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5話(ミラside)




いつものように賑やかなギルドなのに、今日に限っては入り口が開く音がやけに大きく聞こえていた。

朝一出て行った彼が帰ってきたかもしれないって、ドアが開くたび視線をそちらに向けてしまっていたから。


昨日のこと、ちゃんと話をしたかった。

私のことをどう思ってるのか、知りたかった。


でもいざ帰ってきた彼にそんなことを聞ける雰囲気は全く無かった。


「ミラちゃん」

「おかえりなさいフレデリックさん

討伐は…」

「それは問題ない。それより森の様子が変だ。」

「え?」

「何もないならそれでいいけど調査隊を出した方がいい。できれば今すぐにでも。」


あまりにも真剣にいうものだからただ事じゃないって思って一つ頷いた。


「ギルドマスターに話を通してきます。

すぐさま手の空いている冒険者に周囲の調査をお願いしましょう。」

「…信じてくれて、ありがとう」

「…これも仕事ですから」


そこから先は職務に追われて結局話す暇なんて無くなってしまった。


ギルドマスターに報告、冒険者の派遣、緊急時に備えた準備。


時間が進むのがやけにゆっくりに感じた。


そして日が落ち始めた頃、ギィっとドアが開く音がやけに大きく聞こえて傷だらけになった冒険者が帰ってきた。


濃い血の匂いがギルドに広がった。

周囲の調査をお願いした冒険者だった。


「っ今ポーションをお持ちします!」

「っそれどころじゃねぇ、スタンピードだ。」


賑やかなギルドが一瞬で静まり返った。

皆が息を呑んだ。

フレデリックさんの予感が当たってしまった。


「…数は」


声が震える。

規模によってはこの街丸ごと消えてなくなるのだから。

ここにいる何人か下手すれば全員ともう二度と会えなくなるのだから。


「俺も遠目で全体像を把握するのがやっとだったが、あれは800はいる。」


その言葉にギルドの空気が一瞬で変わった。


「なんだよ…それ…」


誰がつぶやいたのかわからない。

でも皆きっと同じ。理解を拒むほどの現実。


800、という数字がどの程度か、体験したことのない私にはわからないけど果てしない数字だった。


もしその数の魔獣が大移動したらどうなる。

空を覆い尽くすほどの黒い影が降ってくる。

地上を走る魔獣の波が城壁にぶつかって、

あっという間に壁は砕け散ってしまう。

逃げる人々ごとその流れは街を呑み込んでいく。


そして…

後にはきっと、何も残らない。


街には足の弱い老人や子供だっている。

彼らが無惨に魔獣に食い荒らされる未来を、想像するだけで吐き気がした。


だからと言って今から全員を連れてどこかに避難するなんて無理だ。


指先が冷たくなって、背中に嫌な汗が伝っていく。

こういう時なんて言えばいい?

ギルドのマニュアルにはなんて書いてあった?

何も考えられなかった。

ただ人が死ぬのが怖かった。

お父さんの時みたいにまた誰かが。

ぐるぐるして、息が苦しくなって視界が狭く暗くなっていく。


その時だ。ポンと、優しく肩を叩かれた。


「ミラちゃん、落ち着いて。

…大丈夫だから。」


フレデリックさんだった。


「出れる冒険者は俺と共に前線へ

タンクは城壁、特に脆い門周辺を固めろ

魔法使いは他の冒険者を巻き込まないように後ろの方の魔獣を。

弓使いは飛んでるのを優先して落とせ」


指示が飛ぶたび、先程までの嫌なざわめきが消え皆の目に闘志が宿り始めるのがわかる。

剣を握り直すもの、弓に手を伸ばすもの、皆が前を向き始めた。


その中心で指示を飛ばすフレデリックさんが不思議とお父さんの姿と重なって見えた。


彼の手はお父さんみたいに毛むくじゃらじゃないはずなのに。


気がつくと不思議と呼吸が楽になっていた。

冒険者たちは一致団結していた。


すごい、と思った。


過去のこと、今のこと、いろんな気持ちが混ざってうまく言葉では言い表せない。

ただ、私もお父さんの娘として胸を張って彼の横に立ちたいと思った。

冒険者達がそれぞれの持ち場に向かって動き出すのを横目に見ながら私もできることをしたいと思った。


それなのに…


「…私も後方支援を…」

「ダメだ!」


遮ったのは大きな声だった。

驚いて体が跳ねた。

周りの人たちも一瞬こちらに視線を向けた。


「え…」

「…っ君は住人と一緒に避難するんだ。」

「どうして…」


その先は聞きたいのに聞けなかった。

彼の手が震えていたから。

きっと、彼も怖かった。

お父さんの死を目の前で感じたからこそ人の死が怖くて怖くてたまらないのだと。

それが痛いほどに伝わってきた。


だとしても

私は引くつもりなんてなかった。


「…放送で避難誘導をします。

ギルドの倉庫にある備品も開放いたしますので弓矢、罠など必要なものはお持ちください

ヒーラーの方は避難所に同行をお願いします。」

「君はやっぱり…」


彼がその先何を言いかけたのかは聞こえなかった。


カンカンカンカンカン!!!!

外から非常を知らせる鐘の音が高く鳴り響いてそれどころじゃなくなったから。



「ママァ!」

「急げ!早く避難所に!」

「怪我人、誰か運ぶのを手伝ってください!」


一歩外に出るといつもの街とは違っていた。


女性の悲鳴に混ざって泣き叫ぶ子供の声が遠くで響いている。

怪我人を背負って走り去っていく人の横で、何かを取り合うように争う人々がいた。

倒された馬車とその下で暴れている馬が見えた。

何かが壊れる音や倒れる音。

瞬きすら忘れていたら土煙が目に入ってひどく傷んだ。

場所によっては火の手も上がっているらしく焦げた匂いが鼻の奥を刺す。


目の前に広がる景色はもう日常の形をしていなかった。


唖然としている暇なんてない。

ギルド備え付けの拡声器を持ち出して声の限り叫んだ。


「皆さん落ち着いて冷静に避難してください!

怪我人は教会に!それ以外の方は街の役場が避難所になります!」


まだ街の中に魔獣は入り込んでいないのが救いだった。

子供や老人、旅行客らしい人を見かけるたび避難所に誘導する。


遠くから聞こえる大砲の音や悲鳴、金属の音が耳の奥に痛く響いている。

大きな音がして、地面が揺れた。

風は刃のように建物を揺らしていた。

戦ってる。戦闘の激しさが遠く離れたこの場所でも、伝わってくる。


どうかみんな、無事でいてくれますように。

そう願うことしかできない自分が歯痒かった。


どれくらい走っただろう。

声を出すたび喉が痛んで血の味がしていた。

住人の避難も終わって、あとはこの戦いが収束するのを待つだけ。


そう思ったのに。


…風?

いや違う。

でも確かに今何かが聞こえた。

聞き逃さないように耳を澄ませると確かに…


「…だれか…助けて…」


遠くでそんな声が、聞こえた。


「どこ?どこにいるの!?」


絞り出した声はガラガラで遠くまで響かない。

ならばと足を動かして声のする方へ走る。

そして


「…みつけた」


屋台の瓦礫の下、小さくなった子供が一人

心の底から安堵した。

瓦礫の棘が指先に刺さることなんか気にせず力一杯なんとか退かす。

もう、手もボロボロだった。


「怖かったよぉ…っひっく…うぇ…」

「もう、大丈夫、さぁ早く避難を…」


ギィエエエエエエエエエ

空から大きな黒い影が降ってきた。

…撃ち漏らしだ。

いや、よく見れば翼に穴があるから撃たれた上でここまで飛んできたのだろう。

生き物の生存本能で、ただ最後の悪あがきで

大きな口が開かれるのが見えて咄嗟に抱えていた子供を突き飛ばした。


あぁ、きっと、お父さんも…こうだった







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