3-67 言うは易く行うは難し、じゃないかなぁ
婚姻の儀の直前に挨拶のため伺った王族用のお部屋へ、また戻って来ました。
オルハン、ビビアナ両殿下のほか、イドリース殿下にハラーク公爵といつものメンバーが勢ぞろいです。が、さらにナウファル殿下とネルミーン姫までいらっしゃいます。
もちろんふたりとも手足を拘束されているけれど、イドリース殿下が見張っているだけで親衛隊の姿は他にありません。
オルハン殿下はいつものように穏やかに笑いながら、ナウファル殿下を手で指し示しました。
「思うところがある者もいるだろうが、心情的には彼らを許したいんだ」
「そ、そりゃあエヴレンを殺してないってんなら俺はいいけどよ……」
「国を想う心も、明晰な頭脳も、失われるのは惜しい。しかし一方で、叔父上は死なねばならない。それだけのことをしているからね」
「だから天意の泉に突っ込むんだろ。運を天に任せるってやつだ」
ハラーク公爵もイドリース殿下も、何を言ってるんだってお顔で首を傾げます。でもセレスタン様は難しいお顔で何か考え事でもしているみたい。
そのセレスタン様が難しいお顔のまま手を挙げました。
「発言しても?」
「構わないよ」
「私は彼の魔術を危険視しています。薬の効果ありきとはいえ、大衆をあれだけ狂乱させられるような魔術は恐ろしい。他にも危険な魔術を扱えるのではないですか?」
「おいおいセレスタン、だから叔父貴は殺すって話なんだろ?」
「違うよ、イドリース。生かすための相談をしているんだ。セレスタンは理解していたみたいだね」
あらためてオルハン殿下が今回の計画を説明してくれました。
表向きには死ぬ必要がある。けれど、その頭脳と行動力を国のために使ってもらいたい。だから、陰で生きてもらいたいのだ、と。
それを聞いてネルミーン姫は泣き出してしまいました。わかります、好きな人には生きていてほしいですよね。
うんうん、と頷いているとオルハン殿下が急に私の名を呼びました。びっくり。
「ジゼル」
「ひゃいっ」
「聖女の力で魔力を封じることはできるだろうか」
「えぇと。どどどど、どうでしょうか……。ちょっと精霊に聞いてみます」
そもそも魔力どころか自分の力についても知らないことのほうが多いのに。
ヌーラの記憶が戻ったと言っても、長い時間をかけて研究してきた現代の魔術師のほうが詳しいに決まってるし。
でもそう言えば、ルサーリィ聖騎士会の魔術師さんって魔術研究が趣味って言っていたような。リトンの街に、大聖樹の枝を持ってきたお喋りな白ローブの人がそれです。彼に聞いたら何かわかるでしょうか。
うーんと唸る私に、トカゲの形をした精霊が短い手をぶんぶん振りました。
『デキルデショ!』
「え? そうだっけ?」
『ヌーラ ホリョ マホウ ツカエナクシタ』
あー。そうでしたっけ、そうだったかも?
私と違ってヌーラは戦場にもいたから、より実践的な技術を持っていたのは確かです。私はその大半をまだ思い出せずにいるけれど。
半信半疑で儀仗杖を構え、ナウファル殿下の前に立ちます。トカゲ型の精霊が彼の身体をよじ登り、首元に貼りつきました。
『メイジテ』
「うん。――精霊よ」
呼び掛けに応えるように杖が淡く光ります。
「この者が二度と人々を悲しませないよう、魔術の発動を封じて」
言い終えるや否や、トカゲがナウファル殿下の首をくるっと一周し、弾けて消えました。キラキラの残滓が首から落ちて消えていきます。
同時に杖の光も消え、まるで何もなかったかのよう。
イドリース殿下は口をポカンと開けて私とナウファル殿下を見比べました。
「これで終わりか?」
「たぶん?」
「たぶんって。叔父貴は魔術使えなくなったのか?」
「……ええ、そのようですね。この手枷を外そうと試みましたが、魔術の詠唱が阻害されました」
「まじかよ」
結局のところ、これはナウファル殿下の自己申告に過ぎません。あとはもう彼を信じるしかないでしょうね。
ふらつく身体をセレスタン様が支えてくれました。杖があるとはいえ、今日はすごくマナを使ってしまいましたね。ほのかに頭痛も感じるし、大人しく支えてもらっておきましょう。
魔術の封印に凄い凄いと盛り上がっていたのが落ち着いた頃、オルハン殿下が再び口を開きます。
「懸念を払しょくできたところで、提案だ。ふたりには生きて泉を抜け、私の秘剣として生きてもらいたい。ほとぼりが冷めるまでは北の地へ向かい、ルルを捜すのもいいだろう」
「非才が生きて北に……?」
「ふたりとも王族ではなくなるけど」
「そんなこと全く問題ではありませんわ! ナウファル殿下の命をお助けいただけるなら!」
満足そうに頷いて、オルハン殿下はセレスタン様へと向き直りました。
「そこでまた相談がある。セレスタンはあの泉に抜け道があると言ったね?」
「はい。例の魔獣、ミズネコの案内で」
「セレスタンにはミズネコの協力を仲立ちしてもらいたいと思っているんだ。それともうひとつ。私たち以外の人間、これは元老院や我が国に入り込んでいるであろう他国の間諜らと言う意味だが……。彼らには二人が神の裁定によって泉で死んだと信じさせたい。そのために男女の亡き骸を泉から運び出したいんだ」
オルハン殿下が言うには、離宮や神殿から誰にも見つからず誰かを逃がすのは難しいとのこと。だからおふたりには泉の抜け道から逃げてもらうほうがいい。
でも「遺体が運ばれた」という事実は作っておきたい、と悩んでおられるそう。
「死体を見繕ってくればいいか? でも誰にも見られねぇように運び入れるのは至難の業だぜ。その抜け道ってのから運ぶのか?」
「体験談から言いますと、泉の中の抜け道は細く、遺体のような大きな荷を通すことは不可能です」
「だが、生きた人間なら通れるね?」
顔を見合わせる私たち。オルハン殿下が何を言いたいのか理解すると同時に、イドリース殿下がのけぞりました。
「お、俺が死体役やりゃいいのかっ?」
「イドリースは駄目だね。体格が良すぎて叔父上の代わりにならない」
「即答かよ」
「この中で叔父上と体格が近いのはセレスタンかな。ネルミーン姫の代わりはジゼルがいい。髪色が似ているからね」
なんだか最初からこうするって決めてたんじゃないかってくらい、やや強引に配役が決まりました。
まずはナウファル殿下とネルミーン姫が泉へと連行され、私とセレスタン様はミズネコの案内で水路から泉へ。
そこで交代して、私とセレスタン様が遺体として運ばれる間に、おふたりがミズネコと一緒に逃げるという手筈です。ミズネコが暮らす地下貯水池におふたりの着替えや路銀を用意しておけば、この計画自体は難なく実行できるでしょう。
時間はお昼を過ぎたばかり。善は急げと準備に取り掛かるのでした。




