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保健室はバトルするところじゃない


 「しばらく休んだら、保健室に鍵をかけて、鍵は職員室に戻しておいてくれないか。これから用事で行かなければならないところがあるんだ」


 警察署ではないから心配しなくていいぞ、と言い残して、鴉駕が保健室を出ていった。


 「警察署?」


 去り際の鴉駕のセリフを不思議に思った妹の声が聞こえた。

 俺の寝ているベッドは奥の方にあるようで、カーテンの仕切りで出入り口は見えてなかった。

 妹はそれがすぐに気にならなくなったのか、俺の方へ歩いてきてそばに立った。


 「お兄ちゃん。大丈夫…………そうだね。まあ、心配してなかったけど」

 「そうか、そりゃありがとよ。てか、お前授業はどうした?」

 「抜け出すわけないでしょ? 今はお昼休みだし。もしかして、倒れたときに頭打って馬鹿になった?」


 過労で倒れた兄をやはりゴミに向けるような眼差しで見下ろしながら妹が言った。

 全く可愛げのないやつだぜ。

 てか、もう昼休みだったのかよ。

 だいぶ寝てたんだな、俺。


 「んなわけねぇだろ…………たくっ。さっき起きたばっか……………………」

 「……………………何かあったの?」


 ついさっきの謎展開を思い出して固まる俺を不審そうに妹が訊いてくるが、


 「いや、なんでもないぞ。それより、今朝のは何だったんだよ。初対面の人に対する態度じゃないだろ」


 話題を変えて注意を逸した。

 てか、俺もさっきのことはなかったことにして早く忘れたいんだ。

 俺は何も見ていないし聞いてない。


 「だって……………………そうとしか思えなかったし。あんな可愛い人が、お兄ちゃんみたいな変なやつを好きになるはずないし」

 「なっ、変だとっ! 俺が変だというのかっ! 戯言をっ‼︎ 普通から一番かけ離れた言葉で俺を表すなっ‼︎」


 あいつが可愛いのは認めるがっ‼︎‼︎

 俺が変だとは認めんぞっ‼︎‼︎


 「……………………言っとくけど、そういうところが一番変だから」

 「何っ! 反対意見を述べることが普通じゃないというのかっ‼︎」


 処置なしというように額に手を当てて言う妹に、俺は反論するが、


 「ああ、もうわかったから。元気そうだから、もう帰るね」


 と言って、去ろうとする。


 「おい、夏海っ‼︎ 負けを認めるなら、俺が普通であることを訂正してから帰れっ‼︎」


 結論を有耶無耶(うやむや)にしておいて、ほとぼりが冷めた頃にああだこうだ言うやつが一番嫌いなんだっ‼︎‼︎


 「はぁ? ホント、心配して馬鹿だった」

 「おいっ‼︎」


 しかし、俺のセリフにさらに呆れて立ち去ろうとした。

 その捨て台詞のような言葉に俺は少し引っかかりを覚えた。


 「てか、お前はじめは心配してなかったしとか言ってただろ」

 「っ、今のは言葉の綾だからっ‼︎ なにっ? もしかして自意識過剰っ? キモいんだけどっ、もう行くからっ!」

 「き、キモいって、お前っ‼︎」


 指摘した途端に顔を赤くして怒った妹が、俺がラノベを読んでいたところを見たときと同じくらいの辛辣な嫌味を言って早足で、カーテンの向こうへ消えて、出口を開けた音がした。


 「っ‼︎」


 が、扉を開く音が聞こえただけで、足音がしなかった。

 それどころか、なんか足音が増えて戻ってくるようだった。


 「? どうしたんだ、なつ────っ!」

 「や、やあ、火脆木君」


 一番先に顔を覗かせたのは里見だった。

 そして、続いて現れたのが、リーナとなぜか帰るって言ってた妹だった。その二人はどこからか取ってきたらしい丸椅子を持っている。

 居座る気満々かよっ‼︎

 とは、入ってきたときからニコニコと笑う二人には言えず、もともとあった丸椅子に里見が座り、その隣にリーナ、そして向かい合うようにベッドを挟んだ反対側に妹が座った。

 凄い…………空気が重い……………………。

 てか、帰れよお前っ‼︎‼︎

 病人に重っ苦しい空気に晒さないでくれっ‼︎‼︎


 「あれ、てっきり帰っちゃうのかと思ったんてすけど?」

 「いえ、換気をしようと思いまして扉を開けただけです」

 「そうなんだぁ。でも、窓は開けないんだね」

 「寒いですから」


 俺の悲痛な心の叫びも虚しく、俺を挟んだ冷戦の如き応酬が繰り広げられた。


 「ねぇ、これはなに? なんで夏海ちゃんとリーナちゃんがこんな険悪なの?」


 それを横目に、里見が顔を近づけてきて、声が漏れないように手で覆ってから小声で言った。

 里見は妹のことは知っている。

 てか、妹は優等生でこの学校で名が通っている。全教科で上位十人に入る文武両道を地で行くやつなのだ……………………俺に対する態度がまったく優等生じゃないが。


 「さあ、なんでだろうな……………………今朝からこんな感じだ」

 「お兄ちゃんっ」

 「はいっ」


 白熱する二人を視界に入れないようにしながら答えると、唐突に妹に名前を呼ばれて、意味もなく過敏に反応してしまった。


 「妹が兄の心配をするのは普通ですよねっ」


 が、それに一切気を止めずまくし立ててきた。


 「あっ! なんで、わざわざ『普通』という言葉を使ったんですかっ‼︎ ダーリンに付け入ろうとしているのがばればれですっ」

 「はっ? 私はただ一般的に考えてという意味で普通ということ言葉を使っただけですが? どちらかというと、『普通』という言葉に過剰に反応しているあなたのほうが怪しいですけど?」


 そして、俺を巻き込んで始まる不毛な論争。


 「だああああああああああ、もううるさいっ‼︎‼︎」

 「だ、ダーリンっ‼︎」

 「っ、お兄ちゃん……………………」


 その二人に恐怖よりも、鬱陶しさが上回った俺は頭を抱えて叫んだ。

 お前ら忘れてないかっ?

 俺は倒れたんだぞっ、過労で‼︎‼︎

 また倒させたいのかっ‼︎‼︎

 くそっ、頭痛がしてきた‼︎‼︎

 と、それでも愚痴を声には出さずに、発散して落ち着くと、


 「なんかごめんね。ボクが止められたら良かったのだけど」


 なぜか里見が申し訳なさそうに謝ってくる。

 本当にできたやつだ。

 里見の全身の垢を煎じて、鼻から流し込んでやろうか。

 まあ、そんなことより、しなければならないことがある。


 「いや、お前は何も悪くない。それよりも、里見とリーナ。お前らに話があるんだが、放課後時間は空いているか?」

 「っ、お兄ちゃん、この二人に話すつもりなの?」

 「いいだろ?」


 答えようとした二人を黙らせるように先に口を開いた妹が真剣な顔で俺に言ったが、言ったって別に構わないだろ。

 二人は信頼できると思っているからな。


 「で、どうなんだ?」

 「えっ? 空いているけど、どうしたの、唐突に? 大事な話なのかい?」

 「ああ、そうなんだ」

 「うん、わかった。ボクは何も予定はないから行くよ」

 「私も大丈夫です」


 二人が困ったふうもなく了承してくれた。


 「なら、決まりだな」

 「うん。じゃあ、もうチャイムが鳴るから行くね。ほら、リーナちゃんも夏海ちゃんも行こう」


 里見が時計を一瞥してから立ち上がる。

 というよりかは、立ち上がってくれたのだろう。

 チャイムが鳴るまでは一応まだ余裕があったのに、最後まで居座りそうなリーナと妹を帰らせるきっかけを作るための行動みたいだ。

 まったく、里見には頭が上がらないぜ。

 と、リーナと妹のあとに続いて去ろうとした里見の背中に感謝していると、


 「あっ、そうだ。これ、暇つぶしにと思って持ってきたんだけど、どうかな?」

 「おおっ、貸してくれっ‼︎」


 さらに、暇であろう俺のために、読みたいと思っていたラノベの続刊まで持ってきているとはっ‼︎‼︎

 まさにっ、女神さまだっ‼︎‼︎


 「この借りは、絶対に返させてもらうっ‼︎」

 「そ、そんな大げさな。(そ、それに借りを返させてもらってるのはボクの方だし)」

 「うんっ? なんか言ったかっ?」

 「ううんっ! なんでもないよっ‼︎ じゃあ、今度こそいくね」


 俺になんだか過剰に反応しながら、別れの言葉を言った里見に、


 「おうっ。じゃあな」


 とだけ返すと、早速ラノベに没頭したのだった。


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