ふいに肩をぽんと叩かれた。
振り返ると、くすんだ紫のチュニックに身を包んだ中年の女性が、にんまりと笑っていた。
「あ、アーリさん……」
ゼントが思わず声を漏らす。記者の姉であり、以前に市場の隅で見かけたことがある。あのとき、設営で指示を出していた人だ、軽く挨拶を交わした程度だった。
「あたしゃね、あんたたちが講演やったって聞いた時に、ピンときたのさ。そういや、あの日、市場の設営がやけに手際よかったろ? あれ、あたしが段取りつけたんだよ」
「えっ……?」
ゼントは目を見張る。確かにあの日、市場の一角が不自然なく整っていたことを思い出す。いつもの雑然とした様子とは違い、机の配置も観客の流れも計算されたようにスムーズだった。
(……あれが、この人の仕業だったのか)
「でさ」アーリはずいと身を乗り出し、声を潜める。「あんたらのゲーム、商品にしないかい?」
「えっ、商品……?」
「そ。売り物だよ。子どもが遊べるようにして、学べるようにして、店で買えるようにする。あたしゃね、そういうのが一番広がると思ってんのさ」
その言葉に、ゼントは息を呑んだ。
「開発費はあたしが出す。試作品も印刷所に伝がある。手はずはもう整ってるよ」
「……どうしてそこまで?」
「あたしゃね、売れる商品のにおいにゃ敏感なんだよ。これは、いけると踏んだのさ。」
ゼントの胸に、一瞬だけ昨日のギルドの男の顔がよぎった。けれど、アーリは何も言わず、ただおどけたように肩をすくめていた。
「ま、難しく考えなさんな。広げたいんだろ? だったら、売りな」
アーリは少し顎に手を当てて、にやりと笑った。
「あたしゃね、ただのオモチャじゃ売れないと思ってるよ。けど、“教育になる”ってひと言つけりゃ、財布の紐がゆるむ親も多いんだ」
「教育ってのはなかなかうまくいかない。こういった遊びの要素がないとね。特に商人の親が、教えたいのは“戦略”さ」
「仕入れ、売値、利ざやの感覚。どう売るか、どう残すか──子どものうちにそういうのを叩き込みたいって親、けっこういるのさ」
「商品にしちまえば、そういう連中が勝手に広げてくれる。──あんたたちが思ってるより、火のつき方は早いよ」
アーリはそこで一息つき、わざとらしく指を一本立てた。
「それと、取り分の話もしとこうかね」
ダルが身構える。
「印刷代も出すし、流通にも手をまわす。だから最初のうちは──全部、あたしがもらうよ」
「全部!?」
ダルが声を上げかけ、ゼントが軽く手を差し出して制した。
「当然だろ? リスクを背負うのは誰だい。あたしさ。利が欲しいなら、相応に動かなきゃ。これが商売ってもんだよ」
アーリはふふんと鼻を鳴らした。
「売れりゃいいさ。売れなきゃただの紙切れ。……けどあたしゃ信じてるよ、あんたたちのあのゲーム。あれには火がある」
アーリは少し目を細めた。「……それに、火がついたもんは、いずれ真似される。類似品も出るだろうし、攻略法も見つかる。だから、急ぐんだよ。売れるうちに、広げるだけ広げるのさ」
ひと呼吸おいて、少し声の調子を変える。
「ま、それはそれとして。投資が回収できたら、ここからが分配の話だ」
アーリはテーブルの上に指で円を描くようにしながら言った。
「あんたら二人でわけるんだろう、だったら私が4であんたらが6でどうだい」
「いや、俺たちは3人で分ける。もう一人商業学校の先生がいるんだ、このゲームはこの3人でつくったといっていい」
「よし、決まりだね。私が4であんたらが6。割り切れていいじゃないか」
アーリは話がまとまったと見るや、即座に立ち上がった。「よし、じゃあさっそく動くよ。あんたら、ついてきな」
気がつけば、近くの印刷所に案内されていた。古びた建物だが、内部には整理された木型と紙束が並び、印刷技師たちが黙々と作業をしていた。
「はい、こっちの紙質のが手触りがいい。こども向けには柔らかいのがいいね」「印刷は夕方までに頼むよ。明日には試作品を出したい」
「あんたらデザインはできないだろう、明日はデザイナーと打ち合わせだよ。その先生とやらもよんできな。」
アーリが次々と指示を飛ばしていく。ゼントとダルはただ呆然と、その怒涛の指示を見守るしかなかった。
「ほらほら、口開けてないで手ぇ動かすよ!」アーリの声が響く。




