3-68 そう言えば昔そんな歌をうたったっけ
地下貯水池には一般的な平民風の服に着替えた私とセレスタン様、それに同じく平民の振りをする親衛隊さん数名とでやって来ました。
婚姻の儀を見に来ていた人たちに紛れて神殿を出られたので、疑われてはいないと思います。神殿ではソニアが私の振りをしてくれているから大丈夫。
なぜここまで気を付けているかと言うと、どこにルゥデアのスパイがいるかわからないからだとか。スパイってそこらへんにいるものなんですか、怖い。
今後はナウファル殿下死亡の報せを手土産に、また別の人がナウファル殿下の後継となってルゥデアの情報を探るのだと聞きました。こっちからもスパイ潜入をさせるということですね……怖い。
とまぁ、そういう難しい話をするためだと思うのですが、イドリース殿下はオルハン殿下たちと会議だそうです。だから私たちの護衛は親衛隊さんが数名いるだけ。
「ニャ! 聖人、よく来た!」
「ミズネコ。こんにちは」
地下へ降りるとすぐにミズネコが出迎えてくれました。
事情を説明し、地下水路から神殿の泉へ向かいたいと伝えるとミズネコは大喜び。ちょっと奇妙な踊りまで踊り始めています。大丈夫かな。
「ニャワ! 聖人にやっと水路見せられる、嬉しい!」
「楽しみだね」
水路はいくつかあって、そのどれもが主要な街へと続いているそうです。私とセレスタン様は親衛隊さんと別れ、ミズネコの案内でタルカラへ繋がる水路へ。
水が流れる横を人間が歩けるようになっていました。すごい。
ひんやりしていて、静かで。
セレスタン様には今朝、「できないこと言わないで!」なんて嫌なことを言ってしまってから、初めて二人きりになるので……ちょっと気まずいです。
ミズネコ、何か喋ってくれないかなーなんて思っていたら、セレスタン様のほうが先に口を開きました。
「ブノワは無事だった。ジゼルのおかげだ、ありがとう」
「いえ! 私がしたくてしたことなので」
両手を振って精一杯気にしないでとアピールしたのですけど、そこでふと気になることが。
「そういえば、今回は治癒の力を使うのを止めなかったですね。やっぱりブノワさんのことがあったからですか? あ、でも一度は止められたような……」
「ん? いや、それは杖が――」
「生ーまれかわーるなぁらーどーこーがいいー」
調子っぱずれなミズネコの歌がセレスタン様の言葉を遮ってしまいました。
あまりにも気持ちよさそうに歌うので、ついつい聞いてしまいます。
「魚がおいしくてー川がたーくさんあってぇー」
あれ。この歌詞ってなんでしょう。何か引っ掛かります。聞いたことがあるというか、どちらかと言うと……。
「もーっと涼しくーてー平ぃ和ぁーな国がいいーだけどだーけど本当はー」
「「あなたのそばならどこでもいい」」
私とセレスタン様の声が重なりました。
ハッとして彼を見上げると、まん丸になったスミレ色の瞳と視線がぶつかって。
「まさか」
こぼれ落ちた言葉はセレスタン様に届いたでしょうか。
この歌は元々、ただの子守歌でした。しかもちゃんとした歌詞やメロディなんかなくて、ヌーラが双子を寝かせるときに適当に歌って聞かせたものです。
エドリスと一緒に寝かしつけをするときには、ふたりで合唱したっけ。この頃にはもう、夫婦で違う道を生きることについて話し始めていたと思います。だから来世への願いを歌にしてしまったんでしょうね。
「ヌーラ」
セレスタン様の声はかすれていました。私もまた、緊張で声が出ない。
「エド……エドリス? 思い出したの?」
「俺がわかるのか」
「わかるもなにも……前世を覚えてないのはセレスタン様のほうだと」
「君はいつ?」
「ハッキリそうだと理解したのは砂漠で。でもタルカークに来たその日から、あなたの夢ばかり見てた」
「夢……」
セレスタン様はそう呟いたかと思うと、クククっとお腹を抱えて笑い出してしまいました。一体何が可笑しいのか全然わからないんですけども。
ミズネコはそんな私たちを見上げながら、でもちょっと嬉しそうにニコニコしています。平たい尻尾がゆらりゆらりと揺れて可愛い。
「以前ジゼルが寝言で俺の名前を呼んだことがあった」
「えぇっ!」
「それをイドリース殿下と聞き間違えてしまったのが、全ての始まりだな」
「砂漠でも聞き間違えてましたよね。あのとき私、セレスタン様がエドリスだって確信して、それが本当に本当に嬉しくてホッとし――」
慌てて両手で口を塞ぎました。
夫の生まれ変わりで嬉しかったって、コレ、告白になっちゃいませんか。あばばば。
セレスタン様は慌てる私の背中に優しく手を回し、頭の上に顎を載せます。そうです私の頭頂部は顎置き場です。
「俺がエドリスで喜んでくれたのか」
ポチャンと水音がして、視線だけ動かして確認するとミズネコの姿が見えなくなっていました。なんか水面から耳だけ出てる。
「そう……ですね。嬉しかった。すごく。だけど私は」
「俺は『だけど』じゃなくて『だから』が聞きたい。言ったろ、君の望みはなんだって俺が全力で叶えるって。ジゼルはどうしたい?」
「私……」
「いや、すまない。やっぱり待ってくれ。俺から先に言わせてほしい」
身体を離したセレスタン様は真っ直ぐ私を見つめます。真剣な眼差しで、耳の先がほんのり赤くて。
「ジゼル」
「はい」
セレスタン様はその場に跪き、いつかの夜のように私の手を取りました。




