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3話(ミラside)




冒険者ギルドの仕事は任務の受注や、討伐部位の確認、危機調査などさまざまだ。

夕方に受付は閉めたとしても雑務は山のようにある。

遅い日は帰宅が深夜になることだって少なくはない。

その日も例に漏れず、仕事が片付く頃にはすっかり夜も更けてしまっていた。


「…はぁ」


吐き出した息が白い。

もうすぐ冬がくる。

今は活発に食べ物を求める魔獣達が冬眠すれば少しは仕事も減るのに。


「ミラちゃん」

「わぁ!?」


暗くてそこに居る人に気づかなかった。

いつからそこにいたのか、階段にはフレデリックさんが静かに座っていた。

真っ暗なギルドの前にただ一人佇む姿はどこか異質だった。


「…フレデリックさん?」

「ミラちゃんお疲れ様」

「どうしてここに?もう遅いのに…」

「遅いからこそだよ。

昼間の輩がいないとも限らないし君一人じゃ危ないと思って…家まで送るよ」


スッと立ち上がると彼は静かに私の横に並んだ。

私とは違う、逞しい体。

袖の隙間から見える古傷。

頭ひとつ大きい場所にある顔を見上げたら鼻が真っ赤で、耳も真っ赤で。

鎧を脱いできたからか、それとも長時間ここで待っていたのか。


なんだかたまらなくなって手を伸ばした。


パシッ

乾いた音が静かな通りにやけに大きく響いた。


「あ…」

「〜っご、ごめん!」


伸ばした手は弾かれた。

決して強い力なんかではないはずなのに、叩かれた手よりも胸の奥がズキっと傷んだ。


男の人でとても強い冒険者のはずなのに。

何が怖いのか、その姿がなんだか怯えた子供のようで。


「すみません、ビックリさせてしまったようで

これ、私のサイズじゃ小さいと思いますけど」


そっと私の手につけていた手袋を差し出した。


本当はその手を取って、その頬に手を伸ばして温めてあげたいけど私達の距離がそれを許さないから。


遠慮しようとするフレデリックさんに無理やり手袋を押し付けて先を歩いた。


ギルドから私の家まではそんなに遠くない。

静かに、会話もなく、ただ一歩離れて歩く。

転々と置かれた街灯の光が淡く私達の距離を照らす。


どうして、こんなに遠いんだろう。

そう思うのに聞けない。


会話から逃げるように、綺麗な星が瞬く夜空を見上げた。


もし私に少しの勇気があったなら一歩を踏み出せたのだろうか。


「着いたね」

「…着きましたね」

「じゃあ俺はこれで…」

「っあの、お腹空いてませんか?」

「え?」

「シチュー作ってあるのでもしよかったら…」

「…それは、家に上がれってこと?」


もう少し話せたら。

そう思って勇気を振り絞った。


少しの希望を持って彼を見上げて、目を見開いた。


私の想像ではいつもみたいに笑いながら冗談を返してくれると思ったのに。

彼は何かを噛み締めるようなそんな辛そうな顔をしていた。


…どうして、そんな顔を?


「男を、夜に家に入れるってどういうことかわかってる?」


月明かりが雲に隠れて辺りが暗くなった。

彼が今どんな表情か見えない。

でもその声はどこか怒っている気がした。


「ミラちゃんはもう少し警戒心を持った方がいいよ。」


カツンと一歩踏み出した彼の足音が響く。

私は何と返したらいいのかわからなくて息を呑んだ。


「もし俺が君のことを傷つける男だったらどうするつもり?」


いつのまにここまで下がっていたのか、トンッと背中に自宅のドアが当たって、ソッと私の顔の横にフレデリックさんの手が置かれる。


逃げられなかった。


その時月が再び顔を出した。

だんだんと月光に照らされるフレデリックさんの顔が目の前にあって、もう少しでキスしてしまいそうな距離で。

恥ずかしいのに彼の視線が鋭くて逸らすことができない。


「あ…」


不思議と、嫌じゃなくて…。

このまま身を任せてしまいそうになって、目を瞑って身構えると耳元でフッと空気の抜ける音がした。


「…なーんてね」


フレデリックさんは、困ったように笑うと私の頭をポンと撫でてあっさりと距離を取った。


「え?」

「冗談だよ。

でも他の男にそんな顔しちゃダメだからね

…じゃあおやすみ」

「…おやすみなさい」


ただ唖然と後ろ姿を見送ることしか私にはできなかった。


フレデリックさんがいなくなってからも思考はボーッとしたまま。


でも体は勝手に家の中に入って、ご飯を温めて、お風呂に入って、布団に横になっていた。


「…キス、されるかと思った…」


声に出してみたら、なんだか喉の奥がキューっと苦しくなって枕を抱いてぐるぐると寝返りする。


それでも落ち着かない。

落ち着けるわけがない。


「…はぁ」


ため息が溢れて、天井を見上げて、目を瞑ってみても眠れる気は全然しなかった。

シャラリとチェーンと指輪の擦れる音がして父の形見のネックレスを掲げると少しだけ心が凪いだ気がする。


「私は…」


どうしたいだろうか。

フレデリックさんとどうなりたいのだろうか。

私の父が命をかけて助けた彼と。




_________



父の葬儀の時、冒険者たちの噂を耳にした。


「…あの人のおかげで一時は前線を立ち直したって聞いたぞ?」

「あぁ。でもバカなガキが一人街の外に出てやがったせいで、そいつを守って死んじまった。」

「…ミラちゃんを残して逝くなんて、さぞ無念だろうな」


私は頭の中が真っ白になった。

お父さんが誰かを守って死んだって聞こえて。

ただ、それが共に戦う冒険者たちではなく、無知でバカな子供だったって。

知りもしない、その子供のせいで、生き残れたはずのお父さんは死んだって。


「…今の話、詳しく聞かせて。」

「ミラちゃん聞いて…」

「いいから!教えて!」

「あ、あぁ…」


冒険者の人たちに詳しく話を聞けば、戸惑いながらも教えてくれた。


フレデリック。

バカで無知で結果的にお父さんを殺した奴の名前。


一言、言ってやりたかった。

顔を見てやりたかった。

どうしてって、聞きたかった。


家を見に行ったらその子は庭先で必死に剣を振っていた。


なんでそんなことをしてるの。


また街の外に出てお父さんが命懸けで助けたその命を無駄にする気なのかって。

思わず身を乗り出そうとしたけど、人が近づいてきたのが見えたから一歩のところで踏みとどまった。


「フレディ何してるの?」


振り向いた先には彼のお母さんらしい人の姿があった。

ぐちゃぐちゃな気持ちでその様子を見ていた。

私のお父さんはもういないのに。

それなのに普通の家族として幸せそうにしている姿がどうしても許せなかった。


「…約束、したんだ、あの人と。

だから強くならなくちゃダメなんだ。」


そう言ってただひたすら剣を振ってた。


何、それ。


そんなことをしたってお父さんは帰ってこないのに。

文句一つでも言ってやりたかったけど、彼のその表情があまりにも真剣だったからその日は何も、言えなかった。


それからは時折彼の家の前を通りかかった。


いつもだった。

雨の日も、風の日も。

朝も、昼も、夕方も。

いつ見に行っても彼は体を鍛えて剣を振っていた。本当に、いつ見に行っても。


その姿を見るたびに彼を憎む気持ちは不思議と薄れていった。

自然と足が彼の家に向いて、彼を見ていた。

やがて彼をお父さんみたいになってほしくないとすら思うようになっていった。


少しずつ月日が流れていって、私はたくさん勉強をして、ギルドの受付嬢になった。


そして何年も経って初めて彼に会ったの。


「任務の受注ですね。

ギルドカードの提示をお願いします。」

「っ君は…」

「なにか?」

「あ…いや、これお願いします」


ギルドカードを受け取った瞬間微かに指先が当たる。


「す、すみません!!!」


大袈裟に肩を跳ねさせた彼を見て、初めて話すはずなのに、どこか昔から知っていたような気がして気付けば笑ってしまっていた。

あの時の私はまだこんな気持ちになるなんて想像もしてなかった。







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