まさかな…………。
それから、二巻目の半分まで読んだところで午後の授業が終わり、俺は保健室を出て鍵を締めると、それを職員室に持っていった。
そのまま、職員室を出ようとした俺を見付けた担任の花柳に呼び止められた。
「大丈夫なのか?」
「ええ、まあ。それなりに元気になりましたよ」
デスクのそばに呼ばれて、呑気そうに爪にヤスリをかけている花柳に言った。
まあ、四時限分の時間寝て、三時限分の時間ラノベを読めば、誰だってそれなりに元気になるだろうな。
「そうか…………本当に大丈夫なんだな?」
「? …………ええ、多分」
こちらに視線をやって静かに見詰めてくる花柳に戸惑いながら答えた。
思えば、花柳にいつもの覇気がないように感じる。
二日連続で遅刻やら全時限をサボったりすれば、花柳の愚痴80%の説教が始まってもおかしくないんだよな。
「……………………両親が北海道に赴任したんだって?」
「っ、な、なんでそれを?」
俺の返事を聞いてからも目を話さず、無言で見詰めていた花柳が、前触れなく口を開いた。
その口から出てきた言葉は想定外のものだ。
「鴉駕がオマエが倒れたのは過労だって言うからさ、オマエの妹さんに訊いて、ご両親に連絡を取ったんだ」
「そうですか……………………」
妹からなら、大丈夫か。
それ以外ところから漏れたいたのだったら、ヒヤッとしたところだった。
「だけどよ」
「?」
「さすがに、それだけのことじゃここまでのことにはならねぇと思うんだ」
「はぁ…………?」
「オマエ、前から抱え込んでいたんじゃねえか、と思ってよ。鴉駕も、オマエが何か大きなものを抱えているって言ってたぞ」
話が少し予想と違う方向へ進み始めたとおもったが、そういうことか。
鴉駕が最後に言っていた用事っていうのは、このことを花柳に伝えるということだったのか?
俺が花柳に対してなら心を開いて話せると思ったのかもしれない。
がしかし、花柳にもこれは明かせない。
「あっ……………………いや、別にそんな大きなことじゃないですよ」
「それはオレにも言えないことか?」
「………………………………そうですね」
真剣な表情の花柳に少し心が動きそうだったが、堪えて隠し通した。
本当のことを言ったって、大人は多分聞く耳も持たないだろう。
持ったとしても、真剣に病院に行くことを進められるのがオチだ。
きっとそれは花柳もそうなのだ。
俺の決意を目から読み取ったのか、花柳は見たことのない儚い笑みを浮かべると、
「そうか……………………すまんな」
と、言った。
「はっ⁈」
まさか、花柳の本気の謝罪を聞くとになるとは思わなかった。
「気付いてやれないだけでなくて…………力にもなってやれなくてよ………………………………オレは教師失格だな……………………」
「花柳先生…………………………………………」
そんなに思い詰めているなんて知らずに俺は突き放してしまったのか……………………俺はなんて────
「というわけで、オレは先生としての初心を見つめ直すために、旅に出る。捜さないでくれ。さてと、草津か有馬か下呂。あっ、由布院もいいな」
花柳は先程までの暗い雰囲気を幻だったように吹き消したように、どこか嬉しそうに、シュビっ、と座ったまま手だけで敬礼をして、おもむろにぱんぱんになったリュックサックを机の下から引っ張り出した。
「…………………………………………」
「そんな目で見んなっ」
それを冷めた目で見下ろしていると、花柳が気付いて、年甲斐もなく怒り出した。
「なんだよなんだよっ‼︎︎ オマエばっかりサボりやがってよっ! サボりたいのはこっちだって何度言えばいいんだっ‼︎︎」
「おい、聖職をほっぽり出すな」
「知ってるか? 学校なんて『聖職』というレッテルに隠されたブラック企業だぞ? 炭を黒い絵の具で塗りたくったぐらい黒だぞっ!」
「………………………………だけど、先生、授業も部活の顧問してるときも汗かいてないよな。それに、『体育教師は試験期間が楽でいいわ』とか抜かしてただろ」
「(ギクっ)」
「そういうの言っていいのは、汗水垂らして睡眠時間を削っている人にしか許されないと思うんだが」
なんで俺のほうが諭す方に回ってんだ?
てか、さっきまで俺が抱いていた尊敬の念を返せ。
「……………まあ、あれだ、誰だって何か抱えてんだ。そう思えば、気が少しは晴れるだろ?」
「……………………話が終わったんなら、俺は行きますね」
無理矢理話を丸く収めた花柳にさらに覚めた目を向けてから、俺は背を向けて歩き出した。
ただ、なんだろうか、心なしか肩が軽くなった………………………………ような気がした………………………………まあ、まさかな。
「あっ、ダーリンっ‼︎」
「っ、お前っ」
と、思ったところで、俺が目指して歩いていた扉が勢い良く開けられて、見知った美少女が飛び出してきた。
「ボクもいるよ」
「里見まで」
その後ろこらひょっこりと、里見が顔を出してきた。
初対面の時はどうなるかと思ったが、何かと一緒に行動しているのを見ると、仲は良くなったようで安心した。
妹との中もこんな感じに良くなったりしないだろうか。
「はいっ、ダーリンっ、カバンを持ってきましたよ」
「お、おう」
リーナが、じゃーん、とでも言いそうな感じに上機嫌に背後に隠していた俺のカバンを差し出してきて、それを受け取った。
「もう平気かい、火脆木君?」
「ああ、だいぶ楽になった。というか、なんでお前らはここに来たんだ?」
「ああ、花柳先生がね。放課後になったら保健室の鍵を返しに来るだろうから来ていいぞって」
「へぇー」
案外気が利くな………………………………。
「そんなことより、ダーリンっ、早く行きましょうっ! ダーリンの家が早くみたいですっ」
「お、おう」
職員室にいることも忘れて、まるで俺の家をテーマパークか何かと間違えているようなテンションの高さで、俺の手を握ってリーナが歩き出した。
その後ろを苦笑いを浮かべた里見が続いた。




