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6話(フレデリックside)




「なんて数だ…」


城壁から見下ろす冒険者の一人が言った。

空を覆い尽くすほどの鳥系魔獣の群れと地鳴りを響かせ土煙を巻き上げながらこちらに向かってくる魔獣たち。

ゴブリンやコボルドなどの小型魔獣から、大型だとサイクロプスの姿まで見えた。


流石の数に先ほどまで血気盛んだった冒険者たちの勢いが少し落ちる。

こんな数相手に恐怖しない方がおかしい。

仕方ないことだと思う。


でも俺は自分が死ぬことよりも、この魔獣たちがこの街の中に入って蹂躙を尽くすほうがずっと怖かった。


今まで何度も見てきた。

助けられなかった人だってたくさんいた。


だからこそ、想像できてしてしまった。

子供達が泣きながらコボルドたちに食い荒らされる姿を

女性たちがオークに犯されて、正気を失う姿も

ゴブリンたちに骨を折られ生きたまま、おもちゃにされる老人たちの未来を。


理屈なんて通じるわけがない。

自分より弱いものを痛ぶり、食う。

それが現実、それが魔獣だ。


俺は彼女を、ミラをそんな恐怖に陥れたくなかった。

できることならこんな現実知らないまま綺麗に笑っていてほしいから。


「俺は、行く。」

「フレデリック!?」

「…怖い奴はここから支援するだけでいい。

逃げたい奴は逃げたらいい。

でも、冒険者ならわかるだろ。

魔獣が、蹂躙した時に何が残るかってことが。」


極度の緊張のせいか五感が鋭くなっていた。

いつも以上に血の匂いを濃く感じる。

街の方から混乱の声が聞こえる。

その中で拡声器を使って戦う彼女の声も。


やっぱり、彼女はまっすぐで、眩しい。


目を細める俺を見て、冒険者の誰かが息を呑む音がした。


「俺は、好きな人に、そんな恐怖を味合わせるくらいなら、たとえ死んでもアレを止める。」


俺の言葉を聞いた冒険者たちは覚悟を決めたように己の武器を構え直した。

俺自身も剣を改めて強く握る。

ここにいる人たちは魔獣の恐ろしさを誰よりも知っている。

自分の愛する人、友人がそんな理不尽にあっていいわけない。


戦う理由なんてそれで十分だ。


「じゃあ、まずは私たち魔法使いに任せてもらおうかしらね」


そんな声がして展開した魔法使いたちが一斉に魔法を放った。


水に流されるもの、凍るもの、燃えるもの、風に切り裂かれるもの、一瞬だけ魔獣たちの動きが止まる。

それでもまた、動き出した。


「ッチ…この程度じゃ止まらないってか」

「時間がない、前衛は城壁を降りるぞ!」

「「「おう!」」」


戦場に降りたらそこは、ただの地獄だった。

この数に下手な戦略はなんの意味もなさない。

泥試合になりながら1匹ずつ確実に仕留めていく。


斬って、斬って、斬って、斬って…


どれくらい倒しただろうか。

城壁の上なら見えただろうが、次から次へと目の前に敵が湧いて出るこの場所ではどのくらい減ったかなんてわかるはずもない。


ただがむしゃらに目の前に来たやつを斬り伏せ続けた。


魔獣の返り血でグリップがやけに滑る。

辺りは濃い血の匂いに埋め尽くされとっくに鼻はバカになっていた。

隣にいたやつがいつのまにか消えた。

遠くで力尽きた冒険者がサイクロプスに踏み潰された。


やがて剣が脂で切れ味が悪くなった。

死んだ冒険者の剣を借りた。

それも斬れなくなった。

剥ぎ取った魔獣の牙を突き刺した。


どのくらいそうしていたのか。


息が切れて、喉が渇く。

ポーションはとうの昔に使い切っていた。


「…何人、生きのこった?」


わからない。

でもその問いに返事はなかった。

俺が下敷きにしている屍の山には人間も魔獣も等しく混ざっていた。


遠くでまだ魔法を放つ音が聞こえるけど俺の周りは不思議と静寂が広がっていた。

聞こえるのは俺の荒い呼吸の音だけ。


それ以外はもう、何もなかった。


アドレナリンが切れたからか、急に身体が鉛のように重くなったように感じた。


でも、まだ遠くで誰かが戦ってる音がする。

魔獣が、残ってる。


行かなければ。

そう思うのに足が上がらない。

どこに行けばいいのかも、まとまらない。


「あれは…」


ふと視線を上げた先に、それはいた。

翼を撃ち抜かれフラフラと落ちるだけの魔獣。

やけにその黒い翼が目を引いた。

遠目に見てもそいつの目がまだ生きているのがわかった。


一瞬だけ、時が止まった。


このままだと、城壁を越えて中に、落ちる。


そう思ったらもう走り出していた。


足元はどす黒く、赤い水溜りのせいで滑るし、いつものような平な草原などなく地面を埋め尽くすほどの死肉で足の踏み場もない。


それでも城壁に向かって走った。


「フレデリック!無事だったか!」

「戦況は!」

「こっちはギルマスが救援要請を出してくれたおかげでなんとかなりそうだよ。」

「そうか!ならここは任せるぞ!」

「おいどこに…」


なんとかなる、その言葉に希望が見えた。

…はずなのに心はどこまでもざわめいていた。


嫌な予感がしていた。


街はガラリとしていた。

視界の端に壊れた屋台や馬車、踏みつけられた子供のぬいぐるみが映る。

でもそこに人の気配はない。

避難は成功していた。

それなのに、ここで立ち止まったら取り返しが付かなくなる気がして走り続けた。


魔獣にあと少しで追いつく。

このまま仕留めれば…


ギエエエエエエエエエ…


一瞬、何かが聞こえた。

魔獣の五月蝿い鳴き声の中に微かに違う音。


「っひっく…うぇ…」


子供の泣き声


「怖かったよぉ…っひっく…うぇ…」

「もう、大丈夫、さぁ早く避難を…」


…だけじゃない。

この声を聞き間違えるわけがない。


「ミラ!!」


視線の先で大口を開けた魔獣。

あの日の光景が重なる。

子供を投げ飛ばした、あの人と同じだった。

悟ったような諦めたようなその表情も。


「させるかぁぁぁぁあ!!!」


間に合わない。

考えるより先に俺は剣を投げていた。

カキンッと音がして嘴に当たって、魔獣の攻撃が少しだけずれる。

その隙間を縫うように飛び込んだ。

魔獣の生臭い吐息をすぐ横で感じながら、ミラを抱えるように転がって、距離をとる。


「はぁ…はぁ…」


呼吸の仕方を忘れてしまったみたいだった。

息が苦しくて心臓がバクバクと脈打っている。


でも緊張で冷え切った身体に抱え込んでいる温かさが少しずつ伝わってきた。

俺のじゃない、ドクンドクンと心臓の鼓動が確かに聞こえてくる。


彼女は、生きている。


「間に合って…よかった。」


あの人の命を奪った俺が、あの人の大切なものを今度は守れた。

視界が滲む。

喉の奥がツンとして苦しくて。

あの日の俺が報われた気がして。

安堵で崩れ落ちそうになっていたら


ギエエエエエエエエエ…


でかい声があたりに響いた。

…干渉に浸る暇もない。

獲物を取られて怒る魔獣。

俺は飛んでいった剣を拾って魔獣に向かってそれを振り落とす。


ゴトンと音がして首が落ちて。

魔獣の声はもう、しなくなった。


「っ…あの子は!」


切羽詰まったミラの声に我に返る。

辺りを見渡すと、ちゃんと、居た。

物陰に隠れて小さく震える子供が。


「お姉ちゃん…」

「…怪我はない?」

「大丈夫」

「そう、よかった…」


その言葉に俺も安堵の息が漏れた。

ミラはすぐさま通信機で迎えを頼むと、避難所に向かう途中まで子供を送りに行った。


辺りを本当の静寂が包み込んでいく。

そして、長い、長い、夜が


「……終わった」







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