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フラグ(前編)




 里見の忠告のおかげが、リーナは授業中、大人しくしていて、俺は久しぶりに穏やかな心で午前の授業を受けられた。

 一昨日と昨日とともに受けられなかった授業があったが、それは里見にノートを見せてもらって乗り切った。

 そんなわけで、つつがなく授業が終わって俺は昼休みを迎えた。

 里見の言っていたことが少し気になって授業の内容がところどころ耳を素通りしていたほど、俺は気になっているのだ、新しく作るというクラブとやらを。


 「で、里見、クラ────」

 「待って、火脆木君。話は誰もいないところでしたいと言っていたよね」

 「あ、ああ、そうだったな」


 気がせいてしまった。

 流石にチャイムが鳴ってすぐは早すぎたようだ。


 「ナイショの話をするのに、いい場所を知っているんだ」

 「ほぉ〜」


 俺はこの学校の大まかな作りしか把握していなかったが、里見はどうやら探索しているらしい。

 俺も小中学生のときはしていたが、それが普通ではないと知ってからやめた。


 「その響きいいですよねっ。なんだか、乙女みたいですっ」

 「お、乙女っ?」


 授業の用意を机にしまったリーナが言った言葉に里見が聞き返した。


 「はいっ‼︎ 誰もいない空き教室。そこで待つ、少女。そして、遅れてきた一人の青年。きゃあっ♡」


 ………………………………一人で盛り上がって一人で完結してやがる。


 「……………………少女漫画が好きなんだね」

 「はいっ。大好きですっ。少女漫画を読むために日本語を勉強しましたからっ‼︎」

 「まじか」


 母親と話していて日本語が話せるようになったと思っていたが、ちがったのか。

 ここまで流暢に話せるようになるとはな……………………よく知らんが、少女漫画、恐るべし。

 

 「すごいね。というか、本当にいるんだね、日本語版のアニメとか漫画を楽しむために日本語を独学で習得する人」


 里見が今まで存在は知っていたが、目にしたことはなかったものに出会った学者のような目つきでまじまじとリーナを見ていたが、ふと時計を見て


 「あっ、それより、早く行くよ。時間がなくなっちゃうよ」


 少し慌てたように言った。


 「おう、そうだな」

 「そうでしたっ、ごめんなさいでした」

 「いや、謝るほどのことじゃないよ」


 ペコリと頭を下げたリーナに言って里見は歩き出した。

 教室を出て階段を下り、渡り廊下で別校舎に入ると、そこが目的地だったようで、里見が足を止めた。


 「理科実験室……………………」


 目の前にあったのは『理科実験室』のプレートが上に貼ってある扉だった。


 「そう、ここが目的地」

 「おい、まずくないか」


 普通に入ろうとした里見の肩を掴んで止めた。

 確かに普通は大好きだが、好きなものだからこそ使用上の注意はしているのだ。


 「何がまずいの?」

 「いや、見つかったらまずいんじゃないか? てか、鍵がかかってんじゃないのか」


 普通をよく知る俺は知っているぞっ‼︎

 普通ならば実験室には防犯上の理由で扉が必ず閉められているのだっ‼︎


 「見つからなければいいし、鍵は持ってるから」

 「………………………………はっ?」


 なんで、普通に持ってるんだ?


 「ダーリンは細かいことを気にし過ぎですっ」


 と、唖然としていると、リーナが俺の腕を抱きつくように掴んで引っ張っていった。


 「いや、違うと思うぞ。お前らが気にしなさ過ぎなんだ」

 「まあ、心配するのはわかるけど、大丈夫だよ」


 一応周囲を見て、見ている人がいないか確認してから鍵を開けた里見は扉を開けて中に入りながら言った。

 その里見はどこか勝手知ったる感じで、電気をつけて、机の上のホコリを払っていた。


 「なんで言い切れる」

 「だって、ボクが火脆木君とずっと出会うまで使っていた場所だからね。その間一度も怒られたことないよ」

 「そうなのか………………………………」


 だから、慣れている感じなのか。

 なら、大丈夫なの、か?


