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7話(ミラside)




ズシンと大きな土煙を立てながら私よりも大きな魔獣の首が地面に落ちた。

それをやってのけたのは紛れもなく、フレデリックさんだった。


あの時、魔獣が口を開けたとき、子供を救って、自分は死んだと思った。


お父さんと同じことをして死ぬんだと。


でも遠くから声が聞こえて、気がついたら魔獣から離れたところにいて。


本当に全てが一瞬の出来事だった。


何が起きたのか、早すぎてわからなかったけど、一つだけ確かなことはフレデリックさんが命をかけて私を助けてくれた。ということ。


「……終わった」


彼のその一言がすごく重く響いた。

ガクンと力が抜けるように座り込む彼に咄嗟に駆け寄った。

支えるように肩を抱いたけど、こんな時、なんて声をかければいいのかわからない。


何を言っても軽くなってしまう気がした。


「流石に…ちょっと疲れたよ」


ヘラリと浮かべたその笑顔にいつもの力強さはどこにもなかった。

よく見れば衣服は赤黒い液体でべったり汚れていて、致命傷はないにせよ、鎧は傷だらけ

引っ掻き傷や打撲痕があちこちにあった。

戦場の激しさの一部を垣間見た気がした。


きっと、多くの人が前線では亡くなったのだろう。

そして彼もいつそうなっても何もおかしくなんてなかったんだと。

ここにいるのは奇跡なんだと。

そうやって実感が湧いてくると、もう止まらなくなった。


安堵してしまった。


受付嬢として他の人の死を惜しむよりも先に、彼が生きていてくれたことを。


泣く資格なんて私にはないのに。


「あの人との約束を守れてよかった。」

「…約束?」

「…君を護るって。」


その言葉に今までの全てがつながった気がした。


あの時剣をひたすらに振っていたのは。

冒険者に絡まれた時に助けてくれたのは。

夜道は危ないからと送ってくれたのは。


…全部、お父さんに言われたから?

私への同情?償いのため?


「何、それ…」

「いつか、伝えたいと思ってた。

君に謝らないといけないって…

君のお父さんを死に追いやってしまったのは…」

「…そんなことずっと前から知ってました。」

「え?」

「…ごめんなさい。

お父さんが死に際にそんなことを言ったから貴方はずっと、縛られていたんですね」

「っそれは違…」

「子供の頃の罪の意識に漬け込んで、私が、貴方の人生を棒に振ってしまったんですね」


ジクジクと心の奥が傷んだ。


だって、自惚れていた。

過去にお父さんのことがあってもそれでも私達は思い合ってるんじゃないかって。

恋人になれるんじゃないかって。


一言伝えてくれたならもうとっくに許してるよって言えたのに、そんな後悔をしたってもう遅かった。


お父さんに言われたから、その呪いのせいで彼はこんなにボロボロになるまで戦い続けて。

冒険者は楽な仕事じゃない。


小さかった少年が背負うには重すぎる罪だった。

そもそもあれは罪なんかじゃないのに。

私は何て馬鹿なんだろう。


「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめ…っ」


ふわっと何かに包み込まれた。

頬を伝った涙が彼の鎧にポタリと音を立てて落ちて、伝って流れていく。

濃い血の匂いの中にお日様の匂いが混ざってた。

私は彼に抱きしめられていた。


「違うよ、ミラちゃん」


どうしてそんな優しい声を出すの。

貴方はもっと私を責めるべきなのに。

お父さんのことだって、もう忘れていいはずなのに。

その思いは声にはならなかった。

ただ何も言えないまま涙が止まらない私の頬を鎧の硬い感触がそっと撫でる。


「…最初はさ、本当に君のお父さんに言われたから気にしていたしできる限り助けていたけど…

でも俺はいつも君のおかえりに救われてた。

いつしか誰かに言われたからじゃなくて本当に君だから護りたいって思うようになった。」

「……それって…」


「ミラちゃんが、好きです。」


意味が分からなくて涙が引っ込んだ。


「…やっと、言えた。

俺さ、君が死ぬかもしれない。もう会えないかもしれないって思った時心の底から後悔した。

さっさと勇気を出してこの思いを伝えておけばよかったって。」


そう言ってフレデリックさんは綺麗に笑うけど納得なんてできなかった。


「っ…」

「信じられない?」

「だって…」


だって私は好かれるようなことなんて何もしてない。

恨まれることはあっても好かれる理由なんて何もないはずなのに。


「いつも見てた。

凛とした表情も、冒険者に心を砕く優しさも。

透き通るような銀髪を触りたくて、手を繋ぎたくて、抱きしめたくて、この唇にき…」


彼から言葉が出るたび体温が上がって、耐えられなくなりそうだった。


「ストップ!わかった、わかったから…」

「信じてくれる?」


そう言われてもまだ私の心はどこかで彼を信じることを怖がってた。


「君は自分で気づいてないだけで、すごく魅力的な女の子だよ。」


そっと頭を撫でる手がどこまでも優しくて。

心臓が痛いほど脈打っている。


「…なんで急にそんなこと…」

「さっき言ったでしょ、言いたいことを言えずに後悔したってさ。

ミラちゃんは俺のこと、どう思ってる?」


「〜っ」


「教えて?」


「ずるい。なんで…こんな…もう…」


言葉が出てこなかった。

フレデリックさんの目がはちみつみたいに甘くて溶けてしまいそうで、恥ずかしくて目線が下がるばかり。

彼はそんな私を逃すつもりはないらしくそっと顔を持ち上げられた。

目と目が合ったらもう思いを止められなかった


「…すき」

「うん。」

「ずっと、好きだった。」

「俺も。両思いだね。」

「〜っ」

「キス、していい?」

「そんなこと、聞かないで。」


二つの影が戦場の片隅で静かに、重なった


幸せすぎて、少し、苦しかった。



その後、余韻に浸る間もなく、救護班や、兵士たちが現場確認などで忙しなく動き出して、私たちも仕事のために、それぞれの持ち場に戻るしかなかった。


今回のスタンピードは多くの犠牲を生みながらも街への被害は最小限に抑えられた。

もし街まで呑み込まれていたら今頃はもっと悲惨な結果になっていたことだろう。

この程度で済んだことは奇跡に等しいのだとか。


これも全ては冒険者たちが命をかけて防衛してくれたおかげだった。


戦いは終わったはずなのに、ギルドの受付嬢としての仕事は山のようだった。

生き残った冒険者たちに報奨金を払う手続き。

倒壊した建物の修理依頼。

消費した備品の再入荷。

倒したモンスターたちの素材回収と仕分け。


そして命を落とした人達の弔いも


寝る間もないほど忙しい日々を過ごしていた。

フレデリックさんはギルドマスターに呼び出されて話した後から少し様子が変だったけど、ゆっくり話す時間も取れないまま。


気がつけばスタンピード終息からあっという間にひと月が経っていた。

少しずつ街も人も落ち着きを取り戻してきて、私自身も通常の仕事に戻ってきたのに、フレデリックさんとは驚くほど何もなかった。


…もしかして、恋人になれたと思ったのは私だけ?


あれ?私、好きって、伝えた、よね?


フレデリックさんも返してくれて、長年の思いが実ったんだって思った、けど…


それなのにこの1ヶ月顔を合わせても碌に会話すらしない。

日が経つにつれてあの日の出来事は夢だったんじゃないか、とすら思えてきた。


私達の関係って何?

恋人?友人?仕事仲間?

考えれば考えるほど分からなくなっていった。


「この任務を許すわけにはいきません。」

「なんでだよ!俺たちDランクに上がったしゴブリンの群れくらい簡単に討伐できるって!」

「認められません。」


どこか既視感を感じるやり取り。

あのスタンピードを経て魔獣の恐ろしさを知ったはずなのに、どうして懲りないのか。


「ゴブリンはずる賢い。」


声の方に視線を向けるとフレデリックさんがいつもの調子で立っていた。


久しぶりにしっかりと顔を見られた気がした。


なんだか会わない時間が長かったせいか、それとも思いを伝えたあとだからか、なんというか、すごく、カッコよく見えた。


「英雄フレデリックさんだ!!」

「マジ!?本物!?」


「あー…ゴホン…

たとえ目の前にいるのが3匹の群れだったとしても、隠れて様子を伺っている奴がいたり

弱ったふりをして巣に誘導するような奴だっているんだぞ。」


「えー…でもさぁ…」


「まずは薬草採取をしながら地形の把握。

逃げ道、危険な道を叩き込むんだよ。」


「…英雄が、そういうなら…」


まだ若い冒険者たちは英雄と名高いフレデリックさんに言われると素直に薬草採取任務を提出し私も問題なく受注の判を押す。

私じゃ聞く耳を持ってくれなかったのに、と少しだけ嫉妬してしまう。

それでも、期待に胸を膨らませギルドを出ていく彼らの将来を楽しみにしながら見送った。

きっとこれから色々な冒険をして強くなっていくに違いない。


沈黙


何か伝えなければと思うのに、何を話せばいいかわからなくて、少し気まずい。

そもそも、今までどんなふうに話していたかも思い出せない。


「ミラちゃん。」

「は、はい!」

「…今日の仕事のあと少し話せる?」

「大丈夫です。」


「…待ってるからさ。

じゃあ残りの仕事、頑張って。」







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