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火脆木家事変





 「きっ────ふぐっ」


 俺と幼女神の間で視線を数往復させた妹が、大きな口を開けたのを見て襲いかかった。

 片手で口を塞ぎ、もう片方の手を妹の首に回して部屋に引きずり込んで、押し倒した。


 「っ⁈⁈⁈⁈⁈⁈」


 口を塞がれ、声も出せないまま、目を限界まで見開いて手足をばたつかせている姿はもう、あれだ、完全に犯行現場。ここにおまわりさんが来れば即現行犯逮捕。


 「落ち着いてくれ! 大丈夫だから!」

 「っっっっっっっっっっ‼︎‼︎ っっっっっ‼︎」

 「俺がお前にひどいことをするわけねぇだろっ、なっ、信じてくれ!」

 「っっっっっ! ………………っっ……………………」

 

 だが、俺の必死な説得が功を奏したのか、どうにか落ち着いてくれたようだ。

 まだ、息は荒いが、じっとしている。


 「手を離すが、叫んだりしないでくれよ?」

 「(こくっ)」


 俺の言葉に小さく頷いたのを見て手をそっと離して体もどかすと、約束通り大声を出さずに起き上がって乱れた髪と制服を直した。


 「すまん。いや、突然入ってきたから」

 「う、ううん、大丈夫。ちょっと驚いただけだし………………」

 「はぁ〜、よかっ────」


 目を合わせずに、しきりに前髪をいじりながら言ったが、本当に平気なようで、俺は安堵のため息をついた、が


 「だけど、もう覚悟はできたから」

 「……………………ん?」


 妹のセリフの続きに、フリーズした。


 「いきなり襲われて怖かったけど……………………もう、大丈夫だから……………………」


 ………………………………はっ?

 何を言っているのか、ワカラナインデスガ?

 ナニガダイジョウブナノカシラ?

 ナンデカオヲアカラメセテ、ナニカヲカクゴシタヨウナカオヲシテイルノ?

 ムツカシスギテボクニハワカラナイヨ?


