8話(フレデリックside)
スタンピードが終わって戻ってきた日常。
遠目に見かけるミラちゃんは事後処理に忙しそうで、いつもはピシッと整えられた一つ結びの髪の毛が乱れている日も少なくない。
無理をしていないだろうか。
声をかけようとした時に限って彼女はギルマスに呼ばれたり、同僚に泣きつかれたりとタイミングがなんとなく合わなかった。
俺だって勇気振り絞って告白して、ミラちゃんもそれを受け入れてくれた。
本当の意味での積年の思いが届いて、せっかく恋人同士になったのに、いざなってみたら恋人らしいこと一つできないし。
でも、俺のわがままに付き合わせて気を使わせたくもないし…
「…はぁ」
ため息を抑える気にもならない。
恋人になれれば毎日が幸せで、たくさん触れ合って、ラブラブでって思っていたけど今も俺は遠巻きに彼女を見つめているだけ。
何も変わらないどころかむしろ後退したような気さえする。
「フレデリック、話があるからこい。」
魔獣の残党狩りの仕事終わりにぼーっと彼女を眺めていたら強面のギルマスに首根っこを掴まれ、そのままギルマスの部屋に連行された。
事後処理で大変なのはギルマスも同じらしく、いつもなら整っている部屋は書類だらけ。
「話って?」
「…お前のSランク昇格が決まった。」
「…は?俺が?」
「今回のスタンピード終息で多大な貢献をしたことが領主様、ひいては国王様の耳に入って、その功績からこの国の4人目のSランク冒険者として認められたんだ。」
「いや、いやいや…
あれは俺一人の功績じゃないです」
「森の異変感知、現場指揮、前線での活躍、弱っていたとはいえ街の中に落ちてきたAランクのガーゴイルを単騎で倒して人命救助まで。
そりゃ、認められねぇ方がおかしいさ」
実感が湧かない俺が喜べないのはまだしも、状況を知っているギルマスの表情が喜びというより疲労の色が強く出ていた。
「…フレデリック、お前、これから大変だぞ…」
「それってどういう…」
「…いずれ、わかることだ。
とにかくその件でありがたいことに国王様との謁見ができることになったから、最低限のマナーと身だしなみ、あと何だったか…
ったく、庶民生まれの俺だってこんなこと初めてでよくわからねぇってのに…」
頭を抱え込むギルマスを見ながら俺は舐めていた。
ここから先に待っている恐怖を。
本当に、本当に大変だった。
「お辞儀の角度があと5度足りませんぞ!」
「何度言わせるのです!
飲み物を飲む際の手の形はこうです!」
短期間で身につけるべく呼んだマナー講師は意味が分からないほどに厳しかった。
「服…あの順番、もう一度聞いても…」
「はぁ、大丈夫ですか?
これはお披露目パーティ用の衣装です。
少なくとも後、謁見用、夜会用、それから装飾品もありますけど」
「………まじ?」
息をするのも苦しい。ボタンが首元まであるシャツにベストに、ジャケットに…
服を一つで3ヶ月は生活できてしまうそれに、時々に応じて付け替えなければならないという宝石の類を用意して…
「よいよい、そこまで硬くならなくても。
街を救ってくれたこと、感謝する。
これからも頼むぞ。」
「…はい」
「それでは、フレデリックをこの国の4人目のSランク冒険者として任命する!」
「…ありがたく拝命、いたします。」
国王様が思ったより優しくて救われたものの、肩が凝るような謁見を済ませ…
「あなたがフレデリック様ね!
私子爵家の次女カテリーナよ」
「子爵家如きがでしゃばらないでちょうだい」
「なんですって!?」
お披露目とお祝いと称して開かれた社交パーティでは女性の恐ろしい一面を知ると同時にミラちゃんのありがたさを実感した。
そして、そんな日々を過ごしていたら碌に話す暇もなくひと月が、過ぎていた。
爵位やら金銭やら土地やら提示された報酬全てを蹴っ飛ばして願ったのはただ一つだけ。
有事の際は国からの依頼を受ける。
代わりに、俺が生まれ育ち愛する人がいる街で平穏に暮らさせてください。と
それが何より尊いものか俺はもう痛いほどに感じていたから。
最初は無礼だの、貴族との結婚だのなんだのと渋られたもののなんとか同意を勝ち取った。
ミラちゃんを妾になんざするもんか。
貴族の付き合いなんて二度とごめんだ。
そしてやっと、の思いで本当に帰ってきた。
…それなのに
「ミラちゃん彼氏はどうしてる?」
「……彼氏?」
「あれ?英雄フレデリック様といい感じだったんじゃなかったの?」
「いや、私たち付き合って無いと思いますよ」
「そうなの?」
それを聞いた時の衝撃、わかる?
もう絶望以外でも何物でもなかった。
本当に、本当の意味での積年の思いがスタンピードをきっかけに実ったのに。
別の意味で死ぬ気で頑張って帰ってきたのに、帰ってきたらミラちゃんの中で全部無かったことにされてた俺のこの気持ちが。
内心泣きそうになりながら、必死に冷静を装ってギルドの日常の一つ。
聞き分けの悪い冒険者の説得を手伝って、彼女と1ヶ月ぶりに言葉を交わした。
そして仕事終わりに会う約束を漕ぎ着けた。
俺が本当にやりたかったこと。
心の底から望んだこと、今日ちゃんとやる。
彼女の仕事が終わるまで後3時間。
その3時間がすごく長く感じていた。
「フレデリックさん、お待たせしました」
「………」
「フレデリックさん?」
「っあ、いや、その、久しぶりに話すから…」
散々シミュレーションしていたのにそんなものいざとなったらなんの役にも立たなかった。
久しぶりにちゃんと見るミラちゃんはやっぱり綺麗で可愛くて。なんだかいい匂いもして。
誘ったのは俺なのにうまい言葉ひとつかけられなくて慌てるばかり。
本当ならもっとスマートに、こんな情けない姿を見せるつもりなんてなかったのに…
「…同じこと、考えてましたね」
「え?」
「私もフレデリックさんと話すのが久しぶりで少しだけ緊張しています。」
「…そんなふうには見えないけど…」
「…手を繋いでもいいですか?」
「っど、どうぞこんな手でよければ…」
ズボンの裾で手汗を拭って差し出すと、そっと乗せられた指先。
凛とした表情も声もいつも通りだと思っていたのに、指先は冷たくて少しだけ震えていた。
彼女の緊張が直に伝わってくる
「…この1ヶ月、私も忙しくて、会えなくて…
フレデリックさんはSランク冒険者として偉い人にも認められて…
なんだかすごく遠くなってしまった気がしてました。全部夢だったのかもしれないって」
「…不安にさせて、ごめん」
「…少しだけ、寂しかったです」
「…俺もだよ」
緊張が解けることはない。
胸がいっぱいで息が苦しい
彼女の手は、マメだらけでゴツゴツした俺よりずっと綺麗で、小さい。
しっかり離さないように握りしめる。
この手を護っていきたいと本気で思った。
「…夢じゃなくて、よかった…」
そんな小さな呟きが聞こえて心が痛くなる。
1ヶ月ずっとそんな思いをさせていたと思うと情けなくて申し訳なくて。
でも、俺は決めていた。
思いを告げたあの日、あの時から。
落ち着いたら絶対にやりたいことがあった。
夢なんかじゃ無い。
夢オチになんてさせるつもりも、ない。
「行きたいところがあるんだけど」
「行きたいところ?」
「ずっと、俺が、行けなかった場所」
俺の覚悟が伝わったのか、ミラはそれ以上何も言わずに着いてきてくれた。
俺にとって命の恩人で、
彼女を誰よりも愛して、
勇敢で誇り高いこの街の英雄。
あの人の墓前に。
「…お墓、来たことなかったんですね」
「本当は、何度も足を運ぼうとしたけど、弱いままじゃあの人に、君のお父さんに合わせる顔がなかったんだよ。」
墓前に乗った枯れ葉を払って、整えて
道中買ってきた花束を添えて手を合わせた。
木枯らしが頬を撫でる。
とても静かな時間がゆっくりと流れた。
「…今日は伝えたいことがあってきました。」
「…フレデリックさん?」
「俺、Sランク冒険者になりました。
あの日俺に言ってましたよね。
ミラは嫁にやらんって。
俺より強いやつじゃないと認めないって。
俺、強く、なりました。
だから、ミラさんを俺にください。」
彼女が息を呑む音がした。
「約束通り彼女のことを護ります。
でも、約束だから、じゃなくて俺の意思で彼女のことを護らせてほしいです。
これからも、ずっと隣で。」
静かに涙を流す彼女が俺の手を強く握る。
俺も離さないようにしっかりと握り返す。
「ミラさん、俺と結婚してくれますか?」
俺の言葉に彼女は静かに微笑んだ。
そしてゆっくりと墓前に向かって口を開いた。
「…お父さん、
あの日彼を護ってくれてありがとう」
そして今度は俺を見て言った。
「生きていてくれて、ありがとう」
鼻の奥が痛い。
ポタリと頬を伝う涙。
子供の頃の俺が、泣いてる。
「私、幸せよ」
あの日助かったことをずっと悔いてきた。
命を奪ってまでこんな俺に生きている価値があるのかってずっと…。
「フレデリックさん、私をあなたのお嫁さんにしてください。」
本当はかっこよくお義父さんに伝えて
プロポーズだってするつもりだったのに
子供みたいに声を上げて泣いて縋るなんて
そんな情けない俺を季節外れの暖かい風が撫でていった。




