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変わらぬ朝





 「あ〜あ、行っちまったな」


 人数の減った居間で、食卓に座りながら呟いた。賑やかな祭りのあとの静けさに似た寂寥感に心が満たされる。


 「そうだね」


 俺の独白に、台所で制服の上にエプロンをつけている妹が返す。


 「……………………お前、親父と母さんが出ていくことを知っていたんだな」


 淀みなく朝食を作る妹の姿に言った。

 台所に立つ妹の姿は新鮮というか違和感があるはずなんだが、慣れた手つきで作業を淡々とこなしていくのを見ていると、ずっと前からそうしていたように見えてきてしまう。


 「まあね。と言っても、お兄ちゃんより少し早かったぐらいの差」


 話しながらも手を緩めないのも、その錯覚に拍車をかけた。


 「でも、そんだけの間に決心したんだろ。すげぇなぁ、俺はガキみたいに慌ててたのによ」

 「しょうがないんじゃない?」

 「……………………そ、そうか?」


 てっきり、「ガキだからでしょ?」とか、嫌味を言ってくるかなと思っていたが。

 肩透かしを食らって、返答に(きゅう)した。


 「誰だって、慌てるんじゃない?」

 「そうなのか?」

 「そうなの。ん、よし、できた」


 俺に適当に答えた妹が出来上がった汁物を小皿に移して味を確かめて言った。


 「エリー、ご飯だよ」

 「ぬっ、わかった」


 汁物を三つのお椀に取り分けて、お盆に載せた妹が、テレビを珍しそうに見ていた幼女神改めエリー(妹名付け)が、とたとた、と食卓まで走ってきて前まで親父が座っていた席に座った。

 結局、神は家で預かることになった。

 理由は当然、親がいなくなって気兼ねなく飼えることになったから。当面はこれでいいだろうと俺も了承したが、問題なのは俺が独り立ちしたときだ。

 俺が死ぬまで下界にいるらしいのだが、いつまでも飼っていられるはずもない────とは言え、今考えてもしょうがないからどうするかは当分保留にするつもりだ。

 エリーが座ったのと同時に、朝食を載せたお盆を持った妹が来て三人の席に置いていった。


 「おおおおっ」

 「おおおおっ。これが、和食というやつかっ」


 それに、俺はエリーと唱和するように感嘆の声を上げた。

 朝食がまさしく和食で、焼き魚と味噌汁、ご飯に卵焼きというフル・ウェポン装備。

 何やら手の込んだことをしているなと思ったが、まさかこんな完成度の高いものが出てくるとは予想外だった。


 「お前、どうしたんだよ、これ」

 「ほとんど残り物だから。魚は冷凍してあったやつだし、味噌汁の具も、ご飯も残り物」

 「いや、そうじゃなくて、いつからこんなものを作れるようになったんだよ」


 てか、その発言もすごく玄人っぽいが、まずは、いつこんなハイレベルな料理が作れるようになったんだ?


 「ずっと前から作れるよ」


 配膳し終わった妹がエプロンを脱ぎながら、なんでもないように答えると、エリーの隣、母さんが座っていた席に座った。


 「ずっと前って、いつだよ。俺は全然知らなかったぞ」


 それ以前にお前が料理を作っている姿さえも俺は見たことないぞっ。


 「料理教室にでも通っていたのか?」

 「そんな時間があるわけ無いでしょ、部活あるのに。ほら、エリー、お箸はこう持つの」

 「うむぅ…………難しいのう」


 俺の疑問に流れ作業的に答えた妹は、食べたくても箸が全然使えずに四苦八苦しているエリーに持ち方を優しく教えている。

 疑問ばかり増えて混乱する俺だったが、目の前の情景がさらなる混乱を俺にもたらしていた。

 なんだ、なんか、見たことあるぞ、この風景……………………しかし、出てこない。

 喉の上まででかかっているのは感じているのに、肝心のその言葉がわからない。

 何とも言えない違和感が俺を苛む。


 「ほら、ぼーっとしてないで食べたら?」

 「お、おう、いただきます」


 という、やり取りさえも俺の違和感を増させる。

 俺は箸を取り、ゆっくりと焼き魚に伸ばす。身をほぐして、一欠片をつまみ、口に運んだ。


 「……………………っ」


 粗食し切る前に、俺は反射的にさらに焼き魚の身に箸を伸ばして口に放り込むことを繰り返した。

 手が止まらなかった。


 「……………………うめぇっ」


 もう無我夢中で箸と口を動かした。

 行儀も無視して、味噌汁をズルズルと飲み、ご飯をかき込み、卵焼きをほうばった。

 うまい。本当に、うまい。


 ────しかし、それだけじゃない。


 「…………母さんの味だ…………」

 「当たり前でしょ。お母さんから教わったんだから」


 そのどれもが母さんの料理の味がした。

 妹が当然でしょと言っているが、その味に俺は軽く衝撃を受けていた。

 もう、食べられなくなったと思ったおふくろの味が今目の前にあるのだ。

 

 「お兄ちゃん……………………泣いてるの?」

 「はっ? ……っ!」


 心配するような顔で俺を覗き込んだ妹に指摘されて、俺は目を拭った────その手の甲に水滴がついていた。

 それを見て、固まった。

 頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。


 「どうしたのじゃ? 骨が口に刺さったのか?」

 「もしかして、そんなにまずかった?」


 前に座る二人が口々に言ったが、どれも違う。


 「……………………違う」


 フリーズから回復した俺はすでに答えを得ていた。


 「これは俺の涙じゃない。俺の中にある『普通』が歓喜して流させている涙だ」


 遠く離れてしまったと思った、『毎日食べていたおふくろの味』が手元に残っていてくれていたのだ。

 決してすべての『普通』が俺から離れていったわけじゃないのだっ。


 「………………………………お兄ちゃん、大丈夫、頭?」

 

 妹が嫌味とかではなく本気で俺を心配しているようだが、俺の言葉が通じないらしい。

 『普通』を愛する気持ちが足りていないということだ。なんと、嘆かわしい。


 「お前にもわかる日が来る」

 「……………………なんか、嫌なんだけど」

 「まあ、それでもいいさ。でも、これだけは言わせてくれ」

 「な、なによ」

 「ありがとう。とてもうまいぜ、お前の料理」


 まっすぐ見詰めると、なぜか顔をそらした妹に俺は嘘偽りのない本心を言った。


 「な、なな、と、当然でしょ」


 それに慌てふためいて答える妹に少ししてやったりと思ったりしたが、これは一生心の中に秘めておこう。

 そんな俺と妹のやり取りに終始首を傾げていたエリーだったが、妹に朝食を食べさせてもらうと、キャッキャッと騒ぎながら食べ始めた。

 その光景にやはり心に何か引っかかるものを感じたが、それよりも今はこの穏やかな空気を楽しもう、そう思いながら朝食を食べ終えた。


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