 「おい、汝ら妾を忘れてないかのう? というか、そやつは誰なんじゃ?」

 「っ! あ、ああ‼︎ 俺の妹の、夏海だっ。ほ、ほら、お前も挨拶をしろっ」


 目を閉じて何かを待っている妹の前に、何か踏み越えてはならない線が幻視しながらも、知らず識らず踏み出しかけた俺の耳に幼女神の声が入り込んだ。

 それで我に返り、わけもわからず慌てて言った。


 「えっ、あっ、火脆木夏海ですっ!」


 妹も俺に似た反応をして答える。

 それを見ながら、俺は原因の分からない汗を拭っていた。根拠はないが、なにか俺の普通が根本から破壊されるような予感が今更めく、湧き上がった。


 「うむ、そうか、兄妹であったか。確かに似ておるのう」

 「ねぇ……………………お兄ちゃん。この人誰?」


 ふむふむとうなずきながら平然を装う俺と妹の顔を交互に見る銀髪の幼女神を指差しながら、妹が俺の方を見て言った。


 「……………………神様」


 俺はしばらく逡巡してから答えた。

 言うべきか迷ったが、はっきり言ってどう言い繕っても異常事態に変わらないのだから、真実を言うことにしたのだ────信じてくれるかは別として。


 「へっ? かみさま?」


 勿論、「はっ? 何言ってんのこの馬鹿は?」っていう顔をされた。


 「ああ、そうなんだ。あの髪の毛色が普通の人間なわけがないだろ」

 「ふむんっ。綺麗じゃろう? 妾の自慢の一つじゃっ」


 俺のセリフに反応した幼女神が、女優がするように後ろ髪を払って見せる。

 それで、髪が部屋の照明の光を反射して煌めく。染めても出せないような光沢だ。


 「えっ、で、でも、染めてるんじゃないの?」

 「むっ…………そう思うなら触ってみるがいい」


 まあ、それだけで信じるわけがなく、その妹に不満顔で幼女神が歩み寄り、髪を見せつけるように背を向けた。


 「うわぁ……………………」


 髪に触れた妹が感嘆の声を漏らした────と思ったら、


 「のわぁっ‼︎」


 幼女神をがっちり掴んで女の子座りしている太ももの上に座らせて、ぎゅっと抱きしめた。

 俺にはそれが食虫植物の捕食行為に見えた。


 「何をするのじゃっ‼︎」

 「…………ダメ?」

 「むっ……………………別によいが」


 抗議したものの案外収まりがよく、居心地が良かったのか、大人しくなった。

 その幼女神の頭に顎を載せて、妹が目を細めている。

 ……………………そう言えば、可愛いものに目がなかったんだっけか。この頃全然話さないから忘れていたな。


 「それに、この服はハサミでも絶対切れんぞ」


 抱きしめられたまま幼女神が存在証明を続ける。


 「えっ」

 「ほれ、貸してみろ」


 机にあるハサミを指差したから、素直に従って渡した。


 「どうじゃ、やってみるか?」

 「う、うん」


 勧められた妹が怖いもの見たさなのか、ハサミを受け取って、幼女神が着ているロープの袖を挟んだ。


 「……………………き、切れない」

 「すげぇな」


 力を入れているようだが、切れる気配がない。つまり、これのおかげで落下も無事だったんだな。

 なんか…………俺が昨日読み終わったらのべの登場人物にこんな感じなものを着ていてたやつがいたよな。一瞬で無効化されてたが。


 「じゃろう。これで、信じてくれたかのう?」

 「う、うん……………………でも、なんで?」

 「ああ、それには色々紆余曲折があったんだ」


 妹の当然というべき疑問には、俺が答えた。

 今朝の出来事から今までの、(はた)から聞いたら正気を疑われるような奇天烈な経緯(いきさつ)を話した。


 「…………そ、そんなことが……………………」


 それを静かに聞いていた妹が、最後に囁くように言った。

 信じてもらえるか正直心配だったが、一番はじめに神という最もあり得ない存在を明かしたことで飲み込みが早かったようだ。


 「まあ、大変だった────だが、俺は諦めんぞ、普通な人生を取り戻すっ‼︎」

 「そんなことより、大丈夫?」

 「…………だ、大丈夫だぞ」


 俺の宣誓を清々しいほどに華麗にスルーされて、心配する言葉をかけられた俺はどう反応すればいいかわからなかった。


 「よか────いや、なんでもない。それで、その…………」

 「神と呼べ。名は持たん」

 「神様をどうするつもりなの、お兄ちゃん? 幼女監禁で兄が捕まるとか嫌だからね」


 ぐぬっ!

 くっ、嫌味を言えるということはどうやら完全に平常運転に戻ったようだ。

 それは、何よりだ。平常普通は何よりも尊ぶべきことだからな。

 しかし、嫌味は自分の姿を見てから言え。よっぽどお前の方が首謀者だ。


 「大きなお世話だ。だけど、そうなんだよな。あてもねぇみたいだし」

 「じゃあ……………………ここで飼うしかない?」

 「飼うとはなんじゃ飼うとはっ‼︎ じゃから、汝らの世話にはならんと言っておろうが」


 自分の扱いに抗議の声を上げたが、妹にすっぽり収まってる姿に、愛玩動物と変わらないものを感じるのは確かだった。

 それに、怒る姿も全然怖くない。


 「お兄ちゃん……………………」


 抗議を無視して妹がねだるような目を俺に向ける。

 まあ、その気持ちはわかるが、そいつを飼うということは、すなわち俺がまた一歩、いや十歩くらい普通から遠ざかることを意味する。


 ────しかし、神とはいえ幼女が寒空の下、あてもなく歩いている姿が普通なのか?