 「だから、早く行きましょっ、ダーリン」

 「お、おい」


 と、悩む俺をリーナが問答無用に部屋に引っ張り込んで扉を閉めた。


 「お邪魔しーます……………………うん、誰もいないみたいですね。ふふっ、なんかワクワクしますね」

 「だね」

 「ワクワクできるわけねぇだろ」


 実験に使う広くて分厚い机に、里見の対面にリーナ並んで座った。

 しかし、この部屋に来るのは久しぶりだ。

 中学の頃は何回も実験室に行ったが、高校になるとめっきり授業で行かなくなるな。

 窓には暗幕がかけられていて、外から見られないから確かに内緒話にはうってつけなのかもしれない。


 「うん、それどうしたの? そういえば、火脆木くんはいつも購買だっ火脆木君はいつも購買だったと思うけど」


 里見が俺が机に置いた弁当箱を見て訊いてきた。


 「ああ、これは────」

 「私が、ダーリンのために作ったのですっ‼︎‼︎」

 「えっ! リーナちゃんがっ?」


 それに答えようとした俺を、どう偉いでしょっ‼︎、という感じで身を乗り出して、言った。

 あれだ。

 投げたボールを取って帰ってきた犬みたいだ。

 尻尾があったら、ばっさばっさ揺れてそうだ。


 「はいっ‼︎‼︎」

 「そうなんだが……………………そこはかとなく不安なんだ」


 普通に持ってきてしまったが、食べられのか今更めく不安になってきた。


 「ええっ‼︎‼︎ ダーリン、ひどいですっ‼︎! 開けて見てくださいっ‼︎‼︎」

 「そうだね、それは少し可愛そうだよ、火脆木君」

 「うん、そうなんだろうが」


 不安なのは致し方ないだろ。

 リーナが俺にもたらしたもののを思い返せば、自然と落ち着かない気分になる。


 「でも、今回は良かったけど、これからは皆がいるところで火脆木君に渡しちゃだめだよ」

 「ええっ、なんでですかっ」

 「リーナちゃんはわかっていないけれど、リーナちゃんはもうこの学校でもほとんどの生徒が知っている有名人なんだからね。火脆木くんを妬んている人は多いんだから、刺激するようなことは控えないと」


 …………まじか。

 俺が妬まれていたのは自覚しているが、そこまでこいつが有名だったとは……………………。


 「えっ、そうなんですか……………………」

 「僕のリサーチによるとだけどね。今はリーナちゃんが悲しむことがわかっているから火脆木君に手を出す人はいないけれど、それでもまだ均衡状態だよ。何かの拍子に火脆木君の怒りが爆発して良からぬことが起きるかもしれない」


 お、おい………………………………なんか、すごい物騒なことになってないか。


 「…………………………………………俺も、ついに有名になってしまったのか」


 くっ……………………こうなることはわかっていたが、有名という言葉を聞くと、胃がムカムカするぜっ。


 「火脆木君は何か勘違いしているようだけど、はじめから有名人だったから心配しなていいよ」

 「はっ、ちょっと待て、俺がはじめか────」

 「じゃあ、食べながら本題に入ろうか」


 唐突に里見がなぜか冷たく言い放った言葉を聞き返そうとしたが、まるで取り合ってもらえなかった。

 そこまで怒ってないようだが、何か怒らせることを言っただろうか?


 「はーい」

 「……………………わかった」


 まあ、考えたところでわからないだろう、と結論づけた俺は、二人に続いて弁当を開けた。


 「おおっ」

 「へぇ〜すごい家庭的だね」


 その中身に声を上げた俺につられて里見が弁当を覗き込んできた。

 その里見の言うとおりで、二段になっていた弁当は、一段目が全部白ご飯、二段目がおかずという構成。

 おかずもウィンナー、ブロッコリー、一口ハンバーグとかなりそれっぽい。


 「そうなんですっ‼ ママに教えてもらいましたからっ」

 「そうなのか……………………うむっ、うまいな」


 味も美味しい。

 妹が作った朝食を食べたときとは違う感動があった。


 「やったっ‼︎‼︎」


 その俺の褒め言葉にリーナはガッツポーズをして素直に喜びを顕にした。


 「じゃあ、話すけどいいかな?」

 「あっ、はい」

 「おう」


 それで一段落したのを見て里見が切り出し、俺たちは頷いた。


 「まず、ボクは新しいクラブを作ると言ったけど、目的は他でもなく君たち二人に『主人公補正』のこと、ひいては二次元のことを知ってもらって、『フラグを折る』方法を知ってもらうことなんだ」

 「『フラグを折る』?」


 なんだ、それは? 

 フラグということは、旗?


 「そう。フラグというのは、つまり布石。作者が読者に何かを暗示させるために用いるものだね」

 「はぁ?」


 旗じゃないのか?


 「?」


 俺と同じ疑問を持ったのかリーナも首を傾げている。

 英語を知っているだけに不思議なんだろう。


 「ふむ。そこからの説明がいるみたいだね。じゃあ、簡単な例を言うね」


 そんな俺たちを見て、レベルを見切った感じの里見が話を続けた。


 「場所は戦場の真っ只中。登場人物は主人公の軍曹とその部下の二人。さて、ここからが問題。その部下が軍曹にこう言いました、『俺は帰ったら、結婚すると決めているやつがいるんです』、と。では、このあとこの部下はどうなるでしょう」

 「…………………………………………とんちか?」


 情報量が少なすぎないか?

 まず、どこの戦場で、その二人はどの軍に所属する軍人で、どんな敵と戦っているのかさえわからないではないか。

 てか、『俺は帰ったら、結婚すると決めているやつがいるんです』という部分はいらないから、戦場が劣勢なのか優勢なのかを教えてくれれば、その部下が生還できるか判断は少しはつくだろ。

 と、考えていると、俯いて必死そうに考えたリーナが何かを思いついたようだった。


 「う〜〜ん……………………わかった‼︎ 帰ったらもうその女性は他の人と付き合っていて、ショックを受けるけど、その人の笑顔を見て諦めがついた部下さんは一人でしょんぼりしていた。しかしっ、実はその部下さんをずっと好きな人がいて、勇気を振り絞って告白すると、それで部下さんが本当の愛に気付かされて晴れて結ばれるんですよねっ‼︎‼︎‼︎」


 最後に、ドヤッ、という感じにふんすと胸を張って言い切った。

 しかし、それと打って変わって里見は冷めていた。


 「考えている時点でわかっていたけど………………………………人の話聞いてる、リーナちゃん? それ、部下が主人公になってるから。軍曹さんが途中から存在消えてるよ」

 「あっ、そうでした」


 俺も聞いているうち気付いたぞ。


 「たくっ、まあ、俺もわかったがな」

 「……………………期待しないけれど、一応聞いてあげるよ」


 ふん、生意気なっ‼︎‼︎

 たとえ親友とは言え、許さんっ‼︎‼︎

 我の普通の力を見く吠えづら書かせてやるっ‼︎‼︎


 「『俺は帰ったら、結婚すると決めているやつがいるんです』というセリフを俺は蛇足と考えていたが、実はこれに意味があるんだろ?」

 「へぇー…………そう、その通りだよ」


 俺の推測に少し里見が目を見開いたのを俺は見逃さなかった。

 ふっ、驚くのはまだ早いぜ。


 「そんなことを言われれば上官は普通、部下を生きて帰らせたいと思うはずだっ‼︎ ならば、答えは一つしかないっ‼︎‼︎ 軍曹が部下に放たれた弾丸をその身で防いで命を落とすが、部下は無事終戦を迎え、晴れて約束の女と結ばれるんだろっ‼︎‼︎」


 俺の普通という絶対普遍の視点からの絶対なる推理っ‼︎‼︎

 外れるはずがないっ‼︎‼︎‼︎


 「逆」

 「………………………………へっ?」

 「惜しいけど、完全に逆」


 言葉を受け入れられていない俺に念を押すように里見が冷たい声で突きつけるように言う。


 「な、なんだと……………………」

 「普通は部下が死ぬんだよ、この場合」

 「ど、どうしてですか……………………残された女の人が可哀想です」


 リーナが我がごとのように悲しげな顔をする。


 「まあ、そうだけど、それが様式美なんだよね。で、軍曹が部下の遺品とか手紙をその女性のところに持っていくことまでがワンセットなんだよ」

 「……………………そうなのか」

 「他には、サスペンスで『殺人者がいるとこにいられるかっ‼︎‼︎ 俺は帰るぞっ‼︎‼︎」って言った人がまっさきに死んだり、バトル漫画で大技を決めて『やったかっ』と言ったら敵は無傷だったりするとかだね」

 「ふむ……………………なんとなく、わかったぞ」


 つまりは、囲碁の定石みたいなものか。


 「……………………普通は考えなくてもわかるんだけどね」

 「なにっ‼︎ ……………………俺もまだ精進が足りないな」


 俺のしたことが、里見に普通の底知れない深さを諭されるとは………………………………。

 普通とは極めれば極めるほど深くなる。

 まさに、マリアナ海溝のごとし。


 「そういう問題じゃないよ、火脆木君」


 里見がなんか言っていたが俺の耳には入らなかった。


 


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