妹とはやはり分かり合えぬもの
その日の夜は、ちょっと奮発したような夕食──勿論、美味しくて泣きかけた──を食べ、風呂に入り、明日の用意をして、寝た。
のだが、妹はよほどエリーが気に入ったらしく、その全てをエリーとしていた。
ご飯を食べさせ、一緒に皿洗いをし、風呂にも入り、ドライヤーをかけてやり、そして同じベッドに寝るのだそうだ。
………………………………新しい妹ができたというよりかは────いや、よそう。これ以上はダメだ。
この先はきっと地雷原だ。
そうして、翌日を迎え、昨日よりかは少しだけグレードの下がった朝食を食べた。
妹いわく、昨日の夕食、朝食は俺に料理ができることを見せるためのメニューだったそうな。
そうならば、かなり功を奏していると言えよう。なぜなら、俺はもうご飯に関して全幅の信頼を置いている……………………恥ずかしいからそんなこと面と向かっては言わないがな。
それに、言ったって嫌味が返ってくるだけだろうし。
「少しでも遅れそうになったら電話するから心配して泣いたりするなよ」
「泣いとらんわいっ‼︎‼︎」
「おお、おお、そうだったな」
「全然思っとらんじゃろうっ‼︎‼︎」
で、今は支度を終えて出かけているところだ。
しかし、こんなにからかい甲斐のある神はどうだろうか?
まあ、可愛いからいいか。
「じゃあ、行ってくる」
「もう、帰ってこんで良いわっ‼︎」
「えっ? いいのか?」
「へっ……………………帰ってこんつもりなのか?」
そんな急に悲壮な顔になるなよ。
冗談に決まってるだろうが。
「なわけがないだろう。できるだけ早く帰ってきてやるよ」
「なっ‼︎ やはり、帰ってくるなっ‼︎‼︎」
「へいへい」
エリーの怒鳴り声を受け流しながら玄関を出ようとしたところで、気付いた。
「おい、夏海。どうした?」
妹が何か思い詰めたように俯いたまま、固まっているのだ。
「ん? えっ、ああ、行ってくるね、エリー」
「うむっ! 行ってらっしゃいなのじゃっ!」
俺の声でやっと我に返った妹がエリーと言葉を交わして、俺たちは家を出た。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
そして、すぐに俺たちの間に沈黙の空間が生まれた。
お互い隣り合って歩いているにもかかわらず、お互い存在しないように振る舞っている。俺が話しかけてもいいのだが、きつい返しがありそうで、ためらわれる。
それに、話しかけてこないということは話したくないという意思表示に違いない。 ならば、ここは甘んじて無言の圧力に耐えよう。
「ねぇ、お兄ちゃん」
と、決意した俺を裏切って、妹が前を見据えたまま話しかけてきた。
…………ふむっ、異なことがあるものだ。
「なんだ、妹?」
「………………………………な、なんか変わった……って、感じない?」
「……………………?」
まず、何がだ?
日本語文法は省略が多用されることは普通であると認めるところだが、その省略は省略された語が明らかであるときに使うのが普通の用例なのであって、明らかでないときに使うのは普通じゃない。
そして、残念ながら、俺は普通じゃないことには全くもって暗いから、妹よ、お前の言っていることは普通の俺にはわからない。
「まず、何が変わったのかを教えてくれないか?」
しかし、だからといって、妹のフリを無にするのは心苦しい。
「っ……………………見て、わかんない? それとも何も見えてない?」
「見えているだろ。だが、お前の言っていることは何なのかわからないぞ」
「うっ……………………あ、あた────あたしに訊かないでよっ、ばかっ‼︎‼︎」
唐突に暴言を吐かれてそっぽを向かれた。
ちょっと、えええええええ。
なんだ? 俺が何をしたっていうんだ。
これがあれか。キレる若者ってやつかっ。
「おい、いきなり怒るなよ」
「はっ? 怒ってないし」
「いや、完全に怒ってるだろ」
誰がどう見ても怒ってるだろ。
「うるさいっ。それともなに? あたしがお兄ちゃんのせいで怒っていると思ってるの? 何それ、キモい。あたしがお兄ちゃんなんかに心を乱されるわけないし。それに、知ってる? 愛の反対は無関心なんだって」
「……………………はっ! てめぇ! キモいとは何だキモイとはっ‼︎ 俺は至って普通だぞっ‼︎ 発言を撤回しろっ‼︎」
ふざけてるのかっ!
今思ったが、「キモい」=「普通じゃない」、ということじゃないかっ‼︎‼︎
冗談じゃないぞっ‼︎‼︎
前回言ったときのも含めて撤回しろっ‼︎
「そういうところを言ってるのっ‼︎ もっと他に追及するところあったじゃんっ‼︎‼︎ なんで、そこを追及するのよっ‼︎‼︎」
「当たり前だろっ‼︎ 今、俺は異常事態の中にいるっ! この能力がある限り俺は普通の生活には戻れないっ‼︎ ならば────」
「わかった、わかったから黙ってっ‼︎ みんなが見てるからっ‼︎‼︎」
ん? おおっ、確かに見ているな。
熱くなって周りが見えてなかった。
「はぁ、はぁ、ほんとやってらんない」
「ああ、そうか」
息を上がらせて項垂れる敗北車である妹に言った。
自業自得だ。
これでまた、俺が普通であると証明されたわけだ。
この積み重ねが────
「ダーリンっ‼︎‼︎」
ええっと、なんだったっけ。
昨日と同じ場所で、ニコニコとしながら手を振る災厄がこちらにスキップしながらやってきた。
「っ‼︎ また、あなたですかっ‼︎」
「それはこっちのセリフですっ‼︎」
「いいえっ。こちらのセリフですっ!」
「むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「はいはい、そこまでだ」
目立ちたくないくせに、目立つようなことをするなよ。
「あっ、ダーリンっ! 今日はいいものがあるんですっ‼︎」
「ん?」
すると、睨み合いをやめてすぐにリーナが満面の笑みを浮かべて擦り寄ってきた。
「ふふん、なんだと思いますか?」
「……………………普通なものか?」
「はいっ、勿論ですっ‼︎‼︎」
「ほうっ‼︎」
なんと良きかなっ!
やはり、普通は積み重ねが大切だな。
トラブルばかり持ち込むやつだが、時には気が利くじゃないかっ。
「なんなんだ?」
「ふふふっ、これですっ!」
リーナがカバンから、ジャーン、という声とともに取り出したものを俺に突きつけた。
「弁当でーすっ‼︎」
「…………ん?」
「っ‼︎‼︎」
弁当?
「弁当は、普通なものなのか?」
「はいっ、だって、私たち恋人同士ではありませんかっ」
もう言わせないでくださいよ、とか言ってリーナが体をくねらせている。
恋人から弁当を貰う………………………………確かに、普通なのか?
「恋人に弁当を作るのは普通だと日本の本に書いてましたっ!」
「日本の本?」
「はいっ。えーっと、少女漫画、でしたっけ」
リーナが顎に人差し指を当てながら言った。
少女漫画か……………………全く読んだことがないから解からんぞ。
しかし、たしかにそんな気が────いやっ、待てっ‼︎
「まず、俺とお前がいつから付き合うことになったっ‼︎‼︎ 俺は認めた覚えがないぞっ‼︎‼︎」
断じてっ‼︎‼︎
「えっ? でも、昨日、私にすべてを明かしてくれたのは愛と信頼の証ではないのですか?」
「違うっ‼︎ 信頼はしている────が、愛してはいないぞっ。ほら、妹よ。何か言ってやれ」
俺はそばでいつからか黙り込んでいる妹に言った。
こういうときこそお前の歯に衣着せぬ言葉が有用になるんだろう。
「はっ? あたしに振らないでよ。貰えばいいじゃん」
「えっ…………いや、どうしたんだよ、夏海?」
妹が、なぜだろう、すごくグレたギャルに見えてきたんだが。
「どうもないから。それより貰ってあげればいいじゃん。それで自慢しまくればいいじゃんっ!」
「はっ、なんでまたキレてんだよっ‼︎」
「キレてないしっ‼︎ あたしになんかかまってないで、可愛い恋人にかまったらっ? じゃあ、あたし行くから」
「お、おい、待てよ」
手を伸ばそうとしたが、それを妹は躱して、そのままずんずんと歩いて行っしまった。
何なんだ、あいつ。情緒不安定かよ。
その背中を見ながら、俺は心の中で毒づいた────何も知らないままに。