 という疑問が頭をもたげた。


 「………………………………飼うにしても、親父に許可とんねぇとな……………………勿論事情を話してからな」


 俺は悩んだ末に、答えを保留した。

 たが、本当に親父に許可を取らないといけない。隠しおおせることなんてあり得ないからな。


 「じゃから、飼うとはなんじゃっ‼︎‼︎」

 「それのことなんだ────」


 と、安定の無視をしながら、妹が俺になにか言おうとしたその時、俺の耳に玄関が乱暴に開けられる音が入った。

 誰かが帰ってきたのか、強盗が入ってきたのかもしれない。

 今ではそれも普通にありそうだから、早足で部屋を出て階段から下を覗いた。

 聞こえてくる会話を聞くにどうやら親父が帰ってきたらしい。


 「お父さん、帰ってきたみたいだね」


 隣に並んだ妹が俺に言う。

 帰ってきたんだから早く相談しに行けってか?

 まあ、俺が言い出したことに違いないから勿論するつもりだが、なんだか一階の様子が変なんだ。

 それに、まだ時間も五時になったばかりで、親父が帰ってくるには早すぎるし、今朝遅くなると言っていたはずだ。

 取り敢えず、下りてみるか。

 一階に下りて居間を覗くと、親父がスーツ姿のまま行ったり来たりをしていた。顔にも余裕がなく、とてもじゃないが声をかけられる雰囲気じゃなかった。

 ならばと、俺は母さんの姿を探し、台所に見つけた。

 

 「母さん、親父は何をしてるんだ?」

 「ああ、かずちゃん帰ってたのね。圭佑さんが急に転勤になってね、明日には北海道に行かないといけなくなったの」

 「はっ‼︎」


 北海道っ‼︎

 ほんわかな口調とは裏腹に突飛な内容に、俺は思わず大声を出していた。


 「なんだ、一翔、いたのか」

 「おい、親父っ、なんだよ北海道って! 急すぎねえかっ」


 その俺の声でやっと俺がいることに気付いた親父に、詰め寄った。


 「仕方ねぇだろっ。北海道支社のトップがぽっくり逝っちまったんだ。その穴を埋められるのは俺だけだし、穴を開けていられるほど会社にも余裕がねぇんだっ。それと浩子は連れて行くぞ。浩子の飯が食えないと俺は死ぬからな」


 しかし、俺の詰問もどこ吹く風で、親父は用意をしながら淡々と答える。


 「はっ⁈ 俺たちはどうするんだよ!」

 「もう、自分でどうにかできるだろっ! 俺は高校生のときには家事が全部できたんだ」

 「はっ、できるわけねぇだろっ‼︎」


 家事全般できるって、それ普通じゃねぇんだよ。


 「知るか。とにかく明日のうちに行かなくちゃならねぇ。金は銀行に突っ込んでおく。これが通帳とここに暗証番号を書いといたからよ、これで引き出せ。以上」

 「お、おい」

 「四の五の言うな。もう決まったことだっ」

 「ごめんね。でも圭佑さんが心配だから」


 追いすがろうとする俺を親父はぶっきらぼうに、母さんがやんわりと突き放した。


 「お、俺は────」

 「あたしは大丈夫」


 往生際悪く言葉を続けようとした俺を遮って、いつの間にかいた妹が物怖じせずに言った。


 「さすが夏海だ。それでこそ、俺の娘だ。で、妹が大丈夫でお前が大丈夫じゃねえなはずがないよな?」

 「はっ、ぐっ………………………………わかったよっ‼︎ 好きにしろよっ‼︎」


 俺は残っているとは思っていなかった男としてのプライドをまんまと掻き立てさせられて叫んだ。

 てか、俺がここで子供のようにぐちゃぐちゃ駄々こねてももう何も変わらねぇんだ。

 なら、いっそ潔く引き下がるしかない。


 「……………………まあ、なんだ…………時々帰ってきてやるからよ、寂しがるな」

 「はっ? 寂しがってねぇよっ」


 優しくかけられた言葉を俺は突っぱねた。


 「ふんっ。なら、いいな」


 その俺に小さく笑って親父は作業に戻った。





 結局、次の日の朝、俺は寝間着姿で、『普通』とともに離れてゆく両親の背を見送ることになったのだった。



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