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4話(フレデリックside)




「フレデリックさん、昨日は…その…」

「〜っごめん!任務に行ってきます!」

「あ…」


ミラちゃんは自然に話しかけてくれたのに昨晩のことを思い出すと俺の方が恥ずかしくて逃げ出してしまった。


…乙女か俺は。


『もし俺が君のことを傷つける男だったらどうするつもり?』


ふとそんなセリフまでフラッシュバックする。


…ちょっと気持ち悪かったかもしれない。


穴があったら、入りたい。

沈み込む俺の横を野うさぎが軽やかに走り抜けていった。


「はぁ…落ち着け…」


ミラちゃんはそんなことを考える子じゃない。

ため息は誰に聞かれるでもなく消えていった。


本当はこんなことを考えてる余裕なんてない。

だって今日の任務は…


Aランク、グリズリーの討伐。


グリズリーという名前を聞くだけで嫌な汗が手のひらに滲む。

本来なら選ばない任務だけど今は俺以外に戦えるレベルの冒険者がいない。


だから俺がやらないと、また誰かが死ぬ。


穏やかな森、あの人と歩いた森。

あの日のことを思い出すたび、今でも手が震えるほどのトラウマ。


「…どうしようも、なかったんだよな…」


子供の頃、なにもかもわからなかったことが冒険者となった今なら理解できた。

理解できてしまった。


冬眠前のグリズリーは食べ物を探して本来の生息地から出てくることがある、とか。

普通のグリズリーでAランク帯だから、あれは異常にデカくなった変異種でおそらくはSランクの討伐対象だった、とか。

あの日戦っていた冒険者の多くがBランクやCランクの冒険者たちだった、とか。

だから、戦力差的に人が死ぬのはおかしくなかったこと、だって。


「………でも」


そういう理屈が見えたからなんだ。

あの日俺があの場にいなければ少なくともあの人の実力なら逃げることができたはず。

あんな無惨な死に方をしなくて済んだはず。


ミラちゃんのことが好きだ。

それは、約束の護るべき対象として、だけじゃない事だってとっくの昔からわかっている。


いつも朝早くから遅くまで働いて、

多種多様な冒険者たちに分け隔てなく接して、時に自分が怖い思いをしても、その人の命を第一に向き合うその姿勢。

難しい任務に送り出す時は手が震えていて、無事に帰れば心の底から安堵したような表情で迎えてくれる温かさ。

その姿に何度救われただろう。

きっと俺だけじゃなく他の冒険者たちも。


俺が、彼女のお父さんを死に追いやった無知なクソガキだったってことを彼女は知らない。


いつかは伝えないと…


そうわかっていてもいつまでも勇気が出ない。

今のままなら触れることは叶わなくても好きな女の子の側にはいられるから。

これ以上は望まない。



…なんてのは大嘘だ。俺だって男だ。

あの流れるような銀髪をすくい上げたい。

整えられた指先にキスしたい。

絶妙な凹凸の体を掻き抱いて、

艶のある声を俺だけに聞かせてほしい。

そんな夢を見ないわけじゃない。


あんなにいい子に対して俺はそんなことを考えてばかりで本当にどうしようもない。


「……はぁ、最低だ。」


考えているうちにいつのまにか任務の場所に着いていた。

森を抜けた先の山の麓。

岩場と岩場の間。

4体のグリズリーたちがそこにはいた。

俺より少しでかいくらいの大きさ。

バリバリと猪の肉を食べているようだった。


「うっ…」


胃の奥から酸っぱいものが込み上げる。

口元に滴る血が人間のそれじゃないってことはわかるのに、どうしても体が震えた。

こんな状態で突入したってやられるだけだ。


集中、しなければ。

ギュッと剣を握り直す。

まずは、奴らを引き剥がして、一体ずつ確実に仕留めること。


「…大丈夫、やれる。」


そこから先はあっという間だった。

思いの外簡単に罠にかかった。

個としての力は強いし、毛皮も硬くて刃がなかなか通らないけど、それだけだった。

拍子抜けしてしまうほど、簡単に倒せてしまった。


グリズリーの積み上がった死体を見て、達成感なんてどこにもなかった。


「…は…ハハッ…」


乾いた笑いが思わず出る。

俺は強くなった。

あの日とは違うのに、あるのは虚無感だけだった。



___________



「お父さん…お父さんっ!!」


そう言って女の子は俺の頭を撫でたあの人の腕を抱いて泣いていた。

彼女が娘のミラだってすぐにわかった。

明日が誕生日であの人と、家族と、幸せに過ごせるはずだった普通の女の子。


俺がそれらを奪ってしまった。

涙も、悲痛な声も見ていられなかった。

彼女は俺をどんな目で見るんだろうか。

途端に怖くなって、逃げるように家に帰り布団に潜った。


全部、忘れたかった。

なかったことにしたかった。


でも目を閉じるとまたあの巨大な牙や爪が迫ってくる気がしてしまう。

肉を断つ音も、骨が砕ける音も、生臭い匂いも全部全部消えない。


食欲もないし眠れない。

そんな俺を心配して母が声をかけてくる。


でも言えなかった。


俺の父は早くに死んだから。

女手一つで俺を育てている母にこんなこと、伝えられるわけがない。

これ以上心配をかけるわけにはいかない。


『ミラとの約束…守れそうにねぇや…

坊主、ミラを頼むぞ。』


その通りにするしか罪を償えないと思った。


それからは毎日剣を振って体を鍛えた。

本当は死んだ父みたいに商人になりたかった。

痛いことも苦しいことも大嫌いだった。


でもやるしかなかった。


体を鍛えて、冒険者登録をしてEランクからスタートして…

最初はスライム1匹ですら苦戦して…

遺跡に入れば死を覚悟するほどの罠にハマったことだってある。

そんな生活を続けるうちにいつしか俺はS級に最も近いと言われるほどの英雄だと周りから言われるようになった。

俺が、この街の英雄、ミラの父を死に追いやってしまったのに。

今は俺がこの街の英雄だなんて。


「…なんて皮肉だよ」


グリズリーはやっぱり嫌いだ。

どうしたって過去を思い出させるから。


「さっさと解体するか」


そうして振り下ろした解体ナイフは妙に簡単に肉に刺さった。

そこで初めて違和感に気がついた。

本来ならグリズリーがこんな簡単に倒せるわけないってこと。


どうして気がつかなかったのか。


俺が倒したグリズリーは到底冬眠前とは思えなかった。

骨が浮き出るほどに痩せ細っていた。

腹の中を割いてみても入っているのはさっき食べていた猪が消化されずに残っているだけ。

本来ならこの時期蓄えているはずなのに。


「なんだ…?」


なんとなく嫌な予感がした俺は、さっさとグリズリーの解体を済ませ、討伐証明部位を回収してその場を後にした。


ざわざわと木が揺れている。


朝方通ってきた道と同じはずなのにどこか不気味だった。

野うさぎも、鳥もいない。


嫌な静寂。


それはまるであの日のグリズリーが現れる前の静けさを思い出させた。


「これは…」


何もないならそれでいい。

だけど俺はこの不信感をギルドに報告するために帰路を急いだ。







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