第23話「売らないゲーム」
その日の午前、テストプレイを控えた控室で、アーリはサンプルセットを眺めながら黙り込んでいた。
カード、ボード、商売手帳──すべてが整っている。
だがその目は、完成した商品ではなく、その“穴”を見つめていた。
「……このゲーム、穴があるね、なぜ修正しない?」
ぽつりと漏らす。
ライ先生が横で静かに頷いた。
「その通りです。このゲームには攻略法があります。
取引が増えれば増えるほど税で吸い取られる。ですから戦略的には“動かない”ほうが合理的になる」
「わかってて、そのままにしたのかい?」
アーリの目は、ゼントに向けられていた。
ゼントはゆっくりと頷いた。
「俺も……いろいろ考えました。でも、もともとは──税が市場を冷やすってことを、肌で感じてほしかったんです。
そうして、取引をやめる選択が出てくるのも……きっと、避けられない」
言いながら、ゼントは言葉を切った。
アーリは小さく笑った。
「……それも、気づかせるためってわけかい」
「……なるほど。では売れるのは最初だけってわけだ。
火がついたと思ったら、風が吹いて消えちまう、こんな絶望的なゲーム、気づいたら商人の親も買わなくなるだろう」
そして、肩をすくめるようにして続けた。
「でも、それでもいい。“考えさせるため”の商品なら、それで上出来さ」
その言葉とともに、時計の針は午後に差し掛かる。
その日の午後、教室には子どもたちの笑い声と、緊張した空気が入り混じっていた。
机の上には、刷りたてのカードと専用ボード、それに簡易な“商売手帳”が並んでいる。
ライ先生が前に立ち、にこやかに言った。
「じゃあ、今日は特別に、新しいゲームをみんなで遊んでみよう」
歓声があがる。子どもたちの目がきらきらと輝き、カードに手を伸ばしていく。
その様子を、ゼントは少し離れた位置から見つめていた。
(始まった)
緊張というより、静かな覚悟に近い。
彼はこのゲームに、“答え”が仕込まれていることを知っている。
ただ楽しいだけじゃ終わらない。
市場が冷えること。税によって人の動きが鈍ること。そして最後には、誰も何も売らなくなる──。
それこそが、このゲームの真の姿だ。
そして、それを「感じる」ことこそが、この教材の目的だった。
楽しくカードで遊ぶ子どもたち。
カードが淡く光り、罠カードが翻るたびに歓声があがる。
計算にも熱が入り、商売手帳を手にし、夢中になっている。
ゲームに命を吹き込んでくれたデザイナーとダルに感謝だ。
だがそれは、簡単に真実へたどり着かせないための、霧のような仕掛けでもあった。
「俺のターン!」と叫ぶ子がいる。
おそらくゼントの市場での講演をみたのであろう。
商売手帳を見ながら計算を進める子どもたち。
ワールドマネープールの出納係はお金を数えて手渡す。
出納係の役も、意外と人気だった。
計算、協力、駆け引き──さまざまなことを、ゲームを通じて学ぶ子どもたち。
一緒に参加してくれている、親もわが子の成長を温かく見守っている。
おおむね好評だった。
まだゲームの構造の真意に気づいた者はいない。
だが、プレイ後、カードを片づけながら一人の子がぽつりとつぶやいた。
「……なんかさ、全然売れなかった子が、結局勝っちゃったな、なんでだろう」
ゼントはその言葉を聞き、ふっと目を細めた。
(このままでいい。わかりやすい答えより、“違和感”を持ってくれることのほうが大事だ)
子どもたちはまだ気づいていない。
だが、その芽は確かにまかれた。